今回は予定通り、穂乃果編のクリスマス回です。
上園 織部 -19時40分-
世間はクリスマスと賑わっているが、俺はいつもより多い仕事に追われていた。エリートサラリーほとんどは休みを取っているらしいが、俺みたいな下っ端はそんなことはできるはずはなかった。
「上園!決算の赤いファイル取って!」
「はい!」
切羽詰まった様子の上司が大声を張り上げる。俺がさっきまとめたばかりの決算報告のファイルを掴み、上司のところに走る。
「これです!」
「サンキュ!」
壁に掛かっている時計を見て、まだ山のよう積み重なったファイルを見て…今日は夜遅くなることを察した。
待っている穂乃果のことを思い出し、俺はもう一度パソコンとにらめっこを始めた。
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仕事を終えて秋葉原駅の付いた頃には、時計の針は22時になろうとしていた。
「今日…クリスマスか…」
光輝くUDX学院のイルミネーションの前で足が止まった。
道行くカップルが手を繋いで歩いているのを見ると、気が重くなる。
今日はクリスマス、本来なら俺も休みを取って、穂乃果と一緒にイルミネーションを見て、店で食事をして、穂乃果を楽しませてあげたかった。
右手に持っている大きな紙袋を見て、プレゼントについて考えてしまう。
いろいろ悩んだ結果…プレゼントは茶色のモッズコートに決めた。さすがに5万もしたのは驚いたが、このくらいしか思いつかなかった。
しかし肝心のケーキは予約の締め切りに間に合わず、買うことができないままだ。このコートもクリスマスっぽくもないし、彼女が喜ぶかはわからないのが問題だけど。
「嫌われちゃうかな~…」
温かい缶コーヒーを軽く握りしめ、嘆くような深いため息を吐く。歩き始めようとすると、後ろから二回背中を叩かれた。
「…?」
「おっそ~~~いっ!」
「穂乃果!?」
後ろに振り向くと、インナーを何枚か着た上に、彼女らしい無地でオレンジ色一色のパーカーを着込み、ジーンズを履いている穂乃果がいた。この時期にこの格好…というのもあれだが、今日は寒波が来ているらしく、気温は13℃しかない。
「ずっとずっと待ってたのに来ないんだもん!寒くて大変だったんだからね!」
穂乃果は声を上げ、頬を膨らませて怒っていた。
「えっと…それは…え、まさかコート着てないの!?」
「だってすぐ帰ってくるかと思ったんだもん!9時には秋葉原にいるって言ってたから、大丈夫かなーって…そしたら全然来ないし…!」
「え…!?」
この寒さの中、駅の前で一時間近く待っていたことになる。しかもその恰好で…
「それに織部は連絡の一つくらい…ってはわわわわっ!?」
手を掴むと、彼女手は思った以上に冷たくなっていた。いったん手を離し、荷物をおろして、クリスマスプレゼントのモッズコートを取り出す。
「ちょっと待ってて」
「それ…」
コートを穂乃果の背中にかけて、彼女の手に缶コーヒーを持たせる。
「今日寒いんだし、せめてコートは着なきゃ体に悪いよ」
「…あっ…うん…」
「今日は寒いって言ってたのに…」
床に置いた鞄と、空になった大きな紙袋を持ち上げ、ゆっくりと歩き始める。
「穂乃果だって寒いって思ったけど…帰るわけにもいかなかったし…」
穂乃果の冷たかった手を思いだす。彼女は待っていてくれた。寒い中でたった一人、一時間近い時間を。
「…ごめん」
「許しません」
彼女はそっぽを向き、顔を合わせようとしなかった。
「そっか、ごめん」
「…でも、手を繋いだら許すかもしれません」
「…これでいい?」
コーヒーのおかげもあってか、繋いでいる手は少しだけ温かかった。
「コート…ありがとう♪」
「…どういたしまして」
光り輝くイルミネーションに照らされながら、手を繋いで家に向かう。寒波が来ている…なんていうのが嘘なんじゃないかと思えるほど、その帰り道は温かかった。
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穂乃果の家の前を通り過ぎようとすると、穂乃果の妹、高坂雪穂が勢いよく扉を開けて出てきた。片手に穂むらの紙袋を持っているようだ。
「おっそーーいっ!」
雪穂は頬を膨らませ、俺にぶつかる勢いで目の前まで迫ってきた。
「…さっきも見たな光景」
でもさっきと違うのは、彼女はダウンジャケットを着て、ボトムスを履いているなどの防寒対策をしていることだ。
「やっぱり雪穂はしっかりしてるな~」
「うんうん、雪穂はしっかりものだよね~」
まったく動揺していない俺と穂乃果に呆れるようなため息を付いたあと、話し始めた。
「仕事なんだろうから仕方ないけど…で、ケーキはあるの?」
「それが買えなくて…穂乃果には事情を話して納得してもらったというか…」
「はぁ~…」
さっきよりも深いため息を吐き、彼女は穂むらの紙袋を押し付けてきた。
「…はいこれ」
「…え?」
「残りのケーキ。あんたの分と、お姉ちゃん分。この紙袋の中に入ってるから、今日中に食べて」
「ありがとう雪穂!」
「これを渡したかったのに、来るのが遅いんだから…私ももう寝るね。織部さん、お姉ちゃん、メリークリスマス」
「メリークリスマス「雪穂さん」「雪穂~おやすみ~!」」
彼女は軽く手を振って、店に中に戻って行った。俺と穂乃果は、もう一度家に向かって歩きはじめた。
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穂乃果に早く早くと急かされながら、家の鍵を開ける。クリスマスだから といって特別な装飾があるわけではない。一度リビングに荷物を置き、穂乃果は入り口の目の前にある台所に向かった。
「いつもの部屋だね~。そうだ、お腹すいてない?夕飯作ろうか?」
「…頼んでいい?」
「は~い♪」
穂乃果が料理をしている間に、俺はこたつ周りの散らかったプラモのランナーやら箱やらをまとめ、押し入れの奥に戻す。これだけでも、足の踏み場は格段に増える。
「まずは椅子周りのランナーから…ん?」
買ったばかりのビルドバーニング見て、まだ組み立てていないことを思い出した。
「説明書だけでも…」
穂乃果に注意されるまで、俺は説明書を読みふけってしまっていた。
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「ごちそうさま。美味しかった」
「お粗末さまでした♪」
目の前には食べ終えた食器がある。そして冷蔵庫は台所の横にある。つまりこたつを出て、寒い中を歩いていき、片づけと、ケーキを取ってこなくてはいけない。
「穂乃果…わかってるよね?」
お互いにこたつ入っている手をだし、じゃんけんの構えを取る。
「…いくよ!」
「「じゃんけんポンっ!!」」
穂乃果はグー 俺はチョキ…つまり負けた。
「こたつから出たくない~!」
「いってらっしゃ~い!♪」
寒さに震えながら食器をかたずけ、雪穂さんから貰ったケーキを机の上に並べる。中身はショートケーキと、俺の好きなモンブランだった。
「どっちがいい?」
「ショートケーキ!」
聞いたと同じタイミングで、穂乃果は勢いよく手を上げた。
「それじゃあモンブランは頂こう」
「あ…でもやっぱり…」
モンブランも…といいたそうな顔をしているが、どっちも食べられては困る。
「…どっちかにしなさい」
「うぅぅ~!」
「駄目です」
「織部のケチ~!」
「はいはい、それじゃあ食べようか」
「うぅぅ~…」
駄々を捏ねる穂乃果を受け流しつつ、今日あったことや、お互いの仕事のこと…お互いに思ったことを話していると、すでに穂乃果はケーキを食べ終っていた。そして俺のモンブランは残り半分。
「…こういうことがあって、どうした穂乃果?」
「う…うん!なんでもないよ!」
「あ……」
彼女は俺のケーキを狙っている。それを確信した瞬間だった。話しているときに、ちょくちょくモンブランに視線が行っているのを、俺は見逃してなどいない。
「で、えっと~」
「…食べていいよ、モンブラン」
「ほんと!?」
子供か と突っ込みを入れたくなるほど、彼女の瞳は輝いていた。
「はい、どうぞ」
「いただきます!」
皿を穂乃果の前に流すと、幸せそうな笑顔で食べ始める。
「さっきからずっと食べたそうだったから、残しておいた」
「…ニュータイプ?」
「いや、どっちかっていうとオールドタイプ。今日は泊まっていく?」
「そうしようかと思ってるけど…駄目かな?」
「いや、いつものことだから大丈夫。お風呂先に入っちゃっていいよ」
「は~い♪」
慣れというのは怖いもので、昔はこんなことがあったら心臓が大変なことになっていたと思う。今でも少し早くはなるけど…
そんないつも通りの話を弾ませながら、時間は23時を過ぎようとしていた。
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「もう電気消していい?」
「了解であります♪」
穂乃果は右手で小さく敬礼をすると、俺は部屋の電気を消した。
彼女は家に置いてある自分用のパジャマに着替え、いつも俺が使っている少しお高い布団で、俺は押し入れの奥から実家から持ってきた布団を使って寝る。最初は緊張して寝るどころではなかったが、布団の横の部分をくっ付けて寝ている。「川の字で寝る」とはちょっと違う。
秋葉原から少し離れた場所にあるここは、街灯の光があるくらいで眩しくもないし、人通りもほとんどないから静かで寝やすい。
「おやすみ」
「おやすみなさ~い♪」
眼鏡を布団の上に置き、布団に入って目を瞑る。
クリスマスらしいことは何もできなかったけど…喜んでもらえただろうか。それだけが心配だった。大きく布団が擦れる音が聞こえ、なにやら穂乃果が動いているのが分かった。
「穂乃果…どうした?」
横にいる穂乃果の方に身体を向けると、目の前に彼女がいた。
「…穂乃果!?」
驚いて少し後ろに下がると、彼女はまた距離を詰めてきた。布団のギリギリまで下がっているため、もう下がることは出来ない。
「…まだ、許してないんだから」
「なっ…何を…!?」
「…隣、来て」
いつの陽気な話し方とは違う、おっとりとした口調に驚き、心臓の鼓動が一気に早くなった。
「…わ…わかった」
少し真ん中に寄っていくと、彼女の肩に当たった。
眼鏡がないのではっきりとは見えないが、微かな呼吸の音が横から聞こえるということは…もう隣にいるのかもしれない。
「話したいこと…なにかあった?」
「ううん、ないよ」
「え…?」
「ただ…こうしていたい。そう思ったから」
「許して貰える?」
「…うん、許す。コーヒー…本当に温かかった。ありがとう」
「どういたしまして」
穂乃果と指と指を絡め、穂乃果と身体を密着させる。肌に温もり伝わってくると、心臓の鼓動が早くなった。
「…それとね、最高のクリスマスを…ありがとう♪」
ほんの一瞬、温かい唇のような感触が…頬に伝わってきた。
「メリークリスマス♪」
「…メリークリスマス、穂乃果」
こっちからは恥ずかしくて何も返すことは出来なかった上に、心臓バクバクでその日はなかなか寝付くことができなかったけど…「来年のクリスマスは彼女を驚かせてあげよう」と、心に決めた一日だった。
これ運営的に大丈夫かな?
でもまあ大丈夫だよね っておもいつつ、それでもやっぱりこれ以上は書きませんでした。
にこ編は明日に間に合うかわかりませんが、急いで書きますね~