フェンリルに勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない   作:ノシ棒

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ごっどいーたー:26噛 GE2

 

全て見透かされているようだった。

全部わかっているのではないか。わかったうえで、承知のうえでいたのではないか。

あの瞳には、射抜かれた者の心までもが隠しようもなく映されている。

そう思う時が、ハルオミには幾度となくあった。

 

ふいに、ふと彼女が笑った時、その中に居た己はいつも、間抜けそうにぽかんとした顔をしていたのを覚えている。

彼女の前では格好を付けられなくて、どうしようもなく子供になってしまっていた。

意地を張っても、それが可愛らしく感じたのだろう。くすくすと笑われれば、開き直って甘えてしまうほかなかった。

どれだけこちらが本心を隠そうとしても、彼女にはお見通しだったのだろう。

その逆は、まったくありえなかったというのに。女は永遠の謎さ、などと斜に構えるしかなかった。

女に逃げるようになったのは、きっと、彼女を理解しきれなかった自分への言い訳だ。

ギルも同じように感じていただろうな、と思う。

自分達は似たもの同士なのだから。

 

そう、似ているのだ。

どうしようもなく。

だから、影をみる。いつも、どんなときも、影を追っている。彼女の面影を。

 

初めてユウと出合った時、背筋が凍りつくようだった。

似ている。

どうしようもなく。

似ている、と思った。

立ち居振る舞いや仕草という意味ではない。そも前提からして、男と女で性別が異なっている。

似ているのは、考え方か、咄嗟の判断か。

思想か、魂の在り方か。

悲しいまでにただひたすらに生きていた彼女そっくりの生き方を、ユウはしていた。

 

こんなことがあった。

ある任務を受け、アラガミの討伐に向かった日のことだ。

通常の討伐任務であると思っていた。だが、一瞬で事態は急変することとなった。

壁外難民の“たまり場”に、アラガミが逃げ込んだのである。

討伐任務にあたった極東支部第四部隊および、ブラッド隊副隊長とその部下一名――――――すなわち、ハルオミ、カノン、ギルバート、そしてユウ。

ゴッドイーター達は、決断を迫られることとなった。

“餌場”となったとして見捨てるか、否かである。

割って入れば、それは救助任務となる。

戦闘能力のない民間人を救護しての戦闘は、難易度が跳ね上がるのだ。討伐任務の比ではない。

戦闘班は、継続戦闘能力の維持もまた、その使命に含まれている。

次の戦いのために、次の次の戦いのために、次の次の次の・・・・・・永遠に終わらぬ戦いのために、班員を死地に向かわせるために、隊長は戦力の保全を第一に考えねばならなかった。

防衛班がその働きに華やかさがないというのに、ある種の敬意をもって接される理由がここにある。

一般人の救護を第一として活動“できる”のだ。

本人達は不満をもらしてはいるが、戦闘班からすれば羨望の的だった。救助任務を専門とするのは、人道的観念からも、その任務達成の難しさからも、尊敬に値する者達なのである。

救助対象をパニック状態にさせてしまえば、散り散りに逃げ出した彼らはアラガミの餌に成り果てるだろう。時間が経てば経つほど、任務の難易度は加速度的に上昇していく。

救われたという安堵をもたらす気安さ、そして彼らを率いるカリスマ。これを併せ持った働きが要求されるのが防衛班である。

神機を“ぶん回す”ことだけを求められる戦闘班には望めぬ能力である。例外は第一部隊隊長であるコウタのみであろうか。

凄腕のゴッドイーターとして挙げられるリンドウも、カリスマはあれど、一般人を安堵させるような繊細さには欠けている。あくまで強者に対してのカリスマであり、弱者の心情を理解している訳ではないからだ。

当然として救助任務とは、通常の戦闘班に要求される能力からは逸脱したものとなる。複数のアラガミによる襲撃に、壁外難民が晒されている状況には対応はできない。

隊長は継戦のための戦力確保を第一の任務目的とせねばならない。この様などうしようもないケースでは、部下の安全を最優先目的とするのが定石だ。

よって、ハルオミが下した判断は――――――初めに告げられたカノンが無力さに唇を噛み締める。

これがゴッドイーターの常であった。

 

だが。

馬鹿野郎、とギルが叫んだ。

見れば、ユウが転がり落ちるようにして、眼下にある“たまり場”へと駆け下りていく影だけがあった。

ともすれば躓いて坂道を転んでいるだけに見えるその動きは、見栄や体裁を捨て去り、遮二無二全力疾走している姿に相違ない。

情けないようにも聞こえる声は、必死さの表れだった。

そして、あろうことか、今まさに難民へと喰らい付こうとしているアラガミの前へと間に合った・・・・・・間に合ってしまったのだ。

閉じられた顎。飛び散る鮮血。

自らの身体を盾にして、ユウは難民を救ったのである。

フライアが極東に到着してからハルオミが知る限り、ユウの初めての負傷・・・・・・それも、重症を負った瞬間であった。

 

「ケイ、ト・・・・・・」

 

思わず口にしたのは、自分か、ギルか。

ハッとして、ギルが息を呑んだ音が聞こえた。

横を向かずとも解る。きっと自分も、同じような顔をしていたことだろう。

この光景を見たのは、二度目だった。

“彼女”が、かつてとった行動と同一のもの。

自らを犠牲とし、他者を救う、自己犠牲の姿。

彼女が最後まで、貫き通した・・・・・・通してしまった――――――。

 

「ユウ! 馬鹿野郎! 独断で無茶するな!」

 

ギルに怒鳴られてもどこか、自分自身に呆れてしまったような顔をユウはしていた。

ハルオミが下した判断に誤りはなく、ユウもまた現場指揮官として立ったならば同じ決断をしたはずだ。

その厳しさを持ちえぬユウではない。

だというのに、そんなつもりは無かったのだけれど、と言い訳の色を含んだ苦笑。

ああ、この矛盾だ。彼女と同じ、理性と感情の狭間を行く、混沌とした色だ。

透き通った瞳が、こちらを見上げている。

彼女にそっくりの、全てを見透かすような瞳が。

 

 

 

 

□ ■ □

 

 

 

 

今日も今日とて通常勤務。

極東支部におけるブラッド隊の日常である。

最近になってラウンジでだらける姿が、やっと板に着いたといった風だ。

リラックスして雑談にふけるブラッド隊を、遠巻きに見る極東勢。

向けられる視線には、畏怖が込められている。

言わずもがな、その中心にはユウがいた。

名前を呼んではいけないあの人。とは、極東におけるユウの扱いであった。

 

「リョウタ・・・・・・」

 

「クルーシオ! ユウさんだって言ってんだろうが!」

 

「バッキャロウお前バッキャロウめ! アバダケダブラされっぞ!」

 

「おじぎをするのだ!」

 

「ィイエエエクスペクト!」(整列)

 

「パットロールルゥァアー!」(一斉におじぎ)

 

――――――聞こえない、俺には何も、聞こえない。(震え)

 

公然の秘密として本名が伏される状況が続いていた。

本人に泣きが入る程の熱の上がりっぷりは、純粋な善意と尊敬からくるものである。

ユウが、何か秘密任務を請け負っていて、その一環で身分を偽っているのだ。という、ズレた認識と、日本人特有の率先した生暖かい気遣いがコラボした結果である。

正直なところ、フライアの危険性は無いと判断されたため、潜入任務は有名無実化し、名を偽る必要性ももはやないのだが、ブラッド隊の面々にはどうにも騙していたような気がして言い出し難い。

 

榊博士に提出した最終報告書には、潜入で得た全てのデータを添付してある。

フライア責任者であるグレゴリー局長は、目先の金色菓子に飛びつく俗物だった。

ユウとしては非常に解りやすく好ましい性格をしているため有り難い。どこかの眼鏡博士局長に比べて扱い易く、また共感が持てて親しみやすいという意味で。

問題は、黒幕最有力候補のラケル博士である。

そもそも潜入のために名を偽らんとしたのは、ラケルの目を誤魔化すためだったのだ。

“物”の流れは思惑の流れ。というのが榊博士の持論であるらしい。イージス島の例をあげられるように、物資が一箇所に集中した時、そこでは何らかの思惑が渦巻いている。

流れていく物資のリストを見れば、大体にしてどのような企みであるかは、榊博士にとっては分析することなど容易いのだろう。

『スターゲイザー』、“星の観測者”の二つ名の通り、榊博士は世界中に目を光らせている。あの眼鏡の輝きは伊達ではないのだ。

趣味の研究にかまけて仕事をサボっているように見え、誰よりも勤勉なのが榊という人物である。

その榊博士の目に、感性に、フライアの何かが引っかかった。

非常に危険性の高い何かが。

だから榊博士はユウを極東へと連れ戻し、リスクの高い、まず間違いなく発覚し挑発行為としてとられるであろう記録改竄まで行い、潜入工作を仕掛けたのである。

ここまでのことをさせるほどに、榊博士を警戒させるものとは何か。

決まっている。終末捕喰だ。

 

だが調査の結果は、限りなく白に近い灰色だった。

詳しく語ることは無いが、ユウはラケルの研究室に忍び込み、榊博士謹製のデータ蒐集メモリーで、研究用PCから情報を抜いていた。

それら研究記録を榊博士が分析した結果である。

神機兵の過剰とも思える配置と資金の流れ、保管管理については首をかしげるところだったが、フライアがフェンリル直轄領であるためと言われたらそれだけであった。

ラケルの姉たるレア博士曰く、神機兵は彼女達の家が家名を背負って始めた事業であるため、その執念の現れであるとすれば理解できる。

むしろ、過剰な物資の要求と配分は、レア博士の陳情によって行われていたのだ。当然バックにはグレゴリー局長の金の力が働いている。私的な繋がりが透けて見えるようだ。

フライアの実験艦という性質を鑑みるに、流れとしてはこうだろう。

ブラッドという最新鋭のゴッドイーターにより、極東の熟練ゴッドイーター達を教導させ、教導マニュアルを作成する。

いずれその働きは世界規模に広げられ、旧型のゴッドイーターを廃し、ゴッドイーターは少数精鋭の集団としてその数を減らすに比し、実力の底上げを狙っていく。

減少したゴッドイーターによって足りなくなった手を、神機兵の物量で押し切る。

つまり、ゴッドイーターの“一品化”と、戦力の機械化による増強である。

いずれは神機兵の軍団を統べる司令塔としての役割が、ゴッドイーターの代名詞となるだろう。

そうなれば見目にも気が使われるようになるだろう。いかにも戦うための機能を前面に出したデザインは廃止され、もしかしたら、コウタが好きそうな美少女をモデルとした外装に代わるかもしれない。

美しい少女の形をした神機兵達に、ゴッドイーターは司令官、あるいは提督などと呼ばれる日も近いかもしれない。

神これ、というのも面白そうだなと冗談ではなく思ってもいる。

合理的かつ効果的な戦略だ。さすがはレア博士、とユウは心の姉の評価を上昇させる。

怪しむべくところのない、クリーンな背景がそこにあった。

不自然なまでに――――――。

 

おそらくは、“掴まされた”のだろう。

犬としての仕事を完遂“させてもらった”のだ。

隠蔽には隠蔽を。そういうことだ。

そうなれば、ラケル博士の思惑は、さて。

意思は形とならなければわからない。

 

幾分かは気軽になったラウンジで、ぎしりとパイプ椅子を軋ませた。

今日もたくさんのゴッドイーター達が極東支部のゲートを出入りしている。

壁を背にしているのは非番のゴッドイーター達。

ユウもその一人である。

予約した物資が届いていないだの数が少ないだのと怒鳴り込んでくる民間人も、見て見ぬ振りだ。

半アラガミの扱いなどこんなものだろう。だがこれでいい。

英雄扱いなど。

さて、近づく気配が。

 

「私です」

 

シエルがペガサス座の煌きをなぞりながら現れた。

小宇宙の高まりを感じる。

 

「私だよ!」

 

ナナが独特なポーズでもって指を突きつける。

月に代わっておしおきされてしまいそうだ。

 

「いやー、ユウが怪我したって聞いて、心配して見に来たんだけど、なんだか平気そうでよかったよー」

 

――――――そうね。ここまで盛大に失敗するともう笑うしかないねっていう。

 

「失敗、ですか?」

 

――――――うん、任務でさあ、急に無線の調子が悪くなって、うろうろしてたらすっ転んでアラガミにがぶーされて。ほら見てよこれ、ミイラ状態。勝手するなって怒られて待機なうだよ。

 

「ああ・・・・・・なるほど。そのようにされたい、と」

 

――――――ん?

 

「解っていますよ。君が言うのなら、失敗なのでしょう。ええ、きっと、無線機が故障したから。その通りです。

 誰も後に続くものが出てはならない行い。それはなんて眩しい・・・・・・失敗でしょうね」

 

――――――そのサクヤさんがレンを見るみたいな目は何?

 

「ただ、あまり怪我をされるのは、その、心配するので、自重してほしいのですが・・・・・・ですが、私が君をとめる権利もなく、その」

 

「あー、ユウ悪いんだー。シエルちゃん泣かせたー。女泣かせだー」

 

――――――ラウンジで人聞きの悪いこと言うのやめようね。ヒバリさんがコソコソ何かインカムで喋ってるから。

聞き覚えのありまくるツバキさんっぽい声が無線で聞こえてきてるから。私を最初に結合崩壊させる約束はどうなったとか聞こえてきてるから。

 

「でもね、ユウ。ほんとに心配かけちゃヤだよ? 私もすっごい心配したし、シエルちゃんなんかもう、見てらんなかったんだから。

 立ったり座ったり、もう支部中ウロウロ歩きまわっちゃって。手をこうあうあうーってさせながらさー。

 次の作戦は、ってジュリウスに聞かれてるのに、カピバラの飼育方法とか答えてたから」

 

「ナナ! それは言わないと約束したではありませんか!」

 

「ごっめーん! えへへ、ユウにはまっすぐ言っても通じないもんね。シエルちゃんもうまいなあ」

 

「違いますよ! 違いますから! 決して君にそんな押し付けがましいことなど、ああ、もう、ナナ!」

 

「へっへー。ユウのこと、まるっとお見通しだ! みたいな?」

 

「もう! もう!」

 

――――――それたぶん見誤ってると思うんですけどね。これ本当に転んだだけだっていう。

 

「はいはい。またいつものアレなんでしょー? もう、私もユウが何したいのかくらいはわかりますよーだ」

 

――――――だからあ、お前も大概節穴アイだなあ。

 

「あはは! いいじゃん、ヒーロー! かっこいいじゃん。ゴッドイーター、って感じ!

 誰にでもできるものじゃないよ。なんかね、私もね、ユウがそうやって一生懸命走ってる姿みるとね、胸のここのとこが、ぎゅーっ、てするんだあ。

 面白いよね。ユウが誰かを救う度に、私は助けてくれなかったのになって、ぎゅーって。

 でもユウには誰かを助け続けて欲しいんだあ。ユウがそのままでいてくれなきゃ、こんな素敵な気持ちにはなれないもんね!」

 

――――――もう所かまわずぶっこんでくるようになったね君。俺はぽんぽんがきゅーってするよ・・・・・・。

 

「ユウ・・・・・・ナナは」

 

――――――ほっときな。発作みたいなもんだから。

 

「えへ、えへへ、えへっえひひ、ひひ、いひひ、いひ」

 

「これは放置してもよろしいのでしょうか」

 

――――――いいです。

 

「私の銃には、常に弾丸が装填してあります。いざとなれば、私が」

 

――――――俺がすべきことだよ、それは。頼むから、その時がきても・・・・・・何が起きたとしても、動かないでくれ。俺とナナの話なのさ、これは。他の誰もが部外者でしかないんだよ。悪いな。

 

「君は・・・・・・はい」

 

「もー、またシエルちゃんとばっかりおしゃべりしてるー。私もまぜてよーもー」

 

「ごめんなさい、ナナ。ええ、一緒にお話ししましょうね。大丈夫ですよ、何も不安に思うことはありませんから。何も・・・・・・」

 

ほほえましいひとときである。

しばらくして、「おかえりー」とナナが明るく声を上げる。

真っ黒な目に、ギルの姿が映し出されていた。その動きを決して見逃すまいとする、獲物を狙う獣のような目に。

“救われるべき者を見る目”だ――――――。

 

「なんだ、お前達も帰ってきてたのか」

 

気のない返事と共に、ギルが帰還。

帽子を目深に被り直し、椅子に身体を預けて座る。

深い溜息。

 

「お疲れ様です、ギル。ハルオミ隊長との連携はどうでした?」

 

「ああ・・・・・・うちの副隊長が抜けた皺寄せがきたせいで、とにかく疲れたがな」

 

――――――あー、俺抜けたからって言われるとちょっときついな。悪いと思ってるからほら。

 

「副隊長の・・・・・・せい?」

 

「おいやめろ、目が怖ぇよ・・・・・・しかし“西側”の自治区から来た移民受け入れも今日で終わりだ。『クレイドル』は上手いやり方だな。人の手はいくらあってもいい」

 

――――――食わせてくには厳しいけどね。公共事業政策ってのは完成するまではいいけど、その後のこと考えたらあんまり褒められたものじゃないし。

 

「“旧ニホン島”じゃ東側以外に人の生存圏はないと思っていたが、存外人間ってのはしぶといもんだ」

 

――――――いくら極東って言っても、ここだけが人の住む場所ってわけじゃないからさ。極東の意味はほら、アラガミ的な意味だよ。

 

「ああ、そういう・・・・・・」

 

「あの、西側、とはなんでしょうか?」

 

――――――シエルは受け入れ任務就いてなかったっけ。ウェイストランドの住人のことだよ。

 

「ウェイスト・・・・・・荒地、ですか?」

 

――――――西、ウエストと“かけて”るんだよ。旧オーサカのオーサカ民族達さ。極東人でもかなり特殊な人種で、笑いや芸に長け生存能力も高い、パワーがある人達のことだよ。

 

「経験を詰んだオーサカ民女性は、無限のごとく飴玉を保存できる特殊収納術を会得している、というあの噂の、ですか? ニンジャと等しい神性存在かと思っていましたが、なるほど、実在したのですね」

 

――――――そうさ。彼らの前での発言には気をつけるように。不用意な言動をすれば、無意識下のカウンター・・・・・・リアクティブツッコミをくらう。命の保障はできない。

 

「やはり・・・・・・ここは、極東なのですね。一瞬たりとも気が抜けない」

 

――――――普段は気のいい人達さ。虎の話しをすると鬼になるだけで。

俺も極東支部の外壁に居つく前にはウェイストランドにいてさー。腕に篭手型のPCつけて、旧軍が遺したパワーアーマー着たりして、遺伝子改良された異様に凶暴な巨大カメレオンとかとガチンコで殴り合いしたりててさー。

 

「だから神機兵の操縦もスムーズだったのですね」

 

――――――PA着るのとは大違いだったけどね。いやあ、なんだかんだであそこもいい所だったよ。時間ができたらまた行きた・・・・・・。

 

「だめです」

 

――――――顔、顔! 近い! 怖い!

 

「だめです」

 

――――――え、な、何が?

 

「許可できません。そんな所に行けば、数ヶ月音信不通になるに決まってます。時間泥棒です。

 きっと君は、世紀末クラフト最高ー、などと夢中になって私の誕生日を忘れたりするんです。息抜きに別の世界線でダブル属性弾強すぎんよー、などと慢心した挙句三度やられたり猫を代わりに戦わせたりするんです」

 

――――――なんか、ごめん。

 

「だからだめです。だめと言ったらだめなんです」

 

――――――いや、でも息抜きは大事だし。

 

「そちらがメインになることが目に見えているのでだめです。本末転倒です。だめです」

 

――――――おこっていますか?

 

「おこです。ファイナリアリティです」

 

「お前達は一体何の話をしてるんだ?」

 

困惑した様子でギルが顔をしかめる。

遊びの中でも滲み出る濃い疲労の色に、シエルがおや、と眉を上げた。

 

「だいぶお疲れのようですね、ギル」

 

「いや・・・・・・副隊長のせいじゃない。さっきのは冗談だ。本気にするな」

 

「その話しは後で落とし前をつけましょう。何かあったのですか?」

 

「何もないさ、何もな」

 

――――――“赤いカリギュラ”の情報なら新しいものはないぞ。

 

くるくると包帯を新しいものに替えながら、何でもないと言った風に告げられたユウの言葉に、ギルは一瞬、腰を浮かしかけた。

浮いた尻をソファーに落ち着かせるのに多大な努力を要しながら、思う。

たまに鋭く刺し込むような言葉を吐くのが、ユウという男だ。

踏み込まれたくないならば、言葉を選ばなければならない。勘が良いなどという話しではない。ユウの胸の裡を拓くような感性は、悪魔染みていて厄介だ。

何も、言うな。

言わないでくれ。

もはや願うような心持ちで、ギルはユウへと返す。

 

「・・・・・・知っていたのか?」

 

――――――事情の方は、なにも。毎日しつこくヒバリさんに聞いてりゃあ、そりゃ俺の耳にも入るさ。口説いてるんじゃないかって、第二部隊のタツミ隊長が煩くってもうね。

 

「おい、いいか、この件に首を突っ込むのは・・・・・・」

 

――――――この前、ギルが俺に言ったことそのまま言ってもいいか? 独断で無茶するな、ってやつ。

 

包帯を巻き終わり、イスに座って壁へともたれかかるユウ。

気取った様子もなく、その表情は透き通っていて、透明だった。

無表情ではない。

だが、どこか空虚でいて、それでいて澄みやかで、ガラスの色のような。

それは。

 

――――――支えあえるのがチームだって思わないか? お互いが支えられるだけ支えあえるってのはさ、そりゃいいもんだよ、な? ギル。

 

どうして、こんなにも。

 

『お互いが支えあえるだけ支えあうのって、相当素敵なことだと思うんだよ・・・・・・ね? ギル』

 

あの人に似ているのか――――――。

轟音がロビーに鳴り渡る。

ギルが、ユウへと迫り、掌を壁へと叩き付けた音だった。

胸元のユウを睨み下ろすギル。

目は血走り、鼻息は荒く、歯は食いしばられていて。

胸倉を掴み上げられたユウよりも、よほど追い詰められているように見えた。

 

――――――シエル。

 

指先を振って、ギルの背後へと視線をやるユウ。

シエルが、ギルの後頭部へと銃口を押し付けていた。

引き金に指はかかっていて、“遊び”分のトリガーは既に引き絞られている。

じっと見やるユウとシエルの視線が交差し、寸瞬、目蓋を閉じたシエルは静かに銃を下ろした。

ギルにとってはそのような事は些事であった。

ただ、ユウを睨み下ろし続けている。

 

「お前は・・・・・・」

 

どれだけの時が経っただろうか。

実際には五秒も過ぎてはいないだろう。だがその場にいた者達には、唐突に沸いた凍てつく気配に、ギルが口を開くまでが数時間にも感じられた。

 

「いいか――――――こいつは、俺の問題だ」

 

頭を振って、強張った指を離しながら、ギルはユウへと背を向ける。

 

「お前には、関係ない」

 

立ち去るギルの背は、小さく震えているようにも見えた。

帽子が深く、ギルの顔に影を落としていた。

 

「何も聞くな・・・・・・頼むから」

 

ユウは問わない。

これ以上、ギルの口から言葉が紡がれることはないだろう。

事情も意図するところはわからないが、ギルが何がしかの感情によってその先を呑んだことは理解していたことだった。

そっか、とユウの曖昧な相槌に、シエルが代わりに問わんと口を開ける。だが、ユウの一指し指にむう、と唇は閉じさせられた。

声をかけるべきではないだろう。

誰にも、触れて欲しくないものはある。

自分自身であってさえ。

 

「副隊長。私とギルに処罰を願います」

 

――――――いいよ、そんなもん。これくらいで一々目くじら立ててたら、これからやっていけないぞ。

 

「しかし、私は命令が無ければ、“引いて”いました」

 

――――――いい、と俺は言ったんだ。お前も気にするな。ギルも悪く思っちゃいないさ。こんなもんだよ・・・・・・こんなもんさ。

 

「ですが」

 

――――――地雷はまだあるんだ。

 

ちら、と視線で示した先には、ナナの姿が。

じっとりと、ギルが去っていった扉を見詰めていた。

熱い闇があった。深遠の虚ろが、光を失った瞳には宿されていた。

ナナの口角は、裂けるようにして釣り上がり、笑みを形作っていた。

 

――――――俺の問題で、お前には関係ない・・・・・・か。同じこと言ったのに、下の根も乾かないうちにさ、自分のこと棚に上げてギルに絡むとか、こいつないわーって思わない?

 

「いえ・・・・・・そのようなことは。ただ」

 

――――――ただ?

 

「少し、寂しいと思っただけで・・・・・・」

 

――――――そうかい。

 

困ったように頬を掻く。

全てわかっているのだろう。

わかったうえで、承知のうえでの行いなのだろう。

拗ねるようにして、シエルは口を尖らせた。

なんだか、ずるい。

君はずるいです、と口に出してみれば、肩を竦めるだけ。

そんな態度では、この気持ちを、胸に灯る確かな熱を、どこまでも深く知っているのではないかと勘違いしてしまいそうだ。

あらゆる全てを見透かしているかのように思えてならない。

事実は誰にもわからぬことだ。

どこまでも遠くまで見通しているのか、それとも目前の何もかもまで見えずにいるのか。

ユウという人物の性格やまとう空気を少しは知れたかと思っていても、これだ。

不可思議な神秘さを感じさせる何かがユウにはあった。

 

――――――ま、男が背負うのは過去の話、悩むのは女の話って相場が決まってる。ギルのあれは女がらみでしょ。たぶん。

 

「女性問題、ですか?」

 

――――――ハルさん的な感じじゃなくてね。過去になってないんだよ、きっと、ギルの中では今も続いてるんだろうな。それで、あー・・・・・・言うのはやめとくよ。ギルが頼むってさ、初めてだから。

 

「君も、その、何か悩みがあるのですか? ナナのことについて・・・・・・」

 

――――――俺かい? 俺は悩んだことはないなあ。ほんと、悲しいことにね。一度くらいは女性問題で悩みたいよ。とっかえひっかえしまくるゲスの極みになってハーフの子とか引っ掛けたりしたいマジで。

 

「君がジョークを挟む時は、何かを誤魔化したい時だということくらい、わかっていますから」

 

――――――俺そんな癖があるのかよ、しょうもない奴だな・・・・・・。

うん、悩んでるって感じじゃないんだ。過去のものになってたんだよ。ナナに会うまで、後悔はあったけど、過去になってた・・・・・・。

ぜんぜん気付かなかったけど、ずっしり肩に食い込んでたんだな。

それで・・・・・・ああ、うん、しょいこんだものが重すぎて膝が折れそうになる時は、あるよ。

 

ユウは問わない。

知っているからだ。

向き合わねばずっと“今”が続く。続いてしまう。

人は矛盾を抱えた生き物だ。例え苦しんだとしても、このままでいた方が楽なのだ。変わらぬままでいた方が。

痛む程に良く知っている。

悩んでいる振りをして、向き合わずにさえいれば、過去にする・・・・・・してしまう痛みと罪悪感を得ずに済むのだから。

これは俺の問題で、お前には関係がない。とは、よく言ったものだ。

つい今しがた、ユウもシエルに述べた台詞である。

向き合うのには、自分しかない。誰の力を借りてはいけないし、借りることなど出来ない。

わかっている。わかっているが、出来ないのだ。

だからユウは問わない。

あんな、帽子の下に少しだけ覗く目で、どこか遠い場所を見詰めている男には。

まるで、懺悔するかのように過去へと想いを馳せることを、怯えている男には。

顔が歪むまで、罪を感じ、己を罰しているのならば。

ユウは問わなかった。

 

 

 

 

□ ■ □

 

 

 

 

よう、ユウ。こうやって呼ぶのももう慣れたな。なに、コードネームみたいなもんさ。だろ?

お前さん、この後暇かい? 一杯付き合えよ。おごってやるからさ、ほら。

ああ、そうだ。ギルの事さ。ちょっとだけでいいさ、聞いてくれ。

いや・・・・・・頼むよ。聞いてやってくれ。馬鹿な野郎二人の話さ。

 

どこから話すべきかな・・・・・・。

グラスゴー支部はな、俺とギルを含めて神機使いが三人しかいない小さな支部だったんだ。

んで、もう一人の神機使いが俺達の部隊の隊長を務めていた。

 

名前はケイト――――――ケイト・ロウリー。

 

ま、俺の嫁だったんだけどね。

いや、いつもの奴じゃないさ。俺の嫁、だったのさ、本当の意味でな。

ここに比べりゃグラスゴーはアラガミの被害も少なくてさ、俺達三人でもなんとかうまいこと捌けてた。

その日も、いつもどおり、簡単な討伐のはずだったんだ・・・・・・。

 

そのミッションでは、ケイトはギルとペアで行動し、俺は別ルートから回り込む形でアラガミを撃破していったんだ。

その時だ。

あいつが現れたのは。

そうだ。赤い、カリギュラだ。

ケイトはそいつとの戦いで腕輪を破損し、アラガミになりかけていたらしい。

アラガミ化ってやつさ。

 

あの時点でケイトは、この仕事が長くてな・・・・・・オラクル細胞の制御にはとっくに限界が来てたんだ。

そんな時に“枷”である腕輪が壊れれば・・・・・・あっという間にアラガミの仲間入りさ。

チームの誰かがアラガミ化した時の対処法、お前はよく知っているだろう?

 

俺が駆けつけた時、もうケイトの姿はそこには無かった。

ギルはケイトの腕輪を大事そうに抱えて・・・・・・ずっと、泣き続けていたんだ。

 

誰の目にも他の方法は無かった。

もちろん軍法上も無罪だった。けど、騒ぎ立てる奴もいてな。

それ以来あいつには上官殺し・・・・・・『フラッギング・ギル』って名前がついて回るようになった。

誰もあいつを責めることなんて出来やしないのにな・・・・・・。

 

なあ、ユウ。一つ頼みがあるんだが、いいか?

赤いカリギュラをぶっ倒すのを、手伝って欲しい。

ギルは一人でやるつもりらしいんだがな、また見失う前に片を付けたいんだ。

ギルを、解放してやりたいんだよ・・・・・・。

 

自分を何時までも、あの場所に縫い止めたままのあいつをな――――――。

 

 

 

 

□ ■ □

 

 

 

 

「ユウはどうした?」

 

「副隊長ならば、先ほどギルと、そしてハルオミ隊長と共に討伐任務へと出撃しました」

 

「そうか。赤いカリギュラか。あいつらしいな」

 

「ジュリウス、貴方は・・・・・・」

 

「どうした、シエル」

 

「アラガミ化した神機使いの介錯を、行ったことはありますか?」

 

「ギルと、ユウか。俺にはその経験はない」

 

「そう、ですか」

 

「第一世代の神機使いが実戦配備されて間もない頃、任務中に神機使いがアラガミ化する事案が多発した。

 当時、介錯を行った者の手記を読んだことがある。彼は仲間を自らの手で討つ苦しみに耐えきれず、次第に他者との接触を極力さけるようになり・・・・・・」

 

「そして、どうなったのですか?」

 

「神機使いを引退後、人との関わりを絶ち、孤独に死を迎えたようだ」

 

「・・・・・・」

 

「情けないが、俺にはあいつらの苦しみをわかってやれない。何をしてやれるのか、正直検討がついていないんだ」

 

「ジュリウス・・・・・・変わりましたね、あなたも。あいつら、なんて、少し言葉遣いが乱暴になったように思えます」

 

「よせ。ユウの影響だ・・・・・・まったく」

 

「それに、気持ちをわかってやれないなんて、そんな言葉があなたの口から出るとは」

 

「お前も、笑うようになったな」

 

「フフ・・・・・・はい、きっと、とても、変わったのだと思います。私たちは本当に」

 

「向き合うとき、か」

 

「誰もがきっと、過去と向き合わなければならない時がくる。それはとても、苦しいことだと思います」

 

「俺達も向き合うべきだ。そうだな、シエル」

 

「はい・・・・・・」

 

「ずっと後悔があった。そう、そうだな・・・・・・俺は怖かったんだ。

 無知だった俺を、己自身で認めてしまうことが。他者を傷付けて生きてきたことに、向き合うことが」

 

「私も、自分の中に心があると認めてしまうことが、とても怖かった・・・・・・何も感じずに生きていられれば、終わりもまた、静かだと信じられたから」

 

「あいつは、どうなんだろうな。何を思って、何を感じているんだろう。

 話していると、全てわかっているんじゃないかと、そう思うときがある。まるで“鏡”のようだ。あいつを通して、俺は自分自身を見ていた。

 “鏡”に己を問えば、“私は貴方”だと返ってくる。当然のことだ。あいつの心が、見えなくなる時がある」

 

「案外、何も考えていないのかもしれませんね」

 

「冗談を言うようになった。あいつに限ってそれはないだろう。

 見事な作戦、先読み、情報戦・・・・・・全てが知識に裏打ちされたものだ。

 明らかな戦術思想が見える。それが計算通りであるのか、勘働きを信じているのかは定かではないが」

 

「不思議な人です、副隊長は」

 

「そうだな。不思議だ。不思議と、信じられる。大丈夫だと感じさせられる」

 

「はい。きっと・・・・・・」

 

「そうだな。きっと、うまくいく」

 

「貴方も」

 

「うん?」

 

「貴方も、よく笑うようになりました。そちらの方が、よろしいかと思います」

 

「はは・・・・・・そうか。まったく、お前が羨ましいよ、ユウ」

 

 

 

 

 

 

 






お待たせしました。
シエルにめっ、てされたので極東に戻ります。

ギル編から続いてナナ編、そしてロミオ編と重いストーリーが続いていきます。
これは、救われるための物語でありますので。
ギル編だけで書き直し六回以上してました・・・・・・初回保存日時が去年の11月になってました。
あまり長くとらずに、スピーディな展開にしていくべきか・・・・・・!

あああ、息抜きが必要だァ荒地が私を待ってるんだ・・・・・・ヌワーッ!


『おまけ』

非公式記録。
以下は神薙ユウの来歴の説明を、シエル・アランソンより受けるレア博士の記録です。

対象: レア博士
インタビュアー:シエル・アランソン

【録画開始】

レア博士:嘘でしょう?
シエル:博士が知りたいと申し出たのではないですか。私は事実を述べたまで。
レア博士:フェンリルが世界統一企業となる前は、旧態然としたとある財団であったことは私も知っているわ。でも。
シエル:世界の崩壊を防ぐために、この世ありえざるものを保護していた財団です。オラクル細胞の蔓延は、RKクラスの世界終焉シナリオに該当するものでしょう。
レア博士:そのシナリオが始まったから、舞台の主役争いをしていた役者達は皆、地球を去ったと言いたいの? 危険なその、物達は。
シエル:レア博士、どうしてあなたはフェンリルの前身たる財団の存在を否定されるのですか?
レア博士:こんなことはあり得ないからよ。彼の正体が、その旧フェンリル財団の戦闘員の血を引いたニンジャで、神拳カラテを扱うですって? 馬鹿気てるわ。
シエル:カラテの技は全て科学的に証明されており、ニンジャの存在を疑う余地はありません。博士も資料をご覧になったでしょう?
レア博士: あんなもの屁理屈でしょう! 確かに固有振動数の求め方は合ってるわ。でも物体の重さやばね定数を目測で調べることなんて不可能だし、人間が正確に10Hzの打撃を撃ち込めるわけがない!
シエル:共振パンチ!
【シエルが115Hzの打撃を撃ち込みデスクが四散する。5秒間の沈黙】
シエル: ええ、実際にご覧になってもまだ信じられませんか?
レア博士: 嘘よ・・・・・・まだオカルトの方が信じられるわ・・・・・・。
シエル:オカルトではありません。そんなものは大衆操作に躍起になっている救世組織に任せておけばよろしい。
レア博士:こんなの……私は信じない……。
【窓ガラスの割れる音。極東所属ゴッドイーターのエリナ・デア=フォーゲルヴァイデが飛び込んでくる】
エリナ: 大変です! アラガミの大群が攻めてきました!
シエル:機動部隊で鎮圧できないのですか?
エリナ:それが今回のアラガミの襲来には感応種が混じっていて、高レベルの極東部隊員でも太刀打ちできないんです!
シエル:まさかそんな・・・・・・。
エリナ:とにかく加勢をお願いします!
シエル: わかりました。レア博士は危ないのでここで待っていてください。

【割れた窓ガラスの向こうへ飛んでいくシエルおよびエリナ】
【一人残されるレア博士】
【録画終了】


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