フェンリルに勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない   作:ノシ棒

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ペイラー・榊の遺した著書の中に、次のような一節が記されている。

 

『当時、ただでさえ数の少ない“新型”において、彼は輪を掛けて異端だった――――――』

 

幾度となく世界を救い、多くの伝説を残したフェンリル極東支部第一戦闘部隊。

その部隊長を長年務め上げたある男の名は、“ゴッドイーター”達の一種の信仰とさえなっていた。

今や“神”は地上に降り立ち、人を喰らう存在となった。

流星の如く現れた若き英雄に、人々が救いを求めたのは、自然な流れであったと言えよう。

 

『流星の如く、とは我ながら言いえて妙だと思うよ。彼が放った一筋の光が、誰もが永遠に続くと思っていた夜を斬り裂いたんだ』

 

榊がその男の事を語る際、決まって星に例えるのは、榊がスターゲイザーと呼ばれる所以だろう。

彼を流星と称したのも榊なりの皮肉なのかもしれない。彼はきっと、それこそ流星のように流れて、堕ちて、消えてしまいたかったに違いない。死にたがり、というよりも、生き急いでいるように見える、そんな戦い振りだった。一瞬の内に命を燃やし尽くし、閃光のように輝いて人々の心を照らし、そして静かに消えていく。彼は自分がそんな人生を歩むと、そう覚悟していた節があった。

それをさせなかったのが榊と、彼を支えた仲間達である。

中でも、かつて“アラガミ”への復讐に狂った少女が、彼の支えとなるためにもっとも尽力したというのだから、人生とはどうなるか解らない。とは榊の言である。

榊が彼に出会ったのは……否、榊が彼を一方的に知るようになったのは、彼の新型“神機”適合実験に立ち会ったのが最初だった。

そう……実験だ。

新型はその複雑な内部機構のために、搭載されている“オラクル細胞”の配列が特殊な物となっている。

新型の絶対数が少ないのは、複雑化に比例して増大するコスト面についての問題もあったが、何よりも特殊なオラクル細胞に適合できる人材がほとんどいなかったことにある。

オラクル細胞に親和性を持つ人間は珍しくはない。だがその大抵は、旧型のオラクル細胞……単純な細胞配列に対してしか、適合資格はなかったのだ。

それは新型神機が複数のアラガミのデータを元に構成されているためであった。

そもそも神機そのものが人為的に調整されたアラガミと言っても過言ではなく、未だ完全には解明出来ていないような代物である。新型とは、よりアラガミに近い、理論から現物まで作った側にとっても混沌としていて、非常に謎の多い神機だった。

理論も解らないものをただ“使える”から、という理由で戦力に加えなくてはならないほど、人類が追い込まれていたとも言えよう。

――――――西暦2071年。

世界は神々、アラガミによって喰い荒され続けていた。

当時より数十年前、北欧地域にて発見された新種の単細胞……オラクル細胞。

初めはアメーバ状でしかなかったそれは、半年後にはミミズ程の大きさにまで成長し、そして一年後には、異形の化物となって大陸を滅ぼした。

オラクル細胞は爆発的に発生、増殖を繰り返し、地球上のあらゆる構成物質を“捕食”しながら急激な進化を遂げ、凶暴な生命体として多様に分岐したのである。

人々はそれの多様性と脅威に畏怖を込めて、極東の八百万信仰になぞらえ、アラガミ、と呼んだ。

アラガミは一個の生命体に見えて、その実はオラクル細胞の集合体である。群体がアラガミの本質だった。

あらゆる全てのもの……生物から無生物までを捕喰するオラクル細胞から形成される身体には、既存の兵器は一切の効果が無なかったのである。銃弾を撃ち込む端から吸収されていく様は、悪夢としか言いようがない。

“食べ残し”である人類には、もはや終焉を待つ以外に道は無いと思われた。

そんな時、同じくオラクル細胞を埋め込んだ生体兵器、神機が生科学企業“フェンリル”によって開発される。

オラクル細胞に抗するには、オラクル細胞を用いるしかなかったのだ。

そして自らの体内にオラクル細胞を摂取し、神機と自らを連結させるゴッドイーターが編成されたのである。

人類の対抗手段は、神機を操るゴッドイーターのみ。

限られた土地に築かれた壁の内側へと人々は身を潜め、旧時代の戦闘、つまりは生身での“狩り”を繰り返していた。

戦力の補充は、人類にとって最優先事項であったのは言うまでもないだろう。

国という概念が崩壊した今、アラガミ防壁に囲まれた局地都市“ハイヴ”を建造し、それらの統治機構としても働いているフェンリルの命に逆らう事は許されなかった。

配給を受けている限り、適合する“偏食因子”が発見されたのならば、ゴッドイーターとして使命を背負うことを拒むなど出来ないのだ。

ただの一般人でしかなかった彼もまた、喰うか喰われるかのゴッドイーター候補として、フェンリルによって選ばれた者の一人であった。

彼が見出されたきっかけは、外壁より侵入したアラガミに襲われた際に負った傷の、治療のため受けた血液検査からだった、との資料が残っている。

黒髪、黒目。身長は平均よりやや高め。顔つきは柔らかいが、目立って美形という訳でもない。

容姿として取り上げるのはその程度しかない。

前歴は無職。

荷物運びやガレキ集めなど、日銭を得てその日暮らしの生活をしていたらしい。

何故これほどの人物が市井に紛れて生きて来たのか、と誰もが首を捻ったが、彼の仲間達からすれば、それこそが彼の望みだったのだと口を揃えたことだろう。

本来、彼は闘争を好む性質ではない。

彼はアラガミに追い込まれ、死の危険に常にさらされながらも、それでもたくましく生き抜く人々の暮らしを愛していたのだ。

だから自分をその中に置きたいのは当然の事だ、と。

だが榊の意見は違う。

彼は待っていたのだ、とそう思っている。

ある意味、彼自身が彼一人の身の内に収まり切れないその才能の被害者であったのだろう。

彼は理解していたはずだ。自分が特別であるということを。

ならば彼は、自らに相応しい武器……新型神機が世に生み出されるその時まで力を蓄え、雌伏の時を過ごしていたと考えるのが自然である。

新型の開発情報は外に漏れることは一切なく、それを彼が知り得ることは絶対に無かったはずだが、しかし榊はそう感じていた。

彼は信じていたからだ。人の可能性を。必ず、アラガミを打倒し得る刃を、人は手に入れると。

そして、事実そうなった。

彼の行動に偶然はない。

かつての歴史に名を残す武将たちが、自らが動くべき機が訪れるまで座して待っていた、というエピソードは山のようにある。彼もきっと、そうなのだ、とそう榊は理解していた。

それも、彼を観察してようやく理解できた一端でしかないのだが。

当初、榊は彼を哀れな生贄としか見てはいなかった。

治療の際に行った血液検査により、彼は神機の適性因子を保有していることが判明した。

多くの例に漏れず、単純な細胞配列である、旧型神機への適性因子だ。

そしてフェンリルの決断が下された。彼は、“新型神機の”適合実験に選出されてしまったのだ。

未だ未知の部分の多い新型である。適合者の選出には慎重を機せねばならなかった。だが、フェンリルはデータを欲していたのである。

今後の戦況に置いて、新型が神機の主流となっていくのは間違いがない。

しかし適合段階において、その者が適合に失敗した場合、一体何が起きるのか。それは誰にも解らなかった。

旧型の神機では、非適合者は神機に喰い潰され、肉塊と為り果てるのみである。

現在はコンピュータ選出の精度も上がり、適合審査中の事故は希ではあるが、それでもゼロではなかった。

それも適合審査は軽いパッチテスト程度である、として公共電波で告知されているのだから、フェンリルがどれだけ適合審査に重きを置いているかは理解できよう。

最悪、新型の適合に失敗した者は、アラガミ化することも想定内であった。

早急に調査せねばならない。

では、どうやって?

簡単である。意図的に非適合者を選出し、適合審査に掛ければよいのだ。

つまり、彼が新型の適合者として選ばれたのは、不幸な偶然でしかなかったのである。

生贄だったのだ。彼は。

もっと言ってしまえば、榊でさえも目を見張る程の彼の適合率の高さは、旧型神機をしてのものであり、そのため新型への適合は絶対に不可能であると思われていたのだ。

そして実験当日。

榊は自らは観察者であると、そうでしかないと本分を強く意識し、痛む良心を誤魔化しながら、ドームの中にいる彼の姿を見降ろしていた。

灰色の空間に連れ込まれた彼への第一印象は、影が薄い男、というのが正直なところ。まるで空気のようだ、と榊は思った。

退院してすぐの病み上がりで、着の身着のままで連行されたのだから無理もないが、どうにも彼からは意思というものが感じられなかったのだ。

それがまったく動じずにこちらを警戒していた、彼の冷静さの現れであると榊が思い至るのは、もう少しの時間が必要になるのだが。

そこは、常はゴッドイーター達の訓練室として使われる部屋である。

特殊合金の壁で四方を囲まれた部屋ならば、“アラガミの成り損ない”が一体暴れる程度、どうとでもなる。

部屋の外には現職のゴッドイーター達を待機させてあった。

隣にいる雨宮ツバキには、不幸な事故だった、という目撃証言を言わせるためだけに、極東支部初の新型適合審査であるということだけを知らせて連れて来ていた。

お膳立ては整っていた。

自らが断頭台に上げられたのを知ることもなく、人々を守るのだと期待に胸を膨らませる若者を、そうと知って、そうとは知らせず、よってたかって殺そうとしている。

そして、当時の支部長と榊達による監視の中、彼へおざなりな建前だけの説明が行われ、公開処刑が始まった。

哀れみを込め、それでも余す所なくこれから起きるであろう事を記憶しようと、彼を見る。

ふ、と。

一瞬、彼が顔を上げた。

 

「――――――」

 

その時彼が何と口にしたかは解らなかった。

ただ、唇の動きを読む限りでは「ありがとうございます」と、彼はそう言っていた。

支部長が気付いた様子はない。

彼は、榊のみを見詰め、そして再び視線を前に戻していた。自らが振るう事になる、神機へと。

――――――後のことである。榊が、あの時何故礼を述べたのか、と彼に問うたが、彼は曖昧に笑って答えなかった。

これも榊が、彼が自分の運命を自覚していたことを思わせる、判断材料であった。

彼の選出にあたっては、榊も少なからず関係していた。否、むしろ、彼をと決定したのは、榊である。

支部長は誰でもよいというスタンスだったが、榊は違った。流れる涙は少ない方がいい。家族血縁友人関係に至るその人物の人間関係を全て洗い、孤独に生きる者、つまりは彼のような人間を使えと支部長に意見していた。

そして彼はそれら条件に完全に一致していたのだった。

科学のために。人類の未来のために。

その二つの言葉を免罪符に、自身の罪悪感を薄れさせたことを自覚しながら。

つまり、榊もまた、一体何が起きるのかという好奇心を抑えることが出来なかったということだ。

実体を見せぬフェンリル本社を悪し様に指差すことは出来ないと、榊は自嘲するしかなかった。科学者の業である。

支部長に促された彼が、静かに神機との接続機へと手を差し入れた。

巨大な鉄の箱を上下二分割にしたような装置には、中に神機が――――――アラガミを殺すために人が磨いた、牙が収まっている。

剣に、銃に、盾。三つの種の異なる兵器がそれぞれ融合したような、巨大な鉄塊。

これら三形態を自在に使い分ける、新型神機である。

手を置く部分には、ネジを締めるナットを半分に割ったような腕輪の片側が。ここに手を入れることとなる。そして入れたが最後、彼は人ならぬモノへと変質し、ゴッドイーター達に狩り殺されるのだ。

榊には、人の反逆の希望が詰っているはずのその箱が、ギロチンのようにも見えた。

命を刈り取る装置という意味合いでは、全く同一の代物であるのだから、その印象も間違ってはいないだろう。

油圧ポンプが軋む音。

大きな金属音を立て、装置が結合された。

神機の結合機と共に、彼の命運も閉ざされる……かに見えた。

神機結合の際のオラクル細胞注入は、人間に強大な力を与えることになる。

膂力の強化、反射神経の増大。

いってしまえば、半分人を辞め、アラガミに近しい存在へと肉体改造をするということだ。

当然、それには苦痛が伴うこととなる。

しかし彼は、平然としていた。

平然と、である。

苦痛にのたうち回る様子も、予想されていた人からの大きな逸脱も、まるで見られない。

そして結合機が開かれ、適合審査の結果は――――――成功。

極東支部初の、新型神機使いの誕生である。

高い旧型細胞への適合率は、そのまま新型機への適合率へと置き換わっていた。

異常事態である。

否、これをただ異常と言ってしまうのもどうだろう。先も述べたが、新型は未知の領域が多い神機であったのだ。

新型神機を持つ新たなゴッドイーターは誕生したが、しかし実験の主旨としては、失敗である。

結局、新型“が”非適合者をどうしてしまうのかは解らずじまいだった。

フェンリル上層部としては当然、面白くない。

今回の実験は、本部からの指令だったのだ。

極東支部に命令が下ったのは、当時の支部長が必要であれば道徳に反する行いをするのに、何の躊躇もない人物であったからだろう。

そして新たにゴッドイーターとなってしまった彼に対するフェンリルの風当たりは、露骨だった。

碌な訓練もさせず、即座に実戦投入である。

彼と同チームに配属されたもう一人の新人……旧型神機適合者であったが、こちらは神機の取り扱いや基礎教錬は修めさせられていたというのに、彼にはその期間すら与えられなかったのだ。

これにはフェンリルにとっては“事故”の目撃者とするべく実験――――――それを当人には実験と伝えられてはいなかったが――――――に参加させていた雨宮ツバキが、教官として人としても異を唱えていた。悪い意味合いでの目撃者となった彼女の言など、取り上げられることもなく意見具申は無視された。

なんとか榊の権限により帰投率一位のリンドウ班にねじ込んだはよかったが、彼にのみ、初任務をこなした後もインターバルを挟まずに、息を吐かせぬような連続戦闘任務が待っていた。

神機に選ばれたと言ってもいい、特異な状況下でゴッドイーターとなった彼の戦闘データ取得、という名目で本部が下した決。

それは、前線での全戦闘作戦参加、であった。

露骨な抹殺指令である。

本部の息が掛かっていたのだから、リンドウがどれだけ拒否しようとも受理されることはなく、そして彼に付き合わされる形で激務を負わされる事となったもう部隊員達には、手を合わせるしかない。

第一部隊任務は当然のこと、第二、第三部隊の戦闘作戦にまで駆りだされ、時には彼一人で、単独任務に当たることも少なくはなかった。

だが彼は、まるで戦うことがゴッドイーターとなった自らの使命なのだ、と言わんばかりに、全ての任を勤め上げたのである。

同時に、本部が名目上要請していた戦闘データも十二分な物を彼は提出していた。

彼の戦闘法は特殊であり、戦闘毎にあらゆる武器種、銃種を組み換えて出撃するのを繰り返す、というスタンスを執っていたからだ。

新型には形状の組み換え機能も備わっていたが、一部でも変えてしまえばバランスや重量の変化が激しく、それはもう別の神機となるも同然である。

通常のゴッドイーターでは一つの神機に慣れるまでに時間が掛かるというのに、彼はそれを完全に無視していた。

あらゆる武器、銃、盾をまるで自身の肉体の延長として扱っていたのである。

この点だけでも、榊でなくとも彼を異端と言いたくもなるだろう。

ここまで完璧な戦闘データを提示されては、本部もぐうの音も出なかった。しばらくして彼への干渉はなりを潜めていった。

そして様々な事件を経て、彼はリンドウに代わって第一部隊隊長に任命されることとなる。

 

『異端なんて、正に彼のためにあるような言葉だね。彼はきっと、神を殺すために地へと堕ちた、救いの禍星だったのさ』

 

榊が彼を期待の新星だと見なしたのと、同時期のことであった。

彼の名は、加賀美リョウタロウ。

後の世に、最強のゴッドイーター“神狩人”と称されることになる、その人である――――――。

 

 

 

 

■ □ ■

 

 

 

 

ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない。

いくら俺の特技がやせ我慢だったとしても、限度というものがある。

まず休みがない。

給料が安い。

同僚にアレな奴が多すぎる。

そして飯がまずい……これは食えるだけありがたいけれど。

エトセトラエトセトラ、挙げれば切りが無いが、まあここらはどこの会社にだってあることだ。

労災が下りるだけ良い方、と言えなくもない。

問題はそんなことじゃあない。

そもそも就職した――――――させられた経緯がおかしい。

アラガミの襲撃でちょっと怪我して入院して、やっと退院したぜと家で寝ていたら、何人ものとてもカタギとは見えない黒服達が押し入って来て「来い」の一言。

背広にはやたらとオサレな狼のエンブレムが。

今や実質世界を支配する、フェンリルの社章である。

何故ここにフェンリルが? などと混乱していると、無理矢理トラックに押し込まれていた。

このご時世、フェンリルに逆らう馬鹿はいやしない。

俺がこうして悠々自適の自宅警備員をしていられたのも、フェンリルのおかげである。もちろん皮肉だ。

就職という概念すら危ぶまれるような場所であることを、お偉いさん方は知らないのだろう。

ほったて小屋エリアの住人なんてそんなものである。

働きたくても働けない。腹は減る一方。身を守ってくれるアラガミ防壁も、毎日眺めていたら息が詰る。

不満は募るが、じゃあとフェンリル職員に文句でも言うような度胸もない。壁の外に出されたら、即アラガミに食われる自信がある。

だから来いと言われたら行くしかないのだ。

トラックに揺られ、そして連れてこられたのが、フェンリル極東支部。通称、アナグラ。

ゴッドイーター達の寝床である。

ゴッドイーター――――――アラガミと戦う者達。

世界中がアラガミに食い荒らされているというのに、それでも人間が滅びを迎えてはいないのは、彼等のおかげといってもいいだろう。

しかし、なぜ俺はここに連れて来られたのだろう。

猛烈に嫌な予感がする。それしかしない。

疑問を挟む余地なく、あれよという間に神機適合審査である。

なんだ、この超展開は。

呆然としていると、何だか偉そうな人が登場。ありがたい演説をしてくれているが、聞く余裕なんかなかった。

どうしてこうなった、と天を仰ぐと、そこには――――――女神が、いた。

上着からこぼれ落ちんばかりの、いやもう半分まろび出ている、禁断の果実よ。

おい、そこの眼鏡のおっさん邪魔だどいてくれ。

念を送っていたら通じたのか、おっさんが半歩下がってくれた。

「ありがとう」、と小さく礼を言っておく。

これで俺は後10年は戦える……などと、思っていたら。

本当に戦わされる羽目になりましたとさ。

 

「おい、警報だ!」

 

「解ってますって! 行こうぜ、リーダー!」

 

「行きましょう! リョウ!」

 

名前を呼ばれて我に返る。

そうだね。

今日も今日とて、愉快な仲間達と一緒にアラガミ退治。

そう、俺の仕事はアラガミと命を掛けて戦うこと。

世界一なりたくない職業、ゴッドイーターなのであった。

任務遂行は死守なんだぜ。

死ぬ気で頑張れって意味じゃない。死んでもやり遂げろってことだ。

すごいだろ。

つまり逃走は許されないってことだ。

そいつは暗に、逃げたら解ってるな? ということでもある。

任官初日、リンドウさんはガチガチになった俺の気を解そうと、やばくなったら逃げろなんてギャグをかましてくれたけどね。

笑えるだろ?

笑っておくれよ。

ははは、はは……。

出撃嘆願書その他諸々をカウンターへ提出しに行くと、受付のヒバリ嬢が、「頑張って下さい」と頬笑み掛けてくれる。

天使のような微笑みの裏には、計りしれない黒さが潜んでいることを俺は知っている。

この娘、可愛い顔してトンデモない。

俺が稼いだお給料を、こっそり着服してやがるのだ。

ゴッドイーターの給料は歩合制。

頑張れば頑張った分だけ金が貰えるシステムだが、定額でない分、金の流れや使い道への管理があやふやなのである。その隙をこの娘は突いたのだ。

解っていても強く言えないのは、俺が弱味を握られているからだ。

この娘と初めてあった時、俺の前方不注意で正面衝突してしまったのである。

後は……解るな?

彼女の胸をがっつりと掴む、セクハラ男が一人。

一応は企業の体裁をしているだけに、こういう事件にだけはやたらと厳しいフェンリルだ。

セクハラで捕まえられるのだけは勘弁してください。

俺が社会の底辺のフナムシであっても、なけなしのプライドくらいある。

そういう訳で、彼女に給料を貢ぐのを止められないのであった。

口止め料である。

ヒバリ嬢の笑みが怖くてたまらない。

 

「リョウ、顔色が悪いように見えますけれど、大丈夫ですか?」

 

ああ、アリサ。

今日も良い下乳だげふんげふん。

んんっ、げふんっ、げほげほ。

何でもないよ。

うん、もう平気平気。

むしろみなぎってきた。

今の俺は神だって殺せるね。

 

「ならいいのですが……」

 

肩にそっと手を置いてくれるアリサ。

労わりの気持ちが流れ込んでくる。

新型同士の“感応現象”というやつらしい。

しかしあれだね。

アナグラの奴らはみんなド派手な格好してるね。

俺? 俺は任官した時に配給された制服を着てるよ。

それしか服がないからね。

私服どころか私物まで、ここに越してくる時全部手違いで処分されちゃったから。ちきしょん。

おかげで遅寝遅起きな不健康生活を送っていた俺が、見違えたように超ストイックな修験者生活をするようになりました。

あ、やばい、泣けてきた。

つらいなあ。

 

「リョウ……」

 

ああ、うん、出撃ね。

おお、近場じゃないか。この分だと徒歩でいけるね。

さあみんな今日もお仕事がんばろう。

無理してるんじゃないかって?

してるよ。

ヤケクソだよ。

毎日お腹がシクシク痛むんだよ。

今日もきっと神機様がハッスルしちゃって生きた心地がしないんだ。

そうに決まってる。

本当に、もう俺は限界かもしれない。

 

 

 

 

■ □ ■

 

 

 

 

「いってらっしゃい。どうか、ご無事で」

 

ヒバリは戦場へと赴く彼等の背を見送って、深く頭を下げた。

防衛班や偵察半、アラガミと戦うには多くの人員が必要であるが、しかしこうして自分たちが無事で暮らせるのは、前線で戦う彼等のおかげであるとヒバリは信じている。

積極的自衛という第一部隊の任務によるものではない。

彼等の気高い精神が、見るものにそう感じさせるのだ。

否、彼等を率いる彼の魂が、と言うべきか。

ヒバリは慣れた手つきで、いつものようにコンソールを叩く。

孤児院のリストを開き、送金しますかのタブに、イエスと打ち込んだ。

名義は加賀美リョウタロウ。

彼が任務中に稼いだ金銭は、全て慈善団体に募金される手はずとなっていた。

命を掛けて稼いだお金なのに、自由に自分のために使ってもいいはずなのに、彼はそれをしない。

ヒバリの前方不注意で廊下でぶつかってしまったのが、リョウタロウとの初めての出会いだった。

その時のリョウタロウはとても急いでいた様子で、ミッションカウンターに給与の振込み口座番号のメモ書きを残し、逃げるようにして去っていった。

ゴッドイーターには秘密主義や個人主義者が多く、給金のやり取りをミッションカウンターで行う者がほとんどである。

リョウタロウもまた手続きのために訪れたのであろうが、とヒバリは首を傾げながらカウンターに座り、コンソールを立ち上げた。

ヒバリはミッションカウンター担当職員、兼ゴッドイーター補充要員であった。

よほど急いで書いたのであろう走り書きのメモは文字がかすれ、口座認証できるかと焦りもしたが、その通り打ち込んでみれば驚愕がヒバリの背筋を駆け巡った。

告げられた口座は、アラガミ被害によって孤児となった子供達のための施設団体のものだった。

全額、などと彼は言っていたが、流石にそんなことは出来ず、ヒバリは定額を施設へと寄付する手続きをすることにした。

残りは、フェンリルから各個人にあてられた社員専用口座に振込されるように設定した。

こちらは金銭の扱いに不精のゴッドイーター用に、厳重な管理の下、ミッションカウンター担当者に番号等の閲覧が許可されたものである。

カウンターから調べたリョウタロウの口座番号と、孤児保護施設の口座番号は似たものであったため、ヒバリは打ち込みを二度ほど間違えたことを覚えている。

ヒバリの善意によって行われた手続きは、しかし彼にとって非常に不服だったようだ。

口座の送金記録を見た彼は、ヒバリを何か言いた気に睨みつけていたのだ。

まるで、金などいらないと訴えるかのように。

ヒバリからしてみれば、訳が解らなかった。

それは彼が血肉を削って稼いだ金なのだ。自由に使う権利があるはずなのに。

しばらくしてリョウタロウを観察する内、ヒバリは気付いた。

彼が私服を着ている姿を見た事がないことに。

任官時に何着か配給される制服を、着回しているのだろう。

聞けば、私物すら部屋に持ち込んでいないらしい。

きっと、ほとんど全部を寄付してしまったからに違いなかった。

ヒバリはその日、人知れずカウンターの影で泣いた。

ゴッドイーター達は、皆多かれ少なかれ、主張の激しい人物達である。

自分がいつ死ぬか解らないのだから、誰かの記憶や記録に残りたいと、奇抜な言動や格好をしたがっているのだ。

冗談のように三枚目的な格好を付けたがる男もいるが、彼のあの態度も全てポーズである。

だがリョウタロウには、個性というものがまるで無かった。優しさが服を着て歩いているような男だった。

優しい人、というのは人として最大の賛辞であるが、しかし優しさだけしか取り柄がないのだとも言える。

リョウタロウは、ただゴッドイーターという機能を果たすためだけの、一個の装置のように己の身を置いていた。

きっと彼は、自分が幸せであることと、すべき使命を切り離してしまったのだろう。ヒバリはそう思った。

ツバキ教官が常々口にしていた言葉がある。

任務に私情を挟むな――――――。

それは大いに同意する所であるが、しかし彼を見ていると、思ってしまうのだ。

誰かを守りたいと思う心も、綺麗な場所を守りたいという気持ちも、すべて私情ではないのか、と。

ならば、任務を完全にこなすには、それを完遂するだけの装置とならなくては。

機械の器に閉じ込めた神でしか、アラガミを滅ぼせないというのなら。

その機械によってのみ人々の平和がまもられるというのなら。

神機を振るうのは、人である必要があるのか。

ただ、戦う。それだけで十分ではないか。

それでこそ多くを救えるのではないか。

彼の信念が、見えたような気がした。

 

「どうか、どうかリョウタロウさんに救いが訪れますよう。お願いです、神様……」

 

ヒバリは一心に、産まれて初めて神へと祈りを捧げた。

 

 

 

 

■ □ ■

 

 

 

 

腕が軽い。

まるで神機が羽のようだ。

目の前には、女性の半身を風船に括りつけたようなアラガミ……ザイゴート。

中世の拷問器具の様な硬質な体躯を持ったアラガミ……コクーンメイデン。

それら二匹とは一線を画する巨体を誇る、見上げる程の巨大な鉄蠍のアラガミ……ボルグ・カムラン。

ザイゴートやコクーンメイデンの援護射撃をかい潜り、討伐対象であるボルグ・カムランの胴体へと斬りつける。

 

うおおおお――――――ッ!

 

「すっげ……あんな激しい攻撃を一発ももらわずに張り付いてる」

 

違うからね?

これ、雄叫びじゃないからね?

悲鳴だから。絶叫ですから!

全部紙一重で避けてるもんだから、本当に生きた心地がしない。

うう、でも止められちゃうと本当に死んじゃうんだもんなあ。

俺の体は、今、俺の意思で動いてはいないのだった。

気分はアクションゲームのキャラクターである。ゲームとかやったことないけど。

あっちに行け、こうしろ、といった大雑把な命令は下すことが出来ても、細かい身体の制動は完全に乗っ取られている。

神機を握ると必ずこんな風になるのだ。

視点が俯瞰カメラのように、自分を頭上から見下ろすように広がっていく。

オート攻撃にオートガード。

全自動戦闘である。

しかも俺の意識がついていけないくらいの超高速戦闘だ。

これ、確実にオラクル細胞が脳に影響及ぼしてるよね? 神機が俺の身体のっとってるよね?

でも正直に言っちゃうとメガネの人に解剖されそうで怖い。

うう、本当、頑張ってくださいお願いします神機様。

 

「おいコウタ、馬鹿みたいに口開けてんな。俺達も加勢するぞ」

 

「わかってるって!」

 

ああ、ソーマ。

俺の味方は君だけだよ。

アリサは俺の邪魔をしたくないって言って、周囲の哨戒するとかで早々にどっか行っちゃうしさあ。

見捨てられた?

俺、見捨てられたの?

ねえアリサ、君本当は俺のこと嫌いなんでしょ?

あれかな、過去を見ちゃったから、とか?

いやでも、それはおあいこ……でもないな。男女の差ってやつか。

そりゃ当然女の子の思い出の方が価値ありますよね。

女の子のプライベート覗いたら普通に駄目だよね。

嫌われるのも当然じゃん……うわー泣きそう。

 

「くっそ、リョウ! ヴァジュラがそっち行ったぞ!」

 

「雑魚共は任せとけ。お前はそいつらを仕留めろ!」

 

おいぃ、二体同時とかこれなんて無理ゲー?

あとコウタ。

お願いだからもっとよく見て。

ライオンのような巨大なネコ科動物の身体に、髭を蓄えた厳めしい人間の頭――――――。

それヴァジュラちゃう。

ディアウスや。

ヴァジュラの上位種や。

今相手してるこれも普通のボルグ・カムランじゃなくて何か赤いしさあ。

三倍速いような気がするよ。

 

「こっちは任せとけ!」

 

「ああ、お前は全力で戦え!」

 

止めろよ。

コクーンメイデンに二人掛かりとか。

こっち来てくれよ。

仲間だろ。

ちくしょう。

ぎゃーす、という鳴き声が聞こえる。

これは確実にロックオンされたな。

はは、ははは……。

 

「へへっ、あいつ笑ってやがる。やっぱすっげぇの」

 

そうだねすごいね。人間って恐怖が振り切れると、笑えてくるんだからね。

自分の意思を離れて足が前に進んでいく。

今日も神機様は絶好調である。

お願い誰かたすけて。

もう俺は本当に限界かもしれない――――――。




あじん、どぅばー、とぅりー! 
日曜朝7:30からはアナグラスーパーヒーロターイッ!
『美少女捕食戦士カノン・ダイバー!』
ちゃーちゃーちゃらっちゃーちゃちゃー! (ゴシャァァァ!)※効果音

【行くは死、引くも死、ならば引き金を引くしかない。狙うは敵、立ち塞がるは友の背―――ならば引き金を引くしかない。君は神機の輝きを見たか――――――】

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