仮面ライダーW×リリカルなのは ~Oの願い事~ 作:アズッサ
Mな願い/迷子を捜して
風が吹く。春を告げる温かな風だ。その風は街を駆け巡り、風車を廻す。この街の名は『風都』。ここでは何の事はない、いつもの光景である。この街は風の街だ。風が吹けばそれは風都という街が生きているという証である。高層ビルの合間を駆け抜け、人々の合間をすり抜け、風は走る。
刹那、突風が吹いた。その風は僅かな渦を巻き、その風音はまだ冬の寒さを残しているような乾いた音だった。渦は瞬く間に消え去り、また緩やかな風が吹く。狭い路地を走り去り、かもめの風見鶏がくるくる回る。瞬間、またも突風が吹く。その風は先ほどよりも激しく吹き、ドアを叩いた。その瞬間にぴたりと突風は止んだ。
ドアのすぐそばに設置された雑なポストが大きな音を立てて崩れ落ちる。適当に打ちこまれた釘ではキチンと固定できていなかったのか、恐らく手製の雑なポストはすぐにバラバラになった。
ややあって、ドアの内側からドタドタと騒がしい駆け足の音が響く。甲高い少女の悲鳴にも似た叫び声も追加して。そして、勢いよく開けられたドアは、偶然にも目の前に飛び散ったポストの破片を弾き飛ばす。
「あぁぁぁ!」
ドアを開けた張本人『鳴海亜樹子』は無残にも崩れ落ちたポストを見て膝を付いた。
「せっかく作ったのにぃ~!」
そう、このポストは「手紙で依頼が届いた時の為!」と亜樹子が言い出して自分で作ったポストなのだ。モチーフは特にないがファンシーな形と意気込んで作られた逸品であった(雑だが)。
しくしくと落ち込みながらも、亜樹子はせっせと残骸をかき集める。渾身の出来だった可愛い可愛いポストは今やただの色の付いた木材となり、一週間という作業日程と努力とささくれの刺さった指の怪我はこのような結果に終わってしまった。
大きくため息をつきながら、残骸を集めていると、亜樹子はふとその中に残骸以外のものが埋もれている事に気が付く。目を凝らし、小さく首をかしげながらそれを手に取る。それは一通の手紙であった。全体がクリーム色のシンプルな封筒に包まれたそれには「鳴海探偵事務所様へ」と蛇が走ったようないびつな字で書かれていた。それは紛れもなく、依頼の手紙であった。
亜樹子は再び大きな声を出して、ポストの処理も早々に「探偵事務所内」へと戻っていく。
「たどたどしい文字だ。少なくとも日本語には慣れていないようだね。しかも急いで書いたのか、むらがある。しかも……これはなんだろうね」
事務所の一角で一人の青年が空になった封筒の文字とその中に入っていた小さな宝石をマジマジと見つめていた。青年の名はフィリップ。この鳴海探偵事務所の所員の一人である。
「宝石……僕もみたことのない種類だ。模様はギリシャ文字のⅠに似ている……精巧な硝子細工……というわけでもないようだ。興味深いね」
「ちょっとフィリップ君! それもいいけど本題はこっち!」
(自称)所長の亜樹子は他事に関心が移っているフィリップをたしなめつつ、事務所奥のデスクの前に立っていた。亜樹子はフィリップへの説教を早々と切り上げ、デスクへと振り返る。そこにはもう一人の所員が椅子に腰かけながら、手紙の内容に目を通していた。
彼の名は左翔太郎。この鳴海探偵事務所の探偵である。翔太郎は子窓から流れ込む光に目を細めながら、左手に手紙を、右手にはコーヒー(インスタント)を持ちながら手紙を読み上げた。その姿はまさに名探偵といったところか。
「迷子の妹を探してください。きっと寂しくて泣いています……か」
手紙にはその一文だけが書かれていた。便箋にはまだ多くの余白が残っているのにも関わらず、真ん中にただその文だけがあった。
「依頼人の名はアリシア・テスタロッサ……住所は海鳴市……以外は書かれていないね」
いつの間にか翔太郎のすぐ傍まで移動していたフィリップが続けるように言った。
「迷子ねぇ……」
翔太郎はどこか乗り気ではなかった。この風都でも迷子を探す依頼は何度も受けてきた。犬、猫、鳥、そして人間に至るまでもだ。依頼内容自体は別に良い。だが、わざわざ県外から手紙で送ってくる。
「俺の評判が風都を超えて他の街まで響いているって事は嬉しいが……迷子の依頼ってのがなぁ……」
スパンッ!
気持ちの良い音が事務所に響く。亜樹子の緑スリッパが翔太郎の後頭部を捉えていたのだ。
「ってぇ! おいっ亜樹子! 何すんだ!」
「翔太郎君があからさまにやな顔するからでしょうが!」
「だからってお前、叩くこたぁないだろ叩くたぁ!」
椅子に座っていた時の貫録はどこへやら、翔太郎は立ち上がると亜樹子と顔を突き合わせて言いあいを始める。そんな二人を無視してフィリップは再び封筒の文字をマジマジと見つめていた。
この騒がしい空気が鳴海探偵事務所の日常だ。少なくとも険悪なものではない事は確かだ。
「いい翔太郎君? 迷子ってのはね、それはもう心細いものなの! 一人ぼっちで、周りが何だか不気味に見えてきて、隣を通り過ぎる人はなんだろう、あの角には何がいるんだろうって不安でいっぱいなんだからね!」
「そりゃお前の事なんじゃねーだろうな?」
ギクッ! 等と言う効果音が聞こえてきそうなぐらい亜樹子のリアクションはオーバーなのだ。元気なのが取り柄とも言えるが、翔太郎にとって亜樹子の有り余る元気さには少々押され気味で、呆れ気味でもある。
「まぁ待ちなよ翔太郎。アキちゃんの心配も一理ある」
「流石フィリップ君! わかってる!」
一瞬にして機嫌の直った亜樹子はそくさとフィリップ側へ移動して、翔太郎に抗議の視線を投げかけていた。しかし翔太郎はそんな亜樹子の視線を無視して、フィリップの意見に耳を傾ける姿勢を取った。
「どういう事だフィリップ?」
「わざわざ県外から、しかもこんな慣れない文字を使って、この探偵事務所に依頼を送る。悪戯にしたって手間暇がかかっている。それに……」
言葉を止めて、フィリップが差し出したのは先ほどから眺めていた宝石であった。
「この宝石。まだきちんとは調べてはないが、やはりただの宝石じゃない」
「どういう事だ?」
「非常に安定しているが、微弱ながら何かしらのエネルギーを感じる。『地球の本棚』に載っていない物質で出来ていると言ったら?」
「なんだと!?」
そのフィリップの言葉に翔太郎は椅子を弾き飛ばすようにして立ちあがる。
「おっと、済まない。ひとつ訂正しよう。この宝石に関する情報は今まさに更新されつつある。だからこの宝石が『よくわからないもの』という事がわかるのさ」
「遠回しすぎて何言ってんだがよくわかんねぇが、なるほどな。確かに普通の迷子探しの依頼……ってわけでもないようだ」
「受けるのかい? 風都の依頼じゃないけど?」
ニヤリと笑みを浮かべるフィリップ。対する翔太郎はフィリップの横を通り過ぎて肩に手を置く。
「ま、行ってみればわかる事だ。迷子の妹探し、それに関係する謎の宝石、なんかハードボイルドな事件の予感だ」
そう言いながら、翔太郎は帽子掛けにあるいくつもの帽子の中からお気に入りのものを手に取り、被る。用意はこれで翔太郎の準備は万全だ。必要なものはいつも持ち歩いている。そして彼が帽子をかぶる瞬間、それは仕事の始まりなのだ。
翔太郎は帽子のつばをなぞりながら亜樹子の前まで移動するとつばをなぞっていた手を亜樹子の前に差し出した。
「なにこれ?」
きょとんとする亜樹子。
「なにこれじゃなくて、出張費、くれよ」
「あるか!」
スパンッ!
翔太郎の左頬に亜樹子のスリッパがヒットする。帽子を叩かなかったのは優しさだ。
「い~い? 翔太郎君。今家は赤字なの、色々と払うお金もあるけどなぜかミックの餌代が一番高いの!」
ミックとは右曲左折を経てこの鳴海探偵事務所の飼い猫となったブリティッシュショートヘアの毛並みの良い老猫である。今姿が見えないのは呑気にどこか外を散歩でもしているのだろう。因みに一番高いキャットフードしか食べないという探偵事務所の財政圧迫に拍車をかける存在でもあるが、大切に飼われている猫だ。
ともかく、ここ最近まともな依頼もなく、資金難な形となっていた鳴海探偵事務所に出張費などというものを払う金はない。
だから当然、実費なのだ。
「君って、本当ハーフボイルドだよね」
そんな二人の漫才を染みたやり取りを見てフィリップは肩をすくめて笑った。
風都から海鳴までは電車を乗り継いで約三時間。翔太郎は駅から出ると、何気なく周囲を見渡す。風都とはまた違った和やかな雰囲気の漂う街であった。翔太郎は帽子をかぶり直すと、当面の拠点となる格安のビジネスホテルを目指す。そのついでに依頼人である「アリシア・テスタロッサ」なる人物についての聞きこみをとも思ったが闇雲に聞きまわった所で、成果が上がらないのは目に見えていた。
暫く歩いていると、奇妙な形の携帯電話が鳴る。スタッグフォンと呼ばれる特殊なメカだ。翔太郎がスタッグフォンを出ると、聞こえてきたのはフィリップの声だった。
『やぁ、翔太郎。そろそろ着く頃だと思ってね』
「あぁ、今着いた所だ。風都程じゃねぇが、結構良い街だぜ。ところで、例の件は?」
『照井竜にも協力を要請して、依頼人『アリシア・テスタロッサ』なる人物の事を調べてもらったけど、テスタロッサという名字に対する捜索願いどころか該当する人物もいないみたいだ。流石に外国人名を探す以上に県外の事となると部署も管轄も違ってくるみたいだね。相当苦労したみたいだよ?』
『照井竜』。翔太郎たちの仲間であり若きエリート刑事である。翔太郎らは今回の依頼遂行に先駆け、彼の力を頼ったのだが、それは空振りに終わったようだ。
「そうか……或いはとも思ったんだが……照井の奴には礼を言っておいれくれ」
『わかった。けど、ひとつ妙な事が分かった』
「妙な事?」
『数日前から海鳴警察より超常犯罪捜査課に連絡があったらしくってね。謎の発光飛行物体や巨大な犬のバケモノ、突如として街に出現した巨大な樹木……照井竜曰く県外にガイアメモリが流出したという情報はないとの事だ』
「なるほどな。そんな奇妙な事件が起こる街から送られてきた依頼の手紙……か」
『それともう一つ』
フィリップが勿体ぶるような口調で言葉を続ける。
『それらの事件をキーワードに検索をしてみたら驚く事が分かった。どの事件も、その重要な事はわからないが、共通するキーワードはこの宝石だ』
フィリップの言う宝石、それは手紙の中に同封されていた小さな結晶体の事だ。未だに謎の宝石ではあるが、その情報を耳にした翔太郎は間違いなく今回の依頼はただ事ではないという確信を持った。
謎の手紙、謎の宝石、多発する謎の怪事件、まさに探偵の仕事であった。
「わりぃなフィリップ。取りあえず、他になんかわかったら連絡してくれ」
『いや、今から僕もそっちに合流するよ。この依頼、僕個人としても興味深いものがあるからねぇ』
「そりゃいいけど、お前なぁ……」
好奇心が膨れ上がったように声色の明るいフィリップに呆れながら、翔太郎は了承した。
『取りあえず、夜までには着くと思う。マシンも持っていくよ』
それだけ言うと通話が切れる。
先ほどのフィリップではないが翔太郎もこの依頼には少し関心が持ててきたのだ。と、なれば話は早い。さっさとチェックインなどの雑務を終えて仕事に取り掛かるのだ。
と、意気込んでは見たものの、土地勘も、人脈もない街をたった一人で調査するというのは至難の業だ。『アリシア・テスタロッサ』、正直外国人らしい名前でも珍しい部類だろう。それでも見つからない、かすりもしないというのが都会という場所だ。翔太郎とて探偵のはしくれ、闇雲に聞きまわっているわけではない。ある程度ポイントを絞ってここだという部分に聞いて回るのだ。子連れなどが集まるであろう公園、学生が集まるであろうファーストフードやカフェ、外国人関係の人間が多い場所だって一応は調べ上げてやってきているのだ。それでも見つからない。
知らぬ街の事だ、完璧ではない事は分かりきっている。それに、探偵の調査というものはいつもこういったものだ。少なくとも翔太郎はそう思っている。初日の空振りは気にしていても仕方ないのだ。
だが、思わぬ転機が訪れたのはある老夫婦の言葉であった。
「外人の女の子がたくさんのドックフードを抱えて歩いていた」。
聞けば老夫婦は長くこの街に住んでいるがそんな子は初めて見たという。この数日は姿を見せないが挨拶の出来る良い子だが、いつも元気がなさそうな子であったとも。それが直接関係のある情報とは思っていなかったが、意外な事にドッグフードを買う少女というキーワードが追加されただけで、翔太郎の聞きこみは異様な成果を生んだ。
「ドッグフードを買う、外人で金髪のツインテールの女の子」という証言が数は少ないが聞く事が出来たのだ。だが、その少女が件の少女であるかどうかという確証はまだ得られない。
それに見かけたという人物はいても、名前も住んでいる場所すらも特定出来ないだ。ドッグフードを買っていたと言ってもペットショップは何件もあり、さらにデパートやスーパーなどにも売っているようなものだ。絞り込みは中々に困難だった。
そもそも、迷子捜しという依頼だと言うのに、今の状況は依頼人捜しであった。重要な手掛かりをつかんでいるはず。そういう確信はあるがそれに対してどのようなアプローチを仕掛けていいのかが分からないのが現状であった。
ふと、翔太郎は喉の渇きが限界に近い事に今更気が付く。春の陽気は暖かではあるが、ずっと歩き続けているせいで疲れも溜まっていた。ほんの少し気を抜いた瞬間に疲れを実感した翔太郎は取りあえずの休憩を取ろうと考えた。
飲み物は自販機で適当なものを買えばいいが次は小腹が空いた。昼食は電車の中で済ませた為、飯時という時間でもないが、疲れているならやはり甘いものだ。そういえば聞き込みの最中に目にした喫茶店は中々良さげだったなと思い出した翔太郎は足早にその店へと向かった。
その店は翠屋という看板を掲げていた。何となしに店内を伺うとやはりというか女性客が多い。雰囲気が良い店だなと思ったのだが、そういった中で一人男が入るというのはなんだか気恥しいというものがあった。しかし、店先でうろうろとしていては、怪しまれるのではと思った翔太郎は帽子を脱いで、店内に入る。「いらっしゃいませ」と店員の女の子に案内されながら、翔太郎はコーヒーとシンプルなショートケーキを注文した。
注文が届くまでの間、妙にそわそわしてしまうのは、やはり店内の空気のせいだろう。誰も翔太郎の事を気にはしていないが、当の本人が何だか落ち着かないのである。その後すぐにコーヒーが運ばれてくる。一口飲むと少し落ち着く。やはりコーヒーはハードボイルドにブラックだ。それに旨い。照井の淹れるコーヒーと同等の旨さだった。
そんなまさかの当たりの店に出会えた事に感謝しつつ、ケーキも楽しみになっていた翔太郎だったが、その次の瞬間、店に入ってきた二人組の少女に目がとまった。ランドセルを背負っているのを見ると小学生だろう。二人とも育ちが良さそうな雰囲気だ。翔太郎が気になったのはその内の金髪の少女だ。長い髪を下ろし、小さく結ばれた両方の髪、ツインテールという情報とは違うが、それ以外の要素は当てはまる。まさかなと思いつつ、様子を見ていると、その二人の少女にカウンターにいた女性が笑顔で話しかけていた。
「あら、アリサちゃん、すずかちゃん。今日もごめんなさいね?」
「いえ、良いんです。好きでやってる事ですから」
「そう? けど助かるわ。ありがとうアリサちゃん」
アリサと呼ばれた金髪の方の少女は女性から褒められると顔をそむけてほんの少し顔を赤らめていた。どうやら褒められる事が恥ずかしいようだった。
「あの、なのはちゃんにもよろしく伝えておいてください。早く学校に戻ってきてねって」
「すずかちゃんもありがとう。伝えておくわね」
「それじゃぁ、今日は……お稽古もあるので……」
「お、お邪魔しました」
二人はそう言ってぺこりとお辞儀をすると店から出ていく。それと同時に翔太郎の元にケーキが届く。運んできたのは若い……いや良く見れば中年だろう、しかし体格も良く若々しい男であった。
「お待たせいたしました。ショートケーキです」
「ありがとう……あぁ……すいません、少しいいですか?」
「はい?」
立ち去ろうとする男性店員を捕まえて翔太郎は先ほどの少女の事を聞きだそうとした。翔太郎はその前に懐から名刺を取り出す。この場合、下手に誤魔化すよりも正直に出る方が良いと判断したのだ。
「俺……私はこういうものでして」
「鳴海探偵事務所……探偵、左翔太郎……さんですか? 探偵さんとはまた珍しいお客さんですね。それに……鳴海ですか」
「鳴海探偵事務所をご存じで?」
鳴海という言葉に少しだけ反応を示した男性店員に気が付いた翔太郎は思わず聞き返していた。
男性店員は苦笑しながら、
「えぇ……10年程前に鳴海荘吉という男に助けられた恩がありましてね……」
「おやっさんを知っているんですか!?」
今度は翔太郎が反応する番であった。少々声が大きかったのか、周りの客が一斉にこちらに視線を向ける。翔太郎は気恥しくなって、軽く会釈をしながら縮こまりながら、男性店員と視線を合わせた。男性店員はまたも苦笑しながら翔太郎の言葉に答えてくれた。
「おやっさんと呼ぶという事はあなたは鳴海さんのお知り合い?」
「えぇ……まぁ弟子みたいなもんです」
「そうですか。なるほど、彼の弟子ですか……どうりで帽子が似合うわけだ」
「え? 帽子?」
「店に入ってくる前にちらりと見えたんですよ。驚きましたよ、まさか鳴海さんが? と思いました」
「あぁ……いやぁそれほどでも……」
そんな事を言われると翔太郎は照れ臭いような嬉しいようなこそばゆい感覚に襲われた。決して嫌な気分ではないという事は確かだ。
「ところで、鳴海さんはお元気ですか? 10年越しのお礼なんかをと……」
その言葉を聞いた瞬間、翔太郎の表情は曇る。彼の師匠であり、現所長の亜樹子の父である鳴海荘吉は既にこの世にはいない。
「いえ……既に……」
「そ、そうですか……すみません。知らぬ事とは言え……」
「いえ、良いんです。それに、おやっさんはお礼とかそういうのはいらないっていうでしょうし……あぁそうだ!」
感傷に浸るよりも、翔太郎は仕事へと切り替えた。偶然とは言え、この男性店員は荘吉の事を知っていた。多少の警戒は薄れたのも幸いである。翔太郎は先ほどの少女の事を質問した。
「お……私は今……」
「畏まらなくてもいいですよ」
「あぁ……えと、すいません。俺は今、とある依頼で迷子を捜しているんです」
「迷子ですか」
「えぇ、ただ迷子の子がどんな子なのかもわからず、その依頼をしてきた人もわからないんです。唯一分かっているのは『アリシア・テスタロッサ』という名前だけ。暫くは聞きこみなんかもしてたんですが……『ドッグフードを買う、外人で金髪のツインテールの女の子』という情報以外は何もない。そんな時にさっきの子が来たんでもしかして依頼主もしくは依頼対象かもと」
「あぁ……そういう事ですか。だとすれば、残念ながら彼女は違います。彼女は私の娘の友人でアリサという子です。名字もテスタロッサではありませんよ」
「そう……ですか。空振りかぁ……」
そううまくはいかない事を理解しつつも翔太郎は悔しそうに頭をかく。
「テスタロッサという珍しい名前なら耳にすればそれとなく覚えているとは思いますが近所でも知り合いの中でもそんな名前は聞きませんからね。済みません、お役に立てず」
「あぁいや、こっちこそ、変な質問しちゃって……あ、すいません、ケーキ頂きますね!」
「ハハハ、どうぞご賞味ください。ではゆっくりと」
男性店員はそういうと最後に「いつでも来てください」と残して業務に戻っていった。そんな彼の背中を見送りながら、翔太郎はケーキを一口入れた。疲れた体にスーっと馴染むような優しい味わいが口いっぱいに広がるのを感じながら、翔太郎は気合いを入れ直した。
翠屋を後にし、その後も調査を続けていくと、気が付けば夕暮れ時、何回かの休憩をはさんだ聞きこみで得られた情報は初日にしても十分過ぎるものであった。そのまま拠点となるホテルへ戻った翔太郎は上着を脱ぎ、帽子を大切にかけると、スタッグフォンを取りだしフィリップへ経過報告を行おうとした。
『あぁ翔太郎、ちょうど今からかけようと思っていた所なんだ』
そういうフィリップの声はどこか切羽つまっている感じであった。
『いきなりだけど、ファングジョーカーで行くよ!』
「あ、おい! フィリップ!」
どういう事かを聞きだそうとする翔太郎だったが、通話が途絶してしまう。状況はよく分からないが、相棒の危機であるという事はハッキリしている。翔太郎は二本のスロットが空いた赤いツールを取りだすと、それを腹部に当てる。その瞬間、ツールはベルトのように巻きつく。次に翔太郎はピエロの靴を模したJが描かれたメモリースティックを取りだし、ボタンを押す。
《ジョーカー!》
音声「ガイアウィスパー」が鳴り、メモリをスロットの左へと差し込む。そして次の瞬間、メモリ「ジョーカーメモリ」は消え、翔太郎の意識も遠い相棒へ流れ込んでいくのであった。
意識を失った翔太郎の体はどっかとベッドの上に倒れ込むのであった。
大体5話程度を予定