DEAD OR ALIVE 【SAMUEL RODRIGUES】   作:eohane

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最強合体兵器 人間パチン虎!!

「ふぎぎぎぎ……」

「おいルフィっ。声だすなって……」

「しっ! 来たぞ……」

 

 サボが口に指をあて、後ろでこそこそと準備をしている2人に合図を送る。

 

「サ、サボ、早くしてくれ。もう限界……」

「バカ野郎、根性見せろルフィ……」

 

 手に持つ鉄棒を握り直し、エースが呟く。相当我慢しているのか、ルフィは涙目だ。

 

「もうちょっとだ……っ! よし、エース……合図するからな……」

「うっしゃ!」

 

 今、この3人(悪ガキ達)がしているのは、サボ考案の「最強合体兵器人間パチン虎」である。

 なぜ最後が「虎」なのかというと、

 

「「虎ってかっこいよな!」」

 

 というエースとルフィのノリで全員が顔に虎柄のペイントを施し、

 

「虎って文字入れたら強そうだ!」

 

 というサボのノリでパチンコからパチン虎へと改名されたからだ。

 もちろんゴム役はルフィ、弾役はエースである。木の上でルフィが自身の両手両足を木に縛り付け、エースがそれを利用し引き絞る、というものだ。

 ちなみに()()()、サボは合図役である。

 そしてその最強合体兵器(?)の的にされている哀れな(?)獲物は、まるで3人に気づいていないかのように辺りをキョロキョロと眺めていた。すでに射程圏内(勘)の中に入っているが、万が一に備えてギリギリまで引き付ける。

 発射の時は近い。

 

「よし。エース発射と同時に俺とルフィで襲いかかるぞ。いいな?」

「早くしてくれ……」

 

 歯を食い縛りながらルフィが言う。反対に、エースの顔はニヤニヤとしていた。

 

「見てろ、サム……今日こそブッ飛ばしてやる」

 

 今か今かとサボの合図を待つエース。両手両足が解けるのを必死に堪えるルフィ。十分過ぎる距離に近づいた獲物(サム)を見て、発射の合図が近いことを知らせるため右手をあげるサボ。好奇心旺盛な子供達は早くこの技を試したくてしょうがないらしく、サムが不自然にも自分達のいる大木に向けて、一直線に歩いて来ているのに気づかない。

 

「いいか、エース? ……お前は人間弾丸だ。……よぉくねら──」

「もう説明は良いから! 早くしてくれよサボ! 本当に限界だぞ!?」

「ちぇっ……かっこよく決めようと思ったのにさ……」

 

 サボとルフィの言い争いの間に、エースは射出角度の調整(勘)を済ませる。あとはこの踏ん張っている足を離し、勢いに任せて飛び込むだけだ。

 

「1……2……3……発射!」

「しゃおらぁぁ!!」

 

 謎の掛け声と共に、エースは飛び立つ。そのあまりのハイテンションに、周りに花火まで見えてきそうだ。

 驚異的な速度で、一気にサムに迫るエース。

 最強合体兵器 人間パチン虎──はたしてその真価を発揮することはできるのか!?

 

「ほいきた」

「ぶべら!?」

 

 炸裂したのはエースの鉄棒ではなく、サムの蹴り。見事なまでにエースの顔面を、サムの右足が捉えている。────残念ながら、世の中子供の夢が罷り通るほど甘くはない。

 

「んな!? エース!」

「んにゃろおおぉぉ!!」

 

 果敢に挑む、サボとルフィ。大虎に挑む、小さき子虎。弱肉強食の世界において、してはならない下剋上(自殺行為)

 しかし、なんと予想を裏切り、この下剋上は果たされる。

 

 ────訳がない。

 

「「んぎゃああぁぁ!!?」」

 

 下剋上、成らず。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ちっくしょう! 何で上手くいかねぇんだよ!」

「馬鹿かお前ら……虎柄に塗って名前変えただけで勝てる(結果が変わる)わけないだろう?」

 

 はっはっは、とサムは笑う。

 最強合体兵器 人間パチン虎の襲撃を受けたのは今回で4回目である。3人いわく、どんどん改良を重ねてはいるらしいが、サムにはどこがそうなのかさっぱりわからない。

「なははは。やっぱサムは強ぇなぁ」

 

 敗けたのにも関わらず、ルフィはどこか嬉しそうだ。

 

「くっそぉ……また失敗か……」

「なぁにがまた、だ」

 

 グリグリ、とサボのおでこに拳を押し付けながら、サムは言う。

 

「いでででで!」

「毎度毎度茶番に付き合わされるこっちの身にもなりやがれ」

 

 10秒ほどグリグリを続け、サボを涙目に追い込んでからサムはようやく解放する。立ち上がり、そばに建てられた板の記録標にしるしをつけた。

 

「……ほぉう。今のところエースとサボが互角、ルフィはまだまだだな」

 

 はっはっは、とサムは高らかに笑う。顎をしゃくりながら、サムはエースに言った。

 

「んで? いつになったらブッ飛ばす(剣を抜かせてくれる)んだ?」

「うぐっ……うるせぇんだよ! ホント、てめぇ見てろよ!? いつか必ずブッ飛ばしてやるからな!」

「はっはっは……いいぞぉエース。期待しないで待ってるからな」

 

 わしゃわしゃ、とサムはエースの頭を撫でる。「子供扱いすんなコルァ!」とエースは叫ぶが、サムはまったく意に介さない。

 剣を抜かせてくれる、というのは、いつも剣ではなく素手(体術)で応戦するサムに、

 

「何で剣を抜かねぇんだよ!」

 

 と、食ってかかったところ、

 

「抜く必要を感じない」

 

 と軽くあしらわれたからだ。

 サムが言うには、命の危険を感じるほどエース達が強くなれば、もしかすると抜くかもしれないとのこと。それからというもの、エースはサムに剣を抜かせることを目標としていた。

 残念ながら、未だにサムは剣にすら触れていない。

 

「おもしろいな……ガキってのは……」

 

 故郷ブラジルの道場で、修行の日々だった幼少期を思い出すサム。師である父と共に、ただ強くなることを考えて生きていた自分の姿が瞼に浮かぶ。

 そして、自分が歩んできた血塗られた人生も。

 

「…………」

 

 目の前にいる3人を見て、一瞬頭の中に浮かんできた思いを、サムはすぐさま否定する。

 彼らの人生なのだ。今、サムが思ったことは、いわゆる“やぼ”という奴である。

 

 ──俺の生き方は俺が決める。誰かの決めた正しさなどに興味はない

 

「…………本当に、おもしろい」

 

 にやり、と口角を釣り上げたサムであった。

 

「で、これからどうするんだ? 食料調達でも手伝うか?」

「いらねぇ。独立したからな」

 

 サボの返事に、満足気に笑うサム。

 独立と言っても、山中の木の上に秘密基地なるものを造り上げただけなので、一概に独立とは言えない(たまに風呂を借りにやって来たり)ような気もするが、この3人にとっては独立、大きな1歩なのだろう。まぁ、自由にのびのびと生きてりゃそれでいい、と考えるサムであった。

 

「そんじゃ、俺達ごみ山行ってくる!」

「あぁ、気を付けてな」

 

 ルフィ達と別れ、本日のメインディッシュ、山賊達の食料となる獲物を頭の中にリストアップしていく。

 

「……野牛、いくか」

 

 「分け前、少しあいつらのとこに置いていくか。腐るかもしれんが……」と、ぶつぶつ呟きながらサムは歩き出した。

 しかし、サムはこの日、なぜルフィ達と共に過ごさなかったのか、一生後悔することとなる。

 

 数日後、秘密基地を訪れたサムの目には、エースとルフィ、この2人の姿しか映らなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 サムは目を見開く。

 時刻は深夜だというのに夜空は赤々と朱を映し出している。気温も深夜のそれとは言い難く、むわっとした熱気が彼が立つその場所にまで到達しかけていた。

 目の前を、ふわふわと漂う火の粉が通り過ぎる。

 

「……おい、ドグラ。急いでダダンに知らせろ。俺は一足先にごみ山へ行く」

「わ、わかったけど、サム。無茶すんじゃニーぞ?」

 

 なんと、ごみ山が燃えている。

 毎日、日光によって自然発火しているらしいが、どう見てもその比ではない。先程も言ったが、そもそも今の時間帯は夜だ。

 

「いったい何が……」

 

 ドグラと別れ、サムは走り出した。

 先ほど秘密基地を訪れた時、そこにルフィとエースの姿はなかった。その他、あの2人が行きそうな場所を探してみたが、彼らの姿は無かった。つまり、彼らはごみ山、あの炎の中にいることになる。

 

「────ひどい臭いだな……」

 

 コルボ山を北へ抜け、森林とごみ(不確かなもの)の境界線へたどり着く。燃え盛る炎で様々なごみが焼かれたことによって、ごみ山はいつも以上に悪臭を放っていた。中に残されている者からしてみれば、炎と熱でそれどころではないのだろうが、この臭いは本当にひどい。

 

「……くそっ!」

 

 悪態をつくと同時にムラサマを抜刀。空気をも斬り裂いた居合い斬りが、勢いを止めることなくごみ山を一刀両断。ぱっくりと、道がサムの目の前に現れた。

 勢いよく中に飛び込み、斬撃で道を切り開きながらルフィとエースを探し回る。

 

「どこだ……ルフィ、エース……」

 

 赤々と燃え盛る炎が、サムの目を灼く。

 辺りを見渡しても、燃え上がるごみと逃げ惑うごみ山の住人達しか見当たらず、2人の姿は確認できない。

 そのとき、ドオォォン、という轟音と共にサムが作り出したものの数倍はあろう巨大な道が現れた。どうやら海岸へ繋がっているらしく、次々にごみ山の住人達が道を走り出している。

 何があるのか興味はあるが、今は一刻も早くルフィとエースを見つけ出さなくてはならない。ひとまずこの住人達が少しでも助かるということが確認できたので、1つ、問題が減った。

 しかし、ふたたびルフィとエースを探そうとしたそのときである。

 

「……ん?」

「うわあぁぁん! お父さあぁぁん、お母さあぁぁん……────」

 

 サムの視界に、泣き叫ぶ子供の姿が映る。なぜか理由はわからないが、妙にその子供のことが気になって仕方がない。薄汚れてはいるが、見覚えのある白髪が目に留まったからだろうか。

 言葉から察するに、避難の途中で親とはぐれてしまったか、それとも……。

 

「……あぁあぁ……いつから俺はこんな善人になっちまったんだ?」

 

 気づけば、サムは子供を脇に抱え、海岸に停泊していた船のもとへやって来ていた。

 

「ほら、お前……こいつらと一緒にいるんだぞ?」

 

 子供を船の船員に預けながら、サムは言う。その船員の顔がなぜか異常に大きいことに、焦っているのかサムは気づかない。

 

「それじゃ、頼むぞ」

 

 碌に顔も見らずに、サムはふたたびごみ山に向かって走り出した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 結果的に2人を見つけることができなかったサムだが、遅れてやって来たダダン達が海賊に取り囲まれている2人を救いだしたそうだ。

 しかし、突然海賊と戦うために残ると言い張ったエースと共にダダンはごみ山へ残り、一時音信不通に陥ってしまったのだが、今朝2人は生還した。ダダンが火傷で重傷を負ってしまい、必死に命を繋ぎ止めていたのだという。何はともあれ、全員が2人の無事に安堵し、それを喜びあった。

 時刻は夕方。太陽は沈み始め、その半分はもう既に見えない。町へ降りていたドグラが帰還し、ひさびさに山小屋に住む者全員が揃う。

 しかし、山小屋を包んでいるのは陽気な空気ではなかった。

 

「サボが、死んだ…………?」

 

 しん、と皆が静まり返る中、エースの声のみが響く。サムも、あまりの突然の報告に、反応することができないでいた。

 

「────嘘つけてめぇ! 冗談でも許さねぇぞ!!」

 

 エースがドグラに掴みかかる。ルフィが、目を強く瞑りながら肩を震わす。

 サムは……いつもと変わらない。

 

「サボを殺した奴はどこにいる! 俺がそいつをぶっ殺してやる!!」

 

 鉄棒を手に取り、エースが扉へと向かう。

 今、エースの心を満たしているのは、あらゆる負の感情。一言で言えば、憎しみだった。

 

「あいつの仇を……っ!?」

 

 そこでエースは、サムの姿を見、そして絶望した。

 

「……おい、サム……何とか言えよ……っ!」

 

 わなわなと震えサムに詰め寄りながら、エースは言う。彼の声は、怒り故に震えている。

 怒りに、満ち満ちている。異常なほどに。

 

「サボが殺されたんだぞ!? お前何とも思わないのか!?」

「…………残念だな」

 

 場が凍りつく、とはまさにこの事を言うのだろう。誰もが息を呑み、ただ成り行きを見守ることしかできない。

 一瞬、エースは何を言っているのかわからない、とでも言うかのように目を見開き、ようやく理解が追い付いた瞬間、怒声を張り上げた。

 

「て、てめぇ! 所詮そんなもんかよ! あくまで赤の他人ってか!? あくまで監視役ってか!?」

「よさニーかエース! 火事の時、サムがどりだけ──」

「よせドグラ」

 

 ドグラを遮り、サムは言った。

 

「エース、1つ聞かせろ。……お前は俺に、どうして欲しいんだ?」

「……んだと?」

 

 エースが低く唸る。今にも飛びかかりそうな勢いだ。

 

「サボの仇を取りたきゃやればいい。だが何故……お前は俺に突っかかってきた?」

「…………それはっ……」

「まさかお前……俺に仇討ちを手伝えとか言い出すんじゃないだろうな?」

「……違う……っ」

 

 エースの肩が震える。固く握りしめられた拳から、血が滴り落ちる。

 

「違うならお前だけで行ってくればいい話だ。……なのに何故──」

「黙れてめぇっ!!」

 

 ついにエースが、サムに飛びかかる。そのまま鉄棒を振り上げ、サムの脳天めがけて降り下ろした。

 

「……馬鹿が」

 

 が、鉄棒がサムを捉えることはなく。ヒョイ、と躱され、鉄棒は空を斬る。サムが伸ばした右手は彼の頭を掴み、力任せに床へ打ち付ける。

 ゴッ、という鈍い音と共に床板にミシミシ、と亀裂が走った。

 

「がはっ……離せサム! てめぇ、絶対にブッ飛ばして──」

「いい加減に気づけ、エース」

 

 さらにエースの頭を床に押し付けながら、サムは言う。

 

「お前が相手にしようとしてるのは“世界”だ。これを相手にするのなら、それなりの力がいる。…………だが、お前はどうだ?」

 

 まだだ、エース。焦ってはいけない。

 お前はまだ、犬死にしていいような人間ではない。

 まだまだ力なきお前では、何も“果す”ことはできない。

 

「この(敗北者)に勝てないようじゃ……未だに俺に剣を抜かせられないようじゃ、お前には“何もできない”」

 

 自分(サム)は“世界”に敗けた男だ。

 夢を追い求める資格を失い、自由を掴むことすら赦されなかった、ただの負け犬だ。

 お前はそうではない。まだ、“未来”がある。

 こんなことで死んでいい人間ではない。犬死になんてしていい訳がない。サムでさえ、アレは犬死にではなかったと、まだ言い切れる。お前のような“英雄”が、こんなことで死んでいい訳がない。そんなことは許さない。

 どうせなら。犬死にするのは……1人で十分だ。

 

「……っ!!」

 

 ぐい、と顔をエースに近づけるサム。

 基本サムは本心を表に出さない。いや、出すことができない。誰もが、彼の本心に気付くことができない。

 が、そんなことはどうでもいい。

 エースの、殺意までもが籠ったその瞳を見つめ、臆することなくにやり、とその表情を“歪ませる”。

 

子供(ガキ)がイキがっていい世の中じゃないんだ。頭を冷やせ、馬鹿が」

 

 エースの頭を掴んだまま、その右腕が振り抜かれる。吹き飛ばされたエースの体は山小屋の壁を突き破り、激しく地面を転がった。

 エースは、ぴくりとも動かない。

 

「……誰かそいつを縛り上げときな」

 

 床に横たわりながら、ダダンが言った。

 あとには、ルフィの泣き叫ぶ声が響くのみであった。

 

 涙が、出ない。

 

 

 

 ***

 

 

 

「────」

 

 時刻は深夜2時頃。しん、と静まり返った山小屋には、外から聞こえてくる虫の鳴き声が悲しげに響いていた。

 誰も起きてはいない。通常、人は眠っている真っ最中であるはずのこの時間に、サムは目覚めた。

 

「…………」

 

 山賊達のいびきが聞こえる中、サムは起き上がる。皆を起こさぬよう、気配を消して部屋を出た。

 ドアを開け外へ。闇に目が慣れるのを待ち、乱れた髪を紐で結い上げながら佇む。目が慣れ、目の前には広がる漆黒の闇に包まれた森林。まるで地獄に引きずり込もうとするかのように、サムの周りを囲んでいく。

 ────夜空に光る月のみ、この暗闇を照らしてくれる。

 

「────満月か。…………血が似合いそうだ」

 

 生涯2度目の、“復讐(仇討ち)”のために。

 1歩踏み出そうとした、そのときだった。

 

「何してんだい、サム」

 

 ダダンだった。

 

「……お前、立ってていいのか?」

「いいわけないだろうが。……ったく、傷が開いたらどうしてくれるんだい?」

 

 あちちち、とダダンが顔をしかめる。あれだけの大火傷を負ったのだ、無理もないだろう。

 

「大人しく寝てろ。ついでにあいつらにもよろしく言っといてくれ」

「あぁ、是非そうさせてもらうよ。…………あ、よろしく言っとくってのは知らないがね」

 

 ドアに手をかけながら、ダダンは言った。

 

「お前が言ってたように、行くつもりなら止めはしないよ。勝手に行きゃぁいい」

 

 でもね、とダダンは続ける。

 

「あぁは言ってたが……エースも、ルフィも、お前を親同然のように慕ってるんだ。それだけの“責任”があるってこと……忘れちゃいけないよ」

 

 そう言い残し、ダダンは山小屋の暗闇へ消えていった。

 

「…………責任、ねぇ」

 

 1人残ったサムは、ぽつりと呟く。

 以前の自分なら、このように迷いもせずに躊躇なく“天竜人”のところへ殴り込みをかけていただろう。その首を持ち帰り、サボの墓前に備えてやろう、など普通に考えたはずだ。

 …………いや。

 まず“サボの墓前に……”と出てきた時点で自分はかなり変わってしまっている、と自覚するサム。しばらくの間このようにして“戦場”から遠退き、“平和”と言う名のぬるま湯に浸かっていた故の、以前の自分とかけ離れた思考に至ってしまったのか。

 “復讐”のために剣を振るうなど、もう真っ平御免なのだ。

 

 そんなことを考えながら、顎をしゃくり満月を見上げるその姿は、とても“哀しげ”だった。────切ないほどに。

 

「…………はっはっは……へへへ……」

 

 今、サムの心を埋め尽くしているのは、

 

 “気に入らない奴を斬る”

 

 ただ、これだけだった。

 

「…………」

 

 己の中に、かつて諦めた夢が燻り始めているのを自覚する。

 2度とこのような復讐を生むわけにはいかない────己の狂気が目覚めてしまう。

 社会悪(気に入らない奴)が蔓延るのを見過ごせない────もう、十分だ。

 

 とりあえず、今日出番はないであろうムラサマを腰の後ろに回し、にやり、とその口角を吊り上げた。

 

 

 


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