DEAD OR ALIVE 【SAMUEL RODRIGUES】   作:eohane

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猿の血筋

 ここはフーシャ村の裏側、コルボ山の麓にある広場である。

 

「────ぬぅええぇぇい!!」

 

 天気は快晴。風は東。オマケにしゃがれた野太い声。

 太陽の光を浴びて、地面に青々と生い茂っている芝生は、思わず寝転がりたいという衝動を沸き起こさせるには十分過ぎる美しさを放っている。

 故に、その声の主は異常な程に目立つ。平和とはかけ離れた、お世辞にも“普通”とは言えない圧倒的な存在感。

 

「──っつおらっ!!」

 

 囲いの中でモォウと牛が鳴く。オマケに先程の声よりも幾分か若々しい咆哮。

 そののんびりとした姿は、見ているとこちらまでのんびりとした気分になりそうだ。……一部を除き。

 発声は人間のモノでありながら発散される気迫は鬼ソノモノ。

 故に、人は本能的にこの男を恐怖する。対峙する別な男も例外に漏れず。

 そうでありながらその恐怖に呑み込まれず自身を保つことができるこの男も、鬼の領域に身を置く強者ということ。

 

「ぬぉああぁぁ!!」

 

 今日もフーシャ村はいたって平和────じゃない。……お決まりである。かなり物騒な音が辺りに轟いていた。

 

「おい、ガープ! いい加減にせんか! そいつは海賊じゃないんじゃぞ!!」

 

 フーシャ村の村長が、かなり焦った様子で叫ぶ。焦り過ぎて血圧が絶賛上昇中だ。こんなしょうもない理由でポックリ逝くのはとてもじゃないが御免被る。

 

「ぶわっはっはっ! 黙っとれ村長! 久々に血が滾るわい!!」

 

 ある日突然フーシャ村に現れた海軍の英雄────モンキー・D・ガープは、その腕を黒く染めながら言った。……心底楽しそうに──さながら子ども(ガキ)のように──その剛腕から拳を繰り出す様は、清々しさを感じさせつつもある種の恐怖を背筋に走らせる。

 

「……こんな英雄がいてたまるか」

 

 ガープの拳骨を、高周波を纏わせたムラサマで受けとめながらサムは苦々しく呟いた。

 ガープの拳骨────拳骨とは言ったものの、最早拳骨の域を超えた“拳骨”だ。万が一にも喰らおうものならば、骨の1本2本どころの話では済まないだろう。カエルのようにペチャンコにされる未来が容易に想像できた。その絶対に食らうわけにはいかない圧倒的な“死”の質量を持った拳骨を、サムはホドリゲス新陰流体技“身躱”(ミカワシ)を駆使し、またムラサマで凌ぎながら受け流す。

 ────火花が散る。並のソレの強度を遥かに凌駕するムラサマと、その拳骨が同等ないしそれ以上の強度を有する証明だ。拳骨でムラサマを押し返されることを嫌ったサムは、膠着状態を打破せんがために動き出す。

 渾身の力を込め左足でガープの腕を蹴り上げ、左手をムラサマの柄へ。左足が地に着いた瞬間それを軸に右足を1歩踏み出す。勢いを上乗せしたムラサマの斬撃が、ガープの右腕を捉える。

 ────が、高周波を纏わせているはずのムラサマは、ガープの右腕を捉えたというのにそれを切断してくれない。この時点で物理的におかしい。やはり、この世界は異常だ。

 

(ナノマシン……じゃないな)

 

 かつて一戦交えたアームストロングという男の、特殊なボディの性能を思い出す。全身に散りばめられた新型のナノマシンが、あらゆる衝撃に反応して外皮の硬度を高周波を纏わせたブレード以上にまで高める、というものだ。

 しかし、流石にそれはありえない。何せこの世界は──まだサムが見たことのある範囲内ではあるが──中世の文明までにしか発達していないことがサム自身によって確認されている。まだ船を、その取り付けられた帆にうける風を原動力とし、GPS、AIオートドライブ機能などを使う訳でもなく、航海士の風、潮の流れを読む力で海を渡る時代なのだ。

 それなのにあの特殊なクレイトロニクスサイボーグ技術だけは進歩している、などと都合良く世界ができている訳がない。

 だが現実に、サムの目の前の男、ガープはムラサマを生身で──黒いが──弾き返しているのだ。サムが驚くのも無理はないだろう。……この男の体はいったいどうなっている。

 

「や、やべぇよマキノ! 下手すっとサム死んじまうぞ!?」

 

 思い出したくもない自身の体験から──+α野性的な勘から──導き出した結論より、「サムの命は冗談抜きでヤバい」状況にあるとルフィは判断した。……悲しいかな、彼にはその判断からサムを救い出す術を持ち合わせていない。

 故に、子どもらしく大人(マキノ)を頼る。自身よりも長い人生を歩んできた大人ならば解決策を持ち合わせているだろうと──半分諦めながらも──期待を込めて、大人の横顔を見上げる。

 

「あは、あはははは……」

「思った以上に遠い目をしてた!? マキノ、戻ってこぉい!」

 

 これでは自分にはどうしようもない。止めようにも、殺り合っているのはあの2人なのだ。介入すればほぼ間違いなく無事では済まない。

 

(どうしてこうなった……)

 

 時間は正午、今から1時間前にさかのぼる。

 

 

 

 ***

 

 

 

「いらっしゃい……あら、サムさん? 今日は早いですね」

 

 ふふふ、とマキノはすっかり常連客となった男、サムに話しかけた。

 

「あぁ。ルフィのとこから逃げてきた」

 

 何か適当に作ってくれ、とサムはマキノに言ってくる。はぁ~いと明るく返しながら、カウンターに腰を下ろすサムをマキノは目に映していた。

 肌は浅黒く、堀の深い顔立ちをしている。顔中に無数に点在する細かな傷の内一際目を引くのが、右目の下、頬骨あたりを抉る裂傷、額から左頬へかけて、長く抉る刀傷──この2つ。

 窪んだ目の回りにできる影が、彼の白目をより一層際立たせている。かつて山賊達に見せたあの眼光は、まさに人を射殺さんばかりの鋭さを有し、思わずマキノは全身の肌が粟立ったのを記憶している。

 が、今目の前で欠伸を噛み殺し、退屈そうに頬杖をついているこの男からはそんな殺伐とした空気は感じられない。あの眼光は鳴りを潜め、気怠そうな、それでいて相手側に意志を読み取ることを許さない──平たく言えば何を考えているのかわからない雰囲気を醸し出している。

 割りきっている────マキノはそう思った。山賊達をその手にカけたことは、この男にとってどうでも良いことなのだ。

 職業柄、客の雰囲気、立ち振舞い、出で立ちでその人物のおおよその人となりを把握する事が習慣付いてしまっているマキノだが、サムに対しても例外ではなかった。

 似たような人物も過去に何人かいた。決まって日常の中では明るく社交的な性格をしていた。一番新しい記憶ではシャンクス達だ。この手の人種は、事後にその事でいちいち気にしたり悩んだりすることはない。仕事として区別し、その性格も相まってほとんど思い返すこともない。

 どこか常人とは掛け離れたモノを持つ、“狂人”によく見られるタイプの人種。

 サムからは、彼らと似たようなニオイがする。

 

「ふふふ……修業ですか?」

「まぁなぁ……疲れた……」

 

 まあ、かと言ってサムに対して恐怖感を抱くとかそんなことはない。シャンクス達のような底抜けに華々しい明るさを持っているわけではないとしても、そこはやはりと言うべきか、彼は好人物だ。

 積極性は欠けるものの村の住民達とは良好な関係性を築きつつある。……というか、マキノが無理矢理サムを連れて回り、村人達と顔を付き合わせたからこそ、なのだろうが。当初、サムは渋ってはいたものの、今では諦めたのかマキノになされるがままだ。

 

「あぁっ! 見つけたぞサム!」

「……げ」

 

 店のウェスタンドアを蹴破らんばかりの勢いで、ルフィが飛び込んできた。既にドアの止め金具はユルユル、そろそろ買い換え時かもしれない。 

 どたばたと、しかし小さな子どもとは思えない速さでルフィがサムのもとへ駆け寄っている。今ではすっかりお馴染みの光景だ。ガバッとサムの足に組み付いたルフィは、ンギィ~! と歯を食い縛りながら彼を店の外へ引っ張り出そうと、その小さな体を精一杯動かしている。

 

「早く! サムも一緒に海賊修業しよう!」

「なんだ海賊修業って……昼飯くらいゆっくり食わせろ」

「なんだってなんだ! もう、早くサム……」

「あぁもう、わかったから。ほら、ジュースでも飲め」

「わぁ、ありがとうサムッ──って違う! そうじゃねぇ!」

「シャンクスの言った通りだな」

 

 思わずフフッと笑ってしまった。サムも同様にニヤニヤと笑っているのが見えた。

 なんだか、ちょっと妬けちゃうなぁ──マキノは思った。けれどそれ以上に、必死なルフィを見るのが楽しかった。

 あの事件の後、似た者同士のサムとシャンクス達は真っ先に打ち解けたようで──サムは一方的だったがな、と言っているが──、シャンクス達が出港するまでは行動を共にしている光景をよく見かけた。自然と、ルフィもシャンクス同様、サムによく懐き、今ではこうして海賊修業なるものにせっせと勧誘している。海賊になるつもりはない宣言をしているサムはサムで、いつものようにのらりくらりと躱しているが、ルフィはそんなこと知るか! とでも言うかのようにしつこく勧誘を続けている。まあ、サムのような人間からしてみれば、無下にしないあたりそこまで悪い気はしていないようだ。

 

「ほら、サムさん、あまりルフィをイジメないで……ルフィも何か食べてく?」

「あ、そうする。宝払いで」

「はぁ~い。宝払いね」

 

 サムの前に手料理を乗せた小皿を並べながら、マキノは笑った。

 無意識の内に2人分作ってしまっていた料理を、サムと同じように小皿に盛り合わせ、ルフィの前に出す。

 

「……ん? 早かったな」

「多目に作りすぎちゃいました」

 

 業務用のニッコリ笑顔でサムの疑問を適当に誤魔化しておいた。特にサムは気にするそぶりを見せることなく、料理に手をつけ始めている。

 

「いただきまーす」

「……いただきます」

 

 思わず笑いそうになってしまった。もうすぐ40になろう男が、少年を見習って律儀に手を合わせているのだ。だが、堪えようにも堪えきれていなかったのだろう。サムと目が会うと、露骨にムッとした表情をされた。

 

「ん? どうかしたのか?」

「……なんでもねーよ。ほら、さっさと食え。今日はしばき倒してやる」

「海賊修業だな!」

「いや、だから──」

「やったぞマキノ! サムが海賊修業するだって!」

 

 かなり脳内補正がかかってしまっているが、それはそれで面白いので笑ってルフィに相槌をうっておいた。サムの頬がヒクヒクと引き攣っているのが見えた。

 

「ほら、サムさん。料理が冷めちゃいますよ?」

 

 ついイジワルをしてみたい気持ちが生じ、なんでもない風にサムを催促する。あとにはニコニコと笑っているルフィと、ムスッとしたサムが残った。

 本当に親子みたいだなぁ──マキノがそう思った瞬間だった。

 ウェスタンドアが蹴破らんばかりの勢いで開けられた。止め金具が限界を迎える。本当に買い換えなければならない。

 このような開け方をしてくるのはルフィしかいない。しかし、変だ。ルフィは今目の前でマキノ自身が作った料理をパクついている。故に、ルフィではない。しかしあの開け方はルフィのものとそっくりだ。しかしルフィではない。じゃあ……誰……?

 

「ぶわっはっはっ! おう、ルフィ! 愛すべきジイちゃんが来たぞぉ!」

 

 …………ああ。

 

「じ、ジイちゃん……」

 

 ルフィの祖父────海軍本部中将モンキー・D・ガープその人だ。今は亡きかつての海賊王ゴールド・ロジャーとシノギを削った伝説の海兵、海軍の英雄。

 肩書きだけ見れば、やはりこの人は凄いんだなぁ、とマキノはいつも思う。

 ……この人をよく知る人々からしてみれば、その肩書きが疑わしく思えてくるのだから不思議だ。

 

「おう、ルフィ! なんじゃその反応は……恥ずかしがらんでもいいぞい!」

 

 とまあ、ここまで頭が判断する時間をかけてもなかなか体は動いてくれない。突然の登場にかなりビックリしてしまっている。それほど、この男はインパクトが強い。無自覚だから尚の事質が悪い。

 それは、あのサムでさへも同じだったようで、グラスを手に持ちぽかーんと口を開いたまま、なかなかお目にかかれない間抜け面を晒していた。

 

「「「…………」」」

「……ぬ?」

 

 3人共々、文字通り呆気に取られている。何か、言わなければ、何か……と頭は言っているものの、マキノの体は思うように動かない。

 そこでようやくガープも反応が無いことに気付いたようで、子どもらしく目をぱちくりしている。

 

「…………帰る」

 

 挙げ句の果てには若干涙ぐみながら、見事な回れ右を披露したガープだった。

 

「ジイちゃん、何しに来たんだよ!?」

「よう聞いてくれた! 実はルフィ、お前を……ん?」

 

 パアッと顔を子供のように輝かせ、ガープは振り返る。やはり祖父と孫らしく、動作の1つ1つに血の繋がりを感じる。良い意味でも悪い意味でも、ガープの血をルフィは受け継いでいる──マキノは思った。

 そこでようやく、見たこともない男がカウンターに座っているのをガープは気づいたらしく、まじまじと視線をサムに投げ掛けた。

 

「おい、マキノ…………この男が……?」

「────あ、あぁ。えぇ、ガープさん。お久し振りです。来るなら連絡してくだされば良いのに……」

 

 ようやくマキノは反応が追い付いたらしく、彼女は笑顔を浮かべた。

 

「ぶわっはっはっ! めんどくさいからイヤだ」

 

 …………うん。何ともガk──豪快そのものなジイちゃんだ。そしてやはり、ルフィも成長したらこのような人になるのだろうと想像してしまう。

 

「ところで……お前が噂の、村長が雇った傭兵か。なかなか良いもん持っとるようじゃな」

 

 にやり、とガープが笑う。その瞳を見るなり、嫌な予感をマキノは感じた。

 基本、この男は口より手で語り合うのを好む。先程からの言動からもわかるように、とにかくワイルド過ぎるのだ。

 シャンクス達が出港した後、山賊の一件を聞いたガープはサムに対してえらく興味を持ったようで……という話を村長からそれとなく聞いたことはある。海賊というわけでもなく、結果的にではあるがその後も村の安全を守り続けているサムという男と話してみたい、と。

 ……うん。間違いなくガープはヤル気だ。

 ゴキゴキ、とガープが手で音を鳴らす。老齢でありながら逞しすぎる筋肉質の肉体が為すその様は、初めて見る人からすれば震え上がるほどの威圧感と迫力を伴っている。

 ガープがニンマリと口角をつり上げる。程好く日焼けした、年齢と不釣り合いなほど健康的な肌を走る裂傷は、せっかくの笑顔に妙な恐怖を加算している。だが恐らく、この男に邪心はこれっぽっちも無い。完全に純心無垢な好奇心で、ヤル気なのだ。だからこそ、その好奇心を向けられる人物からすればただのいい迷惑なだけである。

 そんなガープが、サムに向かって言い放つ。案の定、サムは未だに理解が追い付いていないようだ。

 

「……ぁ、えぇ~、と……ん?」

「ぶわっはっはっ! ちょっと面貸せや!」

 

 最強のジイちゃん、降臨である。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そんなフーシャ村を恐怖のどん底に陥れていた2人の決闘は、サムの予想の斜め上をいく結果で終わることとなった。

 

「ぐがぁ……ごがぁ……」

「…………なんなんだ、このジイさん……」

 

 突然の、ガープ睡眠により、決闘は終了した。

 いっそのこと今斬りつけてやろうか、とも考えるサムだが、その清々しく感じられるほどの爆睡っぷりと無防備なその寝顔を見ると、毒気を抜かれてしまう。

 

「……まぁ、ルフィのジイさんとなれば妙に納得だな」

 

 予期せぬ死闘を終えたムラサマを納刀し、サムはぽつりと呟いた。

 

「おぉい、サムぅ! 生きてるかぁ!?」

 

 まさかの生死確認。この男の相手をするのは相当危険らしい。顔を上げると、こちらに駆け寄ってくるルフィ、マキノ、そして村人の姿があった。

 その真剣(過ぎる)な表情から、先程の生死確認が冗談ではないことを悟る。

 

「おい、ジイちゃん! 結局何しに来たんだよ!」

 

 地面に横たわり、鼻から風船を出しているガープに、ルフィが叫ぶ。べしべし、と頬に往復ビンタを食らわせ、ガープはようやく起きた。

 

「んん? ……おうルフィ。久しぶりじゃの。何しとるんじゃ?」

「こっちが聞きてぇよ!」

 

 のそり、とルフィを押し退け、ガープは起き上がる。

 ……いったいどのような鍛え方をしているのだろう。それなりに年はいっているはずだが、その肉体はとても老人のそれとは言い難い。がっしりとした骨格に、鎧のような筋肉。それが成す厚い胸板、太い剛腕はあのアームストロングのボディを余裕で凌駕している。先程の手合わせで感じたパワフルな拳骨は、奴の「死にやがれ!」もとい「脇が甘い!」パンチと比べてもまったく遜色無い。

 これで生身の人間なのだから驚きだ。下手をすると、本気を出していない可能性もある。

 

「あぁそうじゃ、思い出したぞ……ルフィ、今からコルボ山に行く。準備せい」

「はっ!?」

 

 それからガープはサムへ向き直り、またにやり、と笑った。

 

「そういや名前聞いとらんかったのう。わしはガープじゃ。以後よろしく」

「……サムだ。こちらこそよろしく」

 

 不本意ながら勢いに呑まれ、先ほどまで殺し合いをしていた相手とがっちり握手を交わすという、なんとも奇妙な体験をしたサムであった。

 

「さぁて……そんじゃ行くぞい、お前()!!」

「…………は?」

 

 ガープも、ある意味ジェットストリームだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「────だからジイちゃん! 俺は海賊王に──」

「何が海賊王じゃぁ!!」

「…………」

 

 ガープはルフィの頬をつねりながら、どんどん山奥へと入っていく。

 

「……ところでサム。お前いったい何者じゃ?」

 

 「痛ぇ! ……痛ぇ!」と、悪魔の実の影響で体がゴムのはずのルフィが、何故か悲鳴をあげている。が、そんなことはお構い無しにガープはサムに問いかけた。

 

「……流離いの旅人ってとこか」

 

 思考の読み辛いニヤついた顔で、サムは答えた。もちろん、自分はこの世界の人間ではない、ということは伏せておく。

 

「がっはっは……旅人のわりには物騒なもんひっさげとるのう」

 

 「それに血の臭いがプンプンするわい」とガープは鼻をホジりながら付け加える。

 

「はっはっは……そりゃお互い様だ」

「ぶわっはっはっ! それもそうじゃな」

「いい加減離してくれよジイちゃん!」

 

 ルフィの悲痛な叫びをまたしても無視し、ガープは言う。

 

「まぁそのくらいが悪ガキ(こいつら)の監視役にゃあちょうどいい」

 

 ────ん?

 

「ちょっと待て、なんだそれは。……そんな役回りは御免だ」

「はっはっは。ならわしゃあ海軍本部に要注意人物発見と知らせるだけじゃな!」

「ぐっ……」

 

 この男、見かけによらずけっこうキれるようである。

 つまりは、全て計算上のことだったのだ。既にサムは先程、麓で伝説の海兵と人外染みた戦闘を繰り広げてしまっている。

 ──モンキー・D・ガープと戦い、ほぼ無傷で生き残った謎の剣士。

 海軍側から妙なことでマークされるのは避けたい。このような状況を作り出すために、この男はサムに勝負を挑んだのだ。故に、サムはこのガープの要求を断る選択肢というものはない。……決して面白そうだから、とか結果的にラッキーじゃった、とかは思っていない。思っていないはずだ。うむ。

 ひくひく、と口元をヒクつかせながら、サムは危うくムラサマを抜き放ちそうになった右腕を、辛うじて押さえ込んだ。

 

「そろそろじゃな……お、着いたぞお前ら」

 

 その視線の先には、何やら怪しげな山小屋が建っていた。

 

「何する気だ? あんた……」

「この山で海兵修業じゃ!」

 

 ネーミングセンスまでそっくりだな、とサムは心の中で呟いた。

 

 この時、サムは知るよしもなかった。

 ルフィと同レベル、もしくはそれ以上の問題児を3人も面倒を見させられることになるとは………。

 

 


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