DEAD OR ALIVE 【SAMUEL RODRIGUES】 作:eohane
サムの過去編ですね。妄想捏造純度100%でお送りします。ではでは。
歴史が選んだ者
自由とは何か。ただひたすらに求め続けてはきたものの、その輪郭ははっきりとせず朧気だ。
恐らく、明確な自由の定義とは存在しないのだろう。いや、存在できないのだろうと、思う。人間というちっぽけな生物が勝手に造り上げた枠組みに入りきるような、そんなつまらないものではないのだろうと、思う。
結局はその果てに行き着いた結果────いわゆる歴史が、人間に代わって決めるのだ。だからこそ、人間は自由を求める。だからこそ、人間はその歴史であろうとする。
歴史が選んだ者はあいつだった。彼自身もそれを望んでいた。
では、この世界では……?
誰も答える者はいない。今は誰も答えない。
彼は、風となってその可能性を秘める者達────“Dの意志”とやらを目に灼き付け、異形と共に異形となって走り続ける。
***
ミヌアーノ。またの名をジェットストリーム・サム。
本名サムエル・ホドリゲス。ポルトガル語読みではなく、英語読みだとサミュエル・ロドリゲスとなる。まあとりあえず、そんなことはどうでもいい。
長いクセのある黒髪をオールバックにし、後ろで雑に纏めたヘアスタイル。左目の上を額から唇にかけて走る刀傷に右目の下を抉る銃傷、他、様々な細かい傷が目を引く堀の深い顔。極限にまで鍛え上げられた筋骨隆々の肉体。同じ人間とは思えない圧倒的な戦闘力。これでもかと言うほど記憶のフックを詰め込んだような人物、それがサムエル・ホドリゲス。
…………この男と初めて出逢った時は、頭がおかしい奴なのではと思ってしまったのを鮮明に記憶している。いろいろと、いろいろな意味で、いろいろな所がブッ飛んだ奴だった。────とにかく、“
この御時世、人を殺める手段が殺める対象から益々遠退いていく中、彼が用いる得物はゼロ距離に於いて真価を発揮する“刀”だった。……いや。正確には少し違う。彼はムラサマと呼ばれる刀と、マチェーテを用いていた。
基本は刀のみの1刀流。状況に応じて右手に刀を、左手にマチェーテをという2刀流の使い手として“戦場”を蹂躙する様はまさに鬼そのもの。敵がどれ程に恐怖し、泣き叫び、助けを乞おうとも容赦無く斬り伏せ、まるで何かを抑え込むかのように、何かを塗り潰すかのように
…………言っておくが、稀に見る「日本のサムライを主題とした映画若しくはサムライを模した登場人物が出る映画」などの類いではない。刃物と刃物──の代用品──を持った役者達がチャンバラアクションを繰り広げる画面の中の世界ではない。
舞台は戦場。人の死が当たり前のように訪れ、命が呼吸する度に散っていく。そんな異常が、通常化する場。
飛び交うのは銃弾。確実な死を伴った鉛弾が、柔らかな肉体を貫くために宙を舞う。
飛び散るのは血飛沫。明確な死の証明。世界を、死1色に染め上げる。
…………正直に言おう。このような世界を、刀で渡り歩くなど不可能に等しい。物理的に。
銃と刀。場合によっては刀の方が高威力高殺傷能力を有する事も──あくまで「有する事
人間を死に至らしめる直接的な原因となる銃弾と刀の刃。強度を比較すれば、当然と言えば当然だが刀に軍配が上がる
要するに刀で──なくとも、ナイフその他の刃物で──切れるのだ、銃弾は。
ただし、使用者に銃弾を見切る──射撃後の弾道誤差修整を含む──動体視力があり、人間の反射に要する時間と言われる約0,1秒を軽々と凌駕する反射反応を起こし、尚且つ刀を正確に弾道上へ、刃が垂直になるよう置くことができる────という動作を余裕で行うことが可能な
これを地で行くのがサムエル・ホドリゲスなのだ。今更ながらバケモノ過ぎる。あのサイボーグ染みた身体能力が霞んで見えてくるくらいに、この能力は特筆すべき点だ。彼が戦場を生き抜くことができたのは、この力があったことも大きいはず。
しかし、前述したように銃弾を切ってしまえば、弾道は変われど2つに別れた弾丸の破片が結果的に自身の体を加害することは目に見えている。流石に彼も、刀で銃弾を切った後、破片を躱す所業は
そこで彼が思い付いたのが“弾く”という動作。弾丸を文字通り刃の真正面から直角に受けるのではなく、弾道から僅かにずらしてそれごと弾くというモノ。だが刀の特性上、側面からの衝撃には弱い。いくら強度は上と言っても、所詮、刀は金属の板なのだ。無理な角度から無理な力が加えられれば凹み、罅割れ、最悪ポキッとなってしまう。
故に、彼が目をつけたのがマチェーテだった。マチェーテの刀身は通常の刃物より粘り強くなるよう、焼き戻しの熱処理工程が強めに施されており、柔らかくありながら頑丈に作られている。通常重ね──刀身の厚み──は約3mmなのだが、彼は8mmの特注品を用意。持ち前の頑丈さを活かし銃弾を弾くことが容易くなった────らしい。
──
サムの言葉だ。ムラサマをそんな衝撃をものともしないくらいに強化することができれば良いんだが、と笑いながらさも当然のように話していたが、当然ではないので安心して欲しい。やはり、いろいろとブッ飛んでいる。
……さて。
……いや、よく思い返してみれば周りに銃弾を弾く人物はまだまだいた。今更ながら、かなりバケモノ揃いの
…………さて、悪い癖だ。毎度の事ながら話が脱線してしまった。本題に入るとしよう。
まさに謎に包まれた剣士サムエル・ホドリゲス。彼と共に過ごした決して長いとは言えない期間の間、多くを語らない彼が僅かに聞かせてくれた過去を────そして“終焉”を迎えたことで知ることができた彼の……鬼の全てを、見守ろうと思う。
決して後生に語り継がれることの無い、“歴史”に刻まれることの無い、1剣士の
地獄の中で自由を掴もうと藻掻き、足掻き、狂いながらも翔け続けた“風”の、
ムラサマのように血に塗れた“命”。それを果たすしか、“歴史に選ばれなかった者”には意味が無い。冷酷で、残酷な現実。サム自身の宿命。
世界に知れること無く散ったお前のことを、この“心”にだけは刻んでおこう。歴史が無くとも、この心だけは覚えておこう。────それが、この世界を見守ると約束した“臆病者”の宿命。
***
1997年 ブラジル クロノイテ
空は晴れ渡っている。
幾つかの雲が上空を流れ、海に浮かぶ白い島を彷彿とさせる。地は草木に覆われ、咽せ返るような緑の臭いを漂わせている。
そんな中、空を文字通り切り裂く木刀と共に、陽の光に反射する汗を浮かべながら気合いの声を発す2人の若者がいた。
「────ふっ……っ、しっ! ……っつおら!」
脳の中でイメージする仮想敵に対し上段からの袈裟斬りを連撃。木刀を肩に担ぎ、右足を軸に勢いを殺さず回転。仮想敵の中段からの横凪ぎに振るわれる刀を、膝を折り曲げ地を擦りながら躱し、すれ違い様に横腹へ致命傷を叩き込む。
「──次っ……!」
残る仮想敵は1人。右足を退き、刀を両手に持ち顔の真横へ持っていく。八相の構えと呼ばれるものだ。
ゆっくりと腰を下ろし、単純故に強力な高速の刺突を繰り出した。
対して彼は中段の構えを取る。切先を仮想敵に向け、右足を半歩前へ出す。
右足が地に着いたと同時。迫る切先を、木刀を振る最低限の動作で弾き、機動を変える。左脇腹を掠りながらも右足を軸に回転、左足で後ろ廻し上段蹴りを仮想敵の側頭部へ敢行。振り向き様にその背中へ袈裟斬りを叩き込む。
イメージしていた仮想敵は悲鳴を挙げること無く霧散していった。
「……仮想敵、ねぇ」
はあ……、と一息吐きながら自嘲気味に笑うのは、滝のように汗を流す少年だ。
名をサムエル・ホドリゲスと言う。この地域一帯を埋め尽くす農地を取り仕切る、ホドリゲス家の長男坊だ。と言っても、次男、三男はいない。
オールバックにした長めの髪を1つに纏め、動く度にゆらゆらと動いており、彼自身の掴み所の無い性格を表しているかのよう。身に付けた灰色の胴着は黒の腰帯で止められており、上半身は脱いで腰帯から無造作に翻っている。鍛え上げられた筋肉質の、少年特有な肉体には玉のような汗が浮かび、いかにこの鍛練が凄まじかったかを物語っていた。
「少し休憩しようか、サム」
「うへ~……」と地面にへたり込んでしまったのは、自称サムの姉弟子、アナ・ジュリア・ヒラノ・ダ・シルヴァだ。ブラジル特有の長い名前故に、周囲の人間はアナ、若しくはアナジュリアと呼んでいる。
姓のヒラノ・ダ・シルヴァからもわかる通り、日系二世だ。母親譲りの日本人らしい綺麗な黒髪をポニーテールに纏めている。父親譲りの碧眼はどこまでも透き通っており、純粋な意志の強さを感じさせる。
サムと同じように気崩している胴着の中には白地のタンクトップを着用しており、少女から女性へ変化しつつある胸、腰のラインを強調していた。
「この程度でへばるなよ、アナ」
「……ふーん。じゃあ、その震える足は何かな? サム」
「これはあれだ。武者震いって奴だ。未だに俺には敵が見える」
「皆さーん、ここに素直じゃない思春期の男の子がいますよー。しかも若干厨二病発症してますよー」
「うるせぇ」
観念し、サムも地面にへたり込んだ。木刀を置き、手を着いて荒い息を調える。
ズリズリと2人して這いながら道場兼我が家の縁側へ移動し、汗を拭いながら汗ばんだ体を冷やしていると、背後に気配を感じ2人揃って振り向いた。
「……ほれ。もぎたてホヤホヤのパッションフルーツだ」
そう言って半分に切られ、真ん中にスプーンが突き刺さった果実を2人に渡してきたのが、このホドリゲス剣術道場現当主オーグロ・ホドリゲス。鬼の名を持つ、サムの父親だ。
サムと同じように髪をオールバックにし、これまたサムと同じように雑に纏めている。鋭い目付きに堀の深い顔も相まって中々の強面だが、時折見せる人懐っこい笑顔が感じの良い、「まだまだあっちの方は現役バリバリ」と宣う元気なおっさんである。事実、もうおっさんでありながらもかなりモテているらしい。未だにそのメカニズムは解明されていない。サムとアナの、最も疑問とするところだ。
「あ、どーもです、師匠」
「ありがとう。…………あ、親父。あいつら追い返して来たのか?」
「ああ。そろそろいい加減にして欲しいところだ。気が滅入ってしまう」
適当に相づちを打ちながら、パッションフルーツの中身をスプーンでかき混ぜる。オレンジ色の果汁と黒い種子が混ざり合い、特有の甘い香りが漂ってきた。
「いただきます」
「いただきまーす」
「よし、俺も食うかな」
「……あ、親父ずるいぞ。丸々1個じゃねーか」
「はっはっは。お前とは胃袋のでかさが違うんだよ」
むう……、と唸りながらも、何だかんだとサムはパッションフルーツの中身を半分ほど、スプーンで口に流し込む。独特の酸味と甘味をしっかりと楽しんでから、ごくりと飲み干した。
「……美味い」
「そう言えば、ルーカスの姿が見えんな。またサボりか?」
「……知りませんよ、あんな奴」
「アナ、食べないのならそれ、くれ」
「やるか、バーカ」
ちぇっ、とスプーンを咥えながら、サムは板張りの床へ身を投げ出した。火照った体に、冷たい床板が心地好い。隣からは「ふんふんふ~ん」と音符が付いていそうな、アナの上機嫌な鼻唄が聞こえてくる。パッションフルーツは、彼女の好物の1つなのだ。よくよく考えてみれば、彼女がそれを譲る訳がなかった。
「……ご馳走さまでしたっ」
パッションフルーツの皮を置き、パンッと両手を合わせて彼女が言う。妙なところで律儀だなぁ、とサムが見ていると、視界の中に映る、父オーグロが何やら動いたのが見えた。
「……そこで取り出したるはぁ~……最後のパッションフルー~~ツ」
「っ!!」
「っっ!?」
ガバッとサムは飛び起き、グイッとアナは振り返る。獰猛な猛禽類を思わせる4つの瞳が、しっかりとオーグロの手に握られている獲物を見据えていた。……肉ではなく果物だが。
「さっき届いた農作物の収穫分の仕分け、早くできた方にこれをやろう」
と、オーグロが言い切る前に2人の姿は消えていた。遠くからヌウオオォォ……、やら、ウワアアァァ……、やら、2人の必死な姿が実に想像しやすい雄叫びが響いていた。
「……はっはっは。以外と単純なんだよな、あいつら」
笑いながら腰を上げたオーグロは、ポーン、ポーンとパッションフルーツを弄びながら座敷へと上がっていった。