DEAD OR ALIVE 【SAMUEL RODRIGUES】   作:eohane

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ちょっとずつ飛ばし飛ばしで書いてます。読み辛いかも……いや、読み辛いです。


見えた……お前の剣は“殺戮”を恐れている

 雨が強い。どう見ても通常の降雨量ではない。すでにローグタウンの道路には雨水が川の如く────は言い過ぎだが、まあ簡単に言えば水の層ができてしまっている。さらにはその水面下に大粒の雨が降り注ぎ、見ていて飽きることなく踊っていた。

 今さらながら風も強い。こちらもそよ風などという生ぬるい風ではなく、文字通り強風である。風に乗って雨粒を同時に飛ばしてくることもあり、正面から受ければとてもじゃないが目を開け続けることはできない。ビュービューと風が顔を打ち、煩わしいことこの上ない。

 我らが航海士ナミによると、今現在の天候は“嵐”。海は大荒れ。船は揺れ揺れ。まさに雨と風の雨と風による雨と風のための天候だ。あながち間違っていないのだから困る。

 ローグタウンの港から離れつつ、波に揺られゴーイング・メリー号の船体はアップダウン、ライトレフト、アップサイドダウン────はない。さすがに。と言うか、もしもなろうものなら一味全員お陀仏な訳で、仲良く海の底だ(と言いつつこの世界の人間達なら、この大荒れの海でも生存しそうなのが恐ろしいところである)。メリー号には頑張ってもらうしかない。ファイト、メリー。

 

 そんなことを思いつつ、サムが1つ欠伸を漏らしたその時だった。

 

「────サボってんじゃないわよ、サムっ!」

「いてっ」

 

 スパコーンと小気味良い音が響く。大丈夫、サムの頭にはちゃんと中身がある。

 

「海では一瞬の気の緩みが命取りになる! 船が安定するまで集中して!」

 

 と、ナミに怒られてしまった。美少女に叩かれるというそっちの業界ではある意味ご褒美をいただいた訳だが、生憎とサムにそっちの気は無いので安心して欲しい。

 当たり前だが、海上では航海士の言うことは絶対だ。いつものふざけた態度とは裏腹に、ナミはてきぱきと指示を出していく。恐らく頭の中では、自身の航海術を駆使しながら船の辿るべき道を導き出しているのだろう。

 こりゃ失敬、と呟きながらサムも動き出す。はてさて、何をすればよかろうか。

 今のところメリー号は海を滑り出してはいるが、なかなか速力が上がらない。ナミ曰く、沖合いに出るまではなかなか船を“流れ”に乗せることが難しいらしい。「仕様がないわね。教えてあげるわ」と、頼んでもいないのにやたらと色っぽい仕草で航海術講座が始まったのはいつだったか。潮の流れ、満ち引きによって起こる海流が云々ナミ先生は仰っていたが、サムにはさっぱり解らなかった。

 が、まあそれは専門的分野での話。

 毎日毎日ルフィ達と共にシゴかれ続ければ、基本的なことは粗方身に付く。

 この場合、彼らがするべきことは絞られてくる。先ずは船の速力上昇だ。これを上げるための方法は大きく別けて3つ。1つ目は“流れ”に船を乗せること。まあこれはナミの専門分野な訳で、サムには扱えない技術だ。これは我らが美少女航海士に任せるとしよう。2つ目は最も彼らが得意とする脳筋流速力上昇法“オールで漕ぐ”である。ルフィ、ゾロ、サンジという素でバケモノ3人衆に加え、女とはいえこのバケモノ達を容易に張っ倒す、スレンダー筋肉系(ヒロイン)ナミ、何処と無く頼り無さ気に感じるが何だかんだと人間の域を余裕で超越する、やる時はやる男ウソップ。まあさすがにナミは別として、彼らの腕力をもってオールを漕げば、そんじょそこらの船とは比較にならない速力を生む。が、この海の荒れ模様からして却下だ。下手するとオールごと体を持っていきかねない。まあ、持っていかれたとしても無事に済みそうだとか言う非現実的な考えは頭の片隅に無理矢理捩じ込んでおこう。とすると、消去法で最後の1つが選択肢となるわけで────

 

「────サム、メインマストの帆を張って! ウソップもお願い!」

「オーケー。今向かってる」

 

 ビンゴのようだ。やはりこの強風を利用しない手はない。航海士の判断と自身の判断が同一だったことに、サムは満足気に笑う。

 まあ、簡単に言えば答え合わせのようなものだ。これまでの経験をもとに、それを利用して思考を纏め、状況から判断し“行動”にまで持っていく。そしてまた、これを経験とし積み上げていく。結果、練り上げられた“能力”として自身の1つとしていくのだ。

 まあ、そう簡単に航海術の会得が成った訳ではなく、まだまだニワカの域を出ないが、効果は上々の様子。サムとしても、()()()役に立つ時が来るだろう。

 

「ウソップ!」

「おう! まかせヘブッっ!?」

 

 ウソップと目が合い、合図を送ったのだが、雨に濡れた甲板に足を滑らせ(したた)かに顔面を打つ。ギョッとしつつもサムが合図を送った手前、それに気を取られて滑った可能性も捨てきれず、申し訳なさを感じながら彼を助け起こす。

 ────が。彼の鼻が直角に折れ曲がっているのに気付きまたギョッと驚愕。大丈夫か、と声をかけようとした瞬間、自ら鼻を元の形に捻じ曲げたことにまたまたギョッと仰天。

 

「い、いへぇ……はにゃふぁほへひゃ(鼻が折れた)……」

「おう。わりとガチでな」

 

 と言うか、ゴキッとか音が鳴ってたぞ。ゴキッと。普通鼻からそんな音が出るものだろうか。

 とまあ、なんやかやでメインマストに到達。ウソップを置いて甲板を蹴って飛び上がり、サムはマストへ手を伸ばす。右手をかければ顔の目の前に、帆を半分ほどに畳んだロープがある。

 

「よいしょ」

 

 懸垂の要領で上半身をマストの上へ。右足、左足の順にそれを跨ぎ、足を基点に宙返りで逆さまへ。視界が上下左右逆転した中で自由になった両手を使い、ロープをほどく。これで帆の左半分がダランと垂れ下がる────訳でもなく、吹き付ける風で暴れ始めた。

 

「ウソップ、投げるぞぉ!」

 

 ロープを真下のウソップへ。未だに帆もロープも暴れているが、まあウソップなら大丈夫だろうとサムは器用にマストの右へ移動。ちょっとしたサーカス気分になりながらも同じ要領でロープをほどき、その先端を握って甲板へと飛び降りる。

 

「サムゥ! せーので行くぞぉ……せーの!」

 

 流石ウソップ、何だかんだとあの暴れるロープをしっかりと握っている。

 ここまで来ればあとは簡単。右舷、左舷の止め金具にロープを固定する。これで帆が全開になった。

 一気に速度が上がる。

 

「まあ、こんな風を受けて暴れる帆とロープを、普通抑えられるわけないんだがな……」

 

 甘い……甘いぞサム。この船に()()な奴は1人たりともいないのだ。

 

「────流れが変わった。……サンジ君取り舵! あともう少しで捉えられるわ!」

「了解、ナミさん♡」

「サンジー、腹減ったー」

「キッチンに残飯あるから食ってろクソゴム! どけい! ナミさんが見えん!」

 

 相変わらずサンジ、平常運転だ。ここまで女尊男卑の男というのもかなり珍しい。

 まあ、口は悪いがとても心の優しい青年(ガキ)であることはサムも了承している。残飯とか言いながらもしっかりとキッチンにはおやつなるものが用意してあるのだろう。サンジ、イケメンである。

 それにサンジは紳士だ。紳士過ぎるぐらいに、紳士だ。いろんな意味で。これだけ女好きで、美女を見ればすぐ鼻の下を伸ばす男ならば速攻でナミを襲うのではないか、と思っていたがそんなことはない。サンジ、紳士である。

 以前真夜中に、偶然サンジの後にトイレで用を足したことがあった。向こうはサムに気付いていなかったようだが。その時、室内を満たすいわゆる……その、青春の香りに、思わず涙しそうになったのは記憶に新しい。サンジ、(おとこ)である。もし可能ならば、そんなモノに頼らず処理する方法を教えてやろう。無理だろうけれど。

 翌日、賛美の意を込めて頭をワシャワシャと撫でてやったら案の定、サムは蹴り飛ばされた。解せぬ。

 

「おう、ナミ。船尾終わったぞ」

 

 今さらながらメリー号の進路は、ローグタウンを中心に置いて南西を取っている。目指すは偉大なる航路(グランドライン)の入口、リヴァース・マウンテンだ。ナミが言うには、もうすぐその道標となる灯台の光が見えるはずらしい。

 リヴァース・マウンテンは、この海を2分する大陸、赤い土の大陸(レッドライン)とグランドラインが直角に交わった位地にあり、世界はこの2つで(ノース)(サウス)(イースト)西(ウエスト)に区分されている。

 この世界に“地球は丸い”という概念がある(そもそもここが地球なのかどうか怪しいのだが)のか、とサムは驚いたのだが、実際問題“地球は丸い”ということは古代より知られていた。紀元前3世紀頃の文明では既にこの考えが確立されていたのだ。

 意外とこの事実は知られていない。それどころか、大昔の人々は地球が丸いということを知らない、地球は平らだと思っている、というのが多い。そもそも地球は平らだという意見が学者達の間で飛び交ったことは皆無に等しいのだ。

 なぜか。

 これは近代において生まれた歴史認識の誤解と言える。プロテスタントがカトリックの教えを批難するために広まったとも言われ、さらにはガリレオ、コペルニクスの地動説を巡る騒動とごちゃ混ぜになり(地球が丸い丸くない云々は地動説関連とはまったく関係性が無い)、中世の人々に対する偏見が────。

 

 話が脱線してしまった。

 

「うっひゃー……船がひっくり返りそうだ!」

 

 言葉とは裏腹に、ルフィは至極ご機嫌である。だいぶメリー号も安定してきており、ナミが言うには“流れ”にも乗れたようだ。

 

「あの光を見て」

 

 ナミに言われるがまま、全員の視線が彼女の指し示す方向を見る。嵐で視界が荒れる中、煌々と輝く光がそこにあった。

 

「灯台か?」

「そう。名前は“導きの灯”。……あの向こうに、偉大なる航路(グランドライン)の入口がある」

 

 遂に、か。

 そんな思いが、サムの心を満たす。ルフィと共にフーシャ村を出港(と呼べるのかは置いておく)してからここに至るまで、長いようで短かった、そんなありきたりな言葉しか思い浮かんでこないが事実その通り。実に感慨深い。

 

 ────遂に。この先だ。

 

「よっしゃ。偉大なる海に船を浮かべる進水式でもやろうか!」

 

 この海の先には、奴等がいる。

 どこをどう間違えたのか知らないが、この世界にはもはや滑稽にすら感じてしまう社会悪────“勘違い野郎”がいる。

 おかしい。おかしいのだ。

 ある意味、この世界は狂っている。

 ────だったら。

 そんなものはぶっ飛ばす。ぶん殴る。ぶった斬る。

 力がモノを言う世界。アームストロングが目指した世界の劣化版とも言えるこの世界。

 何事も中途半端はいけない。ならば、どちらに転ぶかはわからないが、自身の(ムラサマ)で、1度ソレを掴み損ねた、この手で────真の自由を造り出す。

 

「────サム。お前の夢は?」

 

 この世界を、変えてやる。

 

「……はっはっは。さぁな」

 

 にやりとその口角を釣り上げ、これが答えだとでも言わんばかりに、世界(たる)を蹴り壊した。

 

 

 

 別れの時は近い。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ──見えた……お前の剣は快楽を恐れている

 ──……っ!?

 ──人を斬りたくて堪らない。……だが理性では否定している……

 ──違うっ……!

 ──……?

 

 

 

 ────俺の剣は活人剣だ……!

 

 

 

「…………」

 

 懐かしい。そんなことを思いながら、サムはラム酒を煽る。グラスに注いで優雅に嗜んで────いる訳でもなく、無造作にビンごと口に運んでいた。

 口内を軽く満たすラム。決して上等のものではない故の、庶民的な馴染みやすい味が舌を刺激する。ゴクッ、とそれを飲み下すと、程好いアルコールが喉を焼き、心地好い感覚がサムの心を満たす。

 因みに、ナノマシンは作動をOFFにしてある。今は、ゆっくりと生身で楽しんでいたかった。

 

「……お前だけ、矢鱈と達観しとるな」

 

 そう呟くのは、ここ、双子岬の灯台守りクロッカス。年齢71歳、双子座のAB型で、ある意味人を煽ることに関してはサムに引けをとらない老人だ。そんな彼は、新聞を広げながら折り畳み式ビーチチェアに横たわり、サムを物珍しげに眺めている。

 

 無風海域凪の帯(カームベルト)に入り込んでしまったり、メタルギアRAY──いや、あのAT社製大型有人多脚戦車メタルギアエクセルサスをも凌ぐ巨体を誇る海王類との戯れなどを経て、無事(?)に偉大なる航路(グランドライン)突入を果たしたサム達は、この岬で航海の疲れを癒すために束の間の休息を取っていた。

 50年前からある海賊達と約束を交わし、この岬に住み着いた“世界一デカい種”の鯨と言うイヤに適当な説明を受けたラブーンと、ルフィが何やら“約束”をさらに交わし、その額に描いた彼のシンボルマークがあまりにも“彼らしかった”ことに妙な安心感を覚えたのは記憶に新しい。さすがはルフィだ。彼の“魅力(偉大な力)”は動物さへも魅了する。

 だからこそ、なのだろう。彼ら麦わらの一味が、これほどまでの結束を保つのは。そしてこれからルフィが仲間に率いれていくであろう、この世界のどこかにいる人々も、彼に魅了されていくのだろう、とサムは思った。

 

「……そうでもしないと、やってられん世界を生きてきただけだ」

「私が感じた“達観”とは少し違う気もするが……まあいい。ラム酒、いけるか?」

「ああ、美味い。別に、俺達にも蓄えはあったんだから、あんたが俺達に振る舞う理由は無いんだがな」

「そう言うな。こちらとしては久しぶりの客人なんだ。もてなしても悪く無いだろう?」

「はっはっは。ありがたく頂戴しよう」

 

 ヨゴレていない……サムにとって、彼らは美しすぎるのだ。

 愛、絆──最も、サムが歩んできた人生の中で無縁の物だった。信じようと思ったこともない。縋ろうと思ったことさえない。彼が信じてきたものは────己自身。生き残るための“力”。

 それだけあれば十分だった。必要以上のものは望まなかった。背負いたくもなかった。────また、喪うくらいなら。

 1度、喪うことの哀しみを知ったからこそ、サムは1人で生きてきた。受け継いだ“剣術(センス)”を持ってその身を戦場に投じ、斬って血を浴びることで感情を殺した。

 誰かを愛したこともない。誰かを愛そうと思ったことすらない。いくら美しい女を抱こうと、あの日からサムの全てを埋め尽くす感情は揺れ動かない。ただ────ただ、渇くだけ。

 

 ────いつしか、“殺人剣”そのモノとなっていた。

 

 それが、この世界へ来て変わってしまった。サムは、愛を、絆を知ってしまったのだ。

 マキノ、村長、村人達、ガープ、ダダン、その一家……。

 

 そして3人の悪ガキ達。

 

 ────そして、また1人、喪ってしまった。その恐怖を忘れ去っていた頃になって、ソレは来た。──逃がさない、とでも言うかのように。

 弱くなった自分を自覚した。あの満月の夜、それを否応無く知らしめられた。──やはり自分は、臆病だったのだ、と。

 

 だからこそ────。

 この血に染まった手が、(ムラサマ)が────新たな死を運び込む前に。

 極力“彼ら”の障害に成り得る大きな敵は排除してきた。でき得る限り、“危険”を近付かせないように立ち回った。

 だが、ある時気付いてしまった。────1番の危険は、“自身”なのではないかと。戦いの感覚を取り戻す内に、その思いに至った。もはや、最大の障害に成り得るのは、サム自身なのだ。

 やはり、殺人剣は殺人剣らしく生きるのが相応しい。

 

 またグイッ、とビンを傾ける。キュポン、と口から離し、その余韻を楽しむ。

 

「もういつの物かわからん奴だからな。在庫処分も兼ねている」

「おい」

「はっはっは。冗談だ」

 

 念のため、サムはナノマシンをONにしておいた。

 

「それにしても……良い一味だな」

「それ、あの麦わらの奴に言ってやってくれ。かなり喜ぶぞ」

「麦わら、か。はっはっは。やはり、あの帽子は精悍な男に良く似合う」

「……そうだな。言えてる」

 

 何か、含みを帯びたクロッカスの言葉に興味が湧くが、それよりもサムはあの麦わら帽子の前の持ち主のことを思い出していた。

 例え酒を頭から浴びせられようが、唾を吐かれようが、大抵のことは笑って流す器の広さ。自身が仲間と認識した者には深い愛情をもって接し、仮に誰かが傷つけられようものなら全力を賭して戦う絆の強さ。

 あのような男ならば、こんな考えに至ることは無いだろう。その命を賭けても全てを守ろうとするのだろう。

 彼はそういう男だ。ムカつくほどに、良い奴だった。

 

「……懐かしい、な」

「何がだ?」

「いや……老人の戯言だ。気にしないでくれ」

「とてもじゃないが、71には見えんぞ?」

「お前の目にどう映ろうが年は年だ。もうあちこちガタが来とる。……老いには勝てんものだ」

「ただの老人がどうやったら鯨をサイボーグにできるんだよ……」

「ラブーンのことか? あれは医者の遊び心だ。それに、さいぼ……ん?」

「何でもない」

 

 実はラブーン、体内をこのクロッカスによって改造されている。彼は元々医者であり、数年間船医の経験もあるそうで、何年もの間、ラブーンの“面倒”を見てきたんだとか。

 さすがは世界一デカい種と言われるだけあってラブーンの体は巨大化。それに伴い外からの治療が困難になった故に、クロッカスはなんとラブーンの体内を、“内側から治療”するという発想のもとサイボーグ化と称しても遜色無い程に大改造。胃の中に空を描くやらいくつものトンネルを開通するやら体内外の出入口をこしらえるやら、かなりのやりたい放題である。気になってどのように改造を施したのか尋ねて見たところ、「医者の遊び心だ」としか返答を貰えず、何かしらの企業秘密があるのだろうとサムは無理矢理納得しておいた。

 それほどラブーンのことを大切にしてやっているのだろう。

 

「まあ、実際のところ改造自体はそう難しくは無いのだ」

 

 何やらとんでもない発言が聞こえた。

 

「問題は改造()だ。今も、改造に要した“パーツ”は度々洗浄を行わねばならん」

「ほう?」

「本来、生物の体は体内に侵入した異物を排除する本能的な能力がある。病原菌などの感染により肉体に何らかの発症が出たとしても、時間を経て通常の常態に戻る。……まあ、例外もあるが。これくらいはわかるだろう?」

 

 かなりの一般常識だろう。病原菌を倒す白血球などの細胞や、病原菌を死滅させるために体が発熱反応を起こしたり……と、いわゆる“免疫”というものだ。

 

「少し意味合いが違ってくるが……ラブーンの場合、その異物があのパーツに相当する。だがあのパーツは、生物的に排除するのは難しい。だが異物であることに変わりはない。────当然、拒絶反応が出る。パーツとの接触部位の細胞が壊死したり、な。当初は、ラブーンもかなりの激痛に苛まれていた」

 

 だがラブーンは生きている。それに対する新技術などを発見、もしくは発明したのだろうか。

 

「驚くべきことにラブーンの肉体は“適応”したのだ。進化と言っても過言ではない。……たった1世代の間に、ラブーンの体は変化を遂げた」

 

 まさに生命の神秘という奴だろう。口を突いて出そうになった「何でもありだな」という言葉は無理矢理ラム酒ごと飲み干し、クロッカスの話に耳を傾ける。

 …………妙なひっかかりを、“異物”という単語を聞いた辺りからサムは感じていた。

 

「────……まあ何が言いたいのかというとだな。お前のその右胸、右腕……どうなっている?」

「……ああ、これか?」

 

 何の事はない。アームストロングとの戦闘で重傷を負った右腕を、敗北の証、と戒めも兼ねてサイボーグ化したものだ。

 ワールド・マーシャル社の一般サイボーグ用最新鋭技術を投入されており、小型化された自己修復ユニット、それに格納された修復用ナノペースト、血糖値制御栄養パック、燃料電池(MCFC)一体型CNT筋繊維──電動人工筋肉──、CNT合成強化骨格(高性能義肢)、CNT複合装甲……等々、かなり高性能である。

 金はかかるが、“しっかりとメンテナンス、燃料電池、栄養パックの補給を行えば”10年はもつ、と技術者のお墨付き。

 

「────っ!?」

「見るからに人間本来の肉体じゃないだろう。医者の目を甘く見るなよ? ……深く追求はしないが……」

 

 そう。しっかりとメンテナンス、燃料電池、栄養パックの補給を行えば、10年もつのだ。その実、サムがこの世界に来て10年近く経つ。────もちろんのこと、それらを行ったことはない。

 

「……大丈夫なのか?」

 

 サムは、何も答えることができなかった。

 

「…………」

 

 自身の右手を動かす。曲げ、伸ばし、拳を作り、力を込め……。

 全くもって異常を感じることができない。しっかりと接合部位の神経接続は機能してあるし、ナノマシン分子生物学の応用による遺伝子調整の賜物である、細胞拒絶反応も出ていない。

 何も問題が無い────この場合、それこそが異常だった。

 

「……あんたは……死んだ生き物が復活するのを信じるか?」

「なんだ、ゾンビか? ……残念ながら、私は死者の蘇生は有り得んという持論を持っている。信仰的な意味ではなく、医者としての医学的見地に立った持論だ」

 

 心臓停止による血流の停止、3分程度で脳組織が死滅を始め、間もなく蘇生は不可能となる。

 よくよく考えてみれば、あの決闘の後、3分以内にサムの体が回収されたとは考えにくい。恐らく不可能だ。

 だとすると、この世界はいったい何なのだ。何のためにサムを生かす? ……いや、もしかすると、表面上生きているように見えるだけであって、サムの根本的な何かは死んでいる……?

 

「……はっはっは。ありがとうな、クロッカス。かなり重大なことを俺は忘れていたようだ」

「……ならいいが、気を付けろよ」

 

 さて……、とクロッカスが新聞をたたみ、立ち上がった。

 

「そろそろよかろう。“記録(ログ)”がたまったはずだ」

 

 これは……まずいな。

 そんな思いが、サムの心中を満たす。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一味が目指すのは偉大なる航路(グランドライン)一本目の航海の終着点、ウイスキーピーク。謎の男Mr.9、謎の女ミス・ウェンズデー2人を乗せ、先程グランドラインの恐ろしさを身をもって体験した直後だ。何でもリヴァースマウンテンから出る7つの磁力が影響し、類を見ない荒れ模様を見せるとかなんとか。

 前方にウイスキーピークの島影を確認し、サムはのんびり入浴中だった。

 

「…………」

 

 湯船に浸かりながら、とてもリラックス────している訳ではない。内心、どう整理をつければ良いのか、未だに判断しかねている。

 

「死人に、口なし、か……」

 

 熱い湯船が肌をヒリヒリと刺激する。もちろんのこと、右手、右腕、右胸も感覚としてそれをサムの脳に伝えている。

 ──正常なのだ。どうしようもなく。そして正常であることが異常という、歪な状況。

 いったい、何が起きている。

 

「……すまんな」

『誰に謝ってんのよ』

「……?」

 

 バスルームのドア越しに、恐らくナミのものであろう声が聞こえてくる。彼女の接近に気付くことができないほど、“物思い”に耽っていたようだ。

 

「どうした、ナミ……覗きか?」

『違うわよ。サンジ君じゃ無いんだし……』

 

 動揺を悟られてはならない。両手でお湯をすくい、顔にバシャバシャと打ち付ける。

 

『ちょっと、ね。……聞きたいことがあるの』

 

 ……なぜだろう。妙な確信がサムの心中に生まれる。

 

『あんた……この船、降りるの?』

「…………」

 

 気付いていた。しかし、特に驚きも無かった。ルフィとは前々から決めていたことであったし、いつかは彼らにも話さなければならないことは、サムも重々承知していた。

 なぜこのような、ギリギリになるまで言わなかったのか。──単純に、居心地が良かったからだ。……ただ、それだけだった。

 

「……ああ」

 

 サムは、どことなく空を見つめる。湯気が立ち昇り、少し息苦しいくらいの空気が、体を包んでいる。

 

『“お前()()もう……仲間(ルフィ達)がいる”……覚えてる? この言葉』

「……ああ」

 

 確か、ココヤシ村でのことだったはずだ。アーロンの支配から解き放たれ、ナミの感謝の言葉にサムはそう返した。

 

『ずっと考えてたのよ。……お前“には”ってどういうことなの、って……』

 

 サムは、何も答えない。

 

『薄々予感はあった。サムは、“私達”とは違う世界を見ていた。あんたの夢には、私達が付き添うことはできないんじゃないか。……そんな感じ』

 

 正確には少し違う。サムは、ただ己の願望に彼女らを“付き添わせたくない”だけだ。

 

『……あんたには……私達は必要じゃないの?』

 

 蚊の鳴くような声。ドアに朧気に映るナミの影が、心なしか震えているように見えた。

 

「……必要過ぎるんだよ、お前達は」

 

 ポロッ、と本心が溢れそうになる。それを、サムは仮面の裏側に強引に引き釣り込んだ。

 

「だからこそ……お前達は必要じゃない」

『……そう』

 

 はぁ……、とドア越しに盛大な溜め息が聞こえてきた。影は立ち上がり、目元をゴシゴシと擦るような仕草を見せた後、言った。

 

『あいつは? あいつはどうすんのよ』

 

 誰を、とまでは言わない。もちろん、サムも誰のことかは察しがついている。

 

『あいつがそう簡単に認めるとは思えないわよ?』

 

 対して、サムはニヤリと笑いながら湯船を出た。

 

「ちゃんとケジメはつけるさ。……あ、ナミ。タオル取ってくれ」

「……はい」

 

 ドアがほんの少し開き、タオルが投げ込まれた。

 ウソップやサンジは渋々了承するかもしれないが、やはり、あいつばかりは衝突を避けられない。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ウイスキーピークが賞金稼ぎの巣であったことなど露知らず、のんびり「べんじょ」と腹をパンパンに膨らませたルフィに着いていき、サムは文字通りべんじょの前でサボテン岩を眺めていた。

 

「……よく見たらあれ、墓標じゃねぇか」

 

 先程、ざっと100人以上はいるであろう賞金稼ぎ達をゾロは難なく斬り伏せる。新入り2人を試す良い機会だ、と嬉々として薙ぎ倒すその様は、まさに“人斬り”だった。────故に、ゾロの“弱さ”を再確認もした。

 すると突然、Mr.5、ミス・バレンタインという謎の男女ペアが出現。何やら訳ありのミス・ウェンズデーを抹殺するとかなんとか宣い、同じく何やら訳ありのMr.8が彼女の護衛を、ナミと10億ベリーで契約させられるという、女の恐ろしさを目の当たりにしたわけだ。

 

 ふと思い立ち、ムラサマを抜き放つ。血のように赤い刀身が露になり、月光を浴びて妖しく煌めいた。

 

「……ふん」

 

 高周波を発生させる。ブーン……、と微弱ながら聞こえる振動音、ムラサマの刀身を奔り空中に霧散していく赤い放電。

 

「よくよく考えてみれば、お前も“おかしい”のか……」

 

 まるで自分のように、赤く濁っていた。

 

「はぁーすっきりした。あ、サム。待たせてごめん」

「おう」

 

 用を足し終えたのであろうルフィが、すっきりした表情でべんじょから出てきた。

 それ以上会話は続かず無言のまま、先程から爆音が轟いている町の中心部へ向かう。途中、ゾロが斬り伏せた賞金稼ぎ達が地面に転がっていたが、2人は目もくれなかった。

 

「……ルフィ、単刀直入に言おう。……仲介を頼む」

「……ゾロ、か?」

「ああ」

 

 あーあ……、とルフィが両手を頭の後ろへ運んだ。

 

「……やっぱ、出ていくのか?」

「……ああ」

「…………そうか」

 

 ルフィの目は、まっすぐ前を見ていた。どこまでも、どこまでもまっすぐ前を向いていた。

 10年。10年も時を共に過ごした。それこそルフィにとっては家族同然に。言いようも無いほど、掛け替えの無い家族だった。

 ひき止めたい。そんな気持ちもあるのだろう。サボのこともあり、サムと同じように家族を喪う“恐怖”を知ってしまったルフィは、既にエースも旅立ってしまっていることもありこれ以上家族と離ればなれになるのは嫌うはずだ。

 けれどサムの夢も応援したい。そんな気持ちもあるのだろう。エースも、サムも、そう簡単に喪われるような存在ではないと頭で理解していながらも、やはり、“怖い”ことに変わりはない。────サムも、おなじだ。

 ならばどちらも────という選択肢は無い。選ばなければならない。

 

「────わかった」

 

 ルフィが選択したのは後者だった。

 彼でさえ、この世界で最も長くサムと時を過ごした1人の彼でさえ、サムの本心を垣間見ることは叶わない。それでも────彼はサムの思いを、意志を汲み取り、それを尊重するという選択肢を取った。

 だからこそ────サムは、心からこう言った。

 

「────恩に着る」

 

 

 大丈夫。誰も死なせやしない。

 

 

 守る剣など振るえる人間じゃあないが、それでも、この(ムラサマ)が届く内は…………。

 

 

 誰も死なせやしない。

 

 

 

 ***

 

 

 

「俺は……この船を降りる」

 

 サムはゾロに伝えた。見れば見るほど、共に過ごせば過ごすほど“あいつ”にそっくりだと思えてくるこの男に、サムは伝えた。

 

「…………」

 

 刹那────ゾロの纏う空気が変わった。

 “あの時”のあいつのような、内に眠る本性が目覚め始めたかのように。

 “あの時”のあいつのような、仲間を思いやる故の怒りが溢れ出しているかのように。

 言葉は無い。無いからこその迫力。外野は彼の姿を見、背筋が凍るような迫力を感じたはずだ。──唯一その迫力を甘んじて受け止めているのは、ルフィとサムだった。

 

「降りる、か……。それ相応の理由(ワケ)があるんだろうな?」

 

 彼は腕を組んだまま、微動だにしない。槍のように貫く視線を、サムに向けているだけだ。

 

「……はっはっは。俺達に、理由(ワケ)は要らない。────そうだろ? ゾロ」

 

 ムラサマの柄頭を弄りながら、サムは言い放つ。先程から周囲の風景が、最期のあの時の荒野に変わっていく錯覚(デジャヴ)に、サムは思わず笑っていた。

 

「…………へっ」

 

 ゾロも笑う。くい、と首で大通りを指し示し、サムの返事も待たずに歩き出す。

 ────同じだ。やはり、彼はあいつに似ている。

 

「俺は……鷹の目も、そして“てめぇ”も! …………全員斬って世界一の大剣豪になる」

 

 ゆるゆる、と弧を描く口元を止められない。────嬉しい。そう、“嬉しい”だ。こんなにも強い、自身の敵足り得る存在が今、目の前にいるのだから。

 

「……お前の剣には何かが足りん」

 

 彼と初めて出逢った時と同じように、言葉を返す。

 

「……来な。稽古をつけてやる」

 

 やがて2人は向かい合う。

 まさしく彼らは鬼と鬼。2人が醸し出す空気が、何者も侵すことのできない剣士の領域を造り出す。

 

「……やんのか、お前ら」

 

 ルフィの声が遠く感じる。今は、すぐにこいつと戦いたい、斬り合いたい、そんな思いがサムを埋め尽くす。

 

「手出しは無用だ」

「はっはっは。……まぁ見てな」

 

 視線が交錯する。その目を見た途端、背筋に電流が走る。サムが、彼の体が、彼の本能が、決闘の準備を整えた証だ。────脳が判断するより早く、脊椎反射で体は動いた。

 ゾロは“約束”の証、“和道一文字”を。

 サムは“血”の証、“ムラサマ”を。

 

「────決着だ」

「オーケー……」

 

 白い歯を見せて、サムは笑った。

 

Let's Dance(いざ参る)!」

 

 ジェットストリームが吹き荒れる。

 

 

 

 


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