DEAD OR ALIVE 【SAMUEL RODRIGUES】   作:eohane

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革命軍兵士 リジー・ウィリアムズ

 G O Pを後にして、サムは大通りを歩いていた。方角は先ほどの、ゾロと共に訪れた武器屋「ARMS SHOP」。機嫌が良いのか、その足取りは軽い。

 

「……にしても美人だったな。胸もでかかったし」

 

 的なおっさん発言を呟きながら、サムは歩を進める。

 

「ミストラルも美人だったが、如何せんサイボーグだからなぁ……。胸は本物らしいが」

 

 的、ではないな。もろおっさんである。

 

 ミストラル。

 この世界で言えば冷風、サムがもといた世界ではフランスの冷たい突風を意味する。このコードネームを持つ彼女、ミストラルは、デスペラード社の中では唯一の女性サイボーグであった。アルジェリア出身、フランス人とハーフの黒人女性で、褐色の肌(と言っても顔しか見たこと無いが)、ある科学者(ハゲ)を違う意味で絶賛させるほどの巨乳、ある忍者(おっさん)(妻子持ち)の心拍数を上昇させるほどの色気を兼ね備えている。

 ────で、問題はその巨乳だ。

 見る者を2度見させるほどの彼女の胸だが、なんとツクリモノではない────らしい。本人が本人でどっち付かずな返答をしていたので、デスペラード社内では本物派とツクリモノ派でお互いの主張がぶつかり合い抗争が起きたことがある。あれやこれやとどんちゃん騒ぎになり、モンスーンが場を治めに来るというまでの事態になったのだが、何を思ったかサムが両者をさらに煽り抗争が激化。見兼ねたサンダウナーが止めに入り、終いにはアームストロングが出張ってくるという始末。

 サム共々恐ろしい程の大目玉を食らったデスペラード社の面々(ミストラルを除く)だった。

 ちなみに、「“夢”を見たって良いじゃない!」が本物派の主張、「夢見がちなバカは目を覚ませ!」がツクリモノ派の主張だ。

 

「……はっはっは。儲けモンだな、これは……」

 

 安心せよオス(サイボーグ)共よ。

 本物の巨乳は()()に存在した!

 

「サンジに自慢してやるか」

 

 眼福であr────おっといけない、失礼した。

 そんなサム(おっさん)がARMS SHOPの前を通り過ぎようとした時、「あっ!」と彼に声をかける人がいる。

 

「あなたはさっきの……」

「────ああ、さっきのメガネ君か。なんか用か?」

 

 サムいわく、ゾロの青春(?)のお相手、花柄のポロシャツ、黒デニムの女である。どうやら彼は一緒にいないらしい。

 

「メガネ君……。あ、特に用があるって訳じゃないんですが、さっきお会いした方だから挨拶くらいと思いまして……? ……どうかしました?」

 

 後ろを振り向きじっと一点を見つめるサムに、女が問いかける。

 

「……いや、何でもない。金魚のフンが着いてしまっただけだ」

「?」

 

 訳がわからず、女はこてん、と首を傾げている。

 そのあどけなさと、大男2人を斬り倒した時とのギャップに苦笑しながらサムは言った。

 

「メガネ君、聞きたいことがあるんだがいいか?」

「あの、私たしぎって言うんですけど、そのメガネ君ってやめてもらえないでしょうか……」

「わかった、たしぎだな。ところでメガネ君、さっきの緑頭(マリモヘッド)は──」

「話聞いてました!? わざとですよね!? 絶対わかってて言ってますよね!?」

 

 サムのような人間からしてみれば、望み通りの反応をする女。名前はたしぎと言うらしく、手足をワタワタとしながらサムに抗議している。

 

「はっはっは。すまんすまん、たしぎ、ね。俺はサムだ。んで、緑頭はどっちに行ったかわかるか?」

「ハァ……ハァ……。あ、あっちに行ったと思いますけど……」

 

 一応名乗られたら名乗り返す、とサムがさりげなく名前を告げる。たしぎが指差した方角から察するに、どうやらルフィが向かった広場の方へ向かったようだ。

 

(ふむ……じゃ、俺は船に戻っておくかな)

「あ、あの……」

「ん?」

 

 礼を述べて立ち去ろうとしたサムだったが、たしぎが申し訳なさそうに声をあげたので立ち止まる。

 

「なんだ? まだ何か用か?」

「その……よろしければその……腰の刀を見せて頂けないでしょうか……?」

「……まあ、いいが」

 

 先ほどの、ゾロの“和道一文字”を言い当てたことと言い、やたらと刀に詳しいことと言い、この女、なかなかの“刀マニア”のようである。さらに自身がその刀使いと言うのだから尚のこと凄い。

 これは断ってもしつこく来るな、と感付いたサムは、さっさと用件を終わらせるためムラサマを抜き放った。

 

「ほれ」

「あ、赤い? ……それに、凄く重い!?」

 

 ムラサマを手渡した途端、「ウググ……」と踏ん張るたしぎ。何事だと通行人の視線を集めてしまっているが、そんなことはお構い無しだ。

 

「綺麗な直刃(すぐは)に……波打つ(のた)れ……。いや、それよりも何で赤い、の……?」

「おーい。ヨダレ出てるぞ」

 

 何やらたしぎがムラサマの柄にあるグリップを押し込んでみている。

 このグリップ、ムラサマの刀身へ高周波を流すか流さないかのON/OFを、ナノマシンと共に別ける機構である。ナノマシンIDロック付きであり、今はこの機能をONにしてあるので、たしぎがいくらグリップを押し込んだとしてもムラサマに高周波が流れることはない。つまり、この世界でムラサマに高周波を流すことができる人間はサムしかいないのだ。

 

「見たことも無いしメモにも載ってない……。この刀、銘は何て言うんですか?」

「だからヨダレをふけ。そして目をギラつかせるな」

 

 ここで今更ながら、サムの愛刀“ムラサマ”について軽く説明しておこう。

 知っての通り銘はムラサマ。たしぎの鑑定通り、“迷い”を感じさせない美しい直刃に、穏やかに波打つ様が印象的な、丁字とはまた一味違う“湾れ”。

 日本の刀工“ムラサマ”が打った名刀である。サムが知る由も無いが、以前記した通り“曰く付き”の刀────妖刀だ。当時の日本の将軍家を呪い、その代表的人物を殺傷してきたと言われる。

 ブラジルに渡来した日系人がホドリゲス剣術道場に伝えた刀であり、以来ホドリゲス家の家宝とされてきた。サムがこれを持ち出し改造を施した際に、柄の部分に高周波発生器を搭載され、高周波ブレードとして生まれ変わる。その際、刀身の玉綱が流れる高周波に反応、変質し今のような真紅の刀となったのだ。

 ちなみに高周波ブレードとは、高周波────交流電流により刀身の金属結合を強化しつつ、共振により切断対象の結合力を原子レベルで弱め、切断力を極限にまで高めたブレードのことを言う。

 要約すれば利点は2つ。

 1つ。取り敢えずブレードがメッチャ強化されるということ。

 2つ。ただでさえメッチャ強化されたブレードで、防御力がメッチャ弱化されたモノを斬ることができるということ。

 極端に言えば包丁で豆腐を切るようなものだ。

 が、ゴキブリが殺虫剤に対して耐性を高めていくように(?)斬られる側も黙っていた訳ではない。そこで開発されたのがC(カーボン)N(ナノ)T(チューブ)複合装甲である。なんと高周波ブレードの斬撃に数回耐えうる強度を誇り、様々な────失礼、話が逸れてしまった。

 

「ムラサマ。……ダメだ、わからないや」

 

 それは無いのか、とサムは内心呟く。刀の銘までは、もとの世界とリンクしている訳でも無いらしい。

 何やらたしぎは、サムに許可も取らずにメモ帳にムラサマをスケッチし始めていた。新たな刀との出逢いに、相当夢中になっているようだ。

 

「……あ"っ!!」

「っ!?」

 

 どんなムラサマが描かれているのか、とメモ帳を覗き込もうとしていたサムだったが、突然上がったたしぎの声に思わず耳を塞ぐ。

 

「大変、スモーカーさんに怒られる! えーと、すいません、これ……ありがとうございましたっ!!」

「……お、おう」

 

 ピューッと走り去ったたしぎであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ところ変わって────とか言ってみたが実際はサムとたしぎがいる場所から50m余り離れただけなので、結局は大通り。

 見渡す限り人、人、パンダ、人、人。完璧なるローグタウンの日常そのもの、至極平和だ。

 

「…………」

 

 まさかこんな場所に全身を黒尽くめのマントで覆った、見るからに怪しい────と言うか“怪しい”を具現化したかのような者が、いるはずがない。

 

「……バレました、かねぇ?」

「ねぇリジー?」

 

 いるはずがない。

 

「なんですかぁ、コアラさん?」

 

 ……とまあ、お遊びはこれほどにしておこう。

 その怪しい奴────黒いマントを羽織った人物、声の高さからすると“彼女”は、どこか間延びした声で振り返る。

 マントの隙間から、白い髪が覗いた。

 

「さっきからずーっと言ってるけど、ドラゴンさんを真似してマント被る必要は無いんだからね?」

「何言ってるんですかぁ、コアラさん」

 

 ちっちっちと人差し指を横に振りながら、リジーと呼ばれた彼女は言った。

 

「私達革命軍がこんなところにいると知れたら大事じゃないですかぁ。だから世を忍ぶ仮の姿が必要なんですよぉ」

「仮の姿ってそこまで目立っちゃ意味無いと思うんだけどな……」

「逆にこんな格好の私が革命軍だなんて誰も思いませんよぉ。どこからどう見てもただの変質者です」

「あ、自分が変だっていう自覚はあるんだ」

 

 面白いことに、リジーの作戦(?)は見事成功している。道行く人々は彼女らを遠巻きに眺め、「怪しい奴だ。関わらない方がいい」と口々に囁きあっていた。

 

「さあさあコアラさんもそんなフリルいっぱいの服じゃなくて私みたいな黒マントを羽織りましょう。実はもう1つスペアが……」

「いらない。あ、ほら! 彼……えーと、サムだっけ? もう行っちゃうよ?」

「はっ!」

 

 この2人、どうやらサムに用があるらしい。

 コアラと呼ばれた女性が、「はぁ……」と溜め息をつく。どこぞの誰かさんを彷彿とさせるオレンジ色の髪、ゴーグルが着いたキャスケット。所々フリルの着いた服にニーソックスと相まって、可愛らしい雰囲気を醸し出している。

 何を思ったのか、ポケットからメモ帳をとりだした。

 

「まずいですよ、コアラさん! 早く追いかけないと!」

 

 と言うや否やピューッと走り出したリジー。勢い余って黒マントを置いてきぼりにしている。

 メモ帳を手にしたまま、コアラはまたもや「はぁ……」と溜め息をついた。

 彼女の走る後ろ姿を見て、まず目がいくのはその髪。首もとを少し隠すほどのショートヘア。“綺麗”と言う言葉がピッタリな白髪だ。たしぎとは逆に白のデニム、(あお)のブラウスを着用しており、爽やかな雰囲気が印象的だ。

 もちろんコアラと同じく出るところは出て、女の子女の子している────のかと思いきや、意外と……と言うかかなりまな板である。おかしな表現ではあるが、()()世界では珍しく貧にゅ……いや、ロバート絶壁スと言う奴だ。

 

「はぁ……結局脱いでるし……」

 

 脱ぎ捨てられたリジーのマントを拾い、彼女を追いかけるコアラ。

 リジーはと言うと、走り出したはいいがサムとの距離がもともとそこまで離れていた訳でもないので、すぐ目の前の物影に身を潜めている。コアラはまた1つ「はぁ……」と溜め息を溢しながら、とことことリジーのもとへ近づいた。

 

「はい。変質者さん」

「あ、ありがとうコアラさん。それよりも見てくださいよ……。イワさんが言ってた通り、刀が赤いです……」

 

 しゃがんでいるリジーの背中へ、バサッとマントを被せるコアラ。リジーの視線の先には、たしぎがサムの愛刀ムラサマを拝借し眺めている光景があった。

 

「赤い刀なんてあるんだねぇ……。と言うか、刀についてはリジーの方が詳しいでしょ?」

 

 ムラサマを眺めるたしぎの口許からヨダレが垂れてきているのを見て、コアラが少しギョッとしながらリジーに問う。

 

「……ジュルッ……ん? コアラさん何か言いました?」

「……あなた、あの女の子と仲良くなれるんじゃない?」

 

 「あはは……」と口をヒクつかせながらコアラは苦笑した。

 

(はぁ……。まあ、彼がリジーの、10年前のあの時……って言っても知らないけど、その時の命の恩人、とは聞いてたけど…………ドラゴンさん達、何で今頃になって彼と接触しろだなんて言い出したんだろ……?)

 

 頬をポリポリとかきながら、メモ帳を見つめるコアラ。

 

(と言うか、そもそも何でドラゴンさんはローグ()タウン()に来ようと思ったのかな……うーん、わかんないや。あの人の考えてること)

 

 ページをめくり、一番上に「ジェットストリーム・サム」と書かれたページへ到達した。

 

(ジェットストリーム……“暴風”、ね。手配書とは似ても似つかな……いや、何か被ってるのかな? これ。…………東の海(最弱の海)で2番目の、懸賞金2500万ベリー……。“仲間”の調査でも経歴がほぼ不明な、謎の剣士(サムライ)……ワノ国出身なのかな?)

「────ラさぁん、ねぇコア……ぬ? ……」

(海賊“麦わら”の一味、戦闘員……ドラゴンさんに『こいつは“強い”ぞ』と言わしめる実力者、かぁ……どんな人なんだろ)

「……この前会った、あのずんぐりむっくりな“風”さんと似て、なかなか面白そうな人ですねぇ。“謎”って言うのが特に……。サボさんも来れれば良かったのになぁ」

「……そうね。手配書見たときすっごく喜んでたもの。他の仕事が入って無ければねぇ」

 

 …………ん?

 今、サボと言ったのだろうか、彼女は。

 

「いいですねぇ……。“兄弟(ルフィ)”と“家族”……いや、“父親(サム)”、かぁ……。羨ましいです」

「……リジー……?」

 

 少しばかり重苦しい空気になってしまった。

 沈黙に耐えきれず、コアラはメモ帳を仕舞いリジーの顔を覗く。

 

「……あっ」

「ん? ……あ」

 

 顔を上げたリジーにつられ、コアラも顔を上げる。そこには彼女らの尾行対象、ジェットストリーム・サムがいる────はずだった。

 

「いなくなっちゃった、ね……」

「そうですねぇ。こりゃ完全に見失いましたか」

 

 何やら2人で話し込んでいる内に忽然と姿を消したようである。その様はまるで────

 

「まさに……“風”ですね」

「──……はっはっは。いいボケだ」

「「──っ!?」」

 

 リジー、コアラの間に突然姿を現したサム。先ほどレービンドから貰った弾薬箱を肩に担ぎ、右手で顎をしゃくりながらニヤニヤと笑っている。

 

「────っとぉ、そっちの()()……腰の(モノ)から手を離しな。いくらなんでもこの位置でお前が勝てるわけないだろう?」

 

 音もなくムラサマを抜刀。リジーの首筋に宛がい、無言でコアラに対しても威圧することは忘れていない。

 

「そういや雨でも降りそうな空模様だな……だからか。ま、ちょうど人通りも少なくなってきたことだし単刀直入に聞こう。……誰だ? お前ら」

 

 広場の方角に、“雷”が落ちた。

 同時に降り始める、“雨”。それはポツポツと疎らに、やがて大粒の大雨と化した。

 

「…………」

「……まあ、そりゃ答えるわけないよな。質問を変えよう……何故俺の跡をつけた?」

 

 雨がサムの着流しに暗い染みを作る。もともと紺色だったこともあり、今はほぼ黒にしか見えない。

 

「え、えーと……」

「ん?」

「あなたのその……か、刀に! 興味があって……」

「もう少しマシな(言い訳)を考えろ。刀マニアは1人で十分だ……」

 

 「うぐっ……」と押し黙るコアラ。

 

「私は興味があるにはあるんですけどねぇ……」

「何か言ったか、少年?」

「あなた絶対私の胸見て判断してますよね? 女ですからね? 私これでもレディですからね?」

「これまた新手の言い訳だな。言っとくが子供だからと言って容赦は────ん?」

 

 そこでサムは、初めてリジーの顔を正面から見ることになる。

 

 ────似ている

 

 ……誰に?

 

 ────誰だ?

 

「……どこかで見た顔だな……脅したことあるか?」

「ヒグッ……これでも……毎日牛乳飲んでるのに……ウグッ……」

 

 因みにだが、バストアップのために牛乳を飲む、と言う方法は健康上あまりよろしくない。高脂肪高カロリーの牛乳の飲み過ぎは、バストのみならず腹、太股などのサイズもアップさせてしまう。

 まあ、要するに太るわけである。

 

(あぁー……リジーが……。この人、的確にリジーのコンプレックス突いてくるなぁ……)

「だあぁ泣くな! 俺が悪者みたいになってくるだろうが!」

 

 彼女がべそをかく原因を作ったのはサムだが、そんなことはお構い無しだ。

 

「はぁ……ったく……お前、名前は?」

「……リジー、ウィリアムズ……みんなからは────」

 

 最後の方は、ゴニョゴニョと声が小さく聞き取ることができない。

 

「……ほぉう。リジー・ウィリアムズ、とな」

(言っちゃった! リジー名前言っちゃったよ!? どうしよう、この娘かなりダメージ食らっちゃってるよ! 自暴自棄になってるよ!)

 

 リジー・ウィリアムズ。

 後に斬り裂きジャック(“ジャック”・ザ・リッパー)と呼ばれ語り継がれる“少女”である。

 

 

 

 ***

 

 

 

 また1つ、雷が落ちる。

 同時に降る雨が、先刻とは比べ物にならないほど勢いを増す。文字通りバケツをひっくり返したようなどしゃ降りだ。

 

「……久しぶりだな。レービンド」

 

 雷とは、一言で言えば“陽”である。

 

「あら、またまた珍しいお客さんじゃない……」

 

 雲が空を覆い、辺りが暗闇に包まれる中、そんなこともお構い無しに(くう)()け抜けるその様は、さながら(へび)のよう。地を貫き、時に“命”を喰らい、時に災害として害を(もたら)すことも多々あれど、古来より人々は雷を神格化し、崇め、奉ってきた。

 雷が鳴れば雨が降る。

 雨が降れば作物が実る。

 作物が実れば、人々は“生きる”ことができる。

 極論ではあるが、つまりは人間特有の利己的な価値観、いわゆる己にとって都合が良ければ何でもオッケー的な論理が発動してしまった一例とも言える。そこには確かに畏怖、はたまた感謝の念こそあれど、結局は人間の本質である“残虐性”────己が得するならば良しという自己中心的、本能的な行動理念のもと、行われている単なる“儀式”に当て嵌められたに過ぎない。

 

「またお前の力を借りたい。頼めるか?」

 

 だがしかし、逆に言ってみれば人々にここまで影響を与えるほど雷の“力”は絶対的だったと受け取れる。

 

「────良いわよ。他ならぬあなたの頼みですもの。ねえ? ──ドラゴン」

 

 雷は“光”を発することができる。光は心の闇、内なる陰を照らし出す。

 英雄────太陽(スネーク)が陰に呑まれ、光を発することができなくとも、英雄────(スネーク)は陰を突き破り、光を発し、闇を照らす。

 英雄は再び、裸の太陽(ネイキッドサン)を取り戻す。

 そこに人々は救いを求め、そして“力”を求めたのだろう。決して手に入らないと理解しながらも、恋い焦がれ、乞わずにはいられなかったのだろう。

 

 人々には、いかなるときも“英雄”が必要なのだ。

 

「……いつ見ても変わらんな、お前は」

「そりゃそうよ。あなたも知ってるでしょ? ────」

 

 “彼女”は雷────雨の化身。

 

 “彼”は暴風(かぜ)────(そら)の化身。

 

「私、()()()()()もの」

 

 

 

 ***

 

 

 

「────……はぁ……」

「今私の胸見て溜め息つきましたよね? いやちょっと顔逸らさないで下さいよ」

 

 サム、絶賛尋問中である(“少女”2人を)。少年少女ではない、これ重要。

 

「……色気が足りん」

「コアラさん、私泣いてもいいですよねぇ? 任務中ですけど許されます?」

 

 両腕を縛られ、地べたに座らされた姿でリジーは同僚に助けを乞う。名前を言ってしまっていることなどお構い無しだ。

 

「あは、あははは……リジー、あなたに任務中だって意識があったことが凄く嬉しいよ……」

 

 どこか遠い目をした同僚ことコアラが、諦めたように呟いた。

 ひとまず雨風が凌げる場所に移動しようと、サムがどこに持ち歩いていたのかロープで2人を後ろ手に縛り上げて近くの倉庫に連行。とりあえず2人を座らせ、自身は適当な木材の上に腰を下ろし、ムラサマを向けながら尋問を再開。

 とは言ったものの、いったい何を聞き出すために尋問を始めたのかという根本的な疑問が生まれ、3人仲良くコテン、と首を傾げていたのは記憶に新しい。

 

「はぁ……何かどうでもよくなってきたな」

 

 目の前で揃って「はぁ……」と溜め息をつくこの2人(実はこいつらけっこう仲が良いのではないかと思う)を眺めながら、ふむ、とサムは顎をしゃくる。

 自身の跡をつけてきた2人、何者だと思って問い詰めたはいいものの、かなりヌけている所があるようだ(というか、片方の少ね……少女が)。あまりの“悪意”の少なさに、特に命を狙われたわけでもない様子。しかし2人ともかなり腕は立つようで、そんじょそこらの雑魚(モブ)共では傷1つ負わせることすら叶わないであろう、“強者”の匂いが感じられる。

何だかんだと口を割る気配はなく、結束(?)は堅いようだ。

 ただのアホ共────と断定するにはあまりにも“敵”という強さがあり、がしかし敵────と認識するにはあまりにもアホ過ぎて(主にリジーと呼ばれる“少女”が)……。

 今この瞬間に、サムに見せている人格が、実は演技なのでは……という可能性もあるが、とてもじゃないがそのようなことをやる人物には見えず……。

 しかしサムの跡をつけていた、という最も彼が気にしている部分があるわけで、どうにも判断し辛い所だ。

 

「……なあ、俺も忙し────くは無いか。まあ、さっさと帰りたいわけだ」

「っ! じゃあ解放」

「しない。まだできん。かと言って女2人をロープで縛ってイジめて楽しむ趣味は俺には無い。多分」

「多分って聞こえましたよ。……ってリジー! 何嬉しそうな顔してるの!?」

「やっと(レディ)って認めてくれた……」

「「…………」」

 

 おうおうと感動に肩を震わせるリジー。彼女にとってはこれだけでもかなり重要らしい。

 

「……なんか、その……すまんな」

 

 思わずサムも謝ってしまう。それほどリジーの表情は“凄かった”。

 

「まあその、なんだ……お前らがまったく怪しくないという確証が欲しいだけだ。ただのストーカーだって割り切るには、お前らはあまりにも“強すぎる”────っ!?」

 

 思わず背後に向けてムラサマを構える。

 ぶるりと身震いするほど、圧倒的強者たる“気迫”を放つ“覇王(バケモノ)”を眼中に捉える。

 びりびりと、もはや痛みにすら感じられるその迫力に肌が粟立ち、明確に、そして()()に感じる“命の危機”。奴に初めて出逢った時や今までゾロと交えてきた時のように、相手方を“試す”ためにムラサマを振るうのではなく、あいつとの、荒野での一騎討ちの時のように相手方を“殺す”ために、久々にムラサマを振るえそうだ。

 背筋を走る悪寒が武者震いへと変わるのを感じ、自嘲気味に笑う。

 にやり、とその口角を釣り上げた。

 

「……今のを耐えるか……さすがだな。奴も惚れ込むわけだ……」

 

 龍を見た。

 今世の荒波を統べんと天を翔ける、龍を“魅せられた”。

「まさしく“龍”、だな……はっはっは。世界最悪の犯罪者がこんなところで何してる。ええ?」

 

 革命家ドラゴン。

 近年話題になっている男、今サムの目の前にいる男の名前だ。“革命軍”なる組織を率い、世界政府────要するに“世界”へ戦いを挑んだ男。彼の思想に賛同し、反旗を翻され倒れた王国は数知れず、今現在世間を(悪い意味で)賑わせている張本人である。

 が、言ってみれば世間一般に知られている情報はここまで。当の本人に関しては名前、特徴的な刺繍が彫られた顔以外一切の“謎”。出身地、血縁関係などは、“一般”には知られていない。

 

「ふふっ……まあ、まずはその(殺気)を収めて貰おう。俺はお前と殺り合うために来たのではない」

 

 あれだけ気迫を醸し出しておきながら何を、と言いかけるもサムはひとまずムラサマを“下げる”。それを見て、彼────ドラゴンはにやり、と笑った。

 

「抜かりなし、か……その気迫たるやもはや“鬼”……さすがだな、ジェットストリーム・サム」

「……バレバレか」

 

 一応、これでも“ジェットストリーム・サム”は賞金首の1人である。パワーアシストスーツを身に纏い、マスクユニットで顔を半分ほど覆った姿の手配書が世に出回っている。

 故に、誰も“サムエル・ホドリゲス”を知らない。

 勘の鋭い者、目利きの人間から見破られる可能性はあるが(既に見破られているが)、大抵は彼────サムエル・ホドリゲスをジェットストリーム・サムと“断定”する者はいない。と言うか、可能性はゼロだ。

 ドラゴンでさえ彼のことはジェットストリーム・サムと呼んだのだ。もともとサムエル・ホドリゲスと言う彼の本名を知る者は(この世界では)ごく少数であり、やはり呼ばれるとすればジェットストリーム・サムが常となる。

 しかし、サムの今の姿は“ジェットストリーム・サム”とは遠くかけ離れている(はず)。人間の先入観と言うのは恐ろしいもので、1度、これが「ジェットストリーム・サム」だ、と言う認識を持ってしまえば、今の「サムエル・ホドリゲス」を見破ることはかなり難しい(はず)。幼少期の知人が、何十年後に再会した時に誰なのか判らないことがあるように、1度自分にとっての“これ”が決まると、それが改められない限り“これ”なのだ。

 つまり目の前男は、“これ”を改めていると言うことになる。それ相応の、サムをジェットストリーム・サムと断定する証拠を揃えるに足りる“調査”なるものをしてきている、できる環境があると言うわけで、やはりこいつがただ強いだけではないことをサムに教えてくれた。

 即席安全装置(セーフティ)のようなものだ。

 

「────ん? ってことはお前らも……」

「俺の部下だ。特に怪しい者じゃあない」

 

 一周通り越して逆に清々しいほどだ。

 

「……で? わざわざ俺に会わなきゃならんほどの用事なのか?」

「ふふふ……そうだな」

 

 にやり、とドラゴンは口角を釣り上げた。

 

「ジェットストリーム・サム……是非お前を、我が革命軍に迎え入れたい」

「…………」

 

 サムは、己の“運命”を知らない。

 

 

 

 


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