DEAD OR ALIVE 【SAMUEL RODRIGUES】 作:eohane
ここは海軍基地第16支部。基地長大佐ネズミを筆頭に、周辺海域の
天気は快晴。風は西。気持ち良さそうにカモメが空を漂っている。基地のてっぺんに掲げられた“麦わら帽子の髑髏”のもと、今日も大佐ネズミは
「……はっ!?」
***
海賊旗。以前記した通り、“恐怖”の象徴である髑髏マークが描かれた海賊の
黒地の布に1つの頭蓋骨、
「こ、この縄をほどけ貴様らぁ! ……俺にこんなことをして、タダで済むと思ってるのか!?」
が、このように一見バラバラに見える海賊旗も、1つ共通する“意味”がある。
自分達の貴重な生活資源、いわゆる貿易船、貿易港などの略奪の対象、もしくは軍艦、いわゆる海軍、すなわち海賊にとっての敵に対する
「後悔することになるぞ! 俺が本部に報告すればお前らごときちっぽけな海賊が……あっ、やめて! 来ないで!!」
中世の海賊達は、自分の船に乗る乗組員達に“掟”なるものを課していた者が多い。
その生涯において合計400隻、5000万ポンドに及ぶ船舶を略奪したと言われている(ほとんどが伝説────ぶっちゃけ現実的に不可能だろうと言わざるを得ないものばかりだが)。乗組員に課した絶対の
「お、おい貴様ら! 一体何をするつもりだ! 俺を磔にして、焼いて食おうとでも……え、それも良いな? 良いわけあるか!!」
このように、海賊旗と同じく多種多様な海賊の掟が存在する中、やはり全海賊共通の掟がある。
港、船、自分達の略奪の対象、そして敵に対し攻撃を行う際、必ずこの旗を掲げ戦闘の意志を示すことだ。
と言うか、掟と言うよりもはや習わしと表現するべきかもしれない。海賊はまず海賊旗を掲げ、敵に宣戦布告、同時に降伏を求める。敵が白旗を掲げ、
ここだけ取り上げて見ると、
『あれ、海賊って意外に真面目……?』
と思えなくもない────気がする。
が、所詮は海賊。降伏した敵を殺しはしないと言ってもしっかり略奪は行っているわけであり、逆にここで、
『あれ、降伏しても皆殺しにすれば俺の悪名轟くんじゃね?』
とか、
『よぉし敵が白旗上げてる隙にお宝頂いて、その後に大砲撃ち込んでやれ』
とか、全部が全部、掟を守るような善人(?)ではないのだ。
「え、映像電伝虫……? ……おい、貴様ら一体何を……」
このような危険があるからこそ、海の正義である海軍なるものが存在する訳で、軍艦は海賊旗を掲げた船を見つければ即座に発砲してもよい。
────あくまでこれはサムがもといた世界の話であって
「ぃィイいやああぁぁァァァ!?」
***
「「「海軍基地を潰す?」」」
「そうだ。いいだろ、これ?」
サム、ゾロ、ナミの問いに、なっはっは! とルフィは笑って答える。
「いやいやいや……馬鹿かお前」
「クリークを倒したは良いが、どっか頭でも打ったのか……?」
「ダメだ……この先の航海、悪い予感しかしないわ……」
キラッ、キラッ、と眩しいルフィの笑みに、3人が一様に頭を垂れる。
無事に(?)ルフィ達と合流したサム達は、ココヤシ村の住人に見送られながら出港した。倒された魚人達は鎖でグルグル巻きに拘束され、後日海軍本部の軍艦が引き取りに来る予定だ。
ちなみに、残されたアーロン パークは取り壊されることになった。今まで苦汁を舐めさせられてきた魚人達の象徴とも言えるのだから、当然と言える。跡地には何か、島民の役に立つものを造るよ、とゲンゾウは言っていた。
「どどどどうしたお前らぁ! かかか海軍ごときででで怖じ気付いててててんのかあぁ!?」
「ちょっと黙ってろお前。いちいち面倒臭ぇんだよ」
ひでぶっ!? とウソップを蹴り飛ばし、前に出てきたのはサンジ。どうやら、ルフィは海のコックを仲間に引き入れることに成功したらしい。バラティエで初めて見たときはかなり落ち着いた印象を持ったサムだったが、どうやら彼もルフィの意見に賛成のようだ。
「……お前、ルフィに何吹き込みやがった……」
「それはだな……」
ゾロが手で顔を半分覆いながら、サンジに問う。
対してサンジはスパー、と煙草を華麗に吹かし、クールな表情で言った。
「よく考えてみろ。2000万ベリーの賞金首が何故、あそこまでのうのうと過ごしていたか……。ナミさんに良いところ見せゲフンゲフンあのアーロンって奴が根回ししていたからに決まってんだろうが。つまり、あの海軍を野放しにしていたらまた何かやらかすかもしれん……。ナミさん可愛ゲフンゲフン今のうちにやっとかないと、あとあとココヤシ村にちょっかいだす可能性が捨てきれねぇからな」
キリッとキメ顔で親指を立てるサンジ。
それを向けられたナミの頬は引き攣っている。同じように顔を引き攣らせながら、サムが言った。
「……本音は?」
「格好悪いからに決まってんだろうがああァァ!!」
「煩悩垂れ流しじゃねぇか」
訂正。かなり必死な────と言うかかなり情けない表情で彼は叫んだ。対して3人はなんじゃそりゃ、とでも言いたげな顔である。
「シャラップクソ剣士共! ……当たり前だろ!? なんだよ、いざクリーク倒して愛しのナミさんに会うためはるばるやって来てみれば……っ!!」
フシュー……と蒸気を発していると思わせるほど鼻から息を吐き出す。
「全部終わった後ってどういうことだああァァ!!」
「そうだそうだ! 俺暴れ足りねぇよ!!」
「よぉし行け、野郎共! 指示は俺に任せろ!!」
「「「…………」」」
開いた口が塞がらない3人であった。
***
「……お! ……見えてきたぞ野郎共! 海軍基地第16支部だぁ!」
「よぉし、行ってこいルフィ!
「てめぇも行くんだよ、長っ鼻ぁ! 聞けばお前……
船首付近で異様なほど盛り上がる3人(1人そうでも無さそうだが)。「FOOOOOOOO!!」という文字が背景に浮かんでいるのは気のせいだと信じたい。
対して残りの3人は甲板上でポカーン、と立ち尽くしていた。
「……おい、サム。お前
「……無理だな」
「……あえてサンジ君には突っ込まないけど、本当にお願い、サム。…………私、初っ端から賞金首なんてイヤよ」
「……ま、こういう時にやることは1つ」
ゾロとナミが期待の眼差しでサムを見やる。
「目を閉じて悪い夢だと思い込む。俺の対処法」
バコッ!!
イデッ!? かなり痛い。サムは目を見開いた。
「どうすんのよ! あんたがそれじゃルフィ止められないじゃないの!!」
「いや、多分止まらないと思う」
「せっかく今から自分のために稼ぐって意気込んでたのにこれじゃ台無しよ! 海軍基地襲った海賊なんてどれだけ危険視されると思ってんの!?」
「いや、もともとお前も海賊だったんだし?」
「ここまで派手じゃなかったわよ! 何よ、『海軍基地第16支部だぁ!』って! 普通海賊なら近付かないわよ!」
バシッ!
アダッ!? マジで痛い。思わず叫ぶ。
「見た目通りの脳筋野郎じゃない! ってか喉痛くなってきたわよ、サムの馬鹿!!」
ズビシッ!
ッ!? 解せぬ。なんかもう……解せぬ。
「もういや! 私帰る!!」
「おい、ナミ。諦めろ、手遅れだ……」
「ア"ァ!?」
今にも海に飛び込もうとしていたナミだが、ゾロに呼び止められ鬼の形相で振り返る。
「見ろ。海軍の軍艦が2隻、出てきた」
「……っ! 今ならまだ間に合う! 180°反転して逃げれば……」
言うや否や船首へ駆け出すナミ。3人へ指示を出すつもりのようだ。
「ほら3人共! 早く持ち場に付いて、帆を張っ──」
「撃てええぇぇ!!」
ルフィが叫び、ウソップが大砲を放つ。
我らが優秀な狙撃手が放った砲弾は、寸分違わず軍艦に吸い込まれ、そして着弾と同時に爆発した。
「ノオオォォォ!!」
木霊するナミの絶叫。
ルフィとウソップにめり込む彼女の拳。「ナミさんは俺が守るぜ!」と飛び込んできたサンジを蹴り飛ばす彼女の足。溢れる2つの溜め息。
切って落とされる、戦いの火蓋。
「……ま、海賊王になる男だからな」
と、苦笑しながら刀を抜くゾロ。
「……ああ、もう考えるのも面倒臭い」
と、襟に手をかけ、着流しを脱ぎ去るサム。賞金首になるのは好ましくない、と言いつつ開き直ったようである。
「……ん? 着流しは脱ぐのか?」
「どうせなら、な」
ナノマシンを介してスイッチをONに。途端、顔半分を黒い
「せっかくだ……楽しもうぜ」
いざ参る。
***
そして今に至る……と。
「サム、電伝虫の準備完了だ」
「よし、ショータイムだ」
パッパッパ、と手を払い、サムはソレに向き直った。
「はっはっは……似合ってるぞ、大佐ネズミ殿?」
「ひいぃぃぃ……勘弁してくれ! というか
顔をルフィとナミにボコボコにされ、形が変わってしまっている大佐ネズミが、全裸で十字架に磔にされているという、何ともコメントしにくい光景がそこに広がっていた。
「あ、あんたら……血も涙もないのね……」
「「はっはっは」」
ナミが引き攣った笑みを浮かべている。事はすべて、暴走したサンジと、そしてサムが起こした。
戦闘が始まったはいいものの、日頃まったくと言っていいほど訓練を怠ってきた第16支部の海兵達がルフィ達を止めることができるはずもなく。
──ぃよっしゃああぁぁ!!
瞬く間に基地は占拠、海兵は全滅。調子に乗ったルフィが、海軍旗を取り替え自身の海賊旗を掲げるという始末だ。
そこでサンジがまた悪ノリし、大佐ネズミを引っ張り出して、
──こいつ、全裸で十字架に貼り付けてやる!
と言い出し、
──……クソ野郎には徹底的に、だ
と、もともと海賊に
「……ま、いっか。ココヤシ村の皆か苦しんでるってのに見て見ぬふりしてたんだものね。あんたら」
「はっはっは……何だかんだで楽しそうじゃねぇか」
苦笑するゾロだが、ルフィ達の姿を見るその表情はやはり楽しげだ。
「……ふふ。まあね……気が晴れたわ」
「ヒイイィィ……ヤメ──」
「スイッチオ━━ン!」
大佐ネズミの叫びも虚しく、無慈悲に映像電伝虫は目を凝らし、その痴態を電波に乗せて世界中へ発信した。
***
「よし、行くぞ野郎共ぉ!」
ルフィがトレードマークの麦わら帽子を押さえながら叫ぶ。ゴーイング・メリー号は帆に風を受け、未だ砂塵が立ち上ぼり、耳障りな悲鳴が木霊する海軍基地第16支部を背後にぐんぐん速力を増していく。
「出港だあぁ!!」
かくしてルフィ一行は、海賊専門泥棒ナミを仲間に────ハッ!?
「…………何よ」
……引き入れ、今日も大海原を行く。
「ナミイィ!! 俺はお前から笑顔を奪ったりしねぇからなぁ!!」
「……うんっ!」
心の底から、笑顔を浮かべたナミだった。
イイ顔してる──サムはそう思った。
***
ナミが眉間にシワを寄せる。
「また値上がりしたの?」
太陽が真上から照りつける時刻、雲1つ無い────は言い過ぎだが、間違いなく晴天と呼べる青空の下、のんびりと帆を進める船──ゴーイング・メリー号がいる。麦わら帽子をかぶった髑髏が描かれた帆が、風を受けて目一杯広がっていた。
船首はキャラヴェルというものに位置する。マストが3本、──どういうわけか、メリー号は2本である──同時期に開発されたキャラック船と比べ、かなり小柄な船体、大西洋の航行速度を重視した
一見、荒くれ者の海賊が乗っているとは思えない柔らかい雰囲気を持つ船だ。
武装としては、あまり使うことは無いだろうが大砲は4門搭載されている。生活面においては、どういうわけか一般家屋にあるようなキッチン、リビングルームが備え付けられている。そして驚くべきはユニットバスの存在だ。乗組員の体臭で何日目の航海なのかを予測する海賊もいるらしいが、古風な外見とは裏腹にやたらと機能的なようだ。
「ちょっと高いんじゃない? あんたんとこ」
と、ナミは100ベリー硬貨を
「ク━━」
「今度上げたらもう買わないからね」
…………嫌な
それでも心優しいカモメは申し訳なさそうに頭をかいている。見ていてこちらが申し訳なくなる光景だ。────カモメが、頭をかいている?
「何を新聞の1部や2部で」
とそこへ、ウソップが至極もっともなことを言う。
「毎日買ってると馬鹿になんないのよ」
「お前、もう金集めは済んだんだろ?」
そんな彼だが、何やら怪しげな機材を床板に広げており、どうも何かを調合、もしくは作成中のようだ。今日もウソップ工場は安全第一に稼働中である。
「馬鹿言ってるわ。あの1件が済んだからこそ、今度は自分のために稼ぐのよ! ビンボー海賊なんて嫌だしね」
「おい騒ぐな! 俺は今、必殺タバスコ星を開発中なのだ!」
…………だそうだ。おおかた目に入れたら大惨事的な発想の武器(?)だろう。彼らしいと言えば彼らしいが、はたして使う機会はあるのだろうか。
「これを目に受けた敵は、ひとたまりもなく──」
「のわっ!?」
ガシャアアァァン……。お決まりである。
「……ギイィィヤアアァァアァァ!?」
────それも予想より遥かに早く。
目から火を吹き出すという新技を体得したウソップのもとへ突っ込んで来たのは、3刀流の剣士ゾロである。が、今は3本の刀はお休みのようで、両手に握られているのは2本の木刀のみだ。
「ちっ……あんの野郎……」
1言毒づき、ゾロは悲鳴を上げるウソップを放置し甲板上へと飛び上がった。
「ルフィすまねぇ! 今加勢す……ん?」
「────隙だらけだぞ?」
「っ!?」
咄嗟に木刀を構え、自身に迫る一撃を受け止める。カンッという木刀独特の衝撃音が響き、奴の攻撃を凌いだことにホッとしたのも束の間。
「それっ」
「ぬおっ!?」
「はっはっは。ぬかったな」
「て、てめ……おわっ!!」
ぐるん、と回転を付けられ、一気に壁に投げ付けられるゾロ。ビターン! とカエルのようにぶつかり、ズルズル……とずり落ちて行く。白目を剥いているあたり、どうやら気絶したようだ。その横で、先程やられたのであろうルフィが、同じようにノビていた。ガープ直伝“愛ある拳に防ぐ術無し”である。効果は抜群だ。
「手を抜くなよ、おい」
手をパッパッパッと払いながら、サムは立ち上がる。
2人と突然始まった“稽古”とあって、着流しは上半分を脱ぎ、腰帯でブラーンと垂れさせている。照りつける太陽光をもろに受ける甲板上とあってか、玉のような汗を上半身に浮かべている。
白い歯を見せて、サムは笑った。今から数分後、一時のテンションに身を任せてしまったツケが回ってくることも知らずに。
「ナミさん♡ 恋の警備万全です!」
「んんっ! ありがと、サンジくん♡」
「ギイィィヤアァァ……──」
***
「────以上3名……要注意人物発見との報告があったのはつい先日。今のところ
熱弁を振るうのは、海軍本部少佐ブランニュー。ここ最近、彼の給料の6割が上がる生え際を食い止めるために使われていることは、あまり知られていない。
ここは海軍本部。マリンフォードと呼ばれる、ほぼ世界の中心に位置する
年に数回、周期的に行われるこの会合では、大雑把に言えば「情報の交換」が行われる。世界各地に点在する海軍基地の状況、どの海、どの島、どの地域で海賊達が活発化しているか、近年問題になっている“革命軍”なるものの動向、またその被害状況。
新たに追加された
それら情報を共有し、今後に活かすためだ。
「だが何も悪事を働いておらん
バリバリ……と音を立てながら煎餅を食すこの老人。かつて海賊王ゴールド・ロジャーを何度も追い詰めたと言われる伝説の海兵、海軍の英雄。
海軍中将モンキー・D・ガープその人である。
煎餅を除けば、この重苦しい空気の大広間に集められた海兵達と同じく、会合には真面目に臨んでいるようだ。
「……まあ、そうなるな。この案件は保留にしておこう。ブランニュー、次だ」
「……あ、こら、ガープ。煎餅があたしの茶に入っちゃったじゃないか」
その英雄(笑)を横目で睨みながら話すのは、泣く子も下手すれば泣いてしまう海軍元帥“仏”のセンゴクである。その横で静かに、わかる者にしかわからないほどの青筋を立てているのが海軍本部中将“大参謀”つるである。
海軍士官学校の同期の中で、頭角を表した4人の内の3人だ。老兵となった今でも、全盛期とまではいかないがその実力は並みの海賊など足下にも及ばない。
「はっ」
短く返事を返したブランニューが、ボードの上に新たな手配書を張り出した。
「では、新たな賞金首の確認に移ります。すでに、ご存知のことと思われますが────」
張り出された真新しい手配書は
その2枚を見て「ゲッ!」と呻き、冷や汗を流したのはガープ。その1枚の名前を見て、わからない者でももわかるほどくっきりした青筋を浮かべるセンゴクとつる。
大広間に溢れ返る、無数の溜め息。
「……えぇー……つい先日、
ごほん、と一旦区切るブランニュー。
「支部大佐ならびに常駐海兵による
ボードに張られた手配書の1枚を指すブランニュー。
「海賊“麦わら”の一味、船長モンキー・D・ルフィ。懸賞金アベレージ300万ベリーの
印刷された写真。
そこには、どこかの誰かさんを彷彿とさせる笑みを浮かべた、全くもって海賊に見えない男が正面から写っていた。よく見ると、左下に後ろ姿だがドレッドヘアの男、右上に飛び蹴りをかます金髪の男が写り込んでいる。
「……出身は
「あらら……ガープさん、あんた孫いたのかい?」
ヌベー、とした声を出すのは、「だらけきった正義」を掲げる海軍大将青雉、クザンだ。世界政府最高戦力に数えられる3人の内の1人で、最強種
「……で、2人目ですが……この男が少々問題がありまして……」
張られた手配書の2枚目を指し示すブランニュー。
そこには、まるで鎧のようなマスクを顔に装着し、見たこともない異様な出で立ちの男が、斜め前から写っている写真が印刷された手配書がある。
マスクのせいでどのような表情を浮かべているのかは窺えないが、誰でも笑って……いや、“嗤って”いると断言することは容易かった。
目。目が嗤っているのだ。文字通り。
見ていて気持ちの良い笑みではない。“嘲り”、“煽り”、“屈辱”、“侮辱”……おおよそ初めて見る者を不快な心持ちにさせること間違いなしの目だ。逆に目だけでこれほどまでに人の精神状態を左右することができる、とも受け取れる。
そこへ、まるで仏のような声でセンゴクが問う。
「……何が問題なのだ」
「“わからない”のです」
ブランニューの答えに、全員がピクッ、と顔を上げた。
「
「……さっきの3人と似てるねぇ」
「ああ。“10年前”に動向が確認される、というのが気になるな」
呟いたのは、青雉と同じく海軍大将黄猿、赤犬だ。
双方同じく
世界政府最高戦力と謳われるだけあって、大将3人の実力は折り紙つきだ。さらに悪魔の実の力が加わることで、海賊にとっては絶望的なまでの敵となる。
「海賊“麦わら”の一味、
それと、とブランニューが話を続ける。
「例の支部大佐の全r……磔映像を放送しようと指示を出したのがこの男だそうです」
「はっ……それじゃこの男達には感謝しなきゃならないね」
吐き捨てるように、つるが言う。が、誰もその言葉に返事をしようとはしない。
事件が起こったことで、海軍基地第16支部は世間の目に晒された。まさか全世界に放送された映像は、海軍が海賊に敗北し、その代償としてこのような恥態を晒してしまった、などとは発表できるはずもなく。
かなり無理矢理だが、海兵達の悪のり、として政府は発表したが、それが
ついには、どこからか海軍と海賊が手を組んでいた、という妙な噂が流れ始め、
彼らの評判はだだ下がりであった。
もしもこの世界が、現在の世界政府のように一党独裁状態でなければ、少し世界が変わったのかもしれない。
「回収された“例のスーツ”はドクターベガパンク立ち会いのもと研究が始められました。そして、上からの通告で、『このような事件の元凶は、速やかに対処されたし』とのこと」
ただでさえ低い声のトーンをさらに落とし、赤犬が言った。
「……まあ何にせよ、海賊を名乗る限り奴らは“悪”だ。“悪”は、我々海軍が駆逐せねばならん────絶対的正義の名の下に、な」
赤犬の低く、呻くような声を最後に“麦わら”の一味の案件は終了。次の案件へと移る。
その後も会合の日程は滞りなく進み、静かな緊張感を伴ったそれは終わりを迎えた。……がしかし、会合も終わり各々が散っていく中、終わらない、と言うより終わることのない
せんべいを咥え、冷や汗を流しながらそそくさとその場を後にしようとする海軍の英雄(笑)の肩を、グワシッと掴むゴツゴツとした手。ぎこちなく首だけ振り返れば、ニコッ、と仏のような優しい笑みを浮かべた海軍元帥。
一瞬でも気を緩めれば肩が握り潰されそうなのが恐ろしいところだ。
「……せんべい、いる?」
「ガープ。後で私の部屋に来い。少し話がある」
「すまん、今日は便所が長引きそ」
「黙れ。来い。いいな?」
「……おつるちゃ」
「逝ってきな」
本日2度目の溜め息が、大広間に溢れ返った。
「お前ら聞いとるんなら助けんかい!」
「ガープさん、腹括りましょうや」
「そのニヤニヤをやめい! 腹立つわい!」
***
「……ふん」
自室で、先程の1枚の手配書を見つめる赤犬。
写る男の笑みを見て、不覚にもイラッときたようだ。
「
クシャッと、手配書は握り潰された。