DEAD OR ALIVE 【SAMUEL RODRIGUES】   作:eohane

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自然の成り行き

 

「……サムが剣抜いてるとこ、久しぶりに見たな……」

 

 鼻をほじりながらルフィは呟く。

 目の前で繰り広げられる、サムとミホークの決闘(斬り合い)を、誰もが固唾を飲んで見守っていた。

 

「乗り遅れた……」

 

 

 

 ***

 

 

 

 ────強い。

 

 ミホークとほんの数合斬り合ってただ1つ。サムの心中を占めているのはこの言葉。

 サムの2つの人生の中で手合わせしてきた剣術とは感じる雰囲気が違う。

 が、世界中に幾千と存在する流派に乗っ取った“型”というものは感じられず、しかし型がないとは言い切れず。常々変化し続け、決して相手に流れを読ませることなく、己の剣術の技量のみで戦う。

 

 恐らく、“あいつ”と同じ我流。

 

 口に出しはしないが、感嘆の意を胸に宿すサム。

 我流にして世界最強の剣士、「“鷹の目”のミホーク」と呼ばしめるその剣術(実力)。成る程、ゾロが海に飛び出し探そうとするのも納得である。

 とは言いつつも、サムのホドリゲス新陰流もゾロの3刀流も、すでに道場剣術の域を越え実戦剣術と化しており、戦闘に応じて臨機応変に対応を求められる。そもそもは“実戦”に型というモノ自体が存在しないのだ。基本には忠実に、そして信じるものは“技術(センス)”のみ。

 そう考えると、ある種の我流、我流の亜種、と呼べるのかもしれない。

 

 ところで、とサムは思う。

 

(……ムラサマ(こいつ)で斬れんとはな……いや、物理的に有り得るのか?)

 

 ミホーク操る黒刀。

 刀、というより刀剣というべきそれは、高周波を流したムラサマの斬撃を受けても斬れるどころか刃毀れ1つ見せず、日光により周囲に魅せる妖艶な煌きはまるで衰える様子を見せない。

 銘は“夜”。最上大業物12工に位列する物の1つ。“世界屈指”との言葉がぴったりな名刀(代物)だ。

 黒色ながらも鈍い輝きを放ち、まるで黒耀石をそのまま形にしたかのような、見る者の目を1度は惹き付ける黒一色の刀身だが、刃紋、丁字はしっかりと存在し、波打つ荒波の如き乱刃、立ち昇る陽炎を連想させる重花丁字である。

 

「赤い刀か……初めて見る」

「──そいつは奇遇だな。黒い刀……というか使ってるヤツを見るのは俺も初めてだ」

 

 昨今の銃剣、軍用大型ナイフなどは、表面を酸化による黒化処理で加工しており、黒色のものも多い。

 が、この世界でそれはないだろうとサムは首を振る。サムが知る限りではそこまで科学技術が発達していないこの世界で、刀、剣なるものは恐らく古典的な方法で製造されているはずだ。とすれば、基本色は白銀(しろがね)、若しくはそれに近いものになるはずである。

 見たところ上から何かを塗っている訳でもないようだ。

 

(……曰く付きの刀工(とうこう)、ってか?)

 

 刀を生み出す者、刀工。サムが持つこのムラサマも、遥か昔、日本の刀工が生み出した物だ。

 刀という物は、刀工(製造者)の技術力の結晶その物。その刀工自身を表す物だ。ゆえに、刀工からの影響を“あらゆる”面において色濃く受ける。

 絶妙な(美しい)湾曲。

 見る者を魅了する刃紋に丁字。

 (しな)やかにして頑丈な刀身。

 

 そして込められた“オモイ”。

 

 植物に対し、罵詈雑言を浴びせながら水をやり続けると成長せずに腐り果てるという話を、誰もが1度は耳にしたことがあるだろう。

 

 極稀に、刀にも同じ現象が起こる。

 

 刀工が胸中に“呪怨(負の感情)”を抱きながら刀を造り出す場合だが、この場合は腐り果てるのではなく、刀身を鍛造する段階ですでに鋼が黒く染まっているのだそうだ。

 すべてではないがこれにより生み出された刀は、例え黒く染まっていようがいまいが“妖刀”と呼ばれ始めることが多い。邪悪、不運を呼び込み使用者には“碌なこと”が起こらない代物である。

 

 …………と、言いつつサムが手にするこのムラサマ。もとを辿ればかなりの曰く付きである。

 が、これはいずれ後述するとしよう。

 

「……いいねぇ」

 

 中段の構え。

 剣先をミホークに向け、無言ながらに戦闘の意を示す。別名正眼の構えとも呼ばれるこれは、攻防共にスムーズに移行しやすく、サムが最も戦闘において基本とする構えだ。

 

「不思議な男だ。噂に聞く“サムライ”か?」

 

 脇構え。別名陽の構え、金の構えともいう。

 身体を半身ずらし、刀剣を背後へ持っていく。刀身を相手の視野から隠し正確な長さを把握しづらくさせ、無防備な身体の面を晒して攻撃を誘発、それに対するカウンターが有効とされる構えである。

 まあミホークにとっては関係のない話だが。

 

 バッと、サムとミホークの影が交錯する。

 斬り上げ、さらに斬り下ろし、ムラサマを横凪ぎに振るう。時おり体術(蹴り)をも繰り出し、サムは水流の如き動作でムラサマを納刀。好機、と見て取りミホークが1歩踏み出すが彼の策を寸前で察知、地を蹴り踏み止まる。刹那、鼻先を掠めるムラサマの切っ先。超速度(スピード)の中で繰り広げられる戦闘に於いて、一拍。遅れてサムの鞘から爆発音が響く。ちっ、と舌打ちながらも、サムは口元が弧を描き始めるのを抑えきれなかった。

 1合1合斬り合う度に、斬撃の余波が周囲を蹂躙し、海に浮かぶガレオン船の破片がさらに細かく分断されていく。

 

「違うさ……未来の海賊王の……監視役(?)ってとこだ」

「……はは! あの男に監視役か」

 

 刀と剣がX字に交差し、鍔迫り合いが始まる。飛び散る火花が顔を灼く。両者1歩も譲らず、お互い膠着状態に陥った。

 

「お前もロロノアも……1剣士としてさらに勝負したいものだが……」

「……あ?」

 

 くいっとミホークが首で指し示す。

 見ると、ぶはっ! と、ヨサクとジョニーがゾロを海中から引き摺り上げたところであった。

 

「ん?」

「ロロノアは生かしてある。これだと怒り(覇気)も萎えてしまうだろう?」

「……んん?」

 

 思わず力の抜けたサム。

 あとには、はっはっは、とミホークの笑い声が響くのみであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「『待っている……この俺を越えてみよ』だそうだ」

「…………そうか。あとサム、全然似てねぇ」

「うるせぇ」

 

 世界最強(ミホーク)からの伝言。それをゾロに伝え、彼の、言葉は少ないがあらゆる決意が込められたその返答を聞いて、満足気にサムは頷いた。

 今現在、当初のルフィの指示通りにサム、ゾロ、ウソップ、ヨサクの4人でナミを追跡中である。クリークを倒す、とルフィ1人をバラティエに残してきたことに不安しかないサムだが、ナミを追ってくれ、とルフィの願いを無下にする訳にもいかず、今に至る。

 ちなみにジョニーは、単身バラティエに引き返した。ヨサクとジョニーの推測で、ナミが向かった場所が“とんでもない”所と判明したからだ。それをルフィに伝えるためダバババ……と海を泳いでいくあたり、この世界の人間はいろいろとおかしいようである。

 

「……サム。お前も殺り合ったんだろ? ……どう、感じた?」

 

 上半身が包帯でぐるぐる巻きにされ、船の上に横たわる満身創痍の言葉がぴったりに思える姿のゾロ。

 3本から1本に減ってしまった刀。包帯で見えないが、左肩から右脇腹にかけてつけられた、ミホークの袈裟斬りの裂傷痕。

 確か胸に小刀の一突きも食らっていたはずだが、何故それほどの傷を負いながら生きていられるのかという疑問は頭の隅に無理矢理押し込め、「そういや俺も雷電につけられたっけな……」と懐かしい(?)記憶がふと甦り、目を瞑るサム。

 ふわあぁ……と1つ欠伸を漏らし、両手を頭の後ろへ回しながら言った。

 

「……ま、今の“俺達”じゃ足下にも及ばんだろうな」

「直球だな、おい。……その割りには傷1つねぇじゃねぇか」

 

 はっはっは、と笑いながら船へ身体を預け、空を仰ぐサム。

 ふと目に入る太陽。日々、変わらぬ姿で輝き続け、時に命を生み、時に命を奪うその様は神々しく感じる。

 言わばサムとゾロにとって、ミホークとは太陽に座す王のようなものだ。生かすも殺すも奴の采配次第。今までに出会ったことのない、圧倒的強者。

 

 …………気に食わない。全くもって、気に食わない。

 

「……“敗北”、か……」

「……なんだ? もうギブアップか?」

「あ"?」

 

 が、同時にとてつもなく甘美な響きに聞こえてしまうサムは重症なのだろうか。

 

「あれだけ発破かけられたんだ。野郎を引き釣り下ろすまでは死ねんぞ?」

 

 世界最強。────上等だ。引き摺り下ろしてやる。

 何やら物騒な笑みを浮かべるサムを見て、ゾロも苦笑いをこぼした。

 

「黙れサム。先に世界最強になるのは俺だ」

「俺に勝てん奴が何を……そもそも俺は世界最強に興味はない。あるのは──」

「んだとコルァ!」

「…………トウッ!」

「ッ!? ヌオアァァイデデデ!!」

 

 横たわっているのをいいことに、遠慮なしにゾロの傷を踏みつけるサム。すっかり元通りとなった2人を見て、遠巻きに見ていたウソップとヨサクは一安心────しない。

 

「ヨサクウゥゥ……あいつら顔が恐えぇよおぉ……」

「め、目が笑ってねぇ……不気味過ぎる……」

 

 今のサムとゾロなら、ひょっとするとミホークに打ち勝つのでは……と思ってしまう2人であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「つ……つっ着きましたっ!」

「…………」

「あそこにナミがいんのかぁ!?」

 

 ゾロを弄りながら、波に揺られること数時間。妙にサムの顔が生き生きとしているのは気のせいだろう。彼ら4人を乗せた小舟はヨサクいわく“とんでもねぇ”場所、「アーロンパーク」にたどり着いた。ジョニーの説明によれば、ここを支配しているのは「“ノコギリ”のアーロン」と呼ばれる懸賞金2000万ベリーの“魚人”。

 魚人とは文字通り、というよりサムにとって新人類の名称だ。生まれながらにして人間の10倍の腕力を持ち、陸で肺呼吸、水中でエラ呼吸が可能、さらに水中での移動が自由自在というパワー以外ではサイボーグも真っ青な存在である。様々な魚類の特徴を持った魚人がおり、外見もそれに大きく左右される。

 どうも過去に人類と魚人の間でいろいろとトラブルがあったらしいが、詳細は不明だ。ただ、種族間に深い亀裂が入っていることは確かである。

 

「皆に金借りてるな」

「いやサム、少しはビビれ。誰が建物の感想を言えって言ったんだ」

 

 体のラインが波打つほど盛大にビビるウソップだが、冷静な突っ込みは忘れない。

 あえて感想を言わせてもらうとすれば、さすがはノコギリザメの魚人アーロン、と言ったところか。至るところにサメを連想させるものがある。サメ(またはその牙、吻)を模した石像、門、マーク。

 髑髏(どくろ)の代わりに海の恐怖の象徴であるサメを海賊旗に用いているあたり、相当サメがお気に入りのようだ。

 ただ単に、自身の(恐ろしさ)を誇示したいだけのようにも見えるが、ジョニーが仕入れた噂、この辺り一帯をアーロン一味が支配しているという話を聞く限り、あながち間違ってはいないのかもしれない。

 

「斬り込むか?」

「よせええぇぇ!!」

 

 はっと気付けば船体に縛り付けられてしまったゾロ。

 ウソップとジョニー、恐るべき(?)(早業)を持っているようだ。思わず抗議の声を上げるが、あまりのウソップとジョニーの必死の形相に少しの間大人しくしようと決心したゾロであった。

 

「サメのフカヒレってのはかなりうまいらしいな。どれ、いっちょサメ狩りにでも──」

「んぬおおぉぉぉぉ!?」

 

 討ち入り叶わず、アーロンパークの入口から遠ざかる舟。安心の溜め息が2つと後悔の溜め息が2つ漏れる。

 パコーンと何かをひっぱたく音が響いたあと、舟は海岸に沿って東に進み始めた。

 

「いてて……しかしまあ、賞金首ねぇ……」

 

 後頭部をさすりながら、ジョニーから拝借した賞金首リストを手に取るサム。

 名のある犯罪者、強いて言えば世界が危険と判断した者達には懸賞金が懸けられる。その者が行ってきた犯罪行為に見合う金額が設定され、その危険度が上がったと判断されるに連れて値も上がっていくというシステムのもと、全世界に指名手配されることとなるのだ。

 ここで勘違いをしてはいけないのが、賞金額の“意味”である。これは、世界への“危険度”を示すものであってその者の力を示すものではない。その者が言動、行動を起こすことによって世界にどのような影響が出るのか。その影響が大きく、尚且つ悪性のものであると賞金は高額となるのだ。

 

 ────要するに賞金首をぶっ飛ばせばお金儲けできますよ、ということだ。

 賞金首はDEAD OR ALIVE(生死問わず)とされ、殺してまたは捕らえて政府機関(海軍)に引き渡せば、賞金を貰うことができる。

 ただし、殺してしまうと手配書に提示された金額から3割引かれた額を賞金として貰わなければならない。とりあえず半殺し、9分殺しであっても生きていればよいのだ。

 どうも公開処刑をやりたがっているらしく、政府としては民衆に悪は絶たれたと認識させるためだとでも言いたいのだろうが、所詮は面子(体裁)を守るため、あたかも政府が捕らえ、そして処刑したのだ、というイメージを与えるために他ならない。何だかんだと言いながら、世の中は権力者の権力(ポジション)(またの名を虚勢(プライド))を守るために廻っているのだ。

 そして自然(人間)摂理()と言うべきか、1人倒せば巨額の金が手に入るこれ(システム)生業(利用しよう)とする者が現れるのは当然と言え、かつてのゾロ、そしてヨサクとジョニー達のような賞金稼ぎなるものが出現するのは必然と言えた。

 客観的に見れば、世の中の(ドブ)倒して(浚って)くれる正義の味方(スイーパー)とも受け取れるが、純粋な正義感から賞金稼ぎをしている者などこの御時世において皆無に等しい。

 大抵がヨサクとジョニーのような金目当て。さらには合法的殺人、暴力、陵辱など少々猟奇的な人種の欲望の捌け口とされている。ゾロに至っては生活費を稼ぐためにそこらへんの海賊を襲っていたらいつの間にか、である。

 

「…………ふむ」

 

 かつて世界(ブラジル)の裏社会で戦っていた頃の自分(ライフスタイル)に酷似している賞金稼ぎというものに、サムは興味を持ち始めていた。

 

 1本の剣──1振りの刀で社会悪(気に入らない奴)を捩じ伏せ続けていたあの頃。斬っても斬ってもゴキブリの如く涌き出てくる社会悪に対し、ただ我武者羅に(自分)を信じ戦い続けていたが、同時に感じ始める限界(リミット)

 それでも諦めずに戦い続けていられたのは、例え僅かでしかなくとも決してゼロではないと信じていた(現実逃避していた)からだ。

 だが、アームストロングとの戦いで、サムは否応なしに“現実”を見せ付けられてしまった。自分自身とも言える“戦い”において、(いろいろと賛否両論はあるだろうが)完敗してしまった。

 力で捩じ伏せるはずの人間が、力で捩じ伏せられてしまったのだ。もはや自分に“夢”を追い求める資格はないとサムは諦めた。

 が、かつてのサムと似たような(ライフスタイル)を歩み始めた雷電(ライバル)に、逆に(ムラサマ)を託すという選択をした。あの後どのような結末(エンディング)になったのかはわからないが、不思議と後悔は感じられない。

 

 ────やってやれ、雷電

 

 あの言葉に嘘偽りは無い。あいつなら、きっとやってのけるはずだ。そんな妙な自信が、サムにはあった。

 

「…………なぁ。ジャック」

 

 ま、だからと言って俺は何もしないとは言ってないがな。

 

 いっぺん死んだんだし、と鼻で笑うサム。託しはしたが、1度は終焉(エンド)を迎えた身だ。奇しくも人生がリセット(?)されたのだから、もう1度夢を追い求めても(ばち)は当たらない……はず。

 着々と近づいている気配が感じられる偉大なる航路(グランドライン)において、サムが自由に動き回るためには、賞金首になるのは好ましくない。どちらかと言えばこの賞金稼ぎが最善とも思える。

 そのために、しばらく暴れるのを控えよう、と決心するサムであった。

 

「いいよな……サボ」

 

 ふと気が付けば、前方に接岸されたゴーイング・メリー号、その手前の桟橋には魚人の姿があった。

 

 魚人の姿があった。

 

「脱出」

「御意」

「ちょっと待てお前らぁ!!」

「……あっち側に行くとしよう」

「お前に関してはただ楽しんでるだけだろ!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「武器の所持は、立派な()()だ」

 

 ここはアーロンパークから少しばかり離れた(支配されている)ココヤシ村。今から8年前、突如襲来した魚人達の支配を真っ先に受けた村である。

 老若男女問わず、大人1人あたり10万ベリー、子供1人あたり5万ベリーを奉貢として毎月納めさせられていた。人々は自らの命を金で買い、生きることを強制されている。

 もし1人でも、奉貢を払うことができない人間がいれば…………あとはお察しいただきたい。

 

 これほどの暴挙が許される現実を可能にする要因。それは圧倒的なまでの力の差である。弱き者は強き者に搾取され、蹂躙されるのが世の常なのだ。

 まさにモンスーンが言う通り。搾取は社会の本質である。

 人間の意志は周囲の環境から創られる────故に自由意志など存在しない。

 意志も判断も存在しない────故に自己責任もない。

 

 すべては自然の成り行きだ。

 

「武器の所持は反乱の意志。……この男には支配圏の治安維持のため死んでもらう!」

 

 意味不明、理解不能────はっきり言ってめちゃくちゃな持論を展開するこの魚人こそが、“ノコギリ”のアーロンである。

 ノコギリザメ、または誰かさんを彷彿とさせるギザギザの鼻。サメ特有の鋭い牙。青い肌に2mはあろうかと思える巨体。左胸にある、特徴的な刺青。

 もはや何でもありなこの世界では、今さら特に驚くこともないだろう。徹底した種族主義の思想の持ち主で、魚人より遥かに劣る人間(下等種族)を殺すことなど屁とも思わない2代目クソ野郎である。

 

「ガ……がはっ……っ!」

 

 その左手に軽々と頭を握られているのは、ゲンゾウというココヤシ村の駐在だ。3日前、コレクションの武器を発見されてしまい、その処罰を受けさせられている。何でもアーロンが言うには、武器は邪念と暴力しか生まず、平和を害する1番の原因、とのこと。

 お前が1番平和を害する原因だろう────という突っ込みはしてはいけない。すべては自然の成り行きなのだ。

 

(おいおい冗談だろ!? 何だ、あの化け物! 武器持ってただけで……武器? ……はて……武器……?)

 

 建物の陰で一部始終を見ていたウソップ。アーロンの姿にビビってビビってビビりまくってしまったが、武器という言葉に、そしてもう1人の連れが、島に上陸してから姿が見えないことに、何故か嫌な予感を感じる。

 

「生き物はみな生まれながらに平等じゃねぇんだよ!」

 

 そう言ってアーロンがゲンゾウを地面に叩き付けた時、魚人達の集団の中にひょっこり現れた男がいた。

 

「おぉいちょっと待て、てめぇ……何だコレは?」

「はっはっは、いいボケだ。どう見ても(武器)だろう?」

(んぬおおおぉぉぉ!?)

 

 洋服が主流のこの時代に紺色の着流しを身に纏った、少々場違いな雰囲気を醸し出しているこの男。

 案の定と言うべきか、サムである。

 邪念と暴力しか生まず、平和を害する1番の原因である武器(ムラサマ)を引っ提げ彼は現れた。

 

「……誰だ、てめぇ。見たことない顔だな」

 

 これまた案の定と言うべきか、アーロンの注意を引いてしまう。地に倒れ伏すゲンゾウを放っておき、彼はサムに向き直る。と同時に、サムは魚人達に取り囲まれてしまった。

 

「武器の何たるかを話している時に武器を持ち歩くとは……馬鹿か?」

「チュッ♡ 馬鹿だな」

「ふん。馬鹿だろうが何だろうが関係ねぇ……人間(下等種族)ならば奉貢を払ってもらうまでだ。……が、武器を持っているのなら別だな」

 

 ウソップを始め、ゲンゾウ、ナミの義姉ノジコ達村人がヒヤヒヤしながら見守っているにも関わらず、サムは涼しい顔である。彼らの心配などどこ吹く風だ。

 

「おい、貴様……武器の所持は反乱の意志ありとみなし見せしめに殺す決まりだ……悪く思うな」

 

 魚人達の幹部、エイの魚人クロオビ、キスの魚人チュウがサムの前後に立ち塞がる。どこかで見たことのあるシチュエーションだ。

 

「チュッ♡ 人間ってのはどいつもこいつも馬鹿ばっかだな」

「……ほぉう?」

 

 サムの眉がピクリ、と動く。バカ面はお前だろう、という思いを飲み込み、ムラサマのトリガーに手をかける。

 クロオビが右腕を後ろに引き、構えを取った。

 よろしい、どちらが馬鹿か、実力行使で教えてやるとしよう。

 

「……死ぬがいい」

「そいつは御免だな」

 

 突き出されるクロオビの掌底。

 同時に引き抜かれるムラサマの引き金(トリガー)

 

「っ!?……ごがっ────」

 

 弾き出されたムラサマの柄頭がクロオビの顎に直撃、これを砕く。その巨体が頭上高く吹き飛ばされる。

 呆然とする一同。が、排莢された薬莢が地面に落下し、小気味良い金属音が鳴ったのと同時に我に返る。

 

「「「……はっ!?」」」

「あぁあぁ……」

 

 いち早く我に返ったチュウがサムに襲いかかるが、こちらも呆気なく撃退。彼を掴もうと伸ばされたチュウの右手を関節を支点に捻り上げ、破壊。絶叫を上げるチュウを置いて背負い投げ。気付けば頭から地面に叩き付けられたチュウであった。

 

 同時に飛び上がるサム。

 魚人顔負けのジャンプ力を披露しつつ空中でムラサマを掴む。

 標的は目の前。

 空中で白目を剥き、無様な格好で落下を開始している。

 

 彼ら(魚人達)には1つ誤算があった。いくら自然の成り行きと言えど、その成り行きを破壊する者がこの世界にはいるということに気付かなかったという誤算が。

 

 両手で持ち直し、容赦なくムラサマを振り下ろした。

 

「────ッ!」

 

 高周波は流さない。とは言え、そうであっても恐るべき斬れ味を誇るムラサマが、人間以上の強度を持つ魚人の肉体を深く斬り裂くなど造作もないことである。

 

「……俺はな、お前らみたいな自分のことを有能だとか、偉いとか……そんな“勘違い野郎”のことが嫌いでな。……見てると虫酸が走る」

 

 もとより真っ赤なムラサマをさらに深紅に染め上げ、その切っ先をアーロンに向けながらサムが言う。

 

「貴様ぁ……下等な人間の分際で同胞に何をしたぁ!!」

「……はぁ……」

 

 アーロンの怒りの叫びに怯むことなく、サムはムラサマを構え直した。

 

「お前も1回死んでみろ。考え方が変わるぞ」

 

 暴れるのを控えようと言ったな。…………あれは嘘だ。

 

 


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