はるかかなた Sisters' wishes.   作:伊東椋

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08.集まるカケラ

 明くる月曜日、突然のように学園から二木さんがいなくなった。

 あーちゃん先輩によると、部屋もモヌケの空だったらしい。正式な手続きにおいても、二木さんが退寮したことが確認されたが、当の女子寮長であるはずのあーちゃん先輩は何も事情を聞かされていなかった。

 風紀委員の人も誰一人、二木さんの行方を知る者はいない。

 二木さんに何が起こったのか、僕だけがそれを知っていた。

 だから、僕はすぐに行動に移した。二木さんを助けるために。

 「みんな、いきなりなのに集まってくれてありがとう」

 今や僕たちリトルバスターズの根城となった野球部の部室で、僕を中心に、リトルバスターズのみんなが集まっていた。

 就職活動から帰ってきていない恭介を除いて、リトルバスターズメンバーが全員集結している。

 何故、みんなを呼んだのか。

 二木さんを救い出すためには、僕一人だけの力ではどうしようもできない。

 だから、みんなの力を借りることに決めた。

 「ここにみんなを集めたのは他でもない、今日から突然学園からいなくなってしまった二木さんのことなんだけど……その二木さんの関係で、みんなの力を借りたい」

 二木さんの話は、既に学園中に広まっている。誰一人知らないうちに、忽然と退寮までしてしまったのだ。この異常さは、話題にならない方がおかしい。

 みんなの真剣な表情を一つ一つ見て回り、そして―――葉留佳さんの顔を見据える。

 葉留佳さんも、二木さんを想う表情になっている。

 僕はみんなに、二木さんに関する事情を説明した――――

 

 

 事情を説明し終えると、部室には張り詰めた空気が辺りを包んだ。

 初めて知った、二木さんのこと。二木さんと、そして葉留佳さんとも関わりが深い、三枝本家との因縁。

 それらを初めて聞かされたみんな、そして改めて聞き、二木さんのずっと抱えていた気持ちを知った葉留佳さん。

 「……色々と思うことはあるかもしれない。 突然こんな話をして、みんなを巻きこませようとしていることは本当に悪いと思ってる。 でも、僕は―――」

 「理樹くんッ!」

 部室に響いた、声。

 その声に、一斉にみんなの視線が集中する。

 「葉留佳さん……」

 普段はイタズラ好きのサイドポニー少女、二木さんの妹である葉留佳さんが、決意染みた表情をして、僕の方にずんずんと歩み寄ってきた。

 「理樹くんは、勘違いしてる」

 「え…っ?」

 僕の目の前で、葉留佳さんの真剣な眼差しが、僕の瞳を射る。

 「巻き込ませたのは、私たちの方だヨッ! これは、元々私たち姉妹の問題……理樹くんは、私たち姉妹に巻き込まれただけなの」

 「葉留佳さん……」

 葉留佳さんの表情が、弱々しくなっていく。葉留佳さんも、二木さんのことが本当に心配なんだ。

 

 違うよ、葉留佳さん。

 巻き込まれたとか、そんなのじゃない。僕が自分から、大切な人として、二木さんと一緒にいたかったから来ただけなんだ。

 だから、もうこれは二人の問題じゃない。僕の問題でもあるんだ。

 

 「僕は、一人じゃ何もできない。 そんな情けない僕だけど、二木さんを助けるために、みんなの力が必要なんだ。 勿論、葉留佳さんも……」

 「理樹くん……」

 僕はそっと葉留佳さんの両肩に手を添えた。崩れてしまいそうなほどに弱々しくなってしまっている目の前の彼女のためにも、僕が支えてあげないといけない。二木さんを、救い出さなければならない。

 

 その時、部室の空気がふわっと和らいだ感じがした。

 「水臭いぜ、理樹。 俺たちが力を貸さないとでも思ったのか?」

 「そういうことなら、ぜひ協力させてもらおう」

 「真人、謙吾……」

 開口一番、真人が筋肉を自慢しながら、笑いかけて言ってくれる。その隣にいる謙吾もまた、続いた。

 「ふむ、二木女史と葉留佳くんの為だ。 喜んで力になろう」

 「姉御…!」

 フ、とクールに微笑む来ヶ谷さんに、葉留佳さんは瞳を潤ませた。そして来ヶ谷さんに続くように、次々と表明する女性陣。

 「もちろん、おーけーだよ~」

 「わふーっ! 佳奈多さんは必ず助け出しますッ!」

 「私も、微力ながら参加させていただきます……」

 「あたしもだ」

 「みんな……」

 みんなの好意に、自然と目頭が熱くなる。

 「私も、協力させてもらうわ」

 部室の扉から掛けられた声。開いた扉越しに背を預けている人物に、僕は驚きの声をあげる。

 「あーちゃん先輩ッ!?」

 女子寮長であり、二木さんとも親交が深いあーちゃん先輩がそこにいた。そして、その隣にはもう一人……

 「古式ッ!?」

 今度は驚愕の声をあげる謙吾の声。

 あーちゃん先輩と一緒にいた人物は、眼帯の少女。古式みゆきさんだった。

 「女子寮長である私の許可無しに、いなくなるなんて許せないわ。 しっかりと、門限までに帰ってもらわなきゃ、ね」

 いつものように優しく声を掛けるように言いながら、ウインクをして見せるあーちゃん先輩。

 「あーちゃん先輩……」

 「……私も、二木さんには本当にお世話になっています。私も、二木さんを……助けたい、です」

 「古式……」

 リトルバスターズに加えて、あーちゃん先輩と古式さんの二人が賛同する。

 いつの間にか、二木さんを助け出そうとする人が、こんなにも僕の周りに集まってくれていた。

 

 僕は、より強く思った。

 

 二木さんを助けようと、力になってくれる人がこんなにもいる。一人で消えようとしている二木さんを連れて帰ることが、本当にできるかもしれない。

 いや、絶対に連れて帰ってみせる。

 みんなの好意を無駄にしないためにも。

 僕は、まだこの状況に信じられないという風に呆然としている葉留佳さんと顔を見合わせ、僕は微笑み、そして力強く頷いた。

 そんな僕を見て、葉留佳さんも顔を綻ばせる。

 「みんな、ありがとう……」

 そんな感謝に満ちた呟きが、葉留佳さんの口から、そして僕からも零れ落ちる。

 「で、どうやってあの風紀委員長を連れ戻すんだ? 理樹」

 「うん」

 「どうやら、何か考えがあるようだな?」

 二木さんからいなくなると聞かされたあの日、僕は二木さんを救い出す決意を固めた。その時から、僕の二木さん救出作戦は始まっていたんだ。

 僕はみんなを輪にして集めて、説明を始める。

 「これは危険な賭けかもしれない。 でも、これしか方法はない。 みんな、耳を貸して―――」

 

 

 もし、ここに恭介がいたら―――と、思うことがあるかもしれない。

 恭介ならもっと良い考えで、最善の方法で、いつものように華麗にミッションをこなすだろう。

 でも、これは甘えだ。

 これは僕の責任で実行しなければいけない。

 

 葉留佳さんのために、周りの人たちのために自己犠牲に走る二木さんを引き止めることは、僕たちにしかできないことだ。

 必ず、二木さんの手を引いて、連れ戻す。

 そして教えてあげるんだ。

 

 君の周りには、こんなにも大勢の人がいたんだってことを―――

 

 君が守ろうとした周りの人たちもまた、君のことを救い出そうとしていたことを。

 彼女に、教えるんだ。

 

 待ってて、二木さん。

 必ず、みんなと一緒に助けに行くから―――――

 


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