はるかかなた Sisters' wishes.   作:伊東椋

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06.その笑顔

 日曜日の街中で、僕は二木さんと色々な所を回った。

 最初は街中でも大きなデパートに入って、衣服コーナーに向かった。

 今着ている二木さんの私服姿もいいけど、二木さんは僕を連れて衣装売り場へと足を運んだ。ここで僕好みの服を二木さんに着せれるチャンスかもしれない。

 「二木さん、こんなのなんてどうかな?」

 僕は早速、数多く並ぶ様々な衣装の中から、選りすぐりの二木さんに似合っていそうな衣装を引っ張った。

 僕の選んだ衣装を見て、二木さんはジトッとした瞳で僕を見詰めてきた。

 「……直枝は女性の太ももが好みなのかしら」

 「え…ッ!? いや、そんなつもりは……ッ! ただ、二木さんに似合いそうだなと思って……」

 「……冗談よ」

 そう言うと、二木さんは僕の選んだ衣装を受け取り、試着室へと入っていった。

 二木さんの着替えが済むまで、僕はちょっとドキドキしながら待つ。

 カーテンが開いて、二木さんの可愛い姿が見られると思うと、待ち遠しくなる。

 そうしてそわそわしている内に、遂に試着室のカーテンがシャッと開かれた。

 その瞬間、僕は息を呑んだ。

 ひらひらしたピンク色のミニスカート。学校では風紀を厳守する風紀委員長として、スカートの丈を短くしないようにしている彼女には、考えられないほどの短さだった。ミニスカの中でも短いという部類の一つらしく、二木さんの眩しい太ももが輝いて見える。

 そんな二木さんの姿に、僕は言葉を失って見惚れていた。

 「……ど、どうかしら」

 二木さんのおずおずとした声に、僕はハッとなる。

 「……こういうの、慣れてないから……へ、変でしょ…?」

 「そんなことないよ。 凄く、いい…!」

 僕は正直に答えた。

 嘘偽りなんてない。素直に、今の二木さんは凄くいいと思う。

 慣れていないのは本当らしく、照れるように顔を赤くする二木さんは僕と視線を合わせようとしない。でも、そんな仕草もまとめて、今の二木さんは可愛かった。

 「そ、そうかしら……」

 「うん。 とても似合ってるよ、二木さん」

 「あ、あまり褒めないで。 褒めても何も出ないわよ」

 「僕はもう十分、貰ったよ」

 僕がそう言うと、二木さんは唇を噛んで、真っ赤にした顔を俯く。ぎゅっとミニスカの裾を握って、じっと何かに耐えるように固まった。

 「……でも、ちょっと露出がありすぎない? こんなに足とか見せて……こんな、傷だらけの身体の一部を晒して……」

 二木さんはどこか悲しげに、少し悔しげに、裾を掴んで顔を俯かせた。

 「二木さんの足は、とても綺麗だよ」

 「……ッ!」

 僕の言葉に、二木さんが息を呑む。

 そう。

 たとえ二木さんの身体に、どんな傷跡があっても、気にすることじゃない。

 僕は二木さんの恋人だ。だから、僕は二木さんのことが好きだ。愛していると言っても良い。

 世界中の誰よりも、僕は二木さんのことを愛している。

 そんな僕が君の足を綺麗と思うなら、君は僕を信じて、自分に自信を持ってほしい。

 僕は、その想いを二木さんに伝えた。

 お互いに恥ずかしくもあるが、僕は嘘をついていない。

 「これは、僕の正直な気持ちだよ」

 「……………」

 僕は微笑んで、二木さんに言ってみた。

 二木さんはじっと僕の方を見詰めていたが、やがて諦めたように、フッと肩の力を抜いた。

 「世界で一番恥ずかしいことを平気で言ってのけた男の人は、あなたが初めてだわ」

 そう言って鼻で笑った二木さんは、そのまま僕の選んだミニスカをレジまで持って行った。

 僕は喜んで、頬を赤く染める二木さんの隣で、財布の中身を有難く店員さんに差し出すのだった。

 

 「そういえば、二木さんって古式さんとどういった関係なの?」

 デパートの中にあったハンバーガーショップで昼食を取っていた僕と二木さん。僕は、目の前でもふもふとピクルス抜きのハンバーガーを口にしている二木さんに、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

 僕の言葉に視線を向けると、二木さんは、ハンバーガーから口を離した。あ、口元にケチャップ付いてる……

 「まるで浮気を追及するような言い方ね」

 「え…いや、そんなつもりは……」

 二木さんがふんっと鼻で笑っている。

 僕は相変わらず二木さんの言うことにはしどろもどろになってばかりだった。

 でも、口元にケチャップをつけながら鼻で笑う二木さんも可愛く見えるのは秘密だ。

 「もう、二木さんったら」

 「な、なによ直枝。 なんか気持ち悪いわね……」

 「ひどいなぁ、二木さんったら」

 「ちょ…、な、なんで人差し指を立てて近付くの―――ひッ?!」

 僕はニコニコと二木さんの口元に付いているケチャップを、指でひょいっと拭ってあげた。

 「ケチャップ、付いてたよ」

 そう言って、僕はその指をぱくっと咥えた。

 「……………ッ」

 二木さんは顔を真っ赤にして、頭から蒸気を噴き出しながらバターンと前のめりに倒れてしまった。

 めりめり、と机に二木さんの額がめりこんでいるように見えるのは気のせいだろうか。

 「ふ、二木さん……?」

 周りの客の視線を浴びながら、おそるおそる問いかける僕の問いかけに、額を机に突っ伏す二木さんが口を開く。

 「私はあなたのような、羞恥に対して何の抵抗も示さないおかしな精神を持ち合わせてないのよ……」

 「ええ~……」

 ゆっくりと顔を上げた二木さんの額は、ちょっと赤くなっている。

 頬もまだ赤みを帯びていたが、こほんと咳払いすると、二木さんはキッと僕を睨み据えた。

 「……そろそろ、さっきの質問に答えさせてもらってもいいかしら?」

 「ど、どうぞ」

 二木さんは深呼吸を終えると、真剣な表情に変わる。

 そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 「古式さんに関しては、例の一件があったからよ」

 それは、僕たちにとっても背筋が凍るような体験だった。

 屋上から飛び降りた古式さん。いや、正確には、飛び降りそうだった所を、教師たちに追い詰められた古式さんが足を踏み外してしまった。屋上から足を踏み外してしまった古式さんに向かって、咄嗟に飛び出した謙吾。二人は奇跡的に助かったが、古式さんはあの事件の後も、色々とあったらしい。

 「飛び降りてしまった彼女は、その後もご両親との面談や、校内での彼女に対する懲罰や対処も検討された。 風紀委員長である私も、古式さんの相談に乗っていたわ」

 古式さんの身には確かに色々とあった。だが、古式さんはそれが自身が招いた罰として受け止め、ずっと耐えてきた。そんな彼女の内には、きっと罪滅ぼしだけじゃない。謙吾の存在もあったからだろう。謙吾の古式さんへの思いが、古式さんに伝わったからこそ、謙吾と古式さんは今も二人一緒なんだ。

 「相談に乗っていくうちに、私は古式さんと、プライベートに関しても気兼ねなく話せる関係になっていた。 そして―――」

 二木さんは、ふっと目を細くした。

 「あなたたちのバスが崖下に転落した事故の時も、病院に駆け付けた私の他にもいたのが、彼女だった」

 あの修学旅行の最中に起こったバス事故。

 僕たちが収容された病院には、同じ学校の生徒さえ行くことは、学校側からは許されなかった。事故当時、学校にいた他の学年は休校となって寮で自主待機を指示されたらしいし、事態が落ち着くまで外出さえ許可が下りなかった。あーちゃん先輩も、僕たちのことを本当に心配してくれて、すぐに病院に行こうとしたが、いくら女子寮長のあーちゃん先輩でも、その学校側からの指示のせいで無理だったと聞いたことがある。

 そして同じく、事故に合わなかった方の、同じく修学旅行に参加していた別クラスは、直ちに学校に戻るよう連絡されていた。

 僕たちが病院に収容され、別のクラスは全員、学校と寮に帰るはずだった。

 だが、意外にもそこから飛び出したのが、二木さんと古式さんだったらしい。

 二木さんや古式さんたち、別クラスの乗ったバスは事故現場から近い旅館に停まり、そこで帰り支度をして学校に帰る手はずだったらしい。

 「生徒たちは少しの間、待機するように言い渡された。 でも、私は葉留佳がまさか、あの崖下に落ちたバスの中にいただなんて、想像していなかった。 それを知った時、私は初めて風紀を違反する決意をしたわ」

 

 

 そう、私の中で“風紀委員長の二木”より、“葉留佳の姉”である私が、子供の頃以来、しばらくぶりに甦ったのだ。

 「教師の目を盗み、こっそりと抜け出した私が丁度目にしたものは、同じく抜け出していた古式さんの姿だったわ」

 『あなた、なにしてるのッ!? こんな暗い時間帯の中を一人で…ッ!』

 つい、風紀委員長としての貫録が出てしまっていた私。

 だが、古式さんは即座に私に向かって反論した。

 『お願いです…ッ! 皆さんが運ばれた病院に、今すぐにでも行きたいんです…ッ! 私、宮沢さんに……宮沢さんに……ッ!!』

 そう言いながら、最後の方は泣きそうな声で膝を崩した古式さんに、私は戸惑っていた。

 普段の彼女にはとても信じられないような、必死な、大きな声だった。

 『し、静かにしなさい…ッ! じ、実は私もあなたと同じなのよ……』

 『二木さんも……?』

 『そ、そうよ……なんか、悪かったわね……』

 きっと古式さんは、自分が止めに来たと思ってしまったのだろう。私はそれを思って、反省し、古式さんに謝った。

 だけど―――

 『…いいえ、むしろ二木さんと会えて良かったです。 私一人では、ちゃんと病院に辿りつくかどうかさえ、不安でしたから……』

 そう言って、私の手を優しく握りながら、彼女は微笑みを浮かべた。眼帯とは別の、片方の瞳の緑に涙を光らせながら。

 『そうと決まれば、早速行きましょう……一緒に』

 『ええ』

 そして、古式さんは走り出した。

 『ちょっと待って! あなた、病院の場所、知ってる?』

 『………どこでしたっけ』

 恥ずかしながら戻ってきた古式さんに、私は溜息を吐いた。本当にこの娘が一人で行っていたら、無事に病院まで辿りつけなかったかもしれない……

 仕方ないな……もう。

 私は古式さんの手を引いて、一緒に駆け出した――――

 

 

 「……意外だね、あの古式さんが」

 そして二木さんも。

 「彼女をあそこまで変えた宮沢に嫉妬するぐらいだわ」

 言いながら、二木さんはセットに付いているドリンクのストローを口にした。

 一緒に大切な人の所に向かって、ずっと願いをこめていた似た者同士の二人。

 それが、二木さんと古式さんを共通させる部分だったのだろう。

 「当時のことを話して、改めて思ったから言わせてもらうわ」

 「え、なに?」

 ポテトに手を伸ばしかけていた僕だったが、二木さんの言葉によって、手を止める。

 「葉留佳を助けてくれて本当にありがとう……」

 「二木さん……」

 「私も、古式さんも、あなたには感謝してる。 だって、あなたと、そして棗さんの二人で葉留佳や皆を救い出してくれたものね……本当に、私の大切な妹を助けてくれて、ありがとう」

 おかげで、大切な人を思い出すことができた―――

 二木さんは、そう言っているかのような穏やかな表情を、僕に向けていた。

 だが、その穏やかな内に悲しげな瞳が一瞬見えたのは、気のせいとは感じなかった。

 「二木、さ……」

 「さ、そろそろ行きましょう、直枝。 もう食べ終わったかしら?」

 「え…あ、う、うん……」

 僕はすっかりとしなびてしまったポテトをチラと見つつ、答えた。それに気付いていないのか、二木さんは「そう」と荷物を持って立ち上がってしまった。

 「行くわよ、直枝」

 「う、うん。 あ…待って、二木さん」

 二木さんはニコリと微笑んで、先にレジの方に歩いていってしまう。僕は急いで二人分のお盆を片付けると、レジで会計を済ませた。外で待つ二木さんに、僕は駆け寄る。そんな二木さんの肩にかけているバッグの中身は、僕が買ってあげた二木さんのミニスカがあった。

 二木さんは本当に優しそうに笑っている。普段の彼女にはあまり拝めない貴重な表情だったけど、何故か、僕は何かが引っ掛かる気分で仕方がなかった。

 彼女がデートを楽しんでくれていると思う。だから笑っている。それは否定はしない。でも、この笑顔は何故か、無理をして笑っているように見えなくもなかった――――

 

 「そこのお熱い二人、ちょっといいかい?」

 

 僕は何か紐で引っ張られたかのように、ぐっと踏みとどまった。その二重に重なるようなちょっと不気味な声に、僕はゆっくりとその声の主の方へと振り返る。

 そこには、黒マントで身を覆い、仮面をかぶった男が、路上の隅にいた。

 「え……?」

 僕はその仮面の男を見た途端、脳裏にノイズが走った。

 古い映画のフィルムのような映像が、記憶の中に甦る。だが、雑音と乱れた映像が酷過ぎて、ほとんどのことが思い出せなかった。

 一瞬、自分と対峙する仮面の男がいたような……?

 「ちょっとこっちに立ち寄ってみないか、お前たち」

 明らかに怪しい。黒マントで身を覆い、漫画に出てくる悪役みたいな仮面をかぶっている上に、帽子を深くかぶっているために、素性が全然わからない。

 一〇〇パーセント怪しいのは確実だったが、どうしたわけか、僕はその男のことが気になっているのも事実だった。

 「どうする、二木さん…?」

 二木さんも怪しい男を怪訝な表情で見詰めていた。

 「……ちょっと、寄ってみましょう」

 「ええっ!? ほ、本当に?」

 「どんなものなのか、興味はあるわね」

 「た、確かにそうだけど……」

 まさか二木さんが頷くとは思わなかった。

 でも、僕も仮面の男を見た時、自分でもよくわからないような違和感と興味が沸いていた。だから、僕も変な魔力に引き寄せられるかのように、二木さんと共に、その怪しい仮面をかぶった男の方に歩み寄った。


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