翌日の日曜日。
校門の前で、僕はチラチラと腕時計を確認しながら、二木さんを待っていた。
「二木さん、まだかな……」
日曜日になり、僕は約束の待ち合わせ場所として指定した校門前で、二木さんを待ち続けていた。
まだ待ち合わせの時間まで十分あるのだが、どうしてもそわそわしてしまう。
まぁともかく、こうして二木さんとデートを取り付けることができて良かったと思う。
テスト期間という時期だけど、こういう息抜きも大事だと思う。
それに、僕は二木さんと一緒に出かけてみたいと思った。二木さんには出来るだけ楽しい思いを味わせてあげたい。
最近仕事で忙しかったし、二木さんには気晴らしが必要だ。
どこへ行こうか、何をしようかと考えていた僕は、校門にやって来た人物を、はっきりと確認もせずについ二木さんであると思いこんで振り返った。
「あ、二木さ――――」
「な…ッ」
僕の視界に入ってきたのは、二木さんではなかった。
僕はその人物を見た時、言葉が止まってしまった。そして、僕の目の前にいる彼もまた、驚いた表情で僕を見て固まっている。
それは僕のよく知る人物、宮沢謙吾だった。
「り、理樹……ッ! お前、何故ここに……」
謙吾はどうしてか、ひどく驚いている。というか、動揺している。いつもクールな謙吾らしくない。
「……あれ、謙吾。 珍しいね、一人で寮を出るなんて」
普段は滅多に寮を出ない上、しかも学校の制服ならまだともかく、これもまたどこの祝辞に行くのやら正装姿だったのだが、僕の方が尚更ビックリだった。
「どこにいても剣道着姿だった謙吾が正装なんて……どこかに行くの?」
「う……、ま、まぁな……」
しどろもどろになりつつ、視線を泳がしながら答える謙吾。
でも、僕や恭介たちと街に出る時でもいつもの剣道着姿だったのに、どうしてこの時は正装なんだろう。
余程、正装で行くほどの用事が謙吾にあるのだろう。
「……り、理樹。 お前は……どうしてこんな所にいるんだ?」
「どうしてって……僕はここで二木さんと待ち合わせをしているんだよ」
「なに…ッ!?」
また驚愕する謙吾。
なんだかそんな謙吾に違和感を覚えて仕方がない。
僕がここで二木さんと待ち合わせしていることに、そんなに驚くものなのだろうか。
それとも、謙吾もここで誰かと待ち合わせでもしてるとか?
「謙吾も校門前で、誰かと待ち合わせ? 真人か剣道部の人?」
「ぐ……いや、その……なんだ」
ここまで謙吾らしくない謙吾も珍しい。
視線を逸らし、なんて言おうが迷っている謙吾の様子は明らかに怪しかった。
そして、その怪しさの原因がはっきりとわかる瞬間が訪れる。
「あ、二木さん」
僕は謙吾の肩越し、その向こうの学校と寮がある方向から歩いてくる二木さんの姿を見つけた。
そして―――
「あれ?」
謙吾の身体で遮られて見えなかったが、彼女たちが近づいてきてようやくわかった。二木さんは、とある女学生と二人で僕と謙吾の所に歩み寄っていた。
二木さんの隣で歩いているのは――――
「―――古式みゆきさん?」
「なに…ッ!?」
僕がその彼女の名前を呟くと、謙吾がものすごい勢いで二人の方へと振り返った。振り返った謙吾の驚愕した表情を見て、怪訝な表情を浮かべる二木さんと少しだけ驚いた古式さんの二人が、校門前の僕たちの所にやって来た。
「なに? あなたは。 彼女が来たというのに、その顔で迎えるなんてどういうことなの?」
「ふ、二木…ッ! お前、何故古式と……」
「丁度寮を出るときに彼女と一緒になってね。 折角だから、同じ境遇の者同士、仲良く二人で一緒しようってことになってね」
「……す、すみません。宮沢さん…」
「いや、古式が謝ることではないのだが……」
同じ境遇の者同士?
そういえば、謙吾もここで誰かと待ち合わせをしているのかと思った。
もしかして……謙吾は古式さんと校門前で待ち合わせをしていたのかな。僕と二木さんのように。
「謙吾……?」
「ち、違うぞ理樹…ッ! お前はきっと誤解をしていると思うが、俺と古式は決して男女の関係というわけではなくてだな……ッ!」
「まだ僕、何も言ってないよ?」
「ぐおおおお……ッ! ふ、不覚だぁ……」
頭を抱えてから、崩れるようにして地に手を付ける謙吾。
そのそばで古式さんが戸惑いつつも、謙吾に心配そうに名前を呼び掛けている。二木さんは蔑むような瞳で、謙吾を見下ろしていた。
「宮沢さん、しっかり……」
「ふん、情けない男ね。 古式さんも、馬鹿な男を相手にして大変ね」
「……そんなこと、ありませんよ。 私は」
古式さんは小さく微笑み、二木さんもまた肩をすくめて笑みを浮かべている。僕が見る限り、二木さんと古式さんの間柄は、どうやら親しいみたいであった。
だからこそ、僕は驚いていた。
二木さんと古式さん。この二人の組み合わせはどう見ても、接点があまりないものだと思う。
どうして二木さんと古式さんは知り合いなのか。
そして、謙吾と古式さんはどういった関係なのか。
僕は非常にそれらの点が気になって仕方がなかった。
「そういえば謙吾と古式さんも街に行くの?」
僕は四つんばいになって落ち込んでいる謙吾の方に声をかける。
「……ま、まぁな」
苦し紛れの返答。そろそろ潔くなればいいのに。
「僕たちみたいに、デート?」
その僕の何気なく発した言葉に、僕以外の三人がそれぞれの反応を即座に見せてくれた。
「な、ななな、何を言っている理樹ッ!」
「そうよ直枝ッ! 大体人前でそんな堂々とデートだなんてこと、言わないでくれるかしらッ!?」
「……あの、その……えっと……」
あまりの気迫に、僕は思わずたじろうでしまう。
「え、えーと……」
でも男女が二人で街に行ったりするのって、明らかにデートだと思うんだけど。
僕は唯一、この場でまともで落ち着いて話せそうな人物に声を掛けてみることにした。
「古式さん、謙吾と街に行くんだよね?」
「……は、はい。 確かに今日は、いつもお昼をご一緒させていただいたり、話をしてくださる宮沢さんへのお礼として、私が今日映画に誘……「メーーーーーンッッ!! マァァァァァンッッ!!」
突然、古式さんの話を遮るように謙吾が竹刀を振る素振りをしながら僕と古式さんの間に割って入ってきた。
「さぁて、古式ッ! もたもたしていると日が暮れてしまうからさっさと行くかぁッ!」
「え、あの……宮沢さん…?」
まだ朝なのに、謙吾はやけにハイテンシヨンにそんなことを言いながら、戸惑う古式さんの白い手をぎゅっと握ってしまう。
その時、古式さんの頬に赤みがさしたのを、おそらく謙吾は気付いていないだろう。
「そうだ、理樹。 お前に言いたいことがある!」
「な、なに? 謙吾」
「夕飯までに帰ることはできないが、俺が寮に戻り次第理樹の願い事をなんでも聞いてやろう。 わかったな?」
要は、夕飯の時に自分がいない間、僕が真人や鈴たちにこの事を口外するなと言いたいわけだね。そして願い事とやらは口止め料というわけか。
「わかったよ、謙吾。 ということは、夕飯も古式さんとご一緒に……」
「ははははさらばだ理樹ッ! 二木も達者でなッ! リトルバスターズは、不滅だッ!」
最後にワケのわからないことを言い残し、謙吾はものすごいスピードで古式さんの手を引いて、僕たちの前から行ってしまった。
校門前に残される、僕と二木さん。
「……馬鹿丸出しね」
「あはは…」
二木さんの吐き捨てた言葉に、僕は苦笑するしかなかった。
「じゃあ、僕たちも行こうか?」
「……そ、そうね」
僕が言うと、二木さんは少し照れながらも、ずんずんと先頭を切って歩き始めてしまった。
僕は二木さんの背後を見て、口を開く。
「そうそう、二木さん」
「なに? 直枝」
「二木さんの私服姿、似合ってて可愛いね」
「な……ッ!!?」
勢い良く振り返って、僕に驚愕の表情を見せつける二木さん。その顔は既に真っ赤だった。
二木さんの私服姿はスカートの部分がひらひらした、とても可愛らしい白いワンピース。薄い生地で、夏には涼しそうな外見になっている。
対して僕は青いジーパンに文字や絵が描かれた白いTシャツという至って普通の格好だ。
傍目から見ても、やっぱりデートっぽい。特に二木さんは彼女という雰囲気が満開だ。
いや、デートっぽいではなく、僕たちは恋人同士なのだから、本当のデートなんだ。
「は、恥ずかしいこと言ってないでさっさと行くわよ、直枝ッ!」
怒られてしまった。
でも、あれは彼女の照れ隠しなんだと、僕はわかる。
そして―――
「でも……ありがと」
こうやって、ちゃんとお礼を言う所も、彼女の良い所なんだということも。
僕は先頭を歩く二木さんの横に駆け寄って、肩を並べて歩き始める。二人が向かう先は、謙吾と古式さんが消えた街の方角であった。