はるかかなた Sisters' wishes.   作:伊東椋

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03.姉想いの妹

 夏休みが近づくと同時に、もう一つ、学生たちにとっては夏休みとは別の意味で大事な行事が近づいている。

 それが一学期分の成績を評価するための試験、期末テストだ。

 夏の暑さが照りつけ、最近になってようやく調子が悪かった冷房が完全復活を成し遂げ、学生たちに心地よい環境を与える今日。テスト期間ということで、学生たちはテスト勉強に明け暮れていた。

 「おい、理樹。 筋肉で遊ぼうぜッ!」

 昼食の学食を食べ終え、教室に戻ったお昼休みの時間、幼なじみの一人である真人が僕に筋肉関連の遊びを誘ってきた。

 大好物のカツ定食を食した真人は元気ハツラツだ。

 「真人、テスト勉強しなくていいの?」

 「う…ッ。 な、なんだよ、理樹。 お前、こんな休み時間にまで勉強なんかするつもりか?」

 「いや……というよりは、そんな遊びをするぐらいだったら、テスト勉強した方が有益なんじゃないかと」

 「ひでぇぜ、理樹ッ!」

 大袈裟なぐらいに衝撃に打たれる真人。そんなに泣くくらいショックだったのだろうか。

 「くそぅ……勉強と筋肉、どっちがいいかと聞かれたら、断然筋肉に決まってるじゃねえか……」

 四つんばいになり、床に涙を落しながら、真人は拳を握り締める。

 そんな真人の肩に、ぽんと優しく叩かれる手。

 「井ノ原さん、元気を出してください!」

 「クー公……」

 えきぞちっく(自称)なマスコット、蒼い瞳と亜麻色の長髪が特徴のクォーターのクドが落ち込む真人に天使の微笑みを与えている。

 「井ノ原さんの筋肉はサイコーです! 決して無益なんかではありませんよー」

 「ほ、本当か…ッ! 俺の筋肉は……最高だよなッ!」

 「はいっ!」

 「よぉしッ! なんだか筋肉がみなぎってきたぜッ!」

 「その意気ですよ、井ノ原さーんッ!」

 元気を取り戻した真人が、クドと共に「筋肉、筋肉~ッ!」と、踊り始めてしまった。

 僕はそれを暖かく見送るしかなかった。

 「あほだな」

 鈴は冷やかしの瞳で見送っていた。

 そしてそんな真人とクドの二人に、突如として乱入してきた来ヶ谷さん。クドを捕まえて、ギリギリなスキンシップを始めている。そしてそんな来ヶ谷さんに自分のことも構ってほしいのかアピールしている葉留佳さん。いつの間にか向こうでいつものリトルバスターズメンバーがドタバタと騒いでいた。

 その時、教室の扉が開くと、謙吾が現れた。

 「あれ、謙吾」

 謙吾は教室に入るとまっすぐ、僕の机までやってくる。

 「今日も外で食べてたの?」

 「……まぁ、そんなところだ」

 最近、謙吾はお昼の時、食堂ではなく外に行くことが多かった。以前までは僕たち幼なじみ五人が必ずと言って良いほど一緒に学食を食べていたけど、恭介が就職活動で抜け、続いて謙吾も別の所へお昼を食べているらしい。

 噂を聞く所によると、謙吾はとある一人の女子生徒と校舎裏でお昼を一緒にしているという話だ。そして、僕は返事に歯切れを悪くする謙吾を見て、その女子生徒は誰なのかなんとなく察しは付いていた。

 多分、謙吾と最近お昼に一緒しているのは古式みゆきさんだ。彼女の件で、僕たちも多少なりとも関わったことがある。

 そして謙吾にとっても、彼女はある意味放っておけない存在になっているんだと思う。

 それは、謙吾をよく知る僕をはじめとした幼なじみ五人組でも察しが付くことだった。

 「ところで、理樹。 あいつらは何をしているんだ?」

 謙吾は僕からの追及をおそれたのか、さっさと話題を振ろうとする。別に、僕は幼なじみとして謙吾のことはよく知っているし、深い追求は最初からしないけどね。

 「まぁ、いつものことだよ」

 「だろうな……」

 クドにぎゅっと抱き掛かって愛でる来ヶ谷さん。そしてその周りで真人と葉留佳さんが各々で騒いでいる光景。

 丁度、屋上から戻ってきた小毬さんと、中庭から戻ってきた西園さんも集まり、就活に出ている恭介以外のリトルバスターズメンバーが集合したことになる。

 「もうすぐ試験だというのに、来ヶ谷は良いとして、真人たちはあんなに遊び呆けて大丈夫なのか?」

 「う~ん、どうだろうね?」

 僕は苦笑して返すしかない。

 「泣いて飛びつくのがオチだろうがな」

 いつもの展開を口にして、謙吾はさっさと自分の席に戻ってしまった。謙吾の背に広がるリトルジャンパーのロゴが僕の視界に目立っている。

 なんだか、最近の謙吾はいつもとは違う。

 あの広い背中に、何か抱えているものがあるような。

 そんな気がした。

 それは、古式さんと関係があるのだろうか。

 「り~きくんっ!」

 突然、僕の視界斜め上から降りかかった声。振り向くと、そこにはさっきまで来ヶ谷さんたちの輪にいた葉留佳さんがいた。

 「どーしたのっ? ぼーっとして」

 二木さんの双子の妹、葉留佳さん。

 あの修学旅行までは仲が悪かったけど、バス事故の件で色々あって、無事に仲直りした姉妹。その片方である葉留佳さんは、二木さんとは正反対の性格をした、マイペースで元気いっぱいの女の子だ。

 「ううん、なんでもないよ」

 「そうデスか?」

 「うん」

 「理樹くんがそう言うのなら、はるちんは信じましょー。 そうそう、ところで理樹くん」

 「なに? 葉留佳さん」

 「―――最近、お姉ちゃんとはどこまで進んだのかな?」

 思わず、ぶっと吹き出す僕。

 そんな僕を見て、葉留佳さんは面白い風に笑っている。

 「な、なな何を…ッ!? は、葉留佳さん…ッ!」

 「おやおや、その反応からして見ると、あまり進展はしていないようデスねッ?」

 葉留佳さんはぷぷ、と口元をおさえ、はにかんでいる。その無邪気な笑顔は、葉留佳さんの専売特許だと思う。

 「うっ」

 「図星のようデスね」

 葉留佳さんは無邪気な笑顔を崩さないまま、周りには聞こえない、僕にしか聞こえないような声で、ずいっと近づく。

 「イイですかッ? 理樹くんとお姉ちゃんはレッキとしたカップルなんだから、お二人はその自覚を強く持ってもらわないといけないわけデスよッ?」

 「そ、それはそうかもしれないけど……でも、なんでそんなに唐突な…」

 「で、実際どこまで進んだの?」

 僕の言葉を無視して、葉留佳さんは一方的に迫りくる。

 どうやっても、葉留佳さんから逃れる術がないと観念した僕は、諦めて真実を語った。

 「………手を、繋いだぐらいだよ」

 僕の渾身の勇気を振り絞って、その答えが紡がれる。

 にも関わらず、葉留佳さんはきょとんとした表情だった。

 「は?」

 「だから、手を繋い……」

 「ええええええええええええええッッッ!!!?」

 突然、教室中に響き渡るような大声を出されたものだから、大いに僕は驚いた。教室にいるクラスメイトたちも葉留佳さんの絶叫に驚いたらしく、全員がこっちを見ている。

 特にリトルバスターズのメンバーが、各々の表情で僕たちに視線を釘づけにしている。

 「ちょ、ちょっと葉留佳さん…ッ!」

 「理樹くんッ! その話はマジのマジのマァァァジーングデスかッ!?」

 「混乱して言ってることが滅茶苦茶だけど、とりあえず落ち着いて!」

 深呼吸を促し、葉留佳さんは深呼吸をして落ち着いて見せる。何もそこまで驚かなくても……

 「なんだ、どうした?」

 鈴や謙吾たち、リトバスターズのメンバーが集まってくる。

 「な、なんでもないよッ! 大丈夫だから!」

 何が大丈夫なのか僕自身も聞きたいが、とりあえずこの話を皆に聞かれるのはあまり好ましくない。

 とりあえず僕は必死に皆を遠ざけ、再び葉留佳さんと二人で続きを始める。

 「ちょっと理樹くん、それはいくらなんでもないデスよッ!?」

 「え、ええっ? ど、どこが?」

 「どこもなにも…ッ! まだ手を繋いだぐらいって……その程度だとまだまだ小学生レベルだヨッ!?」

 葉留佳さんは予想以上と言う風に落胆してみせ、盛大に溜息を吐いてくれた。

 「まったく……仕方ないデスね……」

 「へ?」

 「いい? あのお姉ちゃんと付き合える男なんて、そうそういないデスよ。 その分、理樹くんは本当に恵まれた男の子なのデスッ」

 「そ、そうかな……」

 確かに、風紀委員長として刺々しい雰囲気を身に纏ってきた二木さんに、近づける男は滅多にいなかっただろう。

 だけど、葉留佳さんとの一件以来、その雰囲気も今となっては少しは和らいでいるように僕は感じられる。

 二木さんと付き合っていると、彼女の意外な素顔がわかって、とても楽しい時間が過ぎていく。

 そんな二木さんの素顔を知ることができる男は僕だけだと思うと、嬉しい気持ちになる。

 「おや、意外と理樹くんは独占欲がお強い?」

 「え…ッ!?」

 「理樹くんの考えていることは、お見通しなのデスよっ」

 最近の葉留佳さんには何だか、勝てる気がしない……。

 二木さんと仲良くなって、葉留佳さんもどこか変わってきているような気がする。

 それは、きっと良いことなんだと思う。

 「さっきも言ったように、お姉ちゃんのそばにいられる男の子は、理樹くんだけなんだよ。 だからさ、理樹くん」

 葉留佳さんは僕の正面に顔を近づけると、にっこりと微笑んだ。

 その笑顔と、その上お互いの顔の近さに、僕は不覚にもドキリとする。

 「かなたを、よろしくね」

 いつものとびっきりの笑顔とは違う、穏やかで優しい葉留佳さんの笑顔が、そこにあった。

 「葉留佳さん……」

 「かなたはウブだから、理樹くんからどんどん攻めていかないと進むものも進まないデスよッ! だから理樹くん、ガンガン積極的にGOッ!」

 「そ、それは……」

 「理樹くんは、どこにでもあるラブコメにいるようなヘタレの主人公じゃないよね?」

 「う、うん……」

 つい、葉留佳さんの威圧感に、頷いてしまう僕。

 「だったら、とことん攻めるがいいよ。 なんと言っても、はるちんの許可が下りたんだからねッ!」

 そう言って、ビシリと親指を立てる葉留佳さん。色々とツッコミたい所はあるけど、僕はあえて葉留佳さんの言うことをすべて受け止めた。それが本当に僕たちのことを考えてくれた葉留佳さんの言いたかったこと、葉留佳さんの僕たちを想う気持ちだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――だけど、僕はこの時、本当の葉留佳さんの気持ちを、わかっていなかったんだ―――

 

 

 ―――いや、本当はわかっていたのかもしれない―――

 

 ―――ただ、眼を背けていただけなのかもしれない―――

 

 

 

 その時、葉留佳さんの微かに過ぎった感情を、僕は気付いてあげられなかった。

 


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