はるかかなた Sisters' wishes.   作:伊東椋

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13.遥か彼方

 僕たち三人は学校の通りにある川の河川敷で、静かに水が流れる川を見詰めながら、明るい日差しの下で僕たちは今後のことを話し合っていた。

 二木さんの救出作戦は、みんなの協力もあって無事に成功した。二木さんは今、僕の隣で葉留佳さんと楽しそうに話しているし、ここまで逃げることができたのだから、ひとまず安心だろう。

 事前に脱出ルートを用意してくれた朱鷺戸さんのおかげでもある。朱鷺戸さんや、協力してくれたみんながいてくれたからこそ、この瞬間を掴み取ることができたんだ。

 「それにしても……本当にあなたたちは無茶なことをしてくれたものね」

 二木さんはさっきから呆れた様子だった。葉留佳さんが楽しそうに今後のことで何かを言うたびに、二木さんは以前のように、僕たちに呆れながらも、笑って話せるようになっていた。

 「しょーがないじゃん。 これで何もかも、ぜーんぶ終わりにしようと思ったんだから」

 「でも、これから一体本当にどうするのよ……」

 あれだけのことをしたのだ。三枝本家も二木さんを連れ戻そうと躍起になるかもしれない。それでは、学園に戻ってもまた三枝本家が現れる可能性は高い。

 「というわけだから、もう学校には戻れない。 だから、ほとぼりが冷めるまで僕たち三人で、どこかで一緒に暮らすっていうのはどうかな、二木さん」

 「はぁッ!? 直枝…ッ? あなた、何を言って―――」

 「半年ぐらい時間をおいて戻ればいいよ」

 「いや、でもね……」

 「両親ズも了承済みなのデスよ」

 「ま、そういうわけだから諦めてよ二木さん」

 「……あなたたちは本当に馬鹿ばっかりだわ」

 僕たちのどこかに三人で一緒に暮らすという無鉄砲な計画に、二木さんは呆れていた。でも、その手が一番最善の手段であることは二木さんも理解してくれるはずだ。

 「いやー、どこに行こっかな~。 ねえ、理樹くん?」

 「うん、そうだね。 どこが良いかな、二木さん」

 「そんなの知らないわよ……」

 「あったかいところがイイですヨッ」

 「こういうどこかに逃げるって、北の方に逃げるのが普通って思うんだけど」

 「いや理樹くん。 そこを逆手に取って、南に逃げるのがイイですヨ」

 北か南、どちらに逃げようかと僕と葉留佳さんが話し合っている所を、二木さんは最早呆れて物が言えない様子だった。額に手を当てて、やれやれと首を振っている。

 「バイトしないとねぇ」

 葉留佳さんがぼんやりとそんなことを呟いたりしている。

 遂に二木さんが、痺れを切らしたように口を開いた。

 「……あのね、葉留佳。 そんなことより、考えることがたくさんあるでしょう?」

 「いやあ、あはははっ」

 「笑って誤魔化さないのッ! 本当、馬鹿ね……」

 そう言う二木さんも、顔を少し赤くしながらも、微かに笑っていた。

 ようやく笑顔を見せた二木さんを見て、葉留佳さんもいつものように笑ってみせた。

 二人の姉妹が、仲良さそうに笑い合う。

 これから、僕たちは三人で暮らすことになって、様々な困難が待ち受けているのかもしれない。

 まだまだ苦労は続くけど、今の二木さんは決して一人じゃない。葉留佳さんという妹、そして僕や仲間のみんなと手を取り合えば、何も心配はいらないはずだ。

 僕たちは互いに手を取り合って、助け合うことができる。

 そして、描くんだ。

 固く結ばれた絆があれば、どんな夢も描いていける―――

 

 

 

 その日の夜、僕たちは三枝さんの家に集まっていた。

 無事に本家から戻ってこれた二木さんの姿に、葉留佳さんの両親は大いに喜んでいた。葉留佳さんの両親は二人を快く迎え入れ、二木さんが知らない間に、僕たちはある準備を三枝さんの家で進めていた。

 それは―――

 「ではこれより、二木が無事に帰ってきたことを祝ってパーティを開きたいと思う」

 恭介の言葉に、みんながわ~と声をあげ、拍手を喝采した。

 一人理解できていないのは、二木さんだけだった。

 「え……なにこれ?」

 「あはは、お姉ちゃん驚いた?」

 今、三枝さんの家には僕たちだけではなく、二木さんの救出に協力してくれた全員がここに集まっていた。余り大勢でいられるほど広くはない葉留佳さんの家だけど、実際には僕たちに協力してくれたみんながそこに集まっていた。リトルバスターズのみんな、古式さんやあーちゃん先輩、更に朱鷺戸さんまでいた。

 「これは一体どういうことなのよ、葉留佳。 荷物を取りに戻っただけじゃ……」

 「今言った通りだ、二木」

 就職活動から帰ってきたらしい恭介。今まで就職活動に行っていたと思っていたのに、いつの間に帰ってきたのか。まあ、あの変な人と関係があるだろうなとは思うけど……

 というか、あれって恭介だよね?

 「知らん、人違いだ」

 と言っても、恭介は頑として否定するけど。

 というか正に恭介らしいとも思うけどなぁ。むしろ恭介じゃない所を見つける方が難しいと思う。

 でも、恭介がそう言うのならそういうことにしておこう。

 「何はともあれ、お前たちは無事に帰ってこれたんだ。 それはぜひ祝うべきだろう。 だが、お前たちはこの先休学するからな。 やるとしたら今しかない」

 「別に無理してやることは……」

 「甘いな、二木。 仲間の無事を祝うのは俺たちとしては当然のことなんだぜ」

 そう言って、恭介は笑った。

 そして、周りのみんなもそれぞれの笑顔を向けてくれた。勿論、僕や葉留佳さんも笑う。みんなの優しい笑顔に囲まれて、二木さんは目を丸くしていたが、やがて二木さんもその口元を和らげた。

 「本当……あなたたちと言う人は……」

 「にゅっふっふ、あら? かなちゃん、もしかして泣きそう?」

 「ば……そ、そんなわけないじゃないですか…ッ! あとかなちゃんって呼ばないでください!」

 「にゃはは、ごめんごめん」

 「ていうかいたんですか、あーちゃん先輩」

 「ひっどぉ~いッ! 私だってかなちゃんを助けるのに協力したのにぃ~~」

 「……冗談ですよ」

 そこで今度は、どっとみんなから笑いが起こる。

 嘆息を吐くように、しかし微かに微笑む二木さんと、「ひど~い」と頬を膨らませるあーちゃん先輩。

 そして無邪気に笑う葉留佳さん。

 僕たちの手に入れた笑顔が、今僕たちの前で広がっている。こうして仲間たちと笑える時間が、取り戻すことができたのだと、実感させられる。

 それは二木さんも同じ思いなのだろう。僕の視線に気付いた二木さんが、呆れたような、嬉しいような、そんな表情で微笑んでいた。その二木さんの隣には、以前のように無邪気に笑う葉留佳さんがいた。

 「さあ、皆。 今日は理樹たちの門出を盛大に祝い、暖かく見送ってやろうぜ」

 「「「おーッ!」」」

 恭介の号令に、僕たち三人以外のみんなが一斉に歓声をあげてくれた。

 僕たちの意志に関係なく、恭介たちはわいわいとお祝いの準備を始める。そんなみんなの顔は、まるでいつもと変わらない、いつも遊ぶ時と同じような、楽しそうな顔をしていた。いや、実際そうなのだろう。僕たちをお祝いしてくれる気持ちは本物、そして騒いで楽しむというリトルバスターズならではのお約束も、それもまた本物なのだから。

 「人の家なのに、全く遠慮も無いわね……」

 「あはは……」

 いつもと変わらないリトルバスターズの面々に、二木さんは呆れるように嘆息を吐いた。

 「よーし、それじゃあまずは何をする?」

 恭介の言葉に、みんながそれぞれ提案を申し出る。

 「私、今丁度ポッキー持ってるから、ポッキーゲームぅぅ~~~」

 「…王様ゲーム」

 「野球拳なんてどうだ?」

 「いや、ここは筋肉だろうッ!」

 「見事に風紀を違反する気満々な提案ばかりだが、むしろアリだ」

 「いや、何言ってるのあなたたちッ!?」

 さすがに二木さんも声をあげる。「そんなこと許されるわけないでしょッ!」と説教を始める二木さんを見ていると、何だか以前の僕たちを見ているようで懐かしい感じがしたのはきっと気のせいではないかもしれない。

 「お前も黙ってないで、何か提案してみたらどうだ」

 「は…ッ!? なんであたし……ッ、ていうか、あなたが無理矢理連れてきたんでしょうがッ」

 「何の事やら。 お前が羨ましそうな顔をしていたから、気を遣ってやったというのに」

 「~~~~ッ!」

 さっきから見ていたけど、恭介と朱鷺戸さんは知り合いみたいだった。それも結構仲が良さそうに見えるのは僕だけだろうか。恭介が変な格好をして登場した時も、朱鷺戸さんと良いコンビだったみたいだし。

 「二木さん、元気そうで良かったです……」

 「ああ、風紀委員長だった頃に戻ってきているようだな」

 古式さんと謙吾が、説教を言う二木さんの姿を見て、そんなことを話していた。

 二木さんを怒らせる提案をした小毬さん、西園さん、来ヶ谷さん、そして恭介の四人を正座させ、くどくどと説教を続けている二木さんの背後に、そろ~っと近付く影。

 「大体、あなたたちはいつも……」

 元風紀委員長としての貫録が滲み出て、説教に夢中になっている二木さんはその影の存在を知る由もなく―――

 「おねーいちゃんッ♪」

 後ろからぴょこんと抱きついてきた葉留佳さんの存在に、二木さんは全く気付くことはなかった。

 「ひゃッ!?」

 葉留佳さんが二木さんの後ろから抱きつき、二木さんを大いに驚かせる。ビクリと肩を震わせた二木さんの顔は、既に真っ赤だった。

 「は、葉留佳ッ!?」

 「お姉ちゃん、今日は怒ってばかりじゃ駄目デスよ。 ほら、リラックスリラックス」

 「いや、ちょ……葉留佳……くすぐった…ッ!」

 後ろから抱きつく葉留佳さんがすりすりと二木さんに擦り寄る姿は、微笑ましかった。無邪気に笑う葉留佳さんと、戸惑いながら顔を耳まで真っ赤にする二木さん。微笑ましいほどの仲良し姉妹が、そこにいた。

 「ほう、これは良いものだ。 葉留佳君、もっと存分にやりたまえ。 ああ、二木女史の恥じらいがもっと見たい」

 「はるちゃんも、かなちゃんも、仲良しさんだねぇ」

 「ひゅー。 ラブラブだね、お二人さん」

 来ヶ谷さんやあーちゃん先輩たちが、仲良し様を披露する姉妹に向けて茶化しの言葉をおくる。ある所からは小さな拍手までおくられていた。

 「葉留佳……ッ、いい加減にしなさ……」

 「おねえちゃんっ」

 「な、なによ……」

 顔を真っ赤にし、葉留佳さんに止めるよう促そうとするが、二木さんは決して強くは拒もうとはしなかった。突然、葉留佳さんの呼びかけに、二木さんは一旦抵抗を止めた。

 「大好き―――だよっ」

 葉留佳さんの言葉に、目を見開いた二木さんの顔は、更に真っ赤だった。

 にこにこと子供っぽい笑顔を浮かべる葉留佳さんに、抱きつかれる二木さんは、赤くした顔を下げて表情を見せない。下を向いてしまった二木さんは、ぽつりと何かを呟いていた。抱き締める葉留佳さんの次に、近くにいた僕だけが、聞こえていたのかもしれない。多分、二木さんはこう言っていた。

 私もよ―――って。

 「折角だから、このまま撮っちまうか。 ほら、こっち見ろ二人とも」

 いつの間にかカメラを手に持った恭介が、くっついている葉留佳さんと二木さんの二人を、レンズ越しに眺めていた。何故カメラを恭介が持っているのか、色々と聞きたいことがあったが、それはすぐにわかった。

 それは―――元々、葉留佳さんの両親が用意していたものだった。

 長らく離れ離れにされていた二人は、アルバムの中で姉妹一緒に映った写真が限りなく少なかった。初めて二人で撮った写真は、あの時、二人が仲直りした時の頃だった。葉留佳さんと仲直りをして、初めて葉留佳さんの家に遊びに来た二木さん。その時、葉留佳さんの両親の提案で、初めて姉妹の写真が撮られた。

 そして今、またこうして姉妹一緒に映った写真がアルバムに一枚、追加されようとしていた。撮る、という言葉に反応して、顔を上げた二木さん。その表情は、え?とまだ赤みを残した、呆けた表情だった。そんな二木さんに抱きついている葉留佳さんはとても無邪気で、ピースしているほど明るい様子だった。

 そんな二人を、カシャリとシャッターを切って撮影するカメラ。恭介の撮った写真は、見事に二人のそれぞれの表情を映していた。突然のことに驚く二木さんと、無邪気な笑顔でピースを掲げる葉留佳さん。

 「うーん、やはりもっとちゃんとしたものの方が良いな。 二木、笑え」

 「あのねえ…いきなり勝手に撮っておいて……」

 呆れて溜息を吐く二木さん。

 でも、その口元は既に柔らかく微笑んでいた。

 それに気付いた恭介が、フ、と微笑を浮かべると、再び二人をカメラのレンズ越しに眺め始めた。

 そして、そのシャッターが押される。

 「お姉ちゃん……」

 「なに? 葉留佳」

 その直前、葉留佳さんがぽつりと二木さんの耳越しに囁いた。

 「―――ずっと、一緒だよっ」

 

 カシャ。

 

 その時、写真に映った二人は、とても幸せそうな、眩しい笑顔を輝かせていた。

  

 これからも、二人の姉妹は一緒に過ごしていく時間が続いていく。

 それは誰にも変えられない。

 彼女たちが、決める。

 

 こうしてずっと姉妹仲良く生きていくこと。

 

 それが彼女たちの――――姉妹の願い。

 

 共に手を取り合い、同じ道を歩むことを恐れず、一歩踏み出していけば―――

 その願いは、どこまでも叶い、未来へと進むことができる。

 そう、どこまでも遠く―――

 

 遥か彼方へと。

 

 




私情により当初の予定から変更し、完結まで一直線に加速した形で更新を実施致しました。
本作は原作本編の佳奈多ルートをベースとしており、オリジナル色が弱い仕様になってしまった点がありました。今回の更新の機会を利用して修正を加えようと試みましたが諸事情により断念し、別サイトにて投稿した当時の文章をそのまま転載した形となりました(言い訳)
ぶっちゃけ沙耶アフターの方もほぼ転載でしたが。

ご愛読ありがとうございました。

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