はるかかなた Sisters' wishes.   作:伊東椋

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11.約束

 賑やかさが沸き立つ会場。家柄にふさわしい場として選ばれた高級ホテルの会場はとても豪華で広く、そしてその広さは卑しい家の人間たちを包み込み、最早ここは奴らの巣窟だ。

 巣と行ってもあながち間違いではない。巣とは“家”であり、子を産み、育てる空間でもある。

 そして私は本家の跡継ぎを産ませるためだけに、ここにいる。隣にいる初対面の婚約者は私を孕むためだけにいる。結婚式と言ったら、世間一般では愛が成熟した男女の華やかしい場として認識されているが、ここは全くと言って良いほど、異なる世界だ。

 三枝や二木家をはじめとする家々の人間たちが互いに祝福し合っている。だが、それは表向きのみの虚偽。その裏は本家と分家の醜い因縁やら何やらが渦巻いている。

 何故、私がここにいるのか。それは私自身が、妹を護るために選んだ道だからだ。

 この家に生を受けた私と葉留佳。理不尽な人生のスタートだったが、ここまで来れたのも、私にとってたった一人の妹の存在がいたからこそだった。

 

 これで葉留佳は救われる。私一人が人柱になれば、全て済む。

 

 これは小さい頃から、ずっと昔から決めていたこと。

 

 ただ、唯一想定していたことと違ったことは、葉留佳と関係を改善できたことかしら。

 あの修学旅行のバス事故が無かったら、私と葉留佳はずっと憎しみ合っていたままで終わっていただろう。

 でも……むしろ、その方が良かったのかもしれない。

 もしそのままこの瞬間まで居られたら、葉留佳は私に気をかける必要もなかったし、それに……

 

 彼に、あんなことを言わせることもなかった。

 

 葉留佳と仲直りし、彼と恋仲になり、大切な人が増えてしまったことで私はその日常に未練がちになり、辛い別れを経験する羽目になってしまった。少なくとも、ヒーローが現れる可能性を作ってしまったことに、私は自分に嘆く。

 私は一人で、誰にも知らないまま、消えていこうとしていたのに……

 いつの間にか、私の周りには大切な人が増えていた。

 そして、無意識の内に私は――――

 

 

 ―――ガシャァァァァァンッッ!!!

 

 会場に響き渡る音。悲鳴。そして、煙幕が張られると同時に舞い降りる幾数の影。

 その影たちが、真っ直ぐに私の方に向かってくる。

 

 「お姉ちゃんッッ!!」

 

 

 突然、会場に襲いかかった光景を目の前に、私は聞き慣れた身うちの声をはっきりと聞いた。

 そして、私に手を伸ばす、彼―――

 

 「二木さん、助けに来たよッ!」

 

 目の前には、ここにはいないはずの二人が私に手を差し伸ばしていた。

 直枝と、葉留佳。

 私の、大切な人―――

 

 「………ッ!」

 

 そして私の身体は、自分でも驚くくらいに、ありえない反応を見せた。

 彼の伸ばされた手を、しっかりと掴む自分の手。

 そして私は彼に手を引かれ、妹に背を押され、その場から駆け出していた。

 

 

 私は一人で消えていこうとした。

 

 でも、そう……私は無意識の内に――――

 

 ヒーローが現れてくれることを、待ち望んでいたんだ―――――

 

 

 

 

 会場への奇襲は大成功だった。ひっそりと息を潜めていた僕らは予定の時刻に合わせて、会場に突撃した。真人の自慢の筋肉が唸りを上げ、混乱の渦を巻きあげるためのちょっとした破壊工作を実行させる。ちょっと過激ではあるかもしれないが、真人の筋肉は大いに役立った。大した事ではなかったが、ちょっとの事で会場は一瞬にしてパニック状態。煙幕で辺りの視界を誤魔化せば、後の二木さん救出は順調に進むことが出来た。

 僕は二木さんの手を引いて、葉留佳さんと三人で会場を飛び出す。

 煙幕が張られた会場から、追手が何人か向かってきたが、すぐに真人の筋肉によって容易く食い止められた。

 「あ、あなたたち……どうしてここにッ!?」

 「その話は後だよ! まずは一刻も早く、ここを出ようッ!」

 「そうデスよ。 お姉ちゃんは黙ってはるちんたちに付いてくれたら良いのデスよッ!」

 「あのねぇ…ッ」

 何か言いたげな二木さんだったが、ウェイディングドレス姿の二木さんには走るので精一杯だったため、それ以上口を開くことはなかった。

 僕はさっきの、二木さんに手を伸ばした時を思い出す。あの時、二木さんは僕たちの登場に驚きながらも、僕の伸ばした手にすぐに返してくれた。やっぱり、二木さんも自分でも知らぬ内に、誰かに助けを乞うていたんだ。

 僕たちが走る目の前を、黒い服を着たサングラスの大人たちが行く手を阻む。

 「うわ、ベタですネ~」

 葉留佳さんが可笑しそうに言う。

 「なんでそんな余裕なのよ…ッ!」

 二木さんは現れた追手を前に、どうするのよと僕たちに視線で訴える。

 でも、余裕になるのは無理もない。何故なら僕たちには―――

 

 心強い仲間たちがいるのだから。

 

 景気の良い音が鳴り響くと、行く手を阻もうとしていた大人たちが次々と倒れていった。そして代わりにそこに立っていたのは、竹刀を手に持った謙吾と古式さんコンビだった。

 「遅いぞ、理樹」

 「謙吾ッ! ありがとう」

 「な、なんで古式さんまで…ッ!?」

 「二木さん……!」

 ここに古式さんまでいることに、二木さんも驚きを隠せないのだろう。色々な意味で驚きを隠せない様子だった。

 「あなたまで、どうして…ッ!」

 「詳しいことは後です。 さぁ、早く着替えてください」

 「え…ッ!?」

 「ここからは私が二木さんになりすまして、囮になります。 その隙に、二木さんは私の制服を着て逃げてください…!」

 「そ、そんなこと……!」

 これは、作戦会議の時に古式さん自身が提案したものだった。

 二木さんを救出した後、指定した地点にて落ち合い、そこで自分が囮役を買って出るという提案だった。その提案に敏感に反応し、反対を表明したのが謙吾だった。囮役は余りにも危険すぎる。大きなリスクを古式さんが買うことに、謙吾は同意しかねたのだ。

 でも、反対を示した謙吾を正面から対峙したのが古式さんだった。古式さんは頑としてこれを譲らなかった。以前まではいつも孤独そうで、唯一謙吾としか話していなかった古式さんが、あそこまで強い意志を表す所を見たのは、初めてだった。弓道を失い、生きがいをなくしていた古式さんの片目には、両目に勝るとも劣らない頑強な強い光が宿っていた。

 ―――それしか、私に出来ることがないから―――

 それが、古式さんが一歩も引かずに譲らなかった時に、言い放った言葉だった。

 弓を引くことも出来なくなり、何の力も持たないか弱い自分が出来ること。古式さんなりに精一杯考えた結論だった。

 そんな古式さんを前に、謙吾はとうとう諦めた。

 ただし、謙吾ははっきりと言った。

 ―――俺も付いていく。お前一人にはやらせない―――

 そうして、古式さんの案は謙吾と共に実行することで皆の賛同を得て採用され、作戦の中に練りこまれた。

 追手が来る前に、真人たちが時間稼ぎをしてくれている。その間に、二木さんと古式さんがそれぞれの衣を交換する準備を始めた。

 倉庫のような一室で、すぐ応援に駆け付けた来ヶ谷さんによって二人の着替えが始まった。葉留佳さんも二人の着替えを手伝っているため、僕と謙吾は部屋の扉の前で、追手が来ないか警戒を強めていた。

 「ねえ、謙吾……」

 「なんだ、理樹」

 扉の前で男二人だけになった空間の中、僕はふと、謙吾に話しかける。ただし、周囲の警戒は怠らずに。

 「場違いではあるかもしれないけど」

 「?」

 「……謙吾は古式さんのこと、好きなの?」

 「ッッ!!?」

 激しく動揺する謙吾。いつも冷静沈着な謙吾が、ここまで動揺するなんて珍しい。

 「り、理樹ッ! お前、いきなり何を言って……」

 「どうなの?」

 「…………ッ」

 僕は謙吾の方に視線を向ける。謙吾は頬を上気させ、ぐ…っと後ずさるような仕草を見せるが、実際はその足は一歩も動いていない。何故なら、僕たちは彼女たちがいる扉の前を守らなければいけないわけだし、ここから一歩も離れるわけにはいかないからだ。

 そして、謙吾にとって、あの少女も扉の先にいるわけで。

 「自分でもこんな時に、こんなことを聞くのはおかしいと思うけど、一応聞いておきたくって」

 「……………」

 謙吾は僕の視線から逸らそうとするが、やがて思い止まるように、自分の視線を泳がせることも止め、まっすぐに僕の視線に絡んできた時は、意を決するように口を開いた。

 「そうだと、したら?」

 「別に、驚かないよ」

 「……………」

 謙吾は僕から視線を外し、上を仰いだ。少し顎を上げた程度だが、その目は遠い空を見ているかのような瞳だった。

 「少なくとも、俺は古式に対して、友情以上の気持ちを抱いていることに関しては否定できない。 俺は、古式の生きがいになろうとした。 何故なら、古式が片方の光を失い、弓道という夢を棄てざるを得なくなった時、あいつの生きる理由がなくなってしまったからだ。 古式自身も、弓道が自分の生きる全てだと俺にはっきりと言った」

 「……………」

 「俺は古式の話相手になっていくうちに、古式のことを知るようになった。 そして、だからこそわかった。 弓道という生きがいを失くした古式には、新たな生きる理由が必要だと。 でないと、古式はまた、絶望して自ら命を投げ出すような行為を取るおそれがあったからだ」

 事故で片目の視力を失い、弓道が出来なくなってしまった古式さん。彼女にとって、弓道は自分自身でもあった。しかし、それを失ったことにより、彼女は生きる意味を失い、寂しすぎる孤独と絶望を得た。

 そんな古式さんの話相手になるよう頼まれたのが、謙吾だった。弓道の古式さん、剣道の謙吾にとって、二人の間には何かしらの共通点があった。それを二人自身も、お互いに理解したからこそ、二人の関係は続いた。

 だけど、古式さんの弓道に対する絶望を拭えるわけではなく、何度か古式さんは自殺をするようなことをしては、よく学校から家に戻されていた。その中で、危うく死んでしまう所を、謙吾が救ったこともあった。

 それをきっかけに、二人の間はますます切っても切ることはできないようになった。謙吾は、自分が古式さんの生きがいになることで、古式さんを助けようとした。

 それは、謙吾が古式さんに対して、自分の気持ちに気付いたからこそ、決断できたものだった。

 「理樹、前に校門前でお前と出くわしたことがあっただろう」

 「二木さんとのデートの時だね。 謙吾も、古式さんと一緒に……」

 「そうだ。 あの時は無様な所を見せてしまったが、今言おう。 あれはお前の思っていたことと間違っていない、と」

 「やっぱり……」

 「あれは古式の方が誘ってくれたものだったんだがな。 だが恥ずかしいことに、どこか嬉しく思ってしまった自分もいた。 そこでようやく、俺が古式の生きがいになるための一歩となったと、浮かれてしまうほどにな」

 「きっと、古式さんもとっくに、謙吾と同じだと思うよ」

 「……だといいがな」

 「謙吾」

 「なんだ、理樹」

 「ここからは、お互いにそれぞれの大事な人を必ず守り抜いていこう。 男と男の約束、ってことでどうかな」

 僕の言葉に、謙吾は目を丸くしていた。

 そして、フッとその口元を緩ませる。

 「まさか、理樹と男と男の約束が出来るとはな」

 「それ、どういう意味かな……」

 「良いだろう。 勿論、約束しよう。 ただし理樹。 お前も必ず守れ」

 「うん」

 僕と謙吾は、お互いの大事な人のために、それぞれ守り抜くことを誓い合った。

 親指を上げ、お互いの拳をコツンとぶつける。

 それと同時に、遂に扉が開かれた。

 「待たせたな、紳士諸君。 二人の花嫁の登場だ」

 顔を出した来ヶ谷さんが、開いた扉の奥から二人の少女を招く。

 僕、そして謙吾が、つい感嘆の溜息を漏らしていた。

 ウェイディングドレスを身に纏った、古式さん。いつも結んでいた髪を背中まで降ろし、いつもと違う雰囲気を更に醸し出している。正に、絶品の花嫁姿だった。

 その隣には、古式さんの制服を着た二木さん。学園の制服だから、姿は学園にいる普段と特に変わらないが、髪を結び、古式さんヘアスタイルとなっている。用意された眼帯を付け、なんだかこれはこれでいつもと違う二木さんが見れて、僕の心臓が妙にときめく。

 「見惚れている場合か? 男ども」

 「「ッ!」」

 ハッと我に返る僕と謙吾。

 その目の前には、顔を赤くしてそれぞれ恥ずかしそうにしている二木さんと古式さん、そしてニヤニヤしている来ヶ谷さんと葉留佳さんがいた。

 「直枝…ッ! こんな時に……」

 「ご、ごめん二木さん…!」

 「あ、あまり見られると……は、恥ずかしいです……」

 「む、いや……す、すまん……」

 「なんだか見てる方も恥ずかしい空間が広がっているが、そろそろ本気で急がないと、間に合わなくなるぞ?」

 来ヶ谷さんの発言に、僕たち四人は一斉に今の状況を思い出す。

 「ではここからは別行動だな。 俺と古式がなんとか引きつけるから、理樹たちは予定通りに行け」

 「わかったよ、謙吾」

 僕が頷くと、謙吾も微笑を浮かべて頷く。

 「よし。 行くぞ、古式」

 「は、はい…ッ!」

 「安心しろ。 必ず、守ってみせるから」

 「……信じています…ッ」

 竹刀を手に持った謙吾と、ウェイディングドレス姿の古式さんが動きにくそうにしながらも、謙吾に支えられながら懸命に駆け出す。その背中に、僕は投げかける。

 「謙吾ッ! 気を付けてッ!」

 僕の言葉に、謙吾が走りながら、背を向けたまま腕を上げてくれた。

 そうして、謙吾と古式さんの二人は追手がいる方へと向かった。

 「僕たちも行こう」

 「ええ……」

 「急ごう、理樹くん、お姉ちゃん!」

 「ゴールは、もうすぐだと思えば良い」

 僕と二木さん、そして葉留佳さんと来ヶ谷さんも続く。

 僕たちは予定通りの道へと駆け抜ける。それは僕たちのゴールへの道。謙吾と古式さんの向かった方向から聞こえてきた喧騒を背に、僕たちはみんなのゴールへと駆け出した。


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