うさぎ帝国   作:羽毛布団

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ココアちゃあああああああああああああん!!!



……さて、土下座の準備はできております。更新が遅れたこと、深く、深くお詫び申し上げます。筆者の諸々の醜い見るに堪えない言い訳がご所望の方々は、是非活動報告にも目を通して頂ければ、と思います。

書きたいことは色々ありますが、全て後書きへ回しましょう。それでは第何話かすっかり忘れましたが、どうぞ。


ココアの幸せな日常

 ──足が酷く重い。

 

 全身から滝の様な汗を滴らせながら、しかし汗を拭うわけにもいかない。心臓は早鐘の如く鼓動を刻み、足りない酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す。今すぐにでも倒れ込んで休息したい欲に駆られるが、それでもこの八大地獄から逃れる術は、逸早く目的を遂行するしかない。逃避を希う身体に鞭を打ち、僕は只管に震える足を前へ進める。

 周囲を見渡し『アレ』が居ないことを確認。遮蔽物を利用し、出来るだけ一目に付かない場所を通る。

 

 ──今、どのくらい歩いた? あとどれくらい耐えれば、僕は帰れるんだ?

 

 自問が心を侵す。それは不安と疑心という楔になって、僕の足を絡め取る。一度それに溺れて仕舞えば、底なし沼のように、あとはずぶずぶと沈んで行く。そしてそれは、致命的な油断へと繋がる──。

 

「────ッ!」

 

 背後の茂みが揺れ、その音が聞こえた瞬間、僕は反射的に振り返った。

 しかし、そこに居たのは真っ白い小さな子うさぎ。純真無垢な瞳が僕を射抜いた。

 思わず安堵の息が漏れた。僕は少し気を緩めて、子うさぎを観察する。よく見れば子うさぎは不安そうに僕を見上げている……迷子だろうか?

 

「……ほら、おいで」

 

 僕が声を掛けると、うさぎはちょこちょこと跳ねながら近付いてきた。悶える程に愛くるしいが、今はそれに浸っている場合ではない。

 足元にまで寄ってきたうさぎを持ち上げる。今抱いてしまうのは少々まずいので、ティッピー宜しく頭の上にでも乗せて仕舞おうか。子うさぎが嫌がらなければ、それもいいかも知れな──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上白さーん! ぜひ、ぜひ私の次回作『女装少年サーカス団』を執筆する為のインタビューを──!」

 

「うぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 今此処に、僕の男子としての尊厳を賭けた鬼ごっこが始まった──。

 

 

 

 

 

 

 

 □□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

「……で、女装が趣味だと勘違いしたお前の知り合いが追いかけてきたから、それを振り切る為に全速力で逃げ回って、そんなボロボロの格好で帰ってきたのか?」

「ぜぇ……ぜぇ…………ああ、うん、それで合って、る……」

「上白くん大丈夫? すごくしんどそうだよ?」

「お水飲みますか?」

「……大丈夫、心配しないで。お水は……貰おうかな」

 

 ああ、天国は此処に在った──。

 

 ……茶番はさて置いて、僕は今ラビットハウスの入り口で、膝に手を突き、頭を垂れながら息を整えている最中だった。なんとかアレ──青山さんを撒いた僕は、命辛々ラビットハウスへ飛び込んだのだ。お陰で全身汗だく、借りている服はびしょ濡れである。

 そもそも事の発端は、この香風家で暫くの間ご厄介になる為、公園に置きっ放しだった僕の全資産を回収しに行くことだった。しかし、あろう事か僕は借りっ放しの寝間着(女性用)のまま外出。公園でうさぎ達に指摘されて漸く気がつくも、今更戻ったところで二度手間になるだけ。仕方なく荷物を纏め、羞恥に耐えながら引き返そうとしたところで、青山さんが通り掛かる。

 そして──非常に迷惑な事に、僕の姿を見て作家魂が刺激されたのか、ぜひ取材させて欲しいと詰め寄られる。当然拒否するも、青山さんは見掛けによらず諦めが悪く、遂には謎の追いかけっこが勃発してしまったというわけで……改めて思い返してみれば、なんとも下らない。各所を女装で走り回ったことにもなるし、もういっそのこと死にたい。

 

「上白くんを追いかけてたのって、どんな人?」

「いや、あれは人じゃない。どっちかっていうと妖怪青ブルマ……」

「あおぶるま?」

「……いや、なんでもない。気にしないでココアちゃん。そういえば、シャロちゃんと千夜ちゃんは?」

「上白さん、お水です。お二人は帰りましたよ」

 

 チノちゃんから貰った水を、僕は一気に飲み干す。適度に冷えた水が喉を通り、全身にじわりと冷冽(れいれつ)な感覚が広がっていく。

 ……千夜ちゃんとシャロちゃんにまで失態を見られなくてよかった。特に千夜ちゃんは、無自覚に此方の精神を抉る言葉を言う節があるから、本当によかった。シャロちゃんは、十中八九バイトにでも向かったのだろう。健気だ。彼女は是非報われて欲しい。

 

「それで、その子うさぎはどうしたんですか?」

「あー、逃げながら親うさぎを探したよ。うさぎの頼みは何より優先だからね」

「なんというか、上白らしいな」

 

 リゼが呆れたように笑う。釣られて、僕の顔にも自然と笑みが浮かんだ。逃げている最中こそ生きた心地はしなかったものの、こうして生還した後は笑い話として消化できる程の余裕が戻ってきたのだ。何か大切なことを忘れている気がするが、気の所為に違いない。

 

「なんだかどっと疲れがでてきちゃった……」

「とにかく、そのままでは風邪を引いてしまいますので、シャワーでも浴びていって下さい。服はもう乾いてると思いますので」

「そうだね、ありがとうチノちゃん……あっ、そういえば。服汚しちゃってごめんね? お母さんのだったっけ?」

「構いませんよ。洗えば済むことです」

 

 チノちゃんに勧められて、のろのろとした足取りで脱衣所へと向かう。これでやっと男物の服を着られると思うと、何か感慨深いものが心の奥底から込み上げてくる。ちなみに、女物の服にはこれっぽっちの未練もない。ないったらない。

 

「……あれ?」

「ん? どうしたココア?」

 

 と、何やら疑問の声を上げたココアちゃんが、僕の方を見詰めている。どうしたのだろうか?

 

「さっき上白くんが言っていた人には何も言わずに逃げたんだよね? じゃあ次に会った時もまた追いかけられるんじゃ……」

「たすけて」

 

 泣いた。僕は膝から崩れ落ち、顔を両掌で覆ってさめざめと泣いた──。

 

 

 

 

 

 

 □□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 シャワーを浴びて汗を流し、大した量は無い荷物の荷解きを終え、僕は椅子に深々と腰をかけた。大事なことなので明言しておくが、服は既に男物だ。借りた服は丁重に畳んで洗濯物かごの中へ入れておいた。

 現在僕は、香風家にある空き部屋を使わせて貰っている。前回泊まった時に借りた部屋と同じところである。一つ息を吐くと、背凭れに体重を掛け、天井を仰ぎ見る。

 

 ──なんか、色々あったなぁ……。

 

 ココアちゃん達に僕の生活のことがバレて、みんなでお泊まり会をして、何故か僕も一緒に寝ることになって、なんやかんやでチノちゃんの家にお世話になることになって、寝間着のまま外に出るなんてヘマをやらかして、青山さんに追いかけられて……最後は余計か。

 兎に角、これで僕を取り巻く環境は大きく変化することになる。具体的には、野宿生活を止めて居候になるのだ。僕一人じゃとても返せない、大きな恩を抱えてしまうということになる。

 

 ……それが少々、僕には怖かった。

 

 

 

 

 

「上白くーん、お昼ご飯もうすぐだよ!」

 

 

 その時、破裂せんばかりの勢いで扉を開けて入ってきたのは、エプロン姿のココアちゃんだった。突然の闖入(ちんにゅう)者に驚愕しながらも、僕はココアちゃんに笑みを向けて返事を紡ぐ。

 

「ありがとうココアちゃん。わざわざ来てくれなくても、そろそろ行こうと思ってたところだよ」

「あれ、そうだったの? ……あ、そうだ! 折角だし、ちょっとお話しよっ」

 

 そう言うと、彼女は扉のすぐ近くに鎮座しているベッドの上に腰掛けた。年頃の少女として、仮部屋とはいえ男子の部屋でその対応は不味いのではないのか、と無性にツッコミを入れたくなるが、相手がココアちゃんなので何も言わない。どうせ特に何も考えていないからだ。気にしてはいけない。

 

「それで、話って?」

「上白くんって、兄弟姉妹はいるの?」

「……またいきなりな質問だね。僕は一人っ子だよ」

「やっぱりそうなんだ!」

 

 我が意を得たり、とばかりに顔を輝かせるココアちゃん。一体何がそんなに嬉しいのか──。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、これからは私のことをお姉ちゃんと思ってくれていいよ!」

 

 

 実に自信満々に、見事なドヤ顔でそんな世迷い言を言い放った。

 

 

 

「…………」

「……」

「……………………」

「……あれ?」

 

 あれ? じゃねえよ。思いっきり頭を抱えたい気分だった。一体何がどうなったらそんな結論になるんだ。

 ……まあ、取り敢えず話を聞いてみないことには解らない。心中で溜息を吐き、僕は意を決して口を開いた。

 

「ココアちゃん。言ってることがちょっとよくわからないんだけど……どういうことなの?」

「それはねー……上白くんは、今日からラビットハウス(うち)に住むんだよね?」

「まあ、そうなるね」

「じゃあ、私達は家族も同然! 私より後に来たから、上白くんは私の弟だねっ」

「うん…………いや、うん?」

 

 ……なんだそれは。異議しか湧いてこない。

 

「色々言いたいことはあるんだけど、ココアちゃん。まず僕の方が年上なんだけど……」

「私、凄く妹が欲しかったけど、同じくらい弟も欲しかったんだ!」

「せめて話は聞いてっ!」

 

 駄目だ……! 完全に自分の世界に入ってしまっていて、此方の理屈が通じない……!

 そもそも、その理論でいくとココアちゃんはチノちゃんの妹になるんじゃないのか。そのことに気付いてないのかな。まあ気付いてないんだろうなぁ。

 ココアちゃんは暫くふわふわと何かを語っていたが、僕がジト目でその様を眺めていることに気がつくと、後頭部を掻きながら照れたようにはにかんだ。

 

「えへへ、上白くん、家族と離れ離れになっちゃって寂しいかなーって思って……」

「……」

 

 ココアちゃんの言葉を受けて、僕は面喰らう。彼女は彼女なりに、僕のことを心配してくれていたのだ。発言があれだったとしても、その配慮は純粋に嬉しく、心がじんわりと温まるような感覚を覚えた。

 でも、それならそれで「一緒に住むんだから家族みたいなものだ」くらいの言葉で十分なのに、態々お姉ちゃんを気取るあたり、ココアちゃんらしいというか……本心から出た言葉じゃないことを祈ろう。

 

「ココアちゃん、気持ちは嬉しいけど、お姉ちゃん云々は流石に冗談だよね?」

「冗、談? 私冗談なんか言ってないよ?」

「あ、はい」

 

 本心かい。

 

「さあ、私をお姉ちゃんだと思ってなんでも相談してくれていいんだよ!!」

 

 意気揚々と胸を張るココアちゃん。これは拒否しても引き下がらなさそうな勢いだ。

 ──仕方ない。一先ず、満足するまで付き合ってあげよう。漏れ出そうな苦笑を抑えながら、僕は口を開いた。

 

「じゃあココアちゃん──」

「お姉ちゃんって呼んで!」

「……ココアちゃ」

「お姉ちゃんって呼んで!」

「…………コ」

「お姉ちゃんって呼んで!!」

 

 

 ──ああ、僕これ知ってる。無限ループってやつだ。怖いよね。

 

 ……なんて現実逃避をしている場合じゃない。これはいよいよお姉ちゃん呼びを強要させられそうな流れだ。ていうか、僕が折れる以外に選択肢無くね?

 心に芽生える諦観。もう別にいいか、減るもんじゃないし──と、そこまで考え至ったところで、僕はあるものに気が付いて、思わず口元を引き攣らせた。

 

「こ、ココアちゃん……」

「だから、お姉ちゃんって──」

「じゃあお姉ちゃん、後ろ後ろ」

「うん、上白くんはチノちゃんと違って素直に言ってくれたねっ。お姉ちゃん嬉しい──で、後ろ?」

 

 くるり、とココアちゃんが振り返った。

 

 

 

 其処には、頬を見事にぷっくりと膨らませたチノちゃんがいらっしゃった。

 

 

「ココアさん」

 

 

 抑揚の無い声が響く。漸く事態に気が付いたココアちゃんは、(さなが)ら浮気がばれた亭主の如く慌てふためいている。

 

「あ、チノちゃんこれは──」

「もうココアさんなんか知りませんっ。どうせココアさんはお姉ちゃんが出来れば誰でもいいんですっ。素直じゃない私と違う妹でも弟でも勝手につくればいいじゃないですかっ」

 

 なんとも可愛らしい捨て科白を残して、チノちゃんはトタトタと部屋を出てしまった。残された僕とココアちゃんの間に沈黙の(とばり)が落ちる。

 先にその沈黙を破ったのは、案の定というか、顔面を蒼白にしたココアちゃんだった。

 

「ど、どうしよう上白くん!? チノちゃんが拗ねちゃった!」

「追いかけて謝りに行きなよ」

「で、でも、何て言えば許してくれるかな……」

「私の妹はチノちゃんだけだよー、チノちゃんは特別だよー、とかでいいんじゃない?」

「行ってくる!」

 

 言うや否や、ココアちゃんは色々叫びながら部屋を駆け出て行った。

 再び部屋に戻る静寂。扉の向こうからは、僅かに女の子二人の喧騒が顔を出している。

 

「……お姉ちゃんってより、世話の焼ける妹だよなぁ」

 

 ポツリと呟いた声は、静寂に吸い込まれるようにして消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 □□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

「「「いただきます」」」

 

 ココアちゃん、チノちゃん、僕の三人で食卓を囲む。タカヒロさんは一人(と一匹)で喫茶店の仕事に出ているようで、彼の姿は無い。そして僕たち未成年組の仕事は、本日はお休みらしい。配慮してもらったのかと思ったが、今日は前々から休みにする予定だったようだ。

 昼食のメニューは、ハンバーグに付け合わせの野菜が数種類。後はご飯とお味噌汁、という無難なラインナップだ。余談だが、ハンバーグの仕込みはタカヒロさんがしたらしい。もうあの人なんでもできるんじゃないかな。

 

「チノちゃん、野菜もちゃんと食べなきゃ駄目だよ!」

「ココアさんも少し残してませんか?」

「 そ、そんなことないよ! ほら、アスパラもちゃん食べて!」

「ココアさんこそ、人参をちゃんと食べてください。私のをあげますから」

 

 ココアちゃんはチノちゃんの機嫌をなんとか直すことに成功したようで、仲睦まじく(?)喋っている。お互い自分の嫌いな野菜を押し付けようとしている辺り、なんとも子供らしくて微笑ましい。

 そんな光景を眺めながら、僕も自分の食事に手を付ける。アスパラを切り分けては口へ運び、人参を刺しては口へ運び。あ、このハンバーグ美味しい。

 

 ──と、フォークで刺した野菜を突き付け合っていた二人の視線が、いつの間にか此方に向いていた。

 いや、正確には、僕の皿上の──目減りしたアスパラと人参を、それぞれ見詰めている。

 

 じわり、と視線が僕の顔へと移っていく。

 

 

 それぞれ、獲物の矛先を変えていく。自称姉から、親愛なる妹分から──僕の方へと。

 ココアちゃんは満面に笑みを浮かべて、チノちゃんはあざと可愛らしく小首を傾げて。それぞれの嫌いなものを差し出した。

 

 

 

 

「「お兄ちゃん、食べて?(食べてください)」」

 

 

 

 

 ああ、妹を持つとはきっとこういうことなのかな──なんて、そんなことを考えながら、僕は咀嚼していたご飯を嚥下して、にっこりと笑った。

 

 

 

「ダメ。好き嫌いせずちゃんと食べなさい」

 

 




これはひどい。青山先生ごめんなさい。

……さて、謝罪も済んだところで、改めて。更新が遅れたこと、本当に申し訳御座いませんでした。そして、ここまでの読了有難うございます。

ごちうさ第二期放送、四巻発売決定おめでとうございます。次話投稿の合間に色々イベントがあったようで、嬉しいやら忙しいやら……後半は自己責任ですが。
今後の更新については、いつも通りのんびりやっていく形になります。今回のように長期間の間を空けることの無いよう、努力致しますので、何卒宜しくお願い致します。

今回は珍しいココアちゃんターン。同居ということで、当然彼女の出番も増えます。ココアちゃんファンの皆様、お待たせしました(?)。ココアちゃんをお姉ちゃんと呼びたい人生でした。


それでは、次話でお会いしましょう。毎度のことながら、誤字脱字質問意見批評(ついでに感想)などありましたら、是非ご指摘下さい。さあ、今度は失踪紛いの事は致しません。フラグなんかじゃあないですからね? ……ね?

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