そして拙作なんかを待ち侘びて下さった読者の方がもしいらっしゃるのなら、長らくお待たせしてしまい誠に申し訳御座いませんでした。これより活動再開致します。以前のペースで書き続けるのは厳しいかもしれませんが、なるべく早く書き上げるよう尽力致します故、何卒……!
感想や評価、推薦の類はきちんと確認しているつもりですが、この場でもう一度お礼申し上げたいと思います。モチベーション回復源は全て皆様の声なのですよー!本当に有難う御座います!!
そして、ごちうさ二期がやってきましたね! これでこころぴょんぴょんできるよ!
嬉しい限りなのですが、私としては早急に単行本四巻も発売して欲しいところです。読まないと細かい設定がわからない……ッ!
では、第何話かもう忘れましたが、本編をどうぞ。
「……ん」
意識が浮上する。靄に覆われたように不明瞭だった視界が、徐々に判然としていく。
普段と違って全身を柔らかさと暖かさが包み込んでいる事態に脳が多少の違和感を覚えるが、それはひとまず無視して身を起こした。
まだ十全でない思考回路を精一杯に働かせながら、僕は首を動かして周囲を回視する。閉め切られたカーテンから陽の光が漏れており、僅かに室内へ差し込んでいる。壁面に設置してある時計を見やれば、時刻は午前の5時丁度を指していた。
全身に纏わりつく倦怠感と眠気を振り払おうと、腕を挙げ伸びをしようとしたところで──右腕が固定されていることに気が付く。
「……」
視線を向けると、想像通りチノちゃんが僕の右手を掴んでいた。起こしてしまっては悪いので、振り払うことはしない。僕は持ち上げた左手をそっと下ろした。
床に敷いてある布団の方を見やれば、まだ自分を除いて誰も起きていないようで、皆静かに布団で寝息を立て──。
「うわぁ……」
……思わず声が出た。何を隠そう、リゼと同じ布団に居る筈のココアちゃんがそこには居らず、何故か扉の付近に移動している。加えて、ココアちゃんの体勢が凄い。正座状態から前のめりに倒れたかのような、そんな無茶苦茶な姿で気持ち良さそうに寝ているのだ。土下座でもしているみたいなので、土下座寝とでも名付けておく。
──見なかったことにしておこう。
そう心に決め、欠伸を噛み殺しながら僕は天井を見上げた。最早再び眠りに就く程の眠気は残っていない。かといってすぐ側で就寝中の彼女たちを起こすのも気が引ける。
とりあえず、昨日の話をどうにか上手く凌げないかな──そんなことを考えながら、いたずらに時間を費やしていくのだった。
□□□□□□□□□□
「──おはようございます」
「おはようチノちゃん」
意外にも、一番早く目を覚ましたのはチノちゃんだった。喫茶店マスターの娘だけあって、朝はしっかり起床できるようだ。最年少なのに偉い。
僕の手をずっと握っていたことに関しては、特に反応は無かった。繋がれた手と手を見ても眉一つ動かさなかったところに鑑みると、嫌だったわけではないらしい。いや、そう思いたいところだ。決して寝ぼけていたわけではないだろう。
「みなさん、おはようございます」
「おはようチノちゃん。今日は晴れて良かったわね」
次いで目覚めたのは千夜ちゃん。チノちゃんがカーテンを開けて、朝日が部屋に差し込んだ途端に目を覚ました。寝起きは良い方なのだろうか。
そして次に夢から覚めたのはシャロちゃん。隣の千夜ちゃんが起きたのに触発されたのだろう。
「ふふ、シャロちゃん寝言で『今日は特売なのー』って──」
「い、いいいい言ってない言ってない! っていうか言っててもここでそんなこと言うなー!」
……時間があれば、特売付き合ってあげよう。
で、この騒ぎで覚醒したのがリゼ。眠そうに瞼を擦っている。どうやら寝不足のご様子だ。いつぞやも眠れないとか言ってたし、寝付きが悪いのかもしれない。
「あれ? ココアは……!?」
起きてすぐ、隣にココアちゃんが居ないことに目ざとく気が付いたリゼが周囲を見回し、ドアの前で土下座寝(僕命名)しているココアちゃんを発見、驚愕の表情を浮かべる。残りの皆も同様だ。千夜ちゃんだけは微笑ましそうに笑ってるけど。
「なんであんな場所に……しかも、どうやったらあんな姿で寝れるんだ」
「……ほふく前進の夢でも見ているんだと思います」
チノちゃんがなんでもないように答える。もしかして、ココアちゃんの寝相は毎回こんななのだろうか。
とにかく、幸せそうに寝息を立てているココアちゃんを僕達は複雑な目で見つめていたのだった。
□□□□□□□□□□
──そして四半刻後。
「みんなおはよー!」
「ああうん……おはようココアちゃん」
目覚めスッキリ、といったご様子で笑顔を振りまくココアちゃん……なのだが、僕を含めたほぼ全員納得がいかない表情である。
その理由は簡単──。
「なあココア。お前……どうしてそこで寝てるんだ?」
恐る恐るリゼが尋ねる。聞かれた本人は意図が理解出来ず首を傾げている。
そして困惑顔のまま、ココアちゃんが口を開いた。
「布団で寝たんだから、布団にいるのは当たり前でしょ?」
「納得できないっ!」
「そうだそうだ! つい五分前まで変なポーズで寝てたくせに、どうやって戻った!?」
「実は起きてたんじゃないでしょうねっ!?」
「えっ? どういうこと?」
僕、リゼ、シャロちゃんの怒涛のツッコミに、ココアちゃんは益々困惑を深めるばかりだ。
しかし、これではあんまりじゃないか……! たった五分、二階から一階に下りて戻ってきただけの時間で、ドアの前で土下座寝していたココアちゃんが布団に──しかもご丁寧にきちんと布団まで被った仰向けの状態で眠っているなんて……!
「流石はココアちゃんね! 私にも教えてほしいくらいだわ!」
尚、一名のみ感動して目を輝かせているのだが、彼女はココアちゃんと波長が近い為か僕たち常識人組との共感は得られなかったらしい。
「……あれ? そういえば、チノちゃんは?」
少しの間可愛らしく頭を捻っていたココアちゃんだが、部屋にいる人数に違和感を覚えたらしく、そんな問いを投げてくる。
「チノなら朝ご飯を用意するって言って、一階で作業中だ」
「ええっ!? 私昨日の朝チノちゃんと一緒にお料理作りたいって言ったのにー!?」
「なら起きてやれよ……」
全くリゼの言う通りである。
「こうしちゃいられないっ! 急いでチノちゃんの所へ行かなくちゃ!」
「頑張って、ココアちゃん!」
「ありがとう千夜ちゃん! 私頑張るよ!」
「……なんでもいいけど、早く行ってあげなさいよ」
シャロちゃんに指摘され、ココアちゃんは慌てて部屋を飛び出していく。そんな彼女の様子を見届け、あの様子だと朝食までに一悶着ありそうだ──そんな他愛ない話をしながら、僕たち四人はまったりとした時間を過ごしていた。
ちなみに、千夜ちゃんが一番年下に朝餉の用意を任せっきりにしていたことに気が付き、部屋になんとも言えない空気が流れることになるのだが、それはまた別の話である──。
「それでは、手を合わせて──」
「「「「「「いただきます」」」」」」
朝食の時間。六人分の朝食を前に、六通りの声が重なる。
今朝のメニューは目玉焼きにベーコン、サラダの盛り合わせ、更にご飯と味噌汁、といった洋食なのか和食なのかよく分からない組み合わせである。味噌汁の方はチノちゃんが、洋食分はその父であるタカヒロさんが用意してくれたらしい。
ところでココアちゃんは何をしていたのか尋ねたところ「ご飯をよそったよ」とのお返事を頂きました。彼女には、そのままの彼女でいて欲しいと切に願う。
「ココアは料理出来るのか?」
「決して苦手ではないと思うんですが、肝心なところで失敗してしまうことが多いので……」
「あっ、チノちゃんそれ言っちゃダメー!」
「うう……貴重な炭水化物にタンパク質……」
「シャロちゃん、普段食べ慣れてないからってあんまり食べ過ぎてお腹壊さないようにね?」
「あんたは余計な気を使わなくていいのよっ!」
──などと、騒がしい朝食の時間も終了し、今現在は食後のコーヒー(シャロちゃんは紅茶、千夜ちゃんは緑茶)で喉を潤している最中である。
「皆、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」
いつものダンディなスマイルを浮かべつつ、タカヒロさんが給仕を務めている。うさぎのエプロン姿も妙に似合っているし、この人は本当なんでも出来る……な?
────うさぎ?
「──しまった!」
唐突に、僕が叫び声を上げた。驚いて固まる女の子たち。しかし、彼女たちに配慮している余裕は、今の僕には一片たりとも存在していなかった。
「どうした!? 敵襲か!?」
「何か問題でもありましたか?」
リゼの頓珍漢な反応も、チノちゃんの気遣わしげな声も今は耳に入ってこない。各々が心配そうに僕の様子を窺っている中、僕は震える手で顔を覆った。
「もう一日以上
周囲の視線が一気に白けた。
「ああ、こうしちゃいられない! 急いで公園に、麗しきエデンの園に──!」
「落ち着かんかッ!」
「もふっ!?」
タックルを仕掛けた張本兎であるティッピーは僕の腹の上に着地すると、ぴょんぴょんと飛び跳ねて何事かを喚きながら怒っている。地味に重いからやめてほしい。
なんとか起き上がり、椅子もきちんと元に戻して腰を下ろす。ティッピーは器用に椅子をよじ登って、テーブルの上へと飛び乗った。もう何者だよこいつ。
「お主の住む場所の話はどうしたのじゃ!」
「「「!」」」
相変わらずの渋い声でティッピーがそう口にしたその瞬間、三人の子たちがピクリと反応を示した。
「上白さん! ラビットハウスで一緒に働きましょう!」
「うちに来い上白! CQCを教えてやれるぞ! 秘蔵の銃器コレクションも見せてやる!」
「上白君……私と一緒に、甘兎の看板娘として、世界を獲りましょう?」
「最後は絶対おかしいよね!?」
どうしてその謳い文句で来てくれると思ったのか、甚だ疑問である。
シャロちゃんはこの不毛な競争に参加する気は毛頭ないようで、静観を決め込んでいる。ついでにココアちゃんは手を上げてチノちゃんを応援しているだけだった。
「……」
チラリ、と机上のティッピーを盗み見る。この状況を作り出した張本人であるが、どうやら意見を挟む予定はないらしい。
──僕の見立てでは、ティッピーはチノちゃんの保護者のような立ち位置であると踏んでいる。理由は色々あるが、それはティッピーを『腹話術によって喋るように見える兎』ではなく、『意思を持つ個人』として認識すれば簡単に導き出せる答えだ。
そのティッピーが状況を黙認しているのならば、僕がラビットハウスへその身を置くことは、チノちゃんの父親であるタカヒロさんも許可を出している──その可能性も高い。
──だが、もう一人はどうだろうか?
「……ねえ、リゼ」
「どうした? 遊び道具なら沢山用意してあるぞ?」
期待に瞳を輝かせて、リゼは言う。それは敢えて無視して、僕は口を開いた。
「僕が君の家に泊まる許可はとってある、前にそう言ってたよね?」
「ああ、親父にはちゃんと話を通しておいたからな」
自信満々にそう返答するリゼ。だが恐らく彼女は、彼女の父親に大切なことを伝え忘れている──。
「……君、僕が男だって紹介したの?」
リゼがピタリと動きを止めた。
──少し考えれば解ることである。幾ら捏造した僕の境遇をそのまま伝えたとはいえ、年頃の娘を持つ父親が何処の馬の骨とも分からない男を簡単に住まわせるわけがないのだ。それをするにしても、まずは為人を確認してからだろう。よって、彼女は僕のことを『単なる友達』と説明し、その性別に関してまでは触れていないことが窺える。
指摘を受けたリゼは無言だ。十中八九図星の反応である。
「上白……」
「……」
「……今日からお前は、女だ。いいな?」
「落ち着けよ」
どうやら彼女は動揺して現実が見えてないようだ。そうだと信じてる。
ともあれ、この様子では彼女は候補から脱落せざるを得ない。悔しそうな表情を隠そうともしないリゼに、僕はため息を漏らした。
……彼女、恐らく友達を家に招くという経験が乏しかったのだろう。チノちゃんとココアちゃんが仲睦まじく家のあれやこれやについて話していた光景を、羨ましそうに眺めていたのを何度か確認している。
「……まあ、どうなろうとリゼの家に遊びに行くって約束しちゃったからね。別にそこに住まなくたって、ちゃんと遊びには行くさ」
「ほ、本当か!?」
「嘘ついてどうするのさ」
一転して明るさを取り戻す友達の様子に僕は苦笑する。家に誰か誘いたいなら、僕じゃなくて後輩のシャロちゃんとか誘えばいいのに。大変なことになるだろうけど、シャロちゃんが。
「じゃあ、うちか甘兎かの二択になりましたね」
「負けないわよチノちゃん!」
謎の闘志を燃やしている両者だが、取り敢えず千夜ちゃんの方には聞いておかねばならないことがある。
「ねえ、千夜ちゃんの家に話は通して──」
「説得は得意なつもりよ」
「ダメじゃん!」
甘兎どうやら不戦敗のようだ。
その後僕がちゃんと親の許可を貰ってないとダメだと主張したところ、千夜ちゃんは「それなら仕方がないわね」と言って案外あっさり引き下がった。もしかしたら流れに乗りたかっただけなのかも知れない。
そして、千夜ちゃんとリゼの家がダメだとなると、残る行き先はただ一つ。親の了承に関しては、今この場所で問うことができる。
そして、恐らくその答えは──。
「お父さん」
「うん、ちゃんとうちで働いてくれるならお安い御用さ」
チノちゃんの言葉に、その父であるタカヒロさんは笑顔で頷いた。
「やったー! ラビットハウスの勝ちだよ!」
「あんたは別に何もしてないでしょ」
なんの勝負だったのか、嬉しそうにはしゃぐココアちゃんにシャロちゃんが呆れた声でツッコミを入れる。
……しかし、タカヒロさんはやはり大人だった。あの回答じゃ「無償で住居を提供してもらうわけには……」という言い訳が通用しない。まんまと逃げ道を一つ潰されてしまったわけだ。
だがまあ、チノちゃんも反対しなかったし、何故だかココアちゃんまで喜んでいるし、寝床を貸してもらえるのは素直にありがたいし……自立できる目処が立つくらいまでは、観念するしかないか。
「…………お世話になります」
これから食住を共にする人たちへ、深々と頭を下げる。
住まわせて貰う以上は、できるだけ粗相のないように。職務にも今まで以上に励む必要がある。意気込みを胸に顔を上げると、タカヒロさんがどうしてか苦笑しながら手を差し出してくれた。
「こちらこそ、よろしく」
「──はいっ!」
手を取り、固く握手を交わす。大きな手のひらは、今は懐かしい自分の父親の感触を想起させる。
「よかったじゃないか上白。荷物を取りにいかないとな。公園にあるんだろ?」
「そうだね。一度公園に戻らないと……リゼも、いろいろありがとう。ここまでなんとか生活できたのも君のお陰だ。みんなもありがとう」
僕が礼を告げると、皆は恥ずかしそうに視線を彷徨わせたり、やんわりと笑顔を浮かべたり、様々な反応を示してくれた。
話がついたのなら、あとは行動を起こすまで。公園の荷物の件もそうだが、うさぎたちにも別れを告げなければならない。僕がいなくなった後のことは心配だが、公園で生活を始める前も彼らは生を繋げていたのだ。世話を焼く人間が居なくなれば普通に野生へ戻るだけだろう。それに、会いたければ野菜を持って会いに行けばいい話だ。きっと歓迎してくれる。
……失ったうさぎ分は、ティッピーで補充させて貰おう。
「ぬッ!? 寒気が……」
──勘のいいうさぎだ。っていうか喋っていいのか。
「じゃあ、ちょっと公園まで行ってくるよ」
「逃げちゃダメだよ、上白くん。それと、ちょっと待って!」
「僕はうさぎじゃないよココアちゃん……どうしたの?」
公園に向かうため玄関へと足を踏み出そうとしたその矢先、僕を呼び止める声が上がった。出処はココアちゃんだ。
「もし上白くんがラビットハウスに住むことになったら、チノちゃんと一緒に言おうって約束してたんだ!」
「……本当に言うんですか?」
話を聞く限り、ココアちゃんが何か企んでいたらしい。名前を出されたチノちゃんは恥ずかしそうに頬を染めている。
少しの間ひそひそと密談を行う二人。こうして見ると、本当に仲のいい姉妹みたいだ。
相談を終えると、二人は此方へ向き直る。ココアちゃんの顔には満開の笑顔が、チノちゃんの顔には照れが浮かんでいる。
「それじゃ、いくよー!」
──唐突に、ココアちゃんが掛け声を上げた。
「「ラビットハウスへ、ようこそ!」」
──歓迎の言葉は、奇しくもリゼが僕をここへ招いた時のものと同じ言葉だ。それに気が付いたのか、リゼの表情も柔らかいものに変化している。
春が過ぎ、もうじき夏を迎えようとしている季節。ラビットハウスに、住人がまた一人増えたのだった。
おまけ
「上白さん、結局あの格好のまま行っちゃったわね」
「あいつもうあれでいいんじゃないかな」
「看板娘はラビットハウスさんに取られちゃったわ」
「じゃあこれからは三人姉妹だね!」
「…………そうですね」
そんな会話があったとか、なかったとか。ついでに公園で悲鳴が上がったとか上がらなかったとか。合掌。
読了ありがとうございます。改めて、執筆が遅れてしまい申し訳ございませんでした。
なんだか最終回みたいな雰囲気ですが、まだまだ続きます。これからもお付き合い頂ければ幸いです。
そして次回は今まで焦点の当たらなかったあの娘のターン! 原作主人公の力やいかに……!?