さて、今回の話は主人公君覚醒(笑)の回です。どういうことかは、中身を読んで頂ければ理解できるかと。ええ、そうです。いつも通り大したことではございません。
拙作もついに十話。こんなにも沢山のお気に入り、感想を頂き誠に感謝を申し上げます。
これからもよろしければお付き合いお願い致します。
では、第十話。どうぞ。
「ほれ、どんどん食え〜」
短冊状に切り分けた大根を近付けると、一握りの躊躇いもなく差し出したソレを食むもふもふ生物──通称うさぎ。或いは天使。
まだ陽が昇って間もない時間帯。公園には自分とうさぎたちを除いて、誰一人として居らず閑散としている。
そして現在僕は、うさぎに野菜を与えている──否、朝食を共に食べている真っ最中だ。
「ほらほら、そんなにがっつくなって。まだまだ一杯あるよ」
つい先日、タカヒロさんから臨時給与を頂いた。そのお金で以って、こうしてうさぎたちのご飯を賄っているわけだ。
……それにしても、警戒心の欠片も残っていないな。完全にリラックスした状態だ。生来うさぎには懐かれていたが、この街にやってきてから特に顕著になっている気がする。
まあ、嬉しいからいいけど。
「じゃ、そろそろ出勤準備しなきゃなー」
ベンチの陰に隠れて着替える。誰か来た場合はうさぎが教えてくれるので問題はない。
荷物の入ったリュックを背負い、うさぎたちに別れを告げると、僕はラビットハウスへと歩を進めた。
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「みんな、大変なのっ!」
時刻は昼下がり。店内には数名の常連さんのみで、のんびりと業務を遂行している──そんな矢先、千夜ちゃんが血相を変えて飛び込んできた。
「どうしたの!?」
真っ先に反応したのは、ココアちゃん。今日は休日の為、ココアちゃんとチノちゃん、リゼも朝から出勤中である……ちょっとみんな献身的過ぎやしないだろうか。
「それで、何があったの? 千夜ちゃん」
兎に角、話を聞いてみなければ進まない。今だに肩で息をしている千夜ちゃんに、僕は続きを促した。
「お水です」
「……まあ、席に座ったらどうだ?」
チノちゃんが差し出した水を勢い良く飲み干すと、どうやら落ち着いたようで、少しずつ語り始めた。
「今朝、シャロちゃんに会ったのだけれど……」
「千夜ちゃん、シャロちゃんと知り合いだったの?」
ココアちゃんの問いに、千夜ちゃんは首肯した。
「私たち、実は幼馴染なのよ」
──どうやら、シャロちゃんと千夜ちゃんは昔馴染みの関係らしい。それは知らなかった。
……シャロちゃんが苦労してそうだなー、とか思ったのは内緒である。
「それで、今朝こんなものを貰ったんだけど……」
千夜ちゃんが取り出した一枚のチラシ。僕たちは一斉にそれを覗き込んだ。
「きっと、いかがわしいお店で働いているのよっ!!」
そこに書いてあったのは、『心も体も癒します』という意味深なキャッチフレーズと、恐らく店名であろう《fleur du Lapin》の文字。
そして、中央に大きく描かれた、ともすればバニーガールにも見えなくない女性の絵。手にはお盆を持っている。
「怖くて本人に聞けない!」
身体をわなわなと震わせ、動揺を隠し切れない様子の千夜ちゃん。それを受け、珍しく焦った表情のココアちゃん、チノちゃん。
「……フルール・ド・ラパンって、広告で釣ってるけど実際はただの喫茶店だったような気がするんだが」
リゼの呟きは、僕を除いて誰にも聞き届けられる事なく虚空へと消えていった。
「どうやって止めたらいいのかしら……」
どうやら本当に信じ切っているらしく、いつになく真剣な顔で悩んでいる千夜ちゃん。
そこで何を思ったのか、唐突にココアちゃんが呟いた。
「──バイトが終わったらみんなで行ってみない?」
その言葉を受け、千夜ちゃんの目に光が戻る。希望を見出したようだ。
まあ、行けば誤解も解けるだろう──そう単純に物事を考えていた僕が甘かった。
「……つまり、潜入ですね」
チノちゃんが何気無く口に出した、潜入──その言葉に、リゼは雷に打たれたように反応した。カチッ、と謎のスイッチが入る音が聞こえた気がする。
「──お前ら、ゴーストになる覚悟はあるのか!?」
ゴーストってなにさ。
「ちょっとあるよ」
「あるの!?」
ココアちゃんのまさかの返答に驚愕する僕。
一方のリゼは──。
「潜入を甘く見るなぁ!」
どないせいっちゅうねん。
「よし、私について来いっ!」
「「おー!!」」
勢い良く腕を掲げるリゼと、それに釣られるココアちゃん、千夜ちゃん両名。
「……どこに潜入する気なんでしょう」
「……さあ」
一波乱起きそうな嫌な予感が、僕を襲った。
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仕事が一段落つき、私服に着替える──間も無く、僕たち五人と一匹は件の《フルール・ド・ラパン》へと足を運んでいた。
「──あったぞ、ここだ」
先導するリゼ。その背中は、確かに軍人然としている。
しているのだが……擦れ違う人々の視線が非常に痛い。僕だって妙にコソコソと動き回る集団を見かけたら、同じ反応をすると思う。
そんな針の筵のような行進も終え、ようやく辿り着いた《フルール・ド・ラパン》。外見は純洋風の建物で、いかがわしさなど微塵も見受けられない。
「いいか、慎重に覗くんだぞ?」
しかしそんなことは最早どうでもいいのか、着々と潜入モドキを進めるリゼ。
「──せーのっ」
リゼの掛け声に合わせて、窓の淵からそーっと顔を出す。目に飛び込んできたのは、違和感のない装飾に普通のテーブル、お客さんが多数。
「いらっしゃいませー!」
そして、笑顔で接客するシャロちゃん。
──頭にロップイヤーを着けて。
「──よっしゃああああああ!!」
僕は雄叫びを上げた。
「な、なんでいるんですかっ!?」
当然見つかりました。
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「あはは、ごめんね。ロップイヤーなんて初めて見たもんだから、つい興奮しちゃって」
「いきなりびっくりしました……」
頭を下げる僕。どうやら店内まで声が届いていたらしく、シャロちゃんは驚いたようだ。隣のチノちゃんとかはもっとびっくりしていたけど。
「──で、誰? 変な勘違いしたのは」
ジト目で僕たちを見回すシャロちゃん。ここに来た目的を語ったところ、案の定勘違いであることが判明した。聞いたところ、《フルール・ド・ラパン》はハーブティーメインのお店らしい。
「あはは……」
苦笑する僕。
「私はシャロちゃんに会いに来ただけだよー」
本気でそう言ってるココアちゃん。
「いかがわしいってなんですか?」
今だによく解っていなかったチノちゃん。
「こんな事だろうと思ってたよ」
呆れて肩を竦めるリゼ。
「…………」
──そして、終始笑顔の千夜ちゃん。
「この制服素敵ねっ」
「あんたかっ!」
シャロちゃんの突っ込みが店内に響き渡った。
「それより、シャロちゃんのうさ耳可愛いねー! 似合ってるよっ!」
「じ、ジロジロ見ないでっ」
シャロちゃんに詰め寄るココアちゃんと、照れて頬を赤く染めたシャロちゃん。
「店長の趣味なのよっ」
「──店長はどこ? お友達になりたいんだけど」
「上白は自重しろ」
最近よくリゼに怒られる気がする。
「……ん? どうしたの?」
リゼの方を見ると、何やら真剣な表情である一点……正確には、シャロちゃんの頭の上、そこに装着してあるロップイヤーへと視線を注いでいた。
シャロちゃんもそれに気がついたようで、落ち着かないように目線を左右に揺らしている。
「あ、あの……先輩?」
不安そうな声を出すシャロちゃん。大方、リゼに軽蔑されているとでも思っているのだろう。
……どうやら、互いの認識に齟齬があるみたいだ──是正せねば。
「リゼ、そんなにロップイヤー着けたいの?」
僕がそう問い掛けた瞬間、リゼは一気に顔を赤く染め上げた。さながら瞬間湯沸かし器のようである。
「そ、そそそんなわけないだろ!?」
「あははー……リゼは素直だねぇ」
そんな対応を返せば肯定しているようなものだ。
「くそっ、また上白にしてやられたか……」
本気で悔しそうなリゼ。何もそこまで悔しがらなくても。
「あの、着けてみます?」
「……………………遠慮しとく」
返答までの間が、葛藤の長さを物語っていた。
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「折角だし、お茶していってもいいかな?」
「……仕方ないわねー」
というわけで、全員ハーブティーを頂くことになった。
メニューを開いてみるが、ハーブティーなんて名前を聞いたことはあってもどんな味か効能かさっぱり解らない。対面のリゼも同じような様子だ。
「やっぱりダンディライオンだよね!」
と、ここで勢いよく言い放つココアちゃん。もしかして、多少なりともハーブティーに通じているのだろうか。
「飲んだことあるんですか?」
「ライオンみたいに強くなれるよ!」
あ、ダメだこれ。
「ダンデライオンはたんぽぽ茶だぞ」
「……たんぽぽ?」
疑問符を浮かべるココアちゃん。どうやら適当に発言してたみたいだ。予想してたけど。
「迷うなら、それぞれに合いそうなハーブティーを選んであげるわよ?」
見兼ねたのか、様子を窺っていたシャロちゃんがそう切り出した。願ってもない申し出である。
早速頼んでみると、シャロちゃんは少しだけ悩んだだけで、直ぐに口を開いた。
「そうね。まず、ココアはリンデンフラワーね。リラックス効果があるの……少しは落ち着きなさい」
「へー」
ココアちゃん、感心しているだけで皮肉なのに気づいていないようだ。
「千夜はローズマリー。肩凝りに効くのよ」
「助かるわー」
千夜ちゃんは肩凝りに悩んでいたらしい。妙にしっくりくるのは何故だ。
「チノちゃんは、甘い香りで飲みやすいローズマリーなんてどうかしら」
「……子供じゃないです」
チノちゃんは少しムッとした様子だ。子供扱いされたのが気に入らないのだろう。
「リゼ先輩は最近眠れないって言ってましたよね? ラベンダーがオススメです」
「ほう、成る程」
……リゼ、夜更かししてるだけじゃないのだろうか?
「上白さんは……レモングラスとかどうですか?」
「レモングラス? 聞いたことないけど、どんな効能があるの?」
僕がそう聞くと、シャロちゃんは少しだけ目を逸らして言った。
「その、大した効能はないんですけど……」
「けど?」
「うさぎが食べるって聞いたので」
「──流石シャロちゃんっ!!」
全身全霊を込めて親指を立てると、シャロちゃんは苦笑いで応えた。
「あの……」
と、ここでおずおずと手を上げたのは、意外にもチノちゃんだった。
「どうしたの?」
「ティッピーにも難聴と老眼防止の効能があるものをお願いします」
「そいつそんなに老けてんの!?」
まさかの追加注文に、リゼが驚愕している。かくいう僕も、もうティッピーがうさぎかどうかすら怪しくなってきた。
「じゃあ、出来上がるまで少し待ってて」
恭しく一礼すると、シャロちゃんは優雅に去って行った。
……そんな振る舞いを普段からしているから、勘違いされかねないのではないのか。後で指摘しておこう。
「お湯を入れたら赤く染まった! きれーい!」
きらきらと輝く目で色が変わる様子を眺めているココアちゃん。チノちゃんと千夜ちゃんも、それぞれ見入っているようだ。
十分に蒸し終わったら、ゆっくりとティーカップに注ぐ。僕に出されたレモングラスは文字通りレモン色をしていて、カップに入れた瞬間、ふわりとしたレモンの香りが広がった。
一口だけ口に含むと、サッパリとした甘みが舌を刺激する。レモンの味は確かにあるが、酸味はなくすっきりとした味わいだ。
「おいしい」
「そうだな、これはなかなか」
「いい香りです」
「なんか、スーってするねー」
自然と口から出た言葉に、賛同の声が重なった。
「ハーブを使ったクッキーを焼いてみたんですけど……いかがでしょうか?」
暫くハーブティーを嗜んでいると、なんとシャロちゃんがクッキーを持ってきてくれた。年下とは思えない程出来た子である。
「シャロが焼いたのか」
「は、はいっ」
リゼがクッキーを一つ手に取り、口に放り込んだ。それをシャロちゃんが、固唾を飲んで見守っている。
「──おいしい!」
「よ、よかった……」
途端に照れて赤くなるシャロちゃん……もしかすると、彼女は百合属性があるのかもしれない。目とか明らかに恋する乙女のソレだし。
「……あれ?このクッキー甘くない」
「そんなことないわよ?」
一方で、不思議そうな顔でクッキーを頬張るココアちゃん。僕も一つ口にしてみるが、千夜ちゃんの言う通り普通に甘くて美味しい。
「ふふふ……ギムネマシルベスターを飲んだわね……?」
そんなココアちゃんの様子を見て、悪い笑顔を浮かべるシャロちゃん。そんなハーブティー、いつの間に頼んでいたのだろうか?
「な、名前がカッコよかったから……」
割とどうでもいい理由だった。
「それは飲むと一時的に甘さを感じなくなるのよ!!」
「な、なんだってー!? そんな恐ろしい効能が……!?」
シャロちゃんの言葉に慄き、声を震わせているココアちゃん。
……ところで、シャロちゃんは何か言う度にお嬢様ポーズをとっているな。腰に手を当てて髪を撫で上げるのなんて、現実では初めて見た。
「シャロちゃん、ダイエットで良く飲んでいたのよねー」
「いっ、言うなバカーっ!!!」
涙目で抗議するシャロちゃん。その姿に、威厳や上品さは欠片も残されていなかった。
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「うーん、なんだか今日は調子がいいわね」
新しくハーブティーを注いでくれたシャロちゃんが、突然そんな呟きを漏らした。
「あら?シャロちゃんはハーブティーを飲んでないわよね?」
「そうなんだけど、少し前から妙にリラックスできて……」
もしかして、ハーブティーには香りだけでもリラックスを齎す効能でもあるのだろうか──そんな風に考えていた僕は、次の一言で凍り付く。
「なんだか
何気ない言葉。だが、それが僕の耳朶を打った瞬間、ほぼ反射的に僕は口を開いていた。
「ねえ。シャロちゃん」
──不思議な心地よさ。そのフレーズを、こことは違う別の場所で耳にしたことがある。それはチノちゃんと知り合ったその日に、彼女が僕に対して言った言葉でもあった。
「何ですか?」
「調子が良くなったのって、だいたいどれぐらいから?」
「そうですね……丁度上白さんたちが来た時くらいですね」
──ほんの偶然かもしれない。たまたま偶然が重なって、そう思えるだけかも知れない。
でも、試す価値はある。
そう断じて、僕はシャロちゃんに言い放った。
「──その
「……? 少しなら構いませんけど……」
躊躇うことなく、頭に装着されたソレを外す。
するとその瞬間、シャロちゃんの表情が変わった。
「……あれ? さっきまでの心地よさが消えた?」
──その一言で、僕は確信した。
──うさぎをリラックスさせ、安心させ、懐かせる能力。
…………人間にも、適応するようです。
「範囲広すぎだろ!!」
僕は迷わず叫んだ。
もううさぎっぽければなんでもいいのか。見境ないな僕の体質……! ロップイヤーにすら対応してるとか、なんでもアリか! 線引きどうなってんだ。
だが、これで逆に得心が行った。チノちゃんの好感度が最初から妙に高いと思っていたら、コレが原因なわけか。チノちゃんはうさぎに『うさぎっぽい』とまで評されるくらいだ。ロップイヤーですら反応するコレが効力を発揮しないわけが無い。
「いきなり叫んでどうした?」
「……なんでもない、なんでも」
心配そうに顔色を窺ってくるリゼ。
……まあ、よく考えれば別に心が読めるわけでもない。懐かれるだけで恋愛云々とは違うっぽい。そして健康に被害が出るわけでなく、寧ろその真逆だ。
問題はない。そういうことにしておこう。
「大丈夫ですか?」
机に突っ伏していると、わざわざ声を掛けてくれるチノちゃん。是非妹に下さい。
「大丈夫だよ、ちょっと衝撃の事実が判明しただけで……」
「衝撃の事実ってなに?」
無邪気に聞いてくるココアちゃん。僕はそれには答えず──不敵に笑った。
「ふ。ふふふ……こうなったらヤケだ! この街の人全員、ロップイヤーにしてやるっ!!」
「か──上白くんが壊れたわ!」
「シャロ、ハーブティーの追加を持ってこい! 精神安定に効くやつだ!」
「え!? あっ、はい!?」
すぐ横で為される会話も、今は全く気にならない。最高に、テンションが上がっている。ハイってやつだ。
「うさぎ帝国の始まりだああああああああーーーーー!!」
「あ、私もそれ参加したいっ」
「……騒がしいです」
後日、急激に恥ずかしくなって一日公園に篭って猛省することになるのだが、それはまた別のお話。
主人公君、壊れるの巻。
サラッとタイトル回収しました。本当はこんな風にする予定ではなかったのですが、こっちの方がおもしろ……もとい、良く纏まりそうだったので、流れを変更してみました。
では、記念すべき第十話ということで、主人公君の名前の由来をば。
……言わずとも殆どの方がお気づきだと思います。上白糖です。コーヒー紅茶には欠かせないアレです。海外ではお茶に砂糖を入れるところもあるのだとか。単純すぎて最早言葉も出てきませんね、ハイ。
さて、では今回はこの辺りで。また次回でお会い致しましょう。それでは。