ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

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八話

コルベールは図書館から出たその足で、とある場所に向かって走った。そこは、本塔の最上階にあるとある部屋。コルベールは息を乱しながらその扉を叩く。暫くするとドアのノブが回り、扉が内側に開かれ、女性がコルベールに一礼をする。それを横目にコルベールは部屋に入る。

 

「大変です!オールド・オスマン」

 

コルベールがそう呼ぶ者は窓辺に位置した立派な座椅子に腰を据え、長い顎鬚を優雅に撫でている最中だった。

 

「何じゃ?コールベル君。朝から騒がしいのう」

 

「コルベールです!それよりも、これを見てください」

 

コルベールはそう言うと乱暴に、抱えていた書物をオスマンの目の前にある机に置き、メモ紙を挟んだページを開く。

 

「これはまた古い書物を持ち出してきたのう」

 

「そんなことはどうでもいいんです!それよりもここを見てください」

 

「どうでもよくはないじゃろう…」

 

何をそんなに興奮しているのか理解できないオスマンだったが、コルベールが指すルーンの形とメモ紙のルーンを交互に見合わせたことでその訳がわかった。

 

「これは…。ロングビル君、少し席を外していなさい」

 

「かしこまりました」

 

ロングビルはオスマンの言葉に了承すると、部屋から静かに出て行く。その姿を確認すると、オスマンは小声でコルベールに問いかける。

 

「これは…、本当かね?」

 

「ええ、ミス・ヴァリエールの使い魔に刻まれていました」

 

「そうか…。コルベール君、わかっていると思うがこの事は誰かには…」

 

「勿論、他言はしていません。そこまで私は愚かではありませんので」

 

「ならばよし。これが知れれば愚かな貴族どもが騒ぎ立てることは間違いないからのう。…しかし、よりによってあの娘の使い魔に刻まれてしまうとは…」

 

オスマンはこめかみを抑え、唸る。

 

「いかがしましょう」

 

「…何もないのが一番じゃが…。よし、その使い魔に会ってみよう」

 

「!?それは危険です!あなたの身に何かあったらどうするのですか?!」

 

「何、その時はその時よ。それに、わしはもう充分に生きた。これで死んだとしても悔いはない」

 

「オールド・オスマン…」

 

「さて、その使い魔は今どこに…」

 

そう思い、オスマンは壁に立てかけてあった自身の杖を手に呪文を唱え始めようとした。だが、それは部屋に響いたノックの音で一時中断させられる。

 

「失礼します」

 

ノックから間髪入れずにロングビルが扉を開き中へ入ってくる。

 

「何かあったのかね?」

 

「ええ、ヴェストリの広場で生徒が決闘騒ぎを起こしていまして、教師も止めようと試みたのですが生徒に邪魔されているらしく、どうも未だに続いているようです」

 

「全く暇な貴族はタチが悪いのう。それで、誰が暴れているんじゃ?」

 

「それが…。グラモン元帥のご子息であるギーシュ・ド・グラモンと」

 

「あそこの息子か…。やはり血は争えんか」

 

「もう一方はミス・ヴァリエールの使い魔だという話です」

 

「何?!」

 

ロングビルの言葉に二人は耳を疑った。

 

「それで、教師たちからは『眠りの鐘』の使用許可が欲しいと言っているのですが?」

 

「コルベール君」

 

「はい」

 

「今すぐに『眠りの鐘』の準備をしておきなさい」

 

「分かりました」

 

「儂ははそやつらの元へ向かう。それと、儂が合図するまで使用は許さん」

 

「了解です」

 

そう言って、コルベールは急いで学院長室を後にした。

 

「ロングビル君」

 

「は、はい」

 

これまで見たことのないオスマンの表情に、状況がうまく飲み込めていないロングビルは声を上ずらせながら返事を返す。

 

「儂と一緒に来てくれるかの?」

 

「分かりました」

 

 

 

 

「くそ、くそ、くそ!」

 

ギーシュは魔法によって美しいワルキューレを模した土のゴーレムを何体も創り出し、狼に襲い掛からせていた。だが、そのことごとくは狼が邪魔なものをどかすような手軽さで前足を使って跳ね飛ばし、壁や木に当たって無惨にも砕け散っていた。このゴーレムは大人一人の重さと同じだというのに、あんなにも簡単に飛ばされていいのか。内心、魔法さえあればこの狼に負けるはずはないと思っていたが、それが大きな間違いだった。

今も次々にゴーレムを創り出し狼を襲わせてはいるが、狼は煩わしそうにそれら跳ね除け、じりじりとギーシュに近づいてくる。

焦るギーシュに対して、狼からは余裕が感じられる。それがギーシュの神経を逆なでる。

 

「どうした小僧。私を倒さねばあの言葉、撤回することは叶わんぞ?」

 

「うるさい!黙れ!」

 

狼の言葉でさらに頭に血が上ったギーシュは、今度はありったけのゴーレムを創り出し、それらを狼を囲むように配置させる。

さすがの狼もこれにはどうしようもないようで、これによって僅かながらに余裕ができたギーシュは狼に語り掛ける。

 

「これで君に逃げる場所はない。どうだい?僕にひれ伏すというならさっきの言葉、聞かなかったことにしようじゃないか」

 

だが、狼の顔からは笑みが消えることはない

 

「馬鹿なことを言ってないで、さっさと来い小僧」

 

「…いいだろう。僕に二度とそんな口をきけない様に痛めつけてやる!」

 

その言葉と同時にギーシュは杖を振り、ゴーレムたちは一斉に狼に殺到した。

 

 

前から後ろから、そして左右からもゴーレムたちがモロに向かって襲い掛かる。だが、そんな状況にもかかわらず、モロはいたって冷静にこの状況に対処する。姿かたちは人間の女のような姿をしているが、そこに人間のような狡猾さはない。単に主人であるギーシュの命令道理にしか動けないただの泥人形だ。

モロにしてみれば、こいつらの攻撃など欠伸をしながらでも避けることができる。

現にモロは次々に避けている。時には左右に飛び避け、時には攻撃を誘って真後ろに飛びそれを回避したりと、その巨体からでは想像できない俊敏さで攻撃を躱していく。

 

だが、いつまでもあの小僧の好きにさせておくのも癪だ。ならばこちらからもうってでるとしよう。

 

そう思ったモロはすぐさま行動に移した。モロは前方から襲い来るゴーレムに真っ向から挑みかかる。

そして、ゴーレムの剣が振り下ろされるより先に体を捻り、ゴーレムに対して自分の横腹をぶつける。勢いに乗った巨体から繰り出された体当たりはいともたやすくゴーレムを土片に変えた。だが、それだけでは終わらない。その土片はゴーレムの後ろにいたギーシュに礫となって襲い掛かる。

 

「うおっ!!」

 

ギーシュは咄嗟に両手で顔を隠し防御の姿勢を取るが、身体には容赦なく礫がうち当たる。その痛みで顔を歪めるギーシュだったが、それよりも大きな衝撃が彼を襲った。

 

「グホッ!?」

 

その衝撃によって地面に押し倒されたかと思うと、腹部に何か重いものが圧し掛かる。体内にあった空気を一気に外に放出したことによって一瞬パニックに陥りかけるが、目の前にいたそれが現実に引き戻す。

 

「小僧。何か言い残すことはあるか?」

 

目の前には凶暴なまでにその牙をぎらつかせた獣がいた。

 

「た、助けて…。命だけは…どうか…」

 

もはやだれが捕食者でだれが哀れな子羊かは言うまでもない。周りにいた生徒たちは皆、これから起こりうるであろう惨状を想像してしまったようで、顔が青ざめてしまうもの、失神してしまうもの、中にはギーシュを助けようと一歩前に出る者もいたが、モロが睨むと膝をガタガタと震わせて動かなくなった。

 

「これからどうなるか位、馬鹿なお前でも理解できるだろう?」

 

「う…」

 

もはや助かるすべはない。ギーシュは覚悟を決め、これから起こる自分の運命を受け入れようと、固く目を閉じた。

 

「…ふふ」

 

「…へ?」

 

「ふっはっはっはっは!」

 

突然、狼が何を思ったのか笑い始めた。これには周りの生徒を始め、ギーシュもただただ唖然としていた。

すると、狼は笑いながらギーシュの腹部を抑えていた足を除けると数歩後ろへ下がり、その位置に腰を下ろす。

 

「小僧、肝は冷えたか?」

 

「え?あ…えっと…はい…」

 

「そうか。なら、もう用は済んだ」

 

「は?ど、どういう意味ですか?」

 

「そのままの意味だ。もうお前に用はない。さっさと学び舎に戻れ、授業とやらが始まってしまうぞ?」

 

意味が分からない。あの狼から嗾けておいてギーシュの肝が冷えたと聞けば、用は済んだ?訳が分からない。だが、そんな事は今は重要じゃない。

 

「…一つ聞いてもいいですか」

 

「なんだ?」

 

「なぜ、僕を殺さなかったのですか?」

 

今のギーシュにはこれが一番理解できなかった。確かにギーシュは生まれて初めて死を意識した。それだから覚悟を決めていたのに。殺されなかった理由を問いたださずにはいられなかった。

 

「お前を殺すことなどいつでもできる。ここの広場に来た時にだって、馬鹿みたいに油断しているお前の首をかみ砕くことなど容易にできた」

 

「では…なぜ?」

 

「…ただの気紛れだ。それの他ない」

 

只の気紛れで自分は生かされたのか。その言葉に何故かこれまでの何よりも心に深い傷をつけた。

 

「…気紛れついでに、小僧」

 

「な、なんでしょう?」

 

「あの小娘に詫びの一言も入れといてやれ」

 

「でも、あいつは僕のことを使い魔と同じだって…」

 

「それは嘘だ」

 

「…は?」

 

「お前を焚き付けるためについた私の方便だ。あやつはそんな事一言も口にしていない」

 

これにはギーシュも呆然とするほかなかった。それでは、なんのためにこの狼と戦ったのかわからないではないか。

 

「それに、お前もあやつを平民と同義だと宣ったそうじゃないか」

 

「それは…そうですけど」

 

「これで相子だ。わかったらさっさと戻れ」

 

そう言うと狼はそれっきり口を開かなかった。ギーシュは納得はしていないようではあったが、他の生徒たちと共に渋々広場を後にしていった。

 

 

 

我ながら、自分は何を馬鹿なことをしているのかと呆れていた。人間どものいざこざなど知ったことではないというのに。

腹立たしかったのは事実そうだ。少しばかり痛めつけてやろうかと思ったことも事実だ。だが、相手にするほどの価値もない青臭い餓鬼をなぜ相手にしようと思えたのか不思議でならなかった。

あの小娘の使い魔をしてやるといってやったが、ここまでしてやるつもりは毛頭なかったというのに。

 

この世に来て以来、何かが自分の中で変化している。いや、変化させられている(・・・・・・・・・)。その原因はわからない。分からないが、なんとも忌々しいものだ。


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