ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

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七話

モロが木漏れ日の中、欠伸を噛み殺しながらルイズが来るのを待っていると、昼食の終わりを告げる鐘があたりに鳴り響いた。と同時に本塔の扉から黒いローブをまとった生徒たちが飛び出してきたのだが、不思議なことにその生徒たちは皆同じような方向へ走り去って行ってしまう。何事かと思いながらも、扉から出てくる人の群れの中から見知った顔を見つけ出すとその元へ歩み寄っていく。

近づくモロの姿にルイズも気が付いたようで、彼女からもモロに近づいていく。

 

「待たせちゃったわね。どう?さっきの鹿は美味しかった?」

 

「まあまあだな」

 

「そう。不味くはなかったのならよかったじゃない」

 

本人は笑って話しかけているつもりなのであろうが、どことなくその笑みが引きつっている。無理に笑おうとしているのはモロでなくても分かるくらいに。

 

「…何かあったのか、小娘」

 

「え?」

 

「お前は、考えていることを表情に出してしまう所があるからすぐに分かる」

 

「…やっぱり、あなたには敵わないわね」

 

「話してみろ」

 

「いいけど、いいの?あなたにとっては物凄い下らないことだけど」

 

「構わんさ。暇を持て余しているよりかはいくらかマシだ」

 

そして、食堂内で起こった揉め事の経緯をルイズは語り始めた。

話によれば、二人の少女と関係を持っていた少年が二股がばれた腹いせにメイドに当たってるところをルイズが割って入り、それを止めたのだという。そして、ルイズはメイドを厨房へと返し自分も食事に戻ろうとしたのだが、その少年が何を思ったのか決闘を彼女に申し込んできたのだ。最初は相手にせずにさっさと戻ろうとしていたルイズのなのだが、その少年が放った言葉がルイズの心の酷く傷つけた。

 

『魔法が使えない君は平民と大差ないじゃないか!いいさ、そうやって平民と仲良しこよしでやっている方が君にはお似合いだよ!!』

 

これにはルイズも思う所があったようだが、構わずにその場を足早に後にした。少年は昼休みの間広場で待っているが、来ない場合は今度から平民として扱ってやる。と言い残し食堂を後にしていった。

 

「どう?」

 

「本当に下らんな」

 

「…言うと思った」

 

「お前はどうするのだ、行くのか?」

 

「まさか、行くわけないでしょう?」

 

「ならば、平民と扱われるのを甘んじて受け入れると?」

 

「…それも嫌だけど、あんな馬鹿な奴を相手にしてたら私まで馬鹿になるもの」

 

「…ふっふっふ、それもそうだ」

 

「でしょう?」

 

モロが不敵に笑って見せると、それにつられルイズにも笑みが浮かぶ。先ほどまでとは違い、心からの笑みだ。モロに話したことで気持ち的にも楽になったようだ。

 

「それじゃ、私はあの馬鹿より先に教室に行って自習でもしてるわ。あなたはまた好きにしてていいわよ」

 

それだけ言い残し、ルイズは軽い足取りでまた本塔の中へと入っていった。

その姿が消えるまで見つめていたモロは、静かにその場を離れ生徒たちが向かっていった方向へとその足を向けた。

 

 

図書館。そこはいつだれが来ても一定の静寂が保たれ、自分の世界へと没頭できる素晴らしい場所なのだが、子供たちにとっては退屈でしかない。そのためここはいつも生徒の姿は一人、二人と数えるほどしかいない。

その図書館の中で、コルベールはとある書物に目を通していた。タイトルは『ブリミルの使い魔』。この学院が所有する物の中でも古い部類に入るそれをコルベールは目を滑らせる。偶々頭上から落ちてきたこの本を最初は興味本位に開き、軽く目を通すに過ぎなかったのだが、あるページを開いたことでその意識を改めた。

もともとこうして図書館で書物を開いているのは、ルイズが召喚したあの”山犬”のことと刻まれたルーンについて調べるためだ。

”山犬”という種族に関しては意外とすぐに見つけることができた。そもそも”山犬”というのは種族ではなくその昔狼と山に住み着く野良犬を総じた呼称だった。貴族の下らない暇つぶしによって狼も野良犬も昨今少なくなっていたため、その名が廃れて耳にしなかったのであれば知らないのも無理はなかった。

だが、どの書物を閲覧してもあのルーンが何なのかがわからないでいた。そんな時にこの本を手にした。

 

「この形は!」

 

そのページに書かれていたのは、かつて始祖ブリミルが使役していたとされる使い魔たちのルーン。コルベールはポケットに乱暴につっこんでいたメモ紙を取り出し、そのページに描かれているルーンと照らし合わせる。

 

「やはり同じだ。では彼女の使い魔は…!」

 

コルベールは何を思ったのか、そのページにメモ紙を挟むとそれを片手に慌てたように図書館を後にした。

 

 

 

学院の塔と塔の丁度中間に位置しているこのヴェストリ広場には、多くの生徒がよってあつまり輪を作り、その中心には自身のバラの杖を咥えたギーシュがルイズが来るのを待ちわびていた。

 

「なあギーシュ。決闘はいつ始まるんだ?」

 

「そうだよ、俺たちはいつまで待ってなきゃいけないんだ?」

 

「もう少し待っていたまえ。時期にルイズが姿を現すさ」

 

そうは言うものの、ルイズはこのまま現れないのではないかと薄々感じていた。自分が貶されることを良しとしない彼女の性格から、馬鹿にするような口調で嗾けておけば必ずここに現れるだろうと思っていたのだが。まあ、現れないのならばそれでもいい。その時点でここにいる生徒から平民と同義に扱われるのだから、自分にとって不利益にはならない。

 

「ま、来ないなら来ないでいいさ。魔法もロクに使えないルイズと僕じゃ、最初から勝負は見えているからね」

 

「それもそうだな」

 

「でも、それじゃつまんないよな。何のためにここに集まったのか分からないや」

 

「違いない」

 

ギーシュの取り巻きたちは楽しそうに談笑し合っていたが、それとは違うざわめきがギーシュの耳に入る。

 

「ようやく来たようだな。怖気づいたのかと心配し…た…よ…」

 

その方角に視線を移しながら、気取った風に言葉をルイズにかけるが、予想に反してそこにルイズの姿はなかった。

 

そこにいたのは白い毛並みを陽の光で輝かせた、一匹の大きな狼だった。

 

「ル、ルイズの使い魔がなんでこんなところに?」

 

「おい、お前が呼んだのか?」

 

「ぼ、僕じゃない!だれがあんなおっかないやつ呼ぶかよ!」

 

周りの観客がざわめき立つが、とうの狼はしれっとしており、どんどんとギーシュに近づいていく。

その進む道を生徒たちは急いで空け、生徒と生徒の間を進み、ギーシュの目の前で立ち止まった。

なんと優美でなんと堂々とした姿だろう。ギーシュはその狼の姿に見惚れていた。

 

「小僧、お前がギーシュか?」

 

「?!」

 

突然、その狼が喋った。

おどろおどろしく重みのある声で、自分の名を呼んだのだ。

 

「ギーシュかと聞いているのだ。さっさと答えろ」

 

「そ、そう…です」

 

何故だろうか。今まで生きてきた中でこんなにも緊張したことがあるだろうか。父の叱責よりも怖いものがこの世にあるわけがないと思っていた馬鹿みたいだ。

 

「そうか。すまんが、ルイズは来ない」

 

「そ、そうですか」

 

「その代わりに私が決闘の相手をしてやろう」

 

「…は?」

 

一瞬、この狼が何を言ったのか理解できなかった。何度もその言葉を咀嚼することによって段々とその意味が脳髄に染み渡る。すると、身体の至る所から気持ちの悪い汗がじっとりと流れ出てくるのが分かった。

 

「どうした?顔色が悪いぞ?」

 

狼はまるで自分をあざ笑うかのように、不敵に笑みを浮かべて話しかけてくる。それに答える余裕が今の自分にはない。

 

「…あの小娘の言った通りらしい」

 

「は?」

 

「お前の様な馬鹿は私でなくとも使い魔で充分だ、とまあ、あやつは申していたな」

 

「…取り消せ」

 

「ん?」

 

「その言葉を取り消せ!!」

 

ギーシュは杖を構え、狼に向ける。

 

「…そうだ。そのいきだ」

 

狼も身体を地面すれすれにまで屈ませ、いつでも飛び掛かれるように身構えた。

双方臨戦態勢を整え、今まさにその火蓋が切って落とされた。


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