ルイズは本塔から渡り廊下を渡って教室にまで辿り着くと、その中へと入り、自分に宛てがわれた席に着く。
教室には既に生徒たちがおり、皆友人たちと談笑しあっているようだったが、その内容はやはりというかそれぞれ召喚した使い魔についてだ。見た目はどうだの、能力はどうだの、特性はどうだのと、自身の使い魔がいかに有用なのかをひけらかすのに励んでいた。
よくもまあ飽きもせずに喋るものだと、ルイズは心の中で毒づいていたが、いざ、自分もその中に加われば話す話題はそれに尽きるだろう。
今日の担当の教師が来るまでにまだ時間はある。ルイズはやることもないこの暇な時間を予習に充てることにした。鞄から教科書を引っ張り出し、それを広げる。なかなか分厚い教科書であったが、何度も読み込んでいるために、大体は既に頭に叩き込んである。
ルイズは、今日の授業で扱う所を開き、黙々と目を走らせた。
すると、彼女の席の横に平然と一人の少女が座ってきた。ルイズは横目にちらとその姿を見ると、疲れ切ったようなため息を零した。
「やーね。人の顔見てため息なんて吐かないでよ」
「何の用よ?キュルケ」
その少女、ルイズがキュルケと呼んだ少女は、ルイズの嫌味のこもった視線など気にもせず、飄々としながら口を開いた。
「そんな睨まないでよ。別に大した用じゃないわ」
「何よ?」
「あなたの使い魔、あの大きな狼?生きてたのね。よかったじゃない」
「そんなことを言いに来ただけなの?」
「そんな訳ないでしょう?あなたの使い魔、あれ、何て種族なのか気になってね。あなたに聞けばわかると思って」
「聞いてどうすんのよ?」
「別にどうもしないわよ。ただ興味があるだけよ」
自分の髪をいじりながら言ったのでは、本当に興味があるのか知れたものじゃない。だが、秘密にしている訳でもないため、ルイズは渋々を装って、口を開く。
「・・・確か”山犬”って
「”山犬”ねぇ。・・・ん?ちょっと待って・・・
「あっ・・・」
そこでルイズははっとした。考えてみればモロが言葉を話せることは自分以外が知るはずのないことではないか。それをつい口を滑らせて暴露してしまった自分の浅はかさを呪うしかない。
だが、冷静に考えればいつかは知れてしまうことだし、わざわざ隠すような事でもない。それに自身の使い魔を自慢したいという思いも少しあったためキュルケの問いに首肯して答える。
「喋る獣って、それって韻獣の一種ってことじゃない!?」
「ちょ、ちょっと大きい声出さないでよ。恥ずかしいでしょ」
キュルケ大きな声を教室内に響かせたことによって、そこにいた生徒たちの視線が彼女たちに集まる。ルイズはばつが悪そうにするが、キュルケはいたって平然といしている。そんなことは気にもならないらしい。
「あなたが韻獣なんてものを召喚したなんて・・・。これは何か不吉な予兆なのかもしれないわ」
「何よそれ、どういう意味よ?!」
「そのままの意味よ。魔法の成功率万年ゼロのあなたがいきなり韻獣なんて大層なモノを召喚したんだから。・・・天変地異でも起きるんじゃないかしら?」
「言わせておけば・・・!」
「それにしたって・・・”山犬”か。・・・。聞いたことのない種族ね・・・あとでタバサに聞いてみようかしら?」
「ちょっと聞いてるの?!」
机を叩き、勢いよく立ち上がるルイズだったが、まるで見計らったかのように、始業の鐘が鳴り渡った。
「それじぁね、ルイズ。教えてくれてありがと」
そう言って、用が済んだとばかりに、キュルケは立ち上がり、自分の席へと戻っていく。
「くっ!後で覚えておきなさいよ!」
「覚えてたらね〜」
キュルケ振り返ることなく、手をひらひらと振りながら、ルイズの席から離れて行った。
彼女に対する鬱憤のはけ口を失ったルイズは、席に座りなおすと、気分を落ち着かせるために深呼吸を数回行う。幾分か和らいだ頃には教室の扉が開き、教師である中年の女性が入ってきた。女性は教壇に立つと教室内を見渡し、満足げに笑みを浮かべた。
「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですね。このシュヴルーズ、こうして新学期に皆さんの使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
そう言うと、シュヴルーズはまた笑みを浮かべた。なんとも優しそうな先生だなとルイズは思った。
それから、シュヴルーズの自己紹介もほどほどに授業が進められた。序盤は一年の頃にも教わった魔法の系統について。魔法の系統は『火』・『水』・『土』・『風』の四つに分けられ、その系統を足せる数によってメイジのランクが変わっていく。この四つ以外に『虚無』という系統もあるのだが、今は伝説上の系統とされ、今現在その系統を持つメイジは存在しない。いまさら言われなくても分かっている生徒たちは、欠伸を噛み殺しながらそれに耳を傾けていたが、授業の後半になってその空気はがらりと変わる。
それは、シュヴルーズが生徒たちに『錬金』の魔法を披露していた時だ。さすがは、魔法学院の教師であるだけに、その動作には無駄な力はなく、たんたんと小石を金塊へと変貌させた。
「それでは、この『錬金』の実演を・・・ミス・ヴァリエール。お願いできますか?」
シュヴルーズがその言葉を放った瞬間、生徒たちの間に緊張が走った。
「わ、私ですか?」
「そうです。ここにある小石をあなたの望むままの金属へ変えてみてください」
シュヴルーズは優しげな笑みを浮かべながら、教壇へとルイズを促す。けれど、ルイズは動かない。
「ミス・ヴァリエール、どうしたのですか?」
ルイズの態度に疑問を抱いたシュヴルーズは、再び彼女に声をかける。
「先生」
すると、ルイズの席から離れた所から自分を呼ぶ声が聞こえる。シュヴルーズがその声がした方へ視線を動かすと、そこにはおずおずと手をあげているキュルケの姿があった。
「何です?ミス・ツェルプストー」
「それはやめた方がよろしいかと・・・」
「?何故です?」
「危険です」
キュルケがキッパリとそう言い放つと、ルイズ以外の生徒たちはそれに同意するように頷く。
「失礼ですが、ミズ・シュヴルーズ。ルイズを受け持つのは、今日が初めてですよね?」
「ええ。あまり実技の成績はよろしくないようですね。ですが、その反面、筆記の成績は優秀で、彼女がとても努力家であることも存じています。さあ、ミス・ヴァリエール。失敗を恐れていては何も始まりませんよ?」
「ルイズ・・・。お願いだからやめて」
キュルケの必死の懇願もむなしく、ルイズは立ち上がる。
「やります」
意を決し、教壇へと向かって歩を進める。その姿を見ていたキュルケは何かを悟ったように、そっと机の下に身をひそめる。他の生徒たちも同様に身を隠す。
「さあ、ミス・ヴァリエール。やってごらんなさい」
シュヴルーズの言葉にルイズは頷き、小石に向き直る。そして、少し間を置いた後、小石に向かって杖を振るった。
ドーン!
「ん?」
学院から少し離れた森の中、その中でモロは鹿の首に牙を立てながらその音を耳にした。
もはや聞くことはないと思っていた、懐かしささえ覚えるその音は、何かが盛大に爆ぜたことを示している。だが、音からして唐傘どもが使っていた爆薬よりも規模は小さく、また、血と硝煙の匂いもしないため、戦が始まったわけでもなさそうだ。
しかし、それが学院の方角から聞こえてきたのはいささか妙だ。
「人間共め、何をしでかした」
二発目が聞こえないことから、事故だとは思うが、確認するに越したことはない。そう考えたモロは、仕留めたばかりの鹿を携え、地面を蹴った。