ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

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四話

次の日の朝。窓の外の小鳥達の囀り声を目覚ましに、ルイズはベットから起き上がった。まだ寝たりないのか、重い瞼が今にも降りてしまいそうになるが、目をこすりそれを抑える。そして、ベットから重い腰を上げ、洗面器にあらかじめ貯めていた水で顔を洗い、手早く着替えを済ませると、使い魔を迎えに行くために部屋を後にする。

部屋の鍵を閉め、人気のない廊下を進み寮塔の出口へと向かう。途中、住み込みで働いているメイドたちが窓や廊下の掃除をしている姿が目に入ったが、特に興味もわかないため挨拶をかわしつつその脇を通り過ぎ玄関から外へと出た。

 

まだ早い時間だけあって寮塔の外はいたって静かで、聞こえる音と言えば鳥の囀り声や風の吹きすさぶ音くらいだ。いつものような生徒たちの喧騒はそこにはない。そんな中をルイズは昨日窓から見えた使い魔の元へ向かって歩き出す。といってもそう距離が離れているわけではないので、すぐに着くことができた。

 

「・・・モロ?」

 

だが、予想外のことにそこに使い魔の姿はなかった。昨日寝そべっていた木の陰にはその痕跡は残っていたのだが、肝心の本体の姿がどこにも見当たらない。不安になったルイズはあたりをくまなく探し始める。が、一向にその姿が見つからない。

 

「どこ行っちゃったのよ・・・。モロ・・・」

 

途方に暮れ、使い魔のいた木の幹に背を預け、力なくしゃがみ込む。

 

「・・・私の使い魔になんて・・・嫌だったのかな・・」

 

探している最中から、ルイズの心の中で膨れ上がっていた不安は、今ついに限界に達し、自然とその口から零れてしまう。一度考え出すとそれは止まらず、どんどんとろくでもないことばかりが言葉となって溢れていく。

 

「そうよね・・・こんな魔法も碌に使えない私なんかがご主人様なんて嫌よね・・・。それで呆れてどっかに行っちゃったんだわ・・・。そうよ・・・そうに違いないわ・・・」

 

そんなルイズのもとへ歩いてくる足音など、独り言をつぶやくのに忙しい彼女の耳には届かなかった。

 

「そこで何をしている?」

 

「・・・ふぇ!?」

 

背後からの声に思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。慌てて背後を振り返ると、そこには今の今まで姿を現さなかった自身の使い魔が立っていた。

 

「あ、あなた・・・いつからそこにいたの?」

 

「お前がぐちぐちと下らんことをほざいている時からだ」

 

「き、聞いてたの?!」

 

「なぜ私がお前の愚痴を聞かねばならん? 偶然耳に入っただけだ。続けたいのならば邪魔はせんぞ?」

 

「い、いいわよ!!それと、いままで聞いてたこと全部忘れなさい!!」

 

昨夜に引き続き、またしても顔を真っ赤にしながらモロに向かって言い放つ。モロはそれに対し不敵に笑ってみせると、ルイズの近くに腰を下ろす。

ルイズは少し興奮気味になってはいたが、少しすると落ち着きを取り戻し、モロの傍らへ座りその体へと身を寄せる。

 

「・・・小娘」

 

「何よ?」

 

「少なくともお前が死ぬまでの間はお前に付き合ってやる。その間,私はお前の使い魔だ」

 

「・・・・うん。ありがと」

 

予想外の言葉に多少、面を喰らっていた彼女だったが、その言葉を素直に受け止め、同時に安心を得たルイズは、モロの顔を見ながら顔を綻ばせる。年相応の無邪気な笑顔だ。モロはこういう顔もできるのかと彼女がみせた表情に関心を示した。

 

「精々長く生きることだな、小娘。早々に死んでしまっては面白くない」

 

「ええ、うんと長生きしてやるわよ。・・・ところで、あなた今までどこいたのよ?私言ったわよね?明日の朝迎えに来るからって」

 

ルイズは今までどこを探しても見当たらなかった使い魔が、いったいどこをほっつき歩いていたのか気になっていた。モロではない別の使い魔だったならば、勝手にいなくなった使い魔に対して彼女独自の躾が施されているところだが、そんなことをすれば自分がどうなるかなど、昨日の体験から身に染みてわかっていた。

 

「そんなことも言っていたな。何、少し腹を満たそうと其処らを駆けていただけだ」

 

モロはそんな彼女の気遣いなどつゆ知らず、平然と答える。

 

「へえ、そう。・・・それで?お腹は満たされた?」

 

「大したモノはなかったが、そこそこにはな」

 

「それはよかったわね。まあ私も何時に来るかなんて言わなかったこともあるし、今回はあれだけど、次からはこの時間に来るからちゃんとここに居なさいよ?」

 

「ああ」

 

「よし!」

 

ルイズはモロの返事に満足がいったようで、それ以外は特に何も言わずにモロの体に頭をこすりつける。昨日も味わったこの柔らかさはどんな上等な毛皮にも勝るものがある。モロにしてみれば、むず痒いものでしかないのだが、生きている頃、といってもこの世界に呼ばれるより以前のことだが、その頃に自身の子供たちに散々やられてきたため、もう慣れたものだ。

 

しばらくの間、モロの体で満足いくまで癒されたルイズは、名残惜しさをこらえ、すっと立ち上がる。ルイズが起きた時からもう時間もたち、生徒の幾人かはすでに寮塔から姿を現し始めていた。

 

「それじゃ、私もこれから朝食を取ろうと思うから、そこまで付いてきてくれる?」

 

「私がいないと飯も碌に食えないのか?」

 

「ち、違うわよ!単にまたあなたをここへ呼びに戻ってくるのが面倒なだけよ!」

 

「分かった分かった。そう喚くな」

 

「もう!行くわよ」

 

ルイズは憤然としながらも、そそくさとその場から歩き始めた。そんな彼女の態度が面白可笑しく、モロは優し気な笑みを浮かべながらその後についていった。

 

 

 

「はあ」

 

ルイズは外でモロに待っているように言うと食堂に入る。まだ時間も早いからか座席は比較的に空いており、その中から空いている席に座る。が、座るや否や、盛大なため息がその口からこぼれた。その原因は言うまでもなくモロだ。今日は朝からあの使い魔に調子を狂わされる。文句の一つでも言おうと思っていたのだが、あの使い魔のまとっている雰囲気に気圧され、言い出せなかった。まあ、代わりに使い魔のあの柔らかな体毛を存分に堪能させてもらったわけだが。

 

ルイズのいるこの食堂はちょうどこの敷地の中央に位置している本塔といわれる周りの塔より一回り大きな塔の中にある。食堂内には豪奢な装飾がほどこされた長机が三つ並んでおり、左から一年生、二年生、三年生の順に机が決められている。今ルイズが座っている席の机は中央にある。

机の上には各席ごとに朝食としてパン、ベーコンと野菜のスープ、それに暖かいコーヒーが用意されている。

ルイズはため息をつきながらもパンをちぎって口の中でほおばる。よく噛んで飲み込んだ後、スプーンでスープ掬い、口に含める。それを食べ終わると、コーヒーに角砂糖を二つとミルクを入れてよく混ぜ、ちびちびと飲み始める。以前にそのままで飲んでみたこともあったが、あまりの苦さに飲めたものでなかったので今の形に落ちついている。

 

「ほう・・・」

 

数十分後、用意された料理を平らげるとたルイズは食後の余韻にしばらく浸り、ゆっくりと席から立ち上がる。このころにはすべての席はほとんど埋まっており、上級生から下級生までの生徒たちは和気あいあいと食事を楽しんでいた。ルイズは我関せずといった様子で生徒たち間を抜け、食堂を後にした。

 

 

外へ出ると今朝とは違い、モロはちゃんと同じ場所で待っていた。モロはルイズの方を見やると立ち上がり、そのもとへ歩み寄っていく。

 

「お待たせ」

 

「腹は膨れたか?」

 

「ええ、お陰様でね。それで、これからの事なんだけど」

 

「ああ」

 

「私はこれから授業があるんだけど。そうね・・・」

 

そこで、ルイズは考え込む。また今朝のようにモロがどこかに行っていては探しに行くのも面倒だ。だが、よくよく考えれば何時にここに来るといってもこの使い魔はわかるだろうか。時計など持っているはずもないため、それを守れる保証もない。

 

ゴーン・ゴーン・ゴーン

 

と、何かいい案はないかと考え込むルイズの耳に聞きなれた学院の鐘の音が入ってきた。

・・・あるじゃないか。最適なのが。

 

「今鳴ってる鐘がこの後あと六回鳴るから、六回目になるころにまたここで待っててもらえる?」

 

「分かった」

 

「それじゃ、また後でね」

 

ルイズはそういうと踵を返して本塔の中へ入っていった。昨日とは違うところから向かうのだなと不思議に思ったモロだったが、冷静になってみればあたりを散策していた時にこの塔と寮塔以外の四つの塔とは通路が渡されていたことを思い出し納得がいった。

その背中を見送るとモロは暇つぶしのためにまた歩き始める。今度はこの学院の周りだけでなく草原の先あたりにでも足を延ばすのも悪くはない。

生前はこんな悠長な時間の過ごし方などやったこともないし、やる気もなかったモロだったが、いざやってみるとなると退屈で仕方ないのが正直なところ。それ以外の時間の過ごし方など今のところ持ってはいないため致し方ないものはあるが、ルイズを待っている間をどう過ごすかが今後の課題になりそうだ。

 

今の自分を見たなら、あの子は何を思うだろうか・・・。

 

「ふっ・・・」

 

そんなことを考えた自分が馬鹿馬鹿しく思え、呆れ交じりの笑みがこぼれる。

 

 

 

 

そんなモロの姿を空高く、太陽を背に飛んでいる青い影が見下ろしているなどと、モロは知るはずもない。

 

「キュイー!」

 

 

 

 

 

 


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