ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

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三話

草原を抜け、校舎にたどり着くと、ルイズとコルベールは授業があるためモロと一旦別れ、校舎の中へと入っていく。その際、ルイズがここで待っているようにと申し付けていたが、そんなことよりもモロの関心を引いたのがこの校舎である。今までモロが生きていた世界の建物というのは木造がほとんどであったが、そこでは見たことのないレンガで作られたこの洋風の建物は、モロの目には異様な物に映った。校舎を見つめるモロの姿を不思議そうに眺めていたルイズだったが、コルベールに促され、慌てた様子で校舎の中へ入っていく。

それを横目にモロは校舎の周囲をゆっくりと歩き始めた。

 

大体周囲を半周ほど進んだ時だった、モロがふと視線をやったその先に一人の女性の姿があった。どうやら洗濯した布を干しているようだ。鼻歌を歌いながら次々に竿に布をかけているのだが、その作業に夢中でモロの存在には気が付いていない。

 

「~♪」

 

その姿を遠目から何とはなしに見つめていると、女性が籠の中から布を取り出そうと屈んだ時、風によって竿から布が飛ばされ、丁度モロがいる方向へと流れてきた。モロはそれを口で丁寧に咥えると女性のもとへ歩み寄っていく。

女性の方もモロの存在にようやく気が付いたようだったが、モロに視線をやった途端に短い悲鳴をあげて腰を抜かしてしまった。

訳が分からないと顔をしかめていたモロだったが、とりあえず口にくわえていた布を女性の足元に置き、そのまま女性の近くを通り過ぎることにした。

 

モロが通り過ぎるまでまるで石のように固まっていた彼女だったが、モロの姿が彼女から離れたころになってから、足元に置かれた布の存在に気付いた。親切に届けてくれただけと気づき、感謝を送ろうと進んでいった方向を見るが、すでにその姿はなかった。

 

 

 

日が傾き、あたりが夕日に包まれてきたころ。授業の終わりを告げる鐘の音が響き渡ると、校舎の玄関から二年生と思われる生徒たちが使い魔を連れて一斉に外へと出てきた。スキンシップでも図ろうというのだろう、皆それぞれの使い魔とともに走り回ったり、転げ回ったり、飛び回ったりと忙しなくはしゃいでいた。モロはそれを木の陰から興味深げに見入っていた。一方、生徒たちも木の陰に座っている異様に大きな狼の姿を、ちらちらと横目に見ていた。けれど、モロと目があった途端にその場から足早に立ち去ってしまうのでモロとしてはどうでもよかった。

髪の色、目の色、背丈、様々な身体的特徴を持つ生徒たちが玄関から出てくる。その中に埋もれるように出てきた桃色の髪色をした生徒がモロのいる木陰へと走り寄ってきた。

 

「ちゃんと待っててくれたんだ」

 

「待つも何も、右も左もわからぬ場所でどうすればよいのだ」

 

本当は周囲を歩き回っていたが、教えるほどのものではないと考え黙っていることにした。

 

「それもそうね。それじゃ、寮塔に向かうからついてきて」

 

ルイズはそう言うと、スタスタと寮塔へと向かって歩き始める。モロもその場から立ち上がり、特に言うことなくそれに付いて行く。

 

ルイズの言う寮塔はそれほど遠くない場所にあった。長い年月使われ続けてきたのだろう、建物の素材であるレンガの表面がところどころ剥がれ落ち、粘土と思われる白い部分が見えてしまっている。しかし、それが逆に趣を感じさせ、その建物の雰囲気作りに一役買っているようだ。

 

「明日の朝、また迎えに来るからそれまでは好きにしてていいわよ」

 

「分かった」

 

「わかる場所にいてよ。お願いね」

 

それだけを言い残し、ルイズはさっさと寮塔の中へと入っていった。

 

 

自室に戻ったルイズは、いつものように制服を脱ぎ、それを椅子の背もたれにひっかけ、寝間着に着替えるという一連の作業をこなし、ベットに寝転がる。

そして、何気なく窓の外を眺めると、そこには自身の使い魔が木の陰に寝そべっている姿が見えた。今もあの大狼を自分が召喚せしめたというのが到底信じられない。もしかしたらそんな夢を見ているだけなのではないか。だが、いくら頬を抓って痛い思いをしても大狼はいなくならない。確かにあの大狼は自分が召喚し、使役しているのだ。それを実感すると鳥肌が立ち、心臓がバクバクと音を立てる。落ち着かせるために何度も深呼吸を繰り返すがそれでもこの興奮はおさまらない。

 

「モロ・・・」

 

無意識のうちにあの大狼の名を口にする。ごく小さなつぶやきだったがそれに反応してモロの頭が上がり、ルイズの部屋の窓を目した。まさか聞こえていたとは思わなかったルイズは、すぐさま窓から目をそらし、毛布で頭まですっぽりと覆い隠した。

その日、ルイズは毛布の中で、恥ずかしさのあまりに顔を真っ赤にして、言葉にならないうめき声を眠るまで上げていた。

 

 

 

(よくわからん小娘だ。私の名を呼んでおきながら隠れてしまうとは・・・何がしたかったのだ)

 

ルイズの部屋を見ながらそんなことを思っていたモロだったが、部屋の主に問いただす気分にもならなかったのでひとまず頭を下げ、また元の様に地面に寝そべる。

 

(しかし・・・、何ともおかしなところに来たものだ)

 

日は沈み、うっすらと暗闇に染まり始めると空には月が顔をだし、薄青の光であたりをぼんやりと照らし始める。が、その月はモロの知っている月よりも大きく、なおかつ二つ空に浮かんでいる。その奇妙な光景に表情には出さないが驚いているモロだった。

 

死した身である私を神は迎え入れてはくれずに、このような訳の分からない世界へと寄越したのには目覚めた当初は恨んだものだ。なにせ、死後の安寧の中であの二人の行く末を見守るつもりでいたのだからそれも当然の話だ。だから、私を呼び出したふざけた人間を噛み殺してやろうとあの小娘に襲い掛かった。だが、あの人間の小娘、ルイズのあのおびえた表情を見て、昔の、まだ幼かった頃の私の娘を思い出した。訳も分からず親に捨てられ、私のもとへ捧げられて間もないころのサンの表情と重なって見えてしまったのだ。だから、本当ならあの小娘の首を噛み千切り終いにするはずだったが、冗談と言ってやめにした。そして、あの小娘の願い通り、小娘の使い魔になった。

私は人間のすべてを信頼しているわけではない。だが、いがみ合う理由もない今はもはやどうでもよい存在となった。あの小娘はサンではないが、あやつが死ぬまでの間は付き合ってやろう。たった数十年、人間の寿命など短いものだ。その間付き合ってやればあの小娘も満足だろう。けれど、その間にもし、この世界の人間共が私やあの小娘に危害を加えようものなら、私は喜んで人間共の肢体を噛み砕いてやる。

 

(まあ、それがあればの話だが・・・)

 

そうならないことを願いつつ、モロは静かに二つの月を眺め、その夜を過ごした。

 


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