ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

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二十二話

港にいる商人たちから話を聞き、ルイズ達はこの港町でも上等な宿だと言われる『女神の杵』亭に泊まることにした。

名簿に名前を記入した後、三人は一階にある酒場に集まっていた。

 

「ワルド、何で船が出ないのよ」

 

向かいの席に座るワルドに、ルイズは尋ねた。長い移動の間、2人きりだったために幼い頃の言葉使いに戻るのはそう時間はかからなかった。それはワルドも望んでいたことであったし、特に注意することはなかった。

 

「明日は丁度『スヴェル』の夜だ。二つの月が重なる。その翌日にはアルビオンが最もラ・ロシェールに近づいてくる。船を出すにはその日の方が都合がいいという話だ」

 

「…こっちは急いでるっていうのに」

 

「まあ、そう焦っても仕方ないさ。ギーシュの言うとうり、ここで英気を養って、万全を期して向かうのも悪くはないよ」

 

ワルドはグラスに注がれたワインを一口あおる。それにつられルイズも一口含む。ここに酒を飲みに来ているわけではないのだし、飲めるだけでも有難いと思うほかなのだが、どうしても普段のワインと比べてしまい物足りなさが後を引く。

ワルドも同じようで、顔を顰めグラスをテーブルに置いてそれっきり口を付けなくなった。

暫くの沈黙の後、ワルドは徐に懐を弄り、そこから鍵を二本取り出して机の上に置いた。だいぶ使われ続けているのだろう、色褪せた、古びた鍵だった。

 

「さて、君らももう疲れたろう。今日はゆっくり休もう」

 

「ねぇワルド。鍵が一つ足らないようなんだけど?」

 

「ルイズ。君は僕と同じ部屋だよ」

 

「…は?」

 

ワルドの言葉を聞いた彼女は、ポカンと口を開けたまま固まった。その顔ははたから見れば滑稽そのものだ。

その言葉を飲み込んだ途端、彼女は頬を紅潮させ、音を立ててその場から立ち上がる。

 

「な、なに言ってるのよ?!私達まだ結婚もしていないじゃない!」

 

「何をそんなに慌てているんだ?婚約者同士が一晩を共に過ごすなんて、普通じゃないか」

 

「ギーシュ。あんたは黙ってなさい!」

 

ルイズの隣、窓際の席にいるギーシュが彼女とワルドの会話に割って入る。だが、ルイズにあえなく一蹴されてしまった。

ギーシュは肩をすくめながら、頬杖をついて窓に視線を移す。

顔を真っ赤に染めて喚くルイズ。それを宥めつつ、どこか楽しんでいる様子のワルド。その他にも旅行客や酒を煽る男達の姿が暗闇を背景に窓に映り込んでいる。遠くに視線をやると家々には明かりが灯り、夕食どきなのだろう、煙突からは煙が上がり薄闇の空へと登っていく。そこから横にずらすと街の端、両開きの門戸が外の暗闇に向かって口を開けている。篝火によってその先にある街道も数メートルほどだが望むこともできる。

 

「…おっと」

 

すると、街道の闇の中からゆっくりと白い巨体が現れた。モロだ。

 

「ルイズ。おい、ルイズ」

 

それを知らせようと彼女の肩を叩き、声をかけた。

 

「だから、あんたは黙ってなさい!」

 

「いいから、あれを見ろって」

 

ルイズは不承不承といった体で彼の指す方を見る。途端に彼女の眉間に深いシワが刻まれた。

 

「ワルド、ちょっと待ってて」

 

「どうしたんだい?何かあったのか?」

 

「ええ、でもすぐに済むことだから心配しないで」

 

それだけを言い残しルイズは席を立つと、スタスタと宿を出て行ってしまう。ワルドは窓越しに彼女を確認し、目で追っていく。そして、気づいた。彼女が駆けていくその先には巨躯の白狼と彼女と同じ制服を身につけた少女達がいた。

 

 

 

 

「遅かったわね。何してたのよ?」

 

ルイズはモロの元へ駆け寄ると、何気なくそう尋ねた。心の中では勝手をした使い魔に対して怒鳴り散らしてしまいたいのだが、いくら怒鳴ってもこの狼には何も響かないことはとうにわかりきっている。こっちが疲れるだけだ。

 

「…狩りを楽しんでいただけだ」

 

「そう…。それより…なんであんた達までここにいるのよ?」

 

モロの背後。彼女に追随していた二人の少女は、ひょっこりと顔をのぞかせる。キュルケとタバサだ。

 

「いやね。朝っぱらから何をこそこそしてるんだろうって気になっちゃって…」

 

「付いて来たの?」

 

「そっ。貴方たちを見失わないように、急いでタバサを起こしたんだから」

 

胸を張り、堂々とキュルケは言い放った。よく見ると、タバサの髪には寝癖がついたままだ。せっかくの休みのひと時を彼女の我儘によって邪魔されたのだから、この娘にとってみればはた迷惑もいいところだろう、と思う。勝手な想像だったが、タバサは表情に乏しく、言葉も少ないため何を思っているか判断できない。正直なところを聞いてみたい気もするが、今はその欲求を胸にしまっておくことにした。

 

「…という訳で、私たちもあなたたちの企みに一枚噛ませてほしいんだけど。どう?」

 

「どうって、出来るわけないでしょう。こっちはお忍びの任務なのよ。そんな勝手が通用するはずないじゃない」

 

「じゃあ、なんでギーシュもいるのよ?あいつもそのお忍びになんか関係あるのかしら?」

 

「それは…関係ある…とは言えないけど…」

 

「なら私達が加わっても問題ないじゃない。大丈夫。もしもの事があっても自分の身は自分で守れるから。それに、人手があって困ることはないわよ」

 

「だからって…」

 

「ああ、もう。貴女じゃ埒が明かないわ。ちょっとあの色男と話してくる」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

 

ルイズを追い越し、キュルケは足早に宿に向かって歩いていく。それに追いすがる形でルイスももと来た道を引き返していった。

 

 

 

「…お前は行かんのか?」

 

「…」

 

言葉に表さず、首肯することでタバサは応えた。自分は必要ない、という事だろう。もともとこの娘はルイズ達がしようとしていることにあまり興味がないようにモロには思えた。ただの思い付きで行動するような人間には見えない。ここに来たのだって、あの赤髪の小娘の思い付きに付き合わされての事だと容易に想像できる。

ただ、全てに興味がないわけではないようだ。その証拠に今モロに対して彼女の熱い視線が注がれている。

 

「…なんだ?」

 

「…あの男たち。何者?」

 

「見ていたのか」

 

コクリ。また首肯した。

 

「…あやつらが何者であるかなど知ったことか。私は私に襲い掛かろうとするあの者共を屠っただけだ。…調べたければ止めはせんさ。勝手にやればいい」

 

「…分かった」

 

「話はそれだけか?」

 

「…」

 

「なら、お前もあやつらの元へ行け。ここにいたところで何もないぞ」

 

会話を切り上げた後踵を返し、モロは町の外へと歩いていく。やはり人里の中は肌に合わない、ここよりも木々に囲まれた森の方がよっぽどいいと考えてのことだ。

纏わりつく視線を意に介すことなく、振り返ることもせずモロの足は街道を進んでいく。タバサ一人をその場に取り残すことになるのだが、モロが彼女を心配するはずはなかった。

タバサはモロの姿をじっと見つめていたが、その姿が闇に消えるのを見ると、踵を返し、仲間たちのいる宿へと足を向けた。


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