ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

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二十話

日も上がりきらない早朝の事。ルイズはベットから起き上がり、素早く支度を整えると、すぐ様部屋を飛び出した。向かう先は決まっている、モロのいる木陰だ。

寮塔の扉を開け、朝靄の中を進んでいく。朝もやは濃く、視界が遮られるがその中に黒い輪廓の影が見えてきた。ルイズは迷うことなくその影に向かって歩みを早める。

歩いた先には、やはりモロがいた。モロは首だけを上げてルイズを認めると、すぐに首を下げた。

 

「モロ、おはよう」

 

「…随分と早いな。何かあったか?」

 

「うん。今日は少し出かけなきゃいけなくなったのよ。それで、あなたにも付いて来て欲しくって」

 

「ほう…」

 

興味はさほど湧かないのだろう、モロはルイズに生返事を返すだけ、顔を見ようともしない。

 

「それで、今から準備してくるから、あなたも少ししたら門の前まで来て頂戴」

 

「私は行くと、一言も言ってないが?」

 

「どうせ暇でしょ?する事もないんだし、偶には遠くへ出かけるのも悪くないと思うわよ?それに、一度くらい私のお願いを聞いてくれたっていいじゃない」

 

口早にそう告げると、ルイズはモロの横を通り過ぎ、朝靄の中へ消えていった。

 

 

 

…奴に、何か吹き込まれたか…

 

昨夜見かけたあの人影。あの人影が入ってすぐにルイズの声が聞こえた。恐らくは彼奴がルイズの部屋を訪れ、ルイズは人影の顔を見たのだろう。そして、その顔がルイズの知った顔だった。それも、この場に不釣り合いな顔。

 

…機に喰わん

 

人間のこういった所がモロは心底嫌だった。誰にも知られることなく策謀を巡らせ、相手を貶める。そうやって人間は他を蹴り落とし、自らの一族を繁栄させてきた。

モロの一族の中にも人間の策謀にかかって命を落とした者もいた。

…何を吹き込まれたかは知らない。

…だが、それが原因であの娘の命が尽きることになっては面白くない。

 

モロは暫く考えた末、体をゆっくりと持ち上げ、朝日が照らす校庭を進んでいった。

 

 

 

 

門の前につくと、ルイズとギーシュが馬の鞍をつけている最中だった。

 

「あら、早かったわね」

 

「何故その小僧がいる?」

 

モロがギーシュに視線を向けると、ギーシュはばつが悪そうにモロに会釈を返す。

 

「…この前は、すみませんでした」

 

「ギーシュも付いてくることになったのよ。…全く、レディの部屋に聞き耳立てるなんて、失礼にもほどがあるわよ」

 

「いやぁ、ごめんごめん」

 

「…たく、早く鞍をつけちゃいなさいよ。あんたが終わればすぐに出発するから」

 

「ああ、分かったよ。…ところでルイズ、一つ頼みがあるんだが…」

 

「何よ?」

 

ルイズは荷物を鞍に括り付けながら、ギーシュを見ずに返事を返す。

 

「僕の使い魔を連れていきたいんだ」

 

「使い魔?」

 

ルイズはキョロキョロとあたりを見渡す。だが、ギーシュの言う使い魔らしき獣の姿はない。彼女は首をかしげるが、ギーシュはその様子が可笑しく、少し頬を緩ませる。

 

「どこにいるのよ?」

 

「ああ、君には見せたことがなかったね。実はもうここに居るんだ」

 

そう言ってギーシュは足元の地面を指さし、足で二回ほど踏み叩く。すると、土が盛り上がり、そこから茶色い毛並みをした獣が姿を現した。

 

「うわ!?」

 

予想しない所からの出現に、ルイズは思わず声を上げてしまう。

 

「おお、ヴェルダンテ!君はいつ見ても愛らしいね!」

 

ギーシュは地面に膝をつき、その獣に抱き付き頬ずりをする。獣、ヴェルダンテはむず痒そうに目を細め、主人の抱擁を受け入れている。

 

「…あなたの使い魔って、ジャイアントモールだったの?」

 

「そうさ!これが僕の愛しの使い魔、ヴェルダンテさ!」

 

ジャイアントモール。有体に言ってしまえばでっかいモグラだ。イノシシくらいの大きさはあるだろう。モロは興味深そうにヴェルダンテを見やっているが、とうのモグラは自分よりも大きな獣に萎縮し、すぐさまギーシュの後ろに隠れてしまう。

 

「おっと、ヴェルダンテを怖がらせないでくれよ」

 

「…そやつが勝手に恐れているだけだ。私に非はない」

 

「…それはそうだけど。なあ」

 

「…私に聞かないでよ」

 

ため息をつきながら、ギーシュの足元のモグラを見る。

 

「…残念だけど、あなたの使い魔は連れていけないわ」

 

「何故だい?移動ならヴェルダンテは土の中を進むから心配いらないよ?」

 

「忘れたの?私たちが行くのはアルビオンなのよ?」

 

ルイズの言葉にギーシュは愕然とし、再度地に膝をついた。

 

「お別れだなんて…。辛すぎるよ、ヴェルダンテ!」

 

別れを惜しむように、先ほどよりも大げさにモグラに頬刷りをするギーシュ。すると、ヴェルダンテの鼻がひくひくと動き、匂いを辿るようにルイズの元へとすり寄っていく。

 

「え?な、何よ?ちょっと…?!」

 

ヴェルダンテはその巨体でルイズを押し倒すと、体中を鼻で弄りはじめた。

 

「ちょ…や!どこ触ってんのよ!?」

 

ルイズはモグラの鼻から逃れようと地面をのたうち回った。だが、ヴェルダンテはお構いなしに彼女の体を弄り続ける。その結果、スカートはめくれ、シャツははだけ、下着までもが露わになってしまう。

すると、ヴェルダンテの鼻はルイズの右手の薬指にはめられた指輪をしきりに嗅ぎつけた。

 

「こら!それは姫様の指輪なのよ!離しなさい!」

 

「ああ、なるほど指輪か。ヴェルダンテは宝石や鉱石を探しあてるのが得意でね、『土』メイジの僕にとってはおりがたい話なんだが…。人がつけているアクセサリーなんかも取ってきてしまうことがあるんだ」

 

「そんな事言ってないで、早く助けてよ!」

 

そうルイズがのたうち回っていた時だ。突如突風がヴェルダンテを襲い、その巨体をいとも容易く吹き飛ばしてしまった。

 

「誰だ!!」

 

ギーシュは怒りで顔を真っ赤にさせながら、杖を引き抜く。

すると、その声に反応するように朝もやの中から一人の男が姿を現した。頭には羽帽子をかぶり、いかにも貴族然とした男だった

 

「貴様、僕のヴェルダンテに何をする!!」

 

ギーシュは男に向かって杖を突きつける。だが、男はそれにおくびもせずに言葉を紡ぐ。

 

「すまない。婚約者が襲われているのを、黙って見てられなかった」

 

「婚約者?」

 

「そうだ」

 

男は羽帽子を取ると、それを胸に当て優雅に一礼をしてみせる。何度となく繰り返してきたためか、その動きに一切の無駄はない。

 

「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ。王女殿下の命で君たちに同行することとなった。短い間だがよろしく頼む」

 

その名を聞いたギーシュは慌てたように杖を下げ、頭を垂れた。二三文句を言ってやろうとしていたが、魔法衛士隊は王国貴族の憧れであり、そこに属する者はこの国の精鋭ばかりだ。そこの隊長ともなれば自分との実力の差は馬鹿でもわかる。とてもじゃないが相手が悪すぎた。

 

「ワルドさま…」

 

ルイズは予想だにしない人物の登場に動揺を隠せていない。だが、真っ先に服の乱れを正してすっと立ち上がるぐらいには余裕があった。

 

「やあルイズ。久しぶりだね」

 

ワルドは笑みを浮かべながらルイズに歩み寄ると、その体を抱え上げる。

 

「お、お久しぶりでございます」

 

顔を赤らめ、恥ずかしそうにルイズは俯いてしまう。だが、かといって抵抗しようともせずにワルドのされるがままとなっている。

 

「相変わらず君は軽いな。まるで羽毛のようだ」

 

「そんな、恥ずかしいですわ」

 

「恥ずかしがることなんてないさ。だけど、ちゃんと食事はとるんだよ?私も含め、公爵様や奥方様も心配するからね」

 

「ええ、心得ております」

 

ワルドはルイズの言葉に満足がいったようだ。うんと頷くとルイズをゆっくりと地面へ下ろしてやる。

 

「ルイズ、彼を紹介してくれないか」

 

「はい。えっと…ギーシュ・ド・グラモンです。私とはクラスが同じで、今回、アルビオンへ一緒にいく事になりました。」

 

「グラモン?あの元帥殿のご子息か?」

 

ルイズは声には出さずに、頷くことでそれに答える。紹介を受けたギーシュは畏まりながらワルドの元へ歩み寄り、頭を垂れる。

 

「…先ほどはとんだ無礼を働いてしまい申し訳ありません」

 

「いや、気にしてはいないさ。悪いのは寧ろ私だからね。私の方こそ君の使い魔を吹き飛ばすようなまねをしてすまなかった」

 

「いえ、そんな…。後でヴェルダンテには言って聞かせておきますので…」

 

「ああ、わかった」

 

ワルドはギーシュに頭を上げるように促しながら、その目はルイズの背後に佇む、大きな狼を捉えていた。先ほどから三人の会話に入ってこようとはしないが、狼から発せられる気配は、黙したままであってもただならぬものを感じた。

 

「ルイズ…。あの狼は?」

 

「ああ…私の使い魔です。名前はモロ」

 

「ほお…あれが君の使い魔…」

 

ワルドは興味深げに息を漏らしながら、狼の肢体をまじまじと見つめる。体色然り、その大きさ然り。彼がこれまで見てきたどの狼にも似て似つかないものだった。

モロは彼の視線に臆するそぶりも見せず、ワルドの顔をただじっと見つめている。

 

「…あの、モロが何か?」

 

「ん?ああ、いや、別に何も。…さて、そろそろ行くとするかな」

 

ワルドが口笛を鳴らすと、朝靄の中から一頭のグリフォンが現れた。鷲の頭に獅子の胴体、その背中からは立派な広翼を生やした幻獣だ。

ワルドはその背に颯爽と飛び乗ると、ルイズに手を差し伸べる。

 

「ルイズ、おいで」

 

彼女は少し躊躇ったようにそわそわとするものの、彼の誘いを無下にすることはしない。ルイズは恐る恐るワルドの手に自らの手を乗せる。ワルドはその手をしっかりと握りしめ、自身の背後へと彼女を座らせる。

 

「では諸君、出撃だ!」

 

杖を掲げ、一気呵成にそう叫ぶと、手綱を打ちグリフォンは地を蹴った。感動した面持ちでギーシュも直ぐさま馬に飛び乗りそれに続いていく。

 

「…」

 

モロは上空高くに飛び上がった二人を見つめていた。というよりも、彼女がひしと抱きついている男、ワルドをじっと見つめていた。

ワルドが現れる少し前、モロは木陰からワルドが二人の様子をじっと見つめていた事に気が付いていた。

 

…黙っていることができなかった…

 

ワルドが言った言葉を頭の中で反芻する。それは文字通りの意味だろう。許婚の女があられもない姿を晒してしまうのは、奴としても見ていて気持ちのいいものではなかった。だから、直ぐに姿を現した。と考えれば何の不思議のない言葉だ。

だが、モロの中では何かが引っかかる。黙っていることができないのであれば、あのモグラに押し倒された時点で出てくればいいだけの話だ。ルイズの事を大切に思っているのであれば、今さっき見せたように、押し倒された時点であのモグラを吹き飛ばすだけで済んだはずだ。でも、奴はそうしなかった。ワルドは彼女が押し倒されたとしても、その場を動こうとはせず、こちらを見続けていた。もしかすれば、ただ単に生娘の肌を見たかっただけかもしれない。それならば、あの時間ルイズの姿を見て楽しんでいたのだろうと納得できる。だが、奴の目はそんな邪なものをはらんではいなかった。彼の目は鋭く、まるで私たちを監視してでもいるかのようだった。

モロの視線の先には、もう小さくなったグリフォンのシルエットがある。今もルイズは奴の背に捕まっているのだろう。あの二人の口ぶりから察するに昔からの付き合いがあるのだろう。それも、家族ぐるみでの。だが、今の奴はルイズの知るワルドという男なのだろうか。人間は変わる。誰それの影響であれ、年月の経過であれ、世間を知ることでであれ、人間は絶えず変化していく。それが人間の特徴であり、恐ろしい部分でもある。

 

「…気に食わん」

 

何に、誰に対して言ったかは定かではない。モロはそう呟くと三人を追って学院を離れた。


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