ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

2 / 25
二話

「おい、ゼロのルイズが召喚したぞ」

「狼?それにしては大きいわね」

「あれ、生きてるのかしら?」

「死んでんじゃないのか。さっきから全然動かないし」

 

生徒達の口からは縁起でもない言葉か紡がれる。たしかに、召喚されてから、ぐったりと倒れたまま微動だにしないその姿を見れば、死んでいると思っても仕方が無い。

心配になったルイズは、大狼のそばへと歩み寄り、その体に触れる。見た目以上に柔らかな体毛は上下に動き、呼吸の音も聞こえてくる。どうやら眠っているだけらしい。

安堵に胸を撫で下ろす彼女だったが、その様子を見ていたコルベールがその肩を二回ほど叩く。

 

「ミス・ヴァリエール。安心するのはコントラクト・サーヴァントを終えてからにしてください。召喚しただけでは儀式を終えたことにはなりませんよ?」

 

「ミスタ・コルベール。分かりました、直ぐに行います」

 

そう言うと、彼女は大狼の体から手を離し、顔の方へと移動する。そして、杖を握りしめ、静かに詠唱を始める。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔と成せ」

 

詠唱を終えると、大狼の口元へと自身の顔を近づけ、優しく接吻を施した。

 

 

長い沈黙がその場に流れる。少女が大狼に接吻を施しているその姿はさながら一枚の絵画の様で、その不思議な魅力からか生徒達も、教師であるコルベールでさえ言葉を無くし、ただただ見入ってしまっていた。

そんな事は露ほども知らないルイズはそっと大狼から口を離し、数歩後ろへ下がって様子を伺う。

 

その直後、大狼の胸の辺りが光り出し、ルーンが刻まれ始めた。痛みからか、大狼は歯をむきだし、苦しそうな顔をゆがませる。

やがて、光も収まり、ルーンが大狼に刻み込まれたのを確認すると、儀式を無事に終えられた安心からか、ルイズはその場にへたり込んでしまう。

 

「よく頑張りましたね、ミス・ヴァリエール。これで、儀式は全て終了です。さあ皆さん!次の授業に送れないよう、教室に戻りなさい!」

 

『はーい』

 

コルベールの声に生徒達は生返事を返すと、ふわりと宙に浮き、校舎の方へと次々に飛び去って行く。

現代の人間から見れば奇怪極まりない光景だが、この世界ではメイジが空を飛ぶのは普通であり、常識なのだ。

それをとやかく言う者は誰一人いない。

 

一人また一人と飛び去っていくなか、コルベールは大狼のルーンを記録しようと、自身のノートとペンを取り出し、簡単にスケッチをし始めた。

 

「しかし、珍しいルーンだな。全く見覚えがない・・・、いやでも、何処かで見た様な・・・。後で調べてみるか・・・」

 

ブツブツと一人言を呟きながら、手を動かし続ける。ルーンの他に大狼の外見などもスケッチをしてしまう。それが終わるとノートとペンをしまい、ルイズの元へと戻っていく。

 

「ではミス・ヴァリエール。私達も戻りましょう」

 

「・・・・・・」

 

「ミス?」

 

コルベールの声が聞こえていないのか、返事を返さない。ルイズはただ一点に視線を注いだまま呆然と立っていただけだったが、不審に思ったコルベールはその視線の先を辿り、背後を振り返った時、それが分かった。

 

大狼がこちらに向かって歩み寄って来ていたのだ。

ただそれだけの行為に過ぎなかったが、何故かその姿から不気味な何かを感じ、咄嗟にルイズを背後に立たせ、庇うようにその場に立つ。

 

「やれやれ、漸く眠りにつけたと思えば、まさか、人間に叩き起こされる羽目になろうとはな」

 

コルベールは驚きを隠せなかった、それはルイズも同じだろう。この大狼はいま、その口で言葉を紡いだのだ。

言葉を紡ぐ獣の存在は広く知られてはいるが、狼で、それもこんなにも巨大な姿形をしたものが発見されたという話はこれまでに聞いたことがなかった。

 

「し、失礼ながら、あなたは一体何者ですか?」

 

コルベールは大狼を刺激しないように言葉を選びながら尋ねる。

 

「私か? ただの山犬だ。それ以外の何物でもない」

 

山犬。聞いたことのない種族だったが、それはおいおい調べることにして、頭の片隅に置いておく。

 

「お前の問いには答えた。今度は私の問いに答えてもらおう」

 

「な、何でしょう」

 

「私に刻まれたこの文字は何だ?」

 

「それは、使い魔のルーンと言って使い魔の契約を交わした証であり、契約主とあなたを結ぶ印のようなものです」

 

「ほう、それで?その契約主とやらは何処にいる?」

 

「こ、ここにいるわ!」

 

ルイズはコルベールの影から体を晒し、威勢良く大狼に名乗り出る。コルベールは一瞬焦ったが、大狼は何もせずにただ興味深げにルイズを見るだけだった。

 

「小娘、お前がか」

 

「そ、そうよ!なんか文句ある?!」

 

「随分威勢のいい小娘だ。・・・人間、その契約とやらはこの小娘の首を噛み砕いたならばどうなる」

 

「え?」

 

その瞬間、大狼のその鋭い牙がルイズをめがけて襲いかかる。コルベールは咄嗟の事で反応が遅れてしまう。このままでは魔法を行使しても間に合わない、そう判断したコルベールはルイズの肩を引き寄せ、抱きしめる形でルイズを包み隠し、体を張って守ろうとした。

 

だが、その牙はルイズにもコルベールにも届くことはなかった。

 

「ウッハハハハ。冗談だ」

 

大狼はそう言って二人から離れ、腰をついて笑って見せていた。死を覚悟するほどの迫力に冗談と分かったいまでも手足の震えが止まらない。

ルイズに至っては、腰を抜かして地面にへたり込んでしまっていた。

 

「・・・小娘」

 

「な、なに?」

 

「お前は何故私を呼び出した?」

 

「・・・え?」

 

「お前が私を呼び出したその理由を聞いているのだ。理由もなく、ただ呼び出したわけではあるまい」

 

「・・・それは」

 

私が二年生に進級する為。ルイズはそう答えようとした。だが、彼女はその言葉は言葉として口から上手く伝えられないでいた。なぜだか、この大狼はそんな答えでは納得してくれない、そんな気がしたのだ。

それに理由なんてない、勘としかいいよ言いようのない「そんな気」は頭で用意した台詞ではなく、心の中に溜まっていた黒い何かをを引き上げ、言葉に変えた。

 

「・・・皆を、私を馬鹿にしている皆を見返してやる為よ!!」

 

「・・・・・」

 

こんな事を言いたくはない、だが、それとは裏腹に口が勝手に動き、中に溜まっていたものを曝け出していく。誰にも言ったことはない、家族ですら知らない感情を大狼にたいしてぶちまける。

 

「私は魔法を使えない、使えば必ず失敗する。それで私は今まで皆からゼロ、ゼロって言われて馬鹿にされてきた。悔しかった。何度も自分の運命を呪ったわ。でも・・・、今日あなたを召喚したことで私にも魔法が使えるんだって分からせることが出来た。これで誰も私を馬鹿に出来ない。だって、あなたが私が魔法を使えた、その証明になったんだから!!」

 

一息にまくし立て、息を乱している彼女を大狼はその双眸で静かに見つめているのに対して、ルイズの直ぐそばにいたコルベールは心底驚いていた。彼女はここまで追い込まれていたのかと。いつも生徒達からからかわれているだけだと思っていただけに、そのことに気づけなかった自分の不甲斐なさに嫌悪していた。

 

「・・・よく解った。いかにも人間らしい手前勝手な理由だ」

 

「・・・失望した?」

 

「元より、人間に良い印象などない。・・・以前の私ならお前なぞとっくに噛み殺していた」

 

「うっ・・・」

 

「・・・・以前の私ならばな」

 

どこか遠く見ながらそう呟く大狼の顔は、怒っているようで、けれどどこか優しげで、まるで遠くにいる誰かを思っているような、そんな表情をしていた。

 

「小娘、名は?」

 

「ルイズ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 

「随分大層な名だな。ではルイズ、お前の使い魔とやら私がやってやろう」

 

「えっ・・・いいの?」

 

「構わん。とはいえ、使い魔の契約とやらも私が眠りこけている間になされていたようだがな」

 

「・・・ありがとう!!」

 

そう言って、ルイズは大狼の顔へと飛びつき、抱きつく。大狼は煩わしそうにしていたが、決して振り払ったりせずルイズの好きにさせてくれていた。

それを見て緊張の糸が切れたコルベールは深く息を吐き出し、握りしめていた杖を片付ける。

 

「ねぇ、あなた名前は?」

 

「モロだ」

 

「モロ・・・か。うん、分かった。今日からよろしくね、モロ」

 

ルイズはモロに抱きつき、笑顔をほころばせるその姿は、まるで母犬にじゃれつき甘える子犬のようであった。コルベールその微笑ましい光景をしばらく見つめていたが、一旦切り上げ、一人と一匹に校舎に戻るよう促す。

ルイズはそれに了解するとモロから離れ校舎へと戻っていく。モロもそれに追随する形で歩き始めた。






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。