ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

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十八話

「お主らはここで待っておれ」

 

オスマンは連れ立ってきた四人にそういうと、一人フーケのいる馬車へと向かっていった。その背中を心配そうにルイズとコルベールは見守っていたが、どうもそれは二人に限られるようで、キュルケは暇そうに欠伸を噛み殺し、タバサに至ってはどこから取り出したか、一冊の本に目を落とし読み始めていた。あのオールド・オスマンがコソ泥に遅れをとるはずがないと考えての事だろうが、とても二人には出来る芸当ではない。ルイズは二人に一言言ってやろうとも思ったが、言ったところでどうにもならないと考え、その視線を老人の背中へと戻した。

 

待つこと十分。オスマンとフーケの対談は特に何事もなく、平穏のうちに終了した。その内容は四人のいる場所からでは確認することはできなかった。戻ってきたオスマンの顔には何時もの様に微笑みを湛えていたが、彼女に対してのものか、落胆の色もにじんでいた。どうやら、オスマンの言葉は彼女には響かなかったようだ。

 

「もう、よろしいので」

 

「うむ。もう用は済んだ。…すまんのう、年寄りの気紛れにお主らまで付き合わせてしまった」

 

「いえ」

 

オスマンの言葉にルイズは首を振りつつ答える。

 

「そうか…。今回の件は君らの協力なくしては一件落着とはいかなかったじゃろう。…そこでじゃ、儂は君らを『シュヴァリエ』の爵位申請に出そうと思う」

 

「ほ、本当ですか?!」

 

キュルケが言う。驚きを隠せないようでその目は見開かれている。

シュヴァリエ。貴族の爵位の中では最下位に属するものだが、その他の爵位の様に金の力や権力、世襲によって受けられるものではない。純粋な己の実力とそれに見合う実績があり、なおかつそれが評価されて初めて叙せられる。栄誉ある爵位なのだ。

 

「うむ、本当じゃよ。おって沙汰がある。その時はまた声をかけよう。…といってもタバサ君はすでにその爵位を所持しているようじゃから、君には精霊勲章の授与を申請しておこう」

 

浮かれ気味に目を輝かせていたルイズだったが、オスマンの何気ない言葉に耳を疑った。それはキュルケも同じようだ。

 

「本当なの?タバサ」

 

キュルケの問いに、タバサは何も言わずにコクンと小さくうなずいた。とても信じられない話だが、ゴーレムとの一戦でのあの場慣れした戦い方を見れば納得せざるを得ない。

 

「なんじゃ教えておらんかったのか?」

 

「…はい」

 

「…まあ、何か事情あっての事じゃろうて。そんなことより、ほれ、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。一時は中止も考えておったが、これで問題なく開会できるわい」

 

「そうだったわ!こうしちゃいられない。タバサ、急いで戻って準備するわよ!」

 

オスマンの言葉にパッと表情を明るくしたキュルケは、タバサの襟首を引っ掴み、馬もかくやの速さで本塔へと駆け戻っていった。

 

「ほっほっほ。若いのう。若いのは元気があっていいのう」

 

たっぷりと蓄えた白髭を撫でながら、オスマンは二人の後姿を眺めていた。ふと、そこから視線をそらすと、一人の生徒がこちらをじっと見つめて屹立している姿があった。

 

「ん?ルイズ君はいかんのか?」

 

「あの、少し伺いたいことがありまして…」

 

「何じゃ?言うてみぃ」

 

「あの、…『破壊の杖』はいったい何なのでしょうか?」

 

「何なの、とは?」

 

「あの杖は単なる杖でないことは誰の目で見ても分かります。ですが、失礼ですが、私はあの杖にフーケが目をつけるような価値があるとはどうしても思えないのです」

 

「こら、ミス・ヴァリエール。口が過ぎますよ」

 

「まあまあ、そう言う出ないコルベール君。…そうじゃのう…。少し、昔話でもしようか」

 

そう言うと、オスマンは地面に胡坐をかいて坐る。

 

「さあ、座りなさい」

 

ルイズとコルベール夫々に手で座るように促す。戸惑っている様子の二人だったが、その手に従い、コルベールは胡坐をかき、ルイズは正坐の姿勢で腰を下ろす。それを確認すると、オスマンの口はゆっくりと、かつて自身の若いころにあった出来事を語り始めた。

 

 

数えれば百有余年、オスマンがメイジとして未だ未熟だったころ。薬草の採取のために森の中を散策していた時の事だ。突然、上空よりけたたましい鳴き声と共にワイバーンが飛来し、オスマンの身に襲い掛かってきたのだ。オスマンは驚きつつも魔法を駆使し応戦した。だが、この時は今ほどの魔力を保持してはおらず、時間が経つにつれて行使する力が衰えていった。そして、とうとう限界寸前にまで追い詰められたオスマンは、力無く地面に膝をついてしまう。この時の恐怖といったら、今思い出しただけでも体が震えると、オスマンは笑いながら語っていた。

 

ワイバーンはオスマンを地面に抑えつけ、その喉笛に自慢の牙を突き立てられようとした。その時だ。一人の男がワイバーンの背後より現れた。

その男は橙色の衣をその身に纏い、白い布を巻いて顔を隠していた。どこか異国の者のようだったとオスマンは語る。

 

ワイバーンもその男に気が付いたようで、オスマンから離れ、今度はその男に躍りかかった。男は状況がよく呑み込めていない様子だったが、『物の怪か!』とそう叫びながら腰の袋から棒切れを取り出し、その手に持っていた杖の金属部分に射し込んだ。だが、杖は何の変化も起こらない。男は慌てるが、獲物の都合など捕食者の知ったことではない。ワイバーンは一息に男との距離を詰め、その強靭な顎で男を咥え、オスマンのいる方へと投げた。

ドスンという鈍い音を立てて木の幹にぶつかった男は、短いうめき声をあげ、動かなくなった。オスマンはすぐさまその者の元へと駆け寄った。

 

『だ、大丈夫ですか?!』

 

オスマンはその者の体を抱き起し、身体を揺する。その間にもワイバーンはゆっくりと二人に近づいていく。

 

『あ…あんた…。…火…持ってない…かい?』

 

『火、ですか?』

 

『ああ…小さくてもいい…あるか?』

 

『え、ええ』

 

オスマンは男の頼み道理、杖から小さな炎を創り上げる。まさか、棒切れの先から炎がでるとは思いもしなかった男は、目を丸くしていた。だが、今はそれどころではないと男は顔を締めなおす。死は目の前にまで迫ってきているのだ。

男は手に握っていた棒切れに炎を移す。こんな小さな炎でいったい何をしようというのかオスマンには分からない。その考えている間に、ワイバーンはその凶暴な口を大きく開け、二人を食らいつこうと襲い掛かる。

もはやこれまで。せめて痛みが一瞬で終わるように祈りながら、オスマンは覚悟を決め、瞼をおろした。

だが、まだあちら側はオスマンを迎える準備はできていなかったらしい。

突然、轟音が森のしんとした空気を揺らした。音はオスマンの隣から鳴り響いた。近くにいたオスマンは体をビクッと震わせ、驚きのあまり目を見開く。

 

『なっ…!』

 

目の前の光景に思わず息をのんだ。今ほどまでオスマンらを捕食しようとしていたワイバーンが、地面に倒れ伏せていたのだ。胸部にあたる部分には黒い風穴が開けられ、そこから止めどなく赤黒い液体が流れ出している。

 

『へっへっへ…ざまぁねえ…』

 

隣にいる男は不敵に笑みを浮かべながら、構えていた杖を地面に下ろす。その杖の先、龍の装飾が施された金属部分からは白い煙が立ち上っている。

 

『…あなたが、ワイバーンを?』

 

『他に誰がいるってんだ…。阿呆か?…お前さんは?』

 

木にもたれかかりながら、男はオスマンの問いかけを鼻で笑う。

 

『…なあ、あんた』

 

『なんでしょう?』

 

『…こいつを…仲間がもし来たら、これを渡してやってくれ』

 

そういって、男は杖をオスマンに差し出す。その手は震え、杖を持つのも精一杯のようだった。

 

『それよりも、治療を…』

 

『んな事は必要ねぇ。…もう体に力が入んねぇんだ。俺はもう…駄目だ』

 

『そんな…』

 

『それよりこいつを、俺と同じような恰好の奴に渡してくれ。…頼む』

 

『…分かりました』

 

『…すまねぇ』

 

オスマンが杖を受け取ると、男の手は杖から離れ、だらんと垂れ下がる。

 

『…エボシ様…頭…』

 

それが男の最後の言葉だった。いずくかの者の名前を呟き、男は眠るように瞼をゆっくりと下ろし、息を引き取った。

 

 

 

「それ以来、儂は彼の仲間が現れるのを待ち続けておる。あの杖を渡す時が来るのを信じ続けながらのう」

 

「そう…だったんですか…」

 

「…じゃから、あれを盗まれた時には儂は焦りに焦ったよ。これでは恩人との約束を違えてしまうことになるとのう。…それを君らが護ってくれた。…感謝の言葉もない」

 

「い、いえ。当然のことをしたまでです」

 

ルイズは照れ臭そうに顔を赤らめる。

 

「……ところで、ワイバーンはその後どうなったのでしょうか?」

 

「それがのう…消えておったのじゃよ」

 

「消えた…とは?」

 

「うむ。彼を埋葬し、供養してしばらくした後。またあの場所へ行ってみたのじゃ。じゃが、驚いたことにそこにワイバーンの死体がなかった。その時は儂もまさかあの深手を負って動けるとは思いもしなかったが…その生命力は測り知れんのう」

 

「そう、ですか」

 

「…さあさあ、この話はもうおしまいじゃ。早く行きなさい」

 

「は、はい…」

 

ルイズはオスマンとコルベールの二人に会釈をすると、学院へと駆け戻っていく。その姿が学院の中へ消えるまでオスマンは見つめ続けた。

 

「学院長。では私たちも」

 

「そうじゃの。行くとするか」

 

コルベールの言葉に首肯し、学院の方へと歩き始めた。その最中、横目にフーケのいる馬車を見やる。車窓の死角に入っているのか、あるいは寝転んでいるのか、彼女の姿を確認することが出来ない。

 

「…おしい。本当に惜しいのう」

 

「…?どうされたので?」

 

「ん?いや、何でもない。ささ、戻るとしよう」

 

「は、はあ」

 

そそくさとコルベールの脇を抜け、オスマンは学院の中へと入っていく。コルベールは不思議そうに首を傾げはするものの、そのすぐ後に扉の中へと姿を消していった。

 

 

その日の夜。大勢の着飾った生徒や教師たちが食堂内にあるホールに一堂に会していた。学年、性別、年齢を問わず、皆それぞれ気の合う連中と談笑を楽しんでいる。その中には多くの取り巻きたちに囲まれたキュルケの姿や、ホールの片隅に腰を据え、ハシバミのサラダを頬張るタバサの姿、友人たちと談笑している、そんななかでも口にバラを咥えるのを忘れない、ギーシュの姿もあった。

皆がそれぞれで楽しいひと時を過ごしていると、ホールの入り口、両開きの扉がゆっくりと開かれた。会場にいる全員がそこへと一斉に目を向ける。扉の先から、二人の執事に付き添われた一人の少女が姿を現した。

 

「ヴァリエール公爵様が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢!」

 

衛士の一人が高らかに声を上げた。ルイズは普段の制服を脱ぎ去り、白いドレスに身を包み、長い桃色の髪を銀糸の布紐で結い上げた姿で現れた。遅れて入ってきた彼女に幾人の男子生徒がちょっかいを出そうとしていたが、その姿を見た途端に息を呑む。皆の視線を一挙に受けたことで、気恥ずかしさから彼女の顔にはほんのりと朱がさしていた。それがさらに男子の注目を集めることになるとは彼女は気が付かない。ルイズがホールの中に入るのと同時に扉は締まる。それを見計らって楽師たちは演奏を始め、舞踏会の幕が上がった。ゆったりとした音調に合わせて生徒、教師たちはパートナーと共に踊り始める。

執事たちはルイズをホールの中央にまで連れていくと、彼女に対し一礼し、スタスタとその場から離れて行った。

1人になった彼女の周りには踊りを申し込もうとする男たちが群となって押し寄せた。彼女が現れるまでその存在など眼中にもなかった彼らだったが、着飾った彼女の美しさを前にいとも簡単にその考えを改めた。何とも調子のいいことこの上ない。なかにはすでにパートナーまで決まっていた輩もいた。パートナーだった女性は不憫でならない。

ルイズの前には多くの手が差し出されるが、彼女はそれらを断り、一人ホールのベランダへと足を向ける。

 

「はぁ」

 

ため息を一つ吐く。踊るのが嫌でここに逃げてきた訳ではない。ただ単に今日は気分が乗らず、一人でいたかった。ああも人に囲まれているとワインも飲んでいないのに気分が悪くなってくる。

ルイズは何となく真上を見上げ、いつも使い魔がやっているように夜空を眺めてみる。夜空には雲一つなく、満点の星々がきらめき、双月の青白い光が学院の庭を妖しく照らしている。いつみてもこの夜空は相変わらず綺麗なものだと、まじまじとそう思う。

 

「…馬子にも衣裳だな」

 

と、唐突に闇の中から声が聞こえた。ルイズは声の聞こえた方をよく見ると、使い魔がこちらに向かって歩み寄っている姿が見えた。

 

「何よ、それ?馬鹿にしているの?」

 

ルイズはモロがベランダの近くに寝そべるのを見計らって声をかける。

 

「そのままの意味さ。馬鹿になどしていない」

 

「…馬鹿にしてんじゃない」

 

ドレスで着飾っていなければ、モロの目には自分は馬子に見えるということか。

 

「いいわよ。どうせ私なんて馬子よ。馬子は馬子なりの服装を心掛けますよ」

 

ベランダの手すりに両腕を乗せ、片手で頬杖をつきながら、少しすねた言い方でルイズは口を動かす。

 

「そういちいち腹を立てるな」

 

「…誰のせいだと思ってんのよ。誰の。…それよりどうしたのよ、こんな時間に?」

 

いつもならモロは木陰に寝そべり、眠りについているはずだ。

 

「…何をしているのかは知らんが、お前たち人間共の馬鹿騒ぎのせいでこっちはおちおち眠りにつけん」

 

「ああ…それはごめん…」

 

「お前に謝られたところで、どうにもならんようだがな」

 

「あははは…そうだね…」

 

しばしの沈黙。特に喋る話題もなく、一人と一匹は互いに夜空を見上げる。静かで無理に話しかけることのない、心地のいい時間が流れていく。

 

「…ここでの暮らし、慣れてきた?」

 

何とはなしにモロにそう問いかける。

 

「…多少は、な」

 

モロはそれだけを言って、口を閉ざした。少し経ってから、今度はモロからルイズに声をかける。

 

「…小娘」

 

「何よ?」

 

「お前はあの中に加わらんのか?」

 

そう言って、モロはホールの中を顎で指す。

 

「…いいのよ。今日はそういう気分じゃないの」

 

「…あれのためにわざわざ着飾ったのではないのか?」

 

「そうだけど…でも、いいのよ」

 

「…そうか」

 

それだけ言うと、モロは立ち上がり、どこかに向かって歩き出そうとする。

 

「どこ行くのよ?」

 

「…あの馬鹿騒ぎが収まるまで、少しそこらを歩き回る」

 

「…そっか。行ってらっしゃい」

 

ルイズは片手をヒラヒラと振りながらモロを見送る。

ゆっくりとその巨体を揺らしながら、モロは暗がりの中へと消えていく。もう少しでその姿が見えなくなる手前、モロはその足を止め、ルイズの方を横目に見やる。

 

「…小娘。折角着飾ったのだ、少しはあやつらに付きあってやれ。お前は顔だけはいい、それを活かさなくては損だぞ」

 

そう言って、モロの姿は暗がりへと消えていった。

 

「…何?今、私ほめられた?」

 

そう気づくまでに数分の間があったが、気づいた途端に彼女の顔は熱を発しだし、あっという間に赤く染まる。これまでに己の容姿について褒められることは何度となくあった。だが、あのモロから褒められると何故かそれよりも遥かにうれしく感じる。

ルイズは火照った顔の熱を冷ますために、手すりから手を離し、両手を頬に宛がる。ひんやりとした手の心地のいい冷たさが、顔を適度に冷ましてくれるが、すぐに手にも熱が伝わり熱さましの意味を無くしてしまう。

 

「そ、そうね。あいつらにつ、付き合ってあげるのも、悪くはないわね」

 

顔の筋肉が弛緩し、にやけ顔のままルイズは踵を返し、上機嫌にホールの中へと戻っていった。第三者がいればその言葉が褒め言葉とは逆の意味だった可能性を指摘できたのだが、残念なことに彼女以外の人間はその場にはいなかった。


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