ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

16 / 25
十六話

三人は地面に降り立ったもののどう動いたものかと頭を悩ましていた。

というのも、ゴーレムの動きが突然止まり、大きな大木をその手に持ったまま微動だにしなくなったのだ。最初は油断を誘おうとする策略だととらえていたのだが、時間が経過するにつれてどうにもそうではなさそうに思えてきた。確かめるべく三人は地面に降り立ち、ゴーレムに近寄り、そしてその体を杖で小突いてみる。だがそれでもゴーレムは動かない。

 

「どうしたのかしら、急に動かなくなったけど?」

 

ルイズはゴーレムを『破壊の杖』て小突きなから誰とはなく尋ねる。

 

「フーケに何かあったとか?」

 

キュルケは適当に当たりをつけて答える。

 

「まさか。あの『土くれ』に限ってそんな事は…」

 

「静かに」

 

ルイズがキュルケの答えを否定しようとした時、タバサの声がそれを遮る。その声色には只ならぬ警戒の色が滲み出ていた。

 

「ど、どうしたのよ?」

 

「…来る」

 

ルイズの言葉に耳を傾けつつ、タバサは前方の森を見据えながらそう呟いた。タバサを除いた2人には彼女が何を警戒しているのか理解できていない様子だったが、取り敢えずタバサと同じように森に視線をやる。

すると、森の奥から何かがこちらに近づいてくるのが分かった。木々の合間からはその姿をはっきりとは見えない。ただ、随分と大きな何かだということはわかる。

やがて、その大きな何かは森の中からその姿を現した。

 

「えっ?モロ?」

 

森から姿を現したのは、今ではもう見慣れてしまった白い毛並みを揃えた大きな狼だった。

 

「ちょっと。あなた、なんでここにいるのよ」

 

思いもよらないモロの登場に驚きつつも、ルイズはモロと距離を詰めようとした。

 

「待って」

 

だが、それをタバサは制した。

 

「今度は何よ?」

 

「貴女の使い魔、何か咥えてる」

 

「うん?」

 

タバサが指摘したモロの口元に目を移すと、確かにモロの口は何か咥えていた。その何かにルイズは見覚えがあった。それも、つい先程に見たばかりだ。

 

「ミス・ロングビル!?」

 

モロが口で咥えていたものは、辺りを警戒すると言って森の中に消えたロングビルだった。ロングビルの手足はモロの口元からはみ出し、力なく垂れ下がっている。ルイズの声にも何の反応も示さない彼女は遠くからでは死んでいるようにしか見えない。

ルイズはロングビルの安否を確かめるべく、一目散にモロへと走り寄っていく。

すると、モロはゆっくりと頭を垂れてロングビルの体を地面にそっと降ろした。

 

「ミス、ミス!返事をしてください!」

 

ルイズはロングビルを抱き抱え、何度も何度も体を揺すって必死になって声をかけた。ルイズの後から来た二人も心配そうにその様子見つめている。

すると、ロングビルの口から苦しげな呻き声が漏れた。まだ息があるようだ。

ほっと胸をなでおろすルイズだったが、ロングビルの体を近くでまじまじと見ると、思わず息を呑んだ。片腕が、肩口からその先にある筈の腕が彼女にはないのだ。その断面は刃物で切られたと言うより、無理やり千切り取られたような有様だった。そこからは止めどなく血が溢れ出て、ルイズの膝を伝い、地面へと流れ落ちていく。

ルイズは羽織っていた外套を取り、ロングビルの傷口に当てがった。止血の真似事を試みるも、そうやって塞ごうとしても血は外套にしみていくだけで止まる気配を見せない。

 

「どうしよう…」

 

「どいて」

 

オロオロと狼狽えるルイズを退かせ、タバサはロングビルの傷口に向かって杖を降る。すると、傷口から流れ出る血液が凍っていき、赤い氷となって傷口を塞いだ。

 

「これでしばらくは持つ筈」

 

「早く戻って治療しないと」

 

「…二人は彼女をお願い」

 

「お願いって、貴女はどうするのよ?」

 

「私は少し貴女の使い魔に用がある」

 

タバサはモロに向いたままルイズを見ることなくそう告げる。ルイズは彼女と使い魔を心配そうに交互に見やった。

 

「小娘、さっさとその女を連れて行け」

 

「でも…」

 

「安心しろ。此奴を取って食いはしない」

 

「ほら、ルイズ。行くわよ」

 

ルイズはロングビルを背負ったキュルケに促され、不承不承といった様子で馬車へと先に戻っていった。

 

「それで?私に用とはなんだ小娘」

 

「…あなたが彼女を?」

 

「…そうだと言ったらどうする?お前が彼奴の仇でも取ろうというのか?」

 

「…違う。あなたが人を理由なく傷つけるようには見えない。もしそうなのだとしたら、その理由が知りたいだけ」

 

「…」

 

モロは真っ直ぐにタバサの瞳を見つめる。その蒼い瞳はやはり人形のような目をしている。が、以前よりかは光が入って幾分か人間らしくなっている。恐らくは此奴の興味が多少なりとも人形に命を吹き込んでいるのだろう。そして、その興味は今自分に向けられている。

そんなどうでもいいことを考えているとは分かるはずもないタバサは、いつも通りの鉄仮面でモロから目をそらすことなく見つめ返していた。

 

「……人間は皆嘘をつく」

 

「?」

 

「…手前の利益のため、保身のため、身分を隠すため、理由はどうであれ、それを悟らせないがために虚言を論じて周りを欺き惑わす。それを平気な顔でやってのけるのが人間という生き物だ。私はそう学んだ」

 

「……どういうこと?」

 

「…あの女も人間だということだ」

 

モロはそれだけを言い残し、タバサの横をすり抜けていった。

タバサは黙したままその場を離れることなく、その大きな背中を見送っていった。

 

 

 

馬車の中でルイズとキュルケの二人は、ロングビルの看病に専念していた。といっても応急処置はタバサが行ったために二人にできることは彼女の額から流れ落ちる汗をぬぐうことに限られてしまう。

ロングビルから滝のように流れ落ちる汗をぬぐい続けたことで彼女たちが持参していたハンカチはぐっしょりと濡れ、それを馬車の外で絞っては拭いを繰り返した。

 

「ルイズ、これ絞って来て」

 

そしてまた濡れたハンカチがルイズに手渡された。二人でやっても仕方がないと役割分担をした結果の事だったが、二人は別段文句なくその作業を勤めた。

 

「また熱が上がった。早く行かないと危ないかもね」

 

キュルケはロングビルの額を触ってぼそっとつぶやいた。それを耳にしたルイズは外へと向かう足を止める。

 

「あの娘、いったい何をしてるのよ」

 

キュルケに向き直ることなく、そう口走る。その声色には多少なりのいら立ちが混じっていた。

 

「まあ、タバサにはタバサの考えあっての事でしょうよ。それよりあんたはさっさと絞ってくる」

 

「…わかってるわよ」

 

キュルケに言われなくても分かってる。ルイズはそう言いたげに口を尖らせ、馬車から出ていった。

 

何度も同じ場所で絞ったために、その地面は他より黒く染まり、柔らかくなってしまった。そこへ性懲りもなくハンカチを絞り垂らしたことでその黒ずみはさらに広がっていく。

ハンカチを広げ水気を切り、再度馬車の中へと引き返そうと踵を返す。すると、馬車を引く二頭の馬が突然嘶いた。不審に思ったルイズはあたりを見回すと、あの廃屋へと続く獣道からモロが姿を見せた。

ルイズは馬車の中に急いで戻り、ハンカチをキュルケに渡し、モロの元へと走り寄っていく。

 

「モロ、タバサと何を話していたの?」

 

「くだらん話さ。大したことじゃない」

 

「そう言うけど、でも気になるのよ」

 

「そんなに聞きたいのならあの小娘にでも聞け。私は先に戻る」

 

「あ、ちょっと」

 

ルイズの静止に耳を貸すことなく、モロは学院への帰途についてしまった。

 

「もう、何なのよ」

 

ルイズは少しの合間、モロの態度にむくれていたが、そんなことをしている場合ではないと気を取り直し、再度馬車に戻っていった。

 

馬車に戻り、ロングビルの看病を続けていると、苦しげなうめき声を上げながら、その瞼がゆっくりと開かれていく。

 

「ミス!分かりますか?!しっかりしてください!!」

 

「…ここ…は…?」

 

「気が付きましたか…よかった」

 

二人はほっと胸を撫で下ろし、安どのため息を漏らした。その直後、タバサが馬車に顔を見せた。彼女が現れたのはモロがこの場を過ぎ去ってから随分と時間が経ってからだ。今まで何をしていたのかとルイズは尋ねるが、それに一言も返答を返さず、タバサはキュルケに支えられながら身を起こすロングビルの顔に目をやっていた。

 

「ねえ、聞いてるの?」

 

タバサはまるで凍り付いたようにその場から微動だにしない。不思議に思った彼女は彼女の顔の前に手をかざし、上下に振ってみる。すると、タバサはその手を撥ね退け、椅子に寄り掛かって座るロングビルの前に近寄った。

 

「…あなたに聞きたいことがある」

 

「な…んでしょう?」

 

「…『土くれ』のフーケは貴女なの?」

 

「………」

 

「ちょっと、何を馬鹿なことを言って…」

 

「黙って」

 

「…!?」

 

ルイズに見向きもせず、彼女の言葉をタバサは遮る。それは言外に邪魔だと言っているようだ。冷たくそしてその鋭い物言いはルイズを黙らせるに十分だった。

 

「否定することもできるし、それを肯定することもできる。だけど、嘘は吐かない方がいい」

 

「もし…吐いた場合は…?」

 

「…嘘を吐くたびに、貴女の四肢を一本ずつ捥いでいく」

 

「ちょっと!それはあんまりじゃ…」

 

「いいから、あんたは黙ってる」

 

どうにもこの場にはルイズの発言を許そうとする者はいない様だ。タバサの次に今度はキュルケが彼女の口を塞ぐ。

 

「それで、返事は?」

 

傍から見ているとまるで訊問でもしているような雰囲気だ。いや、実際に尋問をしているのだろう。そして、それをしているのがルイズと同い年の少女というのが彼女には到底信じられなかった。

 

「…ふ、はははは」

 

ロングビルは俯き押し黙ったかと思うと、突然、天井を仰ぎみて笑い声を上げた。

 

「…こんな餓鬼に…正体がばれるなんてね…。たくっ…私も…焼きが回ったもんだね…」

 

「…認めるの?」

 

「ああ…そうさ…。私が…あんた等の探していた…『土くれ』のフーケ様さ…。さあ…さっさと牢屋でも…何処でも連れて行きな」

 

「意外とあっさり認めるのね」

 

キュルケは先程まで看病していた女性が、探していたフーケだということに多少驚いていたが、それを誰にも悟られることなく、フーケに問いかける。

 

「杖も持たない…この様の私に…一体何が出来るって言うんだい?…そこまで私は…馬鹿じゃないよ」

 

自身の噛み取られた腕の断面を見ながら、自身の不甲斐なさを嘲笑うような笑みを浮かべながら、彼女はそう答えた。

 

「…こんな様になりながら…生きてんのも…運が…いいんだ…か…悪い…ん…だ…」

 

荒く息を乱しながら、フーケは言葉を紡ぎ続ける。だが、痛みを耐えながらの会話は彼女の体力を著しく消耗させ、遂には彼女の意識を刈り取った。

まだ幾つか聞きたいことがあったのだが、こうなられては無理に起こすことも忍びない。タバサはその場から立ち上がり、御者をすると言って馬車から降りていく。その際、ちらとルイズの顔を見るが、すぐに視線を戻し、馬車から降りて御者台に腰をおろす。

その姿を目に入れた二人は気を失ったフーケを再度床に寝かせ、大人しく座席についた。それを見計らいタバサは馬の尻を叩き、馬車はゆっくりと動き始めた。

 

ここに来てまだ一時間と少ししか経たない間に、目まぐるしく状況が変わった。頭の整理は未だにできてはいないが、取り敢えずはフーケの捕縛と『破壊の杖』の奪還を成功させたことは喜ばしいことだということは間違いない。そう思いながら、ルイズは壁に立てかけてあるその杖を何とは無しに見つめた。これが一体何なのか、何のために作られたのかは定かではないが、学院側が秘宝として保管していたのだから余程の物なのだろう。興味はあるが、それはおいおい調べることにしよう。

ルイズは杖から目を離し、こちらに背を向けて御者をしている少女へと移す。

この娘はいつフーケの正体に気がついたのだろうか。ここに来た時は彼女の存在などまるで気にもとめていないようだったが、それがどうして彼女がフーケなのかと疑問を持つことができたのか。それを考えているうちにルイズの瞼がゆっくりと落ちていき、彼女を眠りの淵へと誘って行った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。