ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

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十五話

フーケが潜んでいると思われる小屋は、学院から馬車で一時間ほど行った森の中にあった。あたりからは人の気配が全くしない。ロングビルの言う近くに住む農夫とはいったいどこにいたのか気になるルイズだったが、とりあえずは目先の目的に集中することにする。

ロングビル、ルイズ、キュルケ、タバサの四人は馬車を降りる。ロングビルの話ではここから森を歩いて進むと開けた場所に出て、そこに建つ廃屋の中にフーケの姿を見たのだという。

ロングビルの言うその廃屋に向けて、一行はロングビルの案内の元、舗装されていない獣道を黙々と歩き進んでいく。普段、このような道を通る機会のないルイズとキュルケは石や木の根っこにつまずかない様に慎重に歩を進めていく。一方、タバサとロングビルは普段道理の速度でその足を動かしていく。後者の二人を前者の二人は信じられないような目で見つめるが、ロングビルは苦笑し、タバサは表情を変えることはない。

そうやって歩くこと五分。一行は突如開けた場所に出た。そこにはロングビルの言った通り廃屋がポツンと建っていた。誰も使うことのなくなったその廃屋はひどく荒れ果ているのが遠目からでもわかる。板壁の表面には至る所に苔が生え、窓にはガラスはなくその枠だけが残されている。おそらく以前は農民か木こり達が物置か何かとして利用していたのだろうが、その頃の面影は今となっては見ることはできない。

ルイズは早速その廃屋に踏み込もう一歩前に進み出るが、その行く手を大きな杖に阻まれる。

 

「何よ?」

 

「…無謀」

 

タバサはそれだけを口にして、首を横に降る。

 

「…何か作戦でもあるの?」

 

ルイズの問いに、彼女は首肯してそれにこたえる。そして、タバサはキュルケとルイズを集め彼女の生み出した策の全貌を二人に明かし始める。

まず、偵察を一人あの廃屋に送りフーケの所在を確認する。いなければそれでいいが、仮にフーケの姿を確認した場合、偵察役はフーケを挑発し、外へ誘き出す。挑発に乗らない場合は如何するのかとルイズは疑問を投げかけるが、奴の得意とする土魔法は、狭い空間の中ではその真価を発揮できないため、必ず挑発に乗ってくる。タバサはそうにらんでいた。

そして、奴が廃屋からその姿を現した瞬間、奴が魔法を行使するより先に総掛かりで叩き、これを拿捕する。それがタバサの考えた策だ。

 

「作戦は大体わかったけど、その偵察を一体誰がやるのよ?」

 

キュルケの問いに、タバサは自分の顔を指差す。彼女自らがその役を買ってでるらしい。

 

「行ってくる」

 

彼女はそう告げると、杖を携え、身を低くしつつ廃屋に走り寄っていった。物音を立てぬように気をつけながらも、その動きは素早く、あっという間に廃屋の窓辺にまで辿り着いてしまう。

窓から中を覗き見ると、遠目からでもわかる事だったが、やはり人の気配というのは全くない。中には長いあいだほったらかしにされた為か、灰色に色付けられた椅子や机がひっそりとおかれ、部屋の隅や以前は使われていたであろう石造りの暖炉には蜘蛛の巣が張り巡らされていた。

ここに本当に奴が潜んでいたのか不審に思ったタバサだったが、その部屋の隅に置かれたものを目にした時、その考えを改めた。

部屋の隅には周りの荒廃ぶりから浮いた真新しい物体が立て掛けられていた。一見杖のようにも見えるそれは、持ち手と思われる木の棒の先端を赤い包みで覆い隠され、縄でその包みごと縛られている。おそらくあれが『破壊の杖』なのだろう。だが、なぜフーケの姿はないのだろうか。わざわざ獲物を置いて逃げ去るなどということを奴がするはずがない。

罠としか思えない。だが、この窓からはトラップのような物はないように思える。が、警戒するに越したことはない。

タバサは一旦三人に報告に戻るためその場から身を翻す。

 

タバサの報告を受けた三人はしばし考えるが、取り敢えずは『破壊の杖』を回収することが先決であろうと判断した。

 

「私は辺りを警戒しています。皆さんは『破壊の杖』の回収を」

 

ロングビルだけは彼女たちとは一旦別れた。残った三人は廃屋に歩み寄り、その入り口に立つと、錆び付いたドアノブを回した。

タバサの報告通りそこにはフーケの姿はなく、部屋の隅には『破壊の杖』が立て掛けられている。取りに行くのは簡単だが、その間に罠が仕掛けられているとも限らない。三人はタバサを先頭としその次にルイズ、最後にキュルケの順で薄暗い部屋の中を慎重に進んでいく。直ぐそこにある杖までの距離が緊張からか遠くにあるように思える。重い沈黙の中で床の軋む音だけが憚ることなくその悲鳴を響かせる。

そして、遂に杖の目の前にまでたどり着いた。先頭を歩いていたタバサはルイズにそれを持つよう指示を出し、自分はキュルケと共に辺りに目を光らせる。己だけが足手纏いのような気がしてならないルイズだが、今はそんのことよりも杖を回収することに専念せねばとがぶりを振る。

ルイズが杖を両手でしっかりと抱えるのを確認したタバサは、二人を伴い廃屋を後にしようと足を踏み出した。

その時だ。突如轟音と共に天井が吹き飛び、薄暗かった屋内が日光に晒された。三人は勢いよく真上を見上げると、青空を背に巨大なゴーレムが彼女たちを見下ろしていた。

 

「きゃああああ!?」

 

「外へ」

 

「わかった。ほらルイズ行くわよ!」

 

ルイズの襟首をキュルケは引っ掴み、勢いよく扉を開け外へと飛び出す。タバサもその後に続くと指笛を鳴らす。

すると、間も無く上空からタバサの使い魔が飛来し、ルイズを鷲掴みにすると、あっという間に上空へと退避した。それに続いて残る二人も魔法を使い上空へと避難する。

なんとか安心したのも束の間、彼女たちめがけて大木が迫ってきていた。それをなんとか交わし、飛んできた方向を見ると、地上にいるゴーレムが辺りに生えていた木々を引っこ抜き彼女たちに向けて放り投げていた。

 

 

上空で危なげなく避け続ける三人の少女らを、モロはどこか冷ややかな目で見つめていた。

 

「さっさと逃げれば良いものを。馬鹿な小娘共だ」

 

あの一行が到着するより少し前、モロはフーケの匂いと嗅ぎ覚えのある懐かしい匂いを辿ってこの廃屋にたどり着いていた。廃屋の中の物を目にした時は少し驚いた。だが、己の身がこの世にあるのなら、あれがこの世にあってもおかしくはない。

こんな物を欲しがる人間の気が知れないが、もともと人間の全てを知るわけではないためにそれも仕方の無いことだった。

 

モロは木々の合間から彼女らを視界に収めていたが、一向に形勢が覆る様子がない。二人の小娘が魔法を使って土人形に攻撃を仕掛けるものの、奴の体を少し削るだけで破壊するには至っていない。対して、土人形の攻撃はいたって単純だ。ただ木を引っこ抜いて小娘たちに投げつけているだけだ。それだけだが、小娘たちに対してはそれで十分に効果はある。現に、小娘たちは木を避けるのに精一杯で魔法を行使する時間がないようだった。

 

あまりに一方的な状況に本来ならモロも助けに加わるべきなのかも知れない。だが、モロにはそのような気はさらさらない。勝手にあの小娘たちがおっ始めた戦に首を突っ込むほどモロはお人好しではない。

 

彼奴らは彼奴らでなんとかすれば良い。だから、こっちはこっちで勝手にやらせてもらうとしよう。

 

モロは上空から目をそらし、前方を見据える。その先、といってもかなり距離はあるが、そこには黒い外套を羽織った女がいた。女はその手に杖を持ち、それを小娘たちの方へと振るっている。どうやら彼奴があの人形を操っているらしい。女は小娘共を撃ち落そうとするのに夢中でモロの存在になど眼中にない様子だ。無論、距離の関係で気がついてないようでもある。

それならそれで、むしろ好都合だ。モロは己に生えている四本の足に力を込め、一息に地面を蹴った。

見る見るうちに加速していき、木々の合間を縫うようにして走り抜け、女との距離をどんとんと縮めていく。

女は迫り来る異様な気配に気づいたようで背後を勢いよく振り返る。だが、その時には己の目の前には獰猛な獣が口を開け、その大きな牙で己の腕をもぎ取っていた。

 

 

一瞬、自分の身に何が起こったのか分からなかった。頭で理解できたのは自分の腕が一本消えていた事だけだ。不思議だった。なんで自分の腕がないのだろう。そして、なぜ小娘の使い魔の、狼の口に私の腕が咥えられているのだろう。だが、考えれば単純な事だ。あの狼が私の腕を噛みちぎったのだ。

それを理解した途端に悶絶するような激しい痛みがどっと押し寄せてきた。

 

「あ、…あ、ああ…あ」

 

悲鳴をあげる余裕なんてない。痛みのせいで呻き聲のような言葉にもならない音だけが私の口から漏れていく。私は膝から力が抜け、崩れ落ちるように地面に膝をついた。歯をくいしばって痛みに耐えながら私は狼に目を向ける。狼は私の腕をそこら辺に吐き捨てるとゆっくりと私に向かって歩いてきた。

私は吐き棄てられた自分の腕に向かって片腕を使って地面を這いずる。だが、その前に狼が私の行く手をふさいでしまう。私は杖で反撃しようと懐を弄るが、おかしなことに杖がどこにもない。何処だ、何処にあるのだと必死になって探すと、見つけた。それは目の前にあった。吐き棄てられた片腕の掌で杖は固く握り締められていた。

どうりで手元にないはずだと思った。そもそもさっきまで握っていたことにも気づかなかったとは自分はどこまで馬鹿なのかとうすら笑った。

狼はもう私の目と鼻の先にいる。どうにもできない。もはや目の前の獰猛な獣から逃れうる術はなくなった。

この先の運命など想像するに難くない。殺される覚悟ならとうの昔に出来ていたが、まさか、獣に殺されることになろうとは夢にも思わなかった。だが、それもいいのかもしれない。いや、むしろ獣に食い散らかされる死に様の方が私にとっては相応しいのかもしれない。

狼はその大きな口を開ける姿を見ると、私はそっと目を閉じた。わき腹に鋭い牙が当たる感触が私の最後の感覚だった。


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