ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

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十四話

教師たちの後を付いて行くと、ルイズはこの学院の周囲を囲う石壁の前に辿り着いた。そこには大勢の教師たちが同じ方向に視線を集めている。ルイズも物陰に隠れながら、周りの大人たちに交じってその方を見やると、石壁の一部に何か大きな物が壁を突き破ったような大きな穴が開けられていた。

 

「何…あれ」

 

「なんだ、貴女もいたんだ」

 

突然、背後から声をかけられた。振り返ると其処には燃えるような紅い髪をした少女と、大きな杖を携えた青髪の少女がルイズを見やっていた。

 

「あんたたち。こんなところで何してんのよ?」

 

「何って、見物よ見物。あなたもそのためにここに居るんじゃないの?」

 

「…まあ、そうだけど」

 

図星を突かれ口籠るルイズを尻目に、キュルケはさらに口を動かす。

 

「…それにしたって、誰があんな大穴開けたのかしらね」

 

「そんなの、あたしに聞かれても分かんないわよ」

 

「でしょうね。…と、ちょっと静かにした方がよさそうね」

 

「え?」

 

キュルケはルイズに解るように顎をしゃくる。ルイズはその方を見ると、本塔から二人の男がこちらに歩み寄って来る姿があった。

 

 

 

「いやはや、皆の衆待たせたのう。…はてさて、これは見事に逃げられたようじゃ」

 

オスマンは壁に開けられた大穴を見て、そうつぶやいた。

 

「何を呑気な事を仰られておられるのですか!われらが学院の秘宝をかの『土くれ』に盗み出されたのですぞ!」

 

そのつぶやきが耳に入ったのだろう。オスマンの目前にいた一人の男性教師が彼に向かってそう言い放った。オスマンは壁から目を離し、その男を見やる。ひどく興奮しているようで顔を真っ赤に染め、目は血走っている。

その後ろには女性教師が地面に膝をついておいおいと泣き喚いている。どうやらこの男にこっ酷く当たり散らされたようだ。

男は女性のその姿が気に食わなかったのか、オスマンに背を向け鋭い剣幕で女を怒鳴りちらす。

 

「泣いても秘宝は戻っては来ないのですよ、ミス・シュヴルーズ!あなたが当直を休んだばかりにこんなことになったのですから!」

 

「も、申し訳ありません…」

 

「だから…泣いても何の解決にもならないと…」

 

「まあまあ、そう目くじらをたてんでやってくれ」

 

オスマンは男の肩を軽く叩きながらそう言ってやる。

 

「ですがっ!!」

 

「では聞くが、そういう君はどうじゃ?君は当直の番をきちんと行ったことがあるのか?」

 

「そ、それは…」

 

先ほどまでの威勢はどこへやら、オスマンの質問に男は口ごもり、その答えを返せない。

 

「お主だけではない。他の者はどうじゃ?この中にきちんと寝ずの番を行った者はおるか?」

 

その言葉に皆この男と同様押し黙ってしまった。

 

「まあこんなものじゃろう。誰もこんなところに盗みに入るものなどいるはずもないと思っとった。現に儂もそうじゃった。その油断を彼奴につかれた。それだけの話じゃよ。落ち度があるのならばここにおる全員にある」

 

そう言うと、オスマンはシュヴルーズの元に歩み寄り手を差し伸べる。シュヴルーズは驚いた表情を見せるが、差し出された手におずおずと自身の手をかぶせる。それを見るとオスマンはその手を握り彼女を立たせてやる。

 

「そう落ち込むことはないぞミス・シュヴルーズ。儂はお主に責任を取らせようとは思っとらん」

 

「はい…ありがとうございます。オールド・オスマン」

 

泣き崩れた悲惨な顔を見せまいと必死で笑顔を作ろうと努力するシュヴルーズだが、そのせいで余計にひどくなっているのをわざわざ言うものはいない。

 

「それでいかがしましょう。衛士隊に報告して捜索してもらいますか?」

 

コルベールは背後からオスマンに尋ねる。

 

「わざわざ国の力を借りることもあるまい。それに、自分でほった墓穴を自分で塞げんでどうする。これは儂らで何とかすることじゃ」

 

「ですが、行方が分からないとあっては…」

 

「それなら問題ありませんわ」

 

突如、コルベールの言葉を遮り、いつも聞きなれた女の声がコルベールの背後から放たれた。振り返り見ると、今日休暇を取っているはずのロングビルが整然とそこに立っていた。

 

「ロングビル君。今日は休暇のはずでは?」

 

「そうしようとしていたのですが、状況が状況ですしそのようなわけにもいかないと思いまして」

 

「そうじゃったか…すまんのう。せっかくの休暇を台無しにしてしまって」

 

「いえ、いいんです。休暇何ていつでも取れますから」

 

そう言って、ロングビルはにっこりとほほ笑んだ。美人のほほ笑む顔というのは見ているだけでも心が安らぎを覚える。コルベールに至っては鼻の下を伸ばすほどだ。

 

「して、問題ないというのはどういうことじゃ」

 

「はい、フーケの所在が判明したのです」

 

「何ですと!!」

 

コルベールの驚愕する声を聞き流し、オスマンは更に尋ねる。

 

「それは真か?」

 

「はい。ここから少し離れた森に入っていく人影を近くに住む農夫が目撃しておりまして、少し調べたところ、森の奥の廃屋に怪しい人影が…」

 

「いたのか?」

 

「はい。顔はフードをかぶっていたため分からなかったのですが、おそらく奴がフーケなのは間違いないかと」

 

「ふむ…」

 

まだその人影がフーケだとは断定することは出来ない。だが、もし仮に其奴がフーケだった場合、彼女の存在に気がついて早々に逃げてしまうかもしれない。

…調べてみるに越したことはなさそうだ。

ロングビルの情報を受け、オスマンは背後にいる教師たちに向かって言葉を投げる。

 

「これより捜索隊を編成する!我こそはと思うものは杖を掲げよ!」

 

だが、投げられた言葉を投げ返す者は一人も現れない。言葉だけがあたりに転がっていく。

 

「おらんのか!フーケを捕え、名を上げようとはお主らは思わんのか?!」

 

「私、行きます!!」

 

「ん?」

 

この場の誰のとも思えない若い少女の声が背後の茂みから聞こえた。オスマンがその方に目をやると、そこには桃色の髪をした少女が自身の杖を顔の前に掲げている姿があった。

 

「…聞いておったのか」

 

「はい!盗み聞いた事については後で罰を受けます。ですが、そのフーケ捜索の任をぜひ私にやらせてください!」

 

「な、何を言っているのですか、ミス・ヴァリエール?!」

 

オスマンはコルベールの言葉など無視し、ルイズの目線に合うようにしゃがむ

 

「これは遊びではないのだぞ?ミス・ヴァリエール」

 

「しょ、承知の上です!」

 

少し厳しくルイズに言葉をかけるが、どうもこの少女は諦めそうにもない。

 

オスマンは彼女の意向を聞いていた背後にいる大人たちを見る。子供が名乗りを上げたというのに、それに続こうという気合はこの大人たちは持ち合わせていないようだ。情けなくなったオスマンは目の前の少女に向き直る。

すると、少女の背後からまた2人の少女が現れた。二人もルイズと同様に杖を掲げる。

 

「ちょっと。あんた達何してんのよ?」

 

「あなただけにいい格好させてなるもんですか」

 

「…心配」

 

キュルケはさも素っ気無さげに答え、タバサは声色からは何の変化もないが、その言葉からルイズの身を案じてくれていることがわかる。

 

「…よき友と巡り会えたようじゃのう。ミス・ヴァリエール。では、お主らにフーケ捜索の任を任せるとしよう」

 

「お待ちくださいオールド・オスマン。私は反対です。あいてはあの『土くれ』なのですよ?もし生徒に何かあったらどうするのですか?!」

 

「なら、君が行くかね?コルベール君」

 

「い、いえ、私は…その…」

 

「他の者はどうじゃ?この子らの代わりに行くというのなら、儂はそれでよいが?」

 

だが、その言葉を受けたとしても、やはりこの大人たちは自分の身が第一なのだろう。現に誰一人として杖を掲げる者はいない。コルベールも、あの男も、シュヴルーズも皆んなが皆んな他人がやるだろうと目を背けている。

なんと、なんと情けないことか。

 

「すまんのう。今は君らに頼るほかない。じゃが、無理はするでないぞ?危険を感じたなら逃げなさい。よいな?」

 

「は、はい!」

 

「では、私が案内します。皆さん付いてきてください」

 

オスマンの言葉が言い終わると同時に、ロングビルは彼女たちを連れ立って歩いて行った。

 

 

 

 

「という訳なの」

 

ルイズは一旦三人の元を離れ、モロのいる木陰へと向かい今迄のことを話した。

 

「それであなたはどうする?」

 

「どうするとは?」

 

「私は今から行かなきゃならないんだけど、あなたも行く?」

 

「私がそんな面倒なことをすると思うか?」

 

「…まあそう言うだろうと思ったわ。分かった。じゃあ私が戻るまでいつも通り過ごしていてちょうだい。ま、あなたに限って面倒を起こすような真似はしないとは思うけど、一様は気をつけてね」

 

「ああ」

 

「それじゃ、行ってきます」

 

ルイズはモロにそう言い残すと、さっさと踵を返して走り去っていった。

残されたモロは暫く桃色の髪を振り乱しながら離れて行く彼女の後ろ姿を眺めていた。

そして、その姿が見えなくなるとモロは腰をあげ、大穴にその足を向ける。

突然のモロの登場にオスマンを含め、教師たちは驚いた表情を見せる。だが、モロにしてみれば人間が自分を見てどんな表情を見せようが知ったことではない。

モロは人間たちの間を進み、堂々とその大穴を潜り抜ける。それを止めようとする者はこの場にはいない。

 

 

ルイズが急いで門の前に戻ると、そこにはすでに一台の馬車が用意されていた。ルイズは軽く息を整え馬車に乗り込む。

 

馬車の中にはキュルケとタバサが向かい合う形で座席に座っていた。ルイズはキュルケと同じ座席に彼女と距離を離して座る。

それと同時に御者をしていたロングビルは手綱を手に馬の尻を叩く。馬は合図を受け取ると一つ鳴き声を上げ、馬車は進み始めた。


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