ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

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十三話

同日。月明かりに照らされた、人気のない廊下を黙々と歩く不審な人影があった。丈の長いコートをその身にまとい、顔をフードで隠したその人影は、ある場所を目指して廊下を進んでいた。そしてその場所の前まで来るとその足を止める。

そこは本塔の五階、この学院が保有する数々の上等品をおさめた部屋。宝物庫のある場所だった。

人影、フーケはおもむろに手を懐に入れると、そこから一本の鍵を取り出した。

それは奇妙な形をした鍵だった。鍵の先端は螺旋状に捻じれており、その所々に何かを刺すような穴があけられている。柄の部分にはハルケギニア語で「複製禁止」と明記されている。

この鍵は今日の昼間、頭の禿げた男がこの宝物庫を見せてくれた際に拝借したものだ。あまりに隙だらけだったため盗むのは簡単だった。

フーケは扉に近寄ると、扉を封じている錠前にこの鍵を差し込む。鍵が錠前の仕掛にはまった手ごたえを感じると、ゆっくりそれを回した。

錠前はあっけなくその封印をといた。ゴトンと音を立てて床に落下する錠前に目もくれず、フーケは宝物庫の中へと足を踏み入れた。

 

宝物庫の中には所せましに物品が並べられていた。もしも魔法の使えない平民たちがこれを目にしたなら、ただのガラクタにしか見えないことだろう。だが、その手の好事家たちに見せればいい値で買い取るに違いないものばかりだ。

フーケは思わず手を伸ばしそうになるのをグッと堪えると、目的の物の場所まで迷わず進んでいく。

そこは宝物庫の一際奥に位置した場所。そこには周りに比べ厳重に封印された獲物がある。

フーケはそれに近寄り、それにつけられた名札を見る。

 

『破壊の杖』

 

「…ふははは」

 

わざわざ名前までふられているこれを目にした時は思わず吹き出しそうになったが、その時は男が近くにいたために何とか堪えていた。ここの人間はまさかここに盗みに入る輩が出るとは思ってもいないらしい。つくづく平和ボケしている連中ばかりだ。これでは盗んでくれと言っているようなものだ。

フーケは懐から杖をとり鎖に向かって振るう。鎖はいとも容易くはじけ飛んだ。

フーケは『破壊の杖』をその手に持つ。ずっしりとくる重みが己の細い腕に負担をかけてくるが、持ち運べないというほどではない。

 

もうここには用はない。フーケは自身がここに来た証拠を壁面に記し、『破壊の杖』を肩に担ぐと宝物庫の窓辺に立ち、片腕を使って開け放つ。夜のひんやりと冷えた外気がフーケの頬を撫でつける。下に誰もいないことを確認すると、フーケはそこから身を躍らせた。

あわや地面に激突する直前、フーケは魔法を行使し落下速度を抑えすんなり着地する。

後はここから堂々と出ていくだけだ。

フーケはすばやく身をひるがえし、草陰の中へと走り隠れる。そして、呪文を唱え足元の地面に向けて杖を振るった。

すると、地面の土は音を立てて盛り上がり、フーケを乗せてみるみる内に大きくなっていく。

やがてその土の塊は人の形を形成し、大きな土人形がその姿を現した。

フーケは土人形の肩に腰を据えると、土人形はゆっくりとその足を動かし始める。

その進路上には学院を囲む石壁が存在するのだが、土人形が殴りつけるといとも容易く崩れ去り、一瞬にして瓦礫へと変貌した。

ここまで音を立てているというのに、自分の逃亡をこの学院の者は止めるどころか、気づきもしない。あまりの無防備さと警備の薄さに逃亡中だというのにフーケは笑いを堪えることが出来なかった。

その後ろ姿を、瓦礫の陰から覗き見る獣がいることなど、フーケは知るはずもない。

 

 

翌日。ルイズは何時もののように何時もの時間に目覚めベットから起き上がる。朝の日課である作業を手早く済ませると、部屋を出てモロの元へと向かった。

もはや顔なじみになりつつあるメイドたちとも挨拶を交わし、寮塔から外へと出た。

外に出てみると、何やらいつもより人がいる。顔を知る者は幾人くらいしかいないが、どうやら教師のようだ。顔に見覚えのないものはおそらく上級生を担当している教師なのだろう。

教師たちは皆一様に同じ場所に足早に向かっている。朝早くから何かあったのか不審に思うルイズだったが、とりあえずは使い魔の元へ向かうことにする。

「おはよう」

 

そこには何時ものように木の陰に横たわる白狼の姿があった。

 

「小娘か…毎日毎日律儀なことだな」

 

「まあね。それより、何かあったのかしらね。先生たち、なんか慌ててる様子だけど」

 

「気にでもなるのか?」

 

「そりゃあ気になるわよ。…ねえ、見に行ってみない?」

 

「行きたいのならお前ひとりで行ってこい」

 

「もう、分かったわよ。ここで待っててね」

 

そう言うと、ルイズはモロと別れて、教師たちの後をこっそりと付いて行くことにした。

 

 

「た、大変です!オールド・オスマン!」

 

コルベールは学院長室にノックもせずに飛び込む。耳を綿棒を使ってほじくりしていたオスマンに詰め寄った。

 

「なんじゃ、朝から騒々しい」

 

いつもなら秘書であるロングビルがこの無礼な男に一言二言注意するであろう状況だが、生憎その秘書は珍しく休暇を取り、今この場にはいない。

ため息をつきつつもコルベールに向き直り、要件を聞こうと耳を傾ける。

 

「大変なんです!宝物庫から『破壊の杖』が盗まれました」

 

「なんじゃと?!」

 

オスマンは自身の耳を疑った。

 

「先程学院内を巡回していた警備の者から聞き及び、確認に行った所、扉の錠前は開けられ中に安置してあった『破壊の杖」があるべきはずの場所から消えていました」

 

「なんと…。その賊の目星はついておるのか?」

 

「はい。恐らく『土くれ』の仕業と思われます。現に壁面には奴のメッセージが刻まれていました」

 

「…まさか、フーケか。かの大泥棒がこの学院をも攻略せしめるとは…なかなかやりおる」

 

『土くれ」のフーケ。今ハルゲニアの貴族たちを騒がせているコソ泥の名だ。年齢、性別、出身、奴に関することは何も分かっておらず、分かっていることと言えば貴族専門のコソ泥だという事とトライアングルクラスの力量を持つ土メイジということだけ。そのため未だに捕らえることは叶わない状況にある。

フーケの手口は時に闇夜に紛れ密かに獲物を盗み出し、時に大胆にもゴーレムを操り邸宅を急襲し金目のものを強奪したりと様々な方法を用いてくる。そして必ず自身のサインわその場に残して去っていくのだ。

そんなフーケが今度目をつけたのがこの学院である。まさか、メイジ達が所狭しといるこの虎の穴に誰が飛び込もうと思うだろうか。その油断をついた見事な手口に思わず舌を巻かされた。

 

「そんな悠長なことを言っている場合ではありません!もしあれを奴に悪用されでもしたらどうするのですか!」

 

「それは心配せんでも大丈夫じゃ。あれの扱い方は儂でも知らん。あやつがそう簡単に扱えるとは考えにくい」

 

「し、しかし」

 

「それよりも今先生方は何処におるかの?」

 

「は、はい。フーケが逃走したと思われる壁面の大穴の付近に集まっています」

 

「ならば、儂等もそこへ向かうとしよう。皆でこの後どうするか話をしなければ」

 

そう言うとオスマンは立ち上がり、杖を片手に部屋をゆっくりと後にしていく。コルベールはその後を追うように部屋を後にした。

 

 

 

 


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