ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

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十一話

鬱々とした気分のまま、ルイズは宛がわれている席へと着く。だが、用意されている食事に手を付ける気にもならないまま、彼女は机に突っ伏してしまう。

少し、ほんの少しモロに期待した自分が馬鹿のようだ。あの狼が誰かのために何かをすることなどないはずなのに、それを自分勝手に解釈して、ホント馬鹿みたい。そんな期待何て持たなければここまで傷つくこともなかったというのに。

 

『ふざけるのも大概にしろ』

 

「ふざけてなんか…ないのに…」

 

嬉しかった。それは事実そうだ。ギーシュと戦って勝ってみせてくれたのだと、自分の汚名をそそいでくれたのだと思ってうれしかったのだ。それをモロはふざけるなと一蹴した。

それが悲しくて、涙が止めどなくあふれてくる。それはルイズの頬を伝って机の上に落ちて、黒い染みを作る。

周りの生徒にその醜態を晒すまいと両手を机にしくように組むと、その上に額を乗せ顔を隠す。

だが、啜り泣くその音を聞いてていた生徒は奇妙なものを見るような視線を向けると、その場から足早に離れて行く。そのため、ルイズの周りは自然と人気がなくなっていた。

 

どれほどの時間そうやっていたかはわからない。けれど、あたりからまだ他の生徒たちの談笑する声が聞こえることからあれから数十分しか経っていないようだ。

泣き腫らしたルイズの目は真っ赤に充血し、その鼻にはねっとりと光る粘液がついている。

気分はだいぶ落ち着きを取り戻していたが、それでも、どんよりとした表情のまま、呆然とどこか遠くを見つめる。心ここに在らずといった様子だ。

 

「何をそんなに泣いてんのよ?貴女らしくもない」

 

と、いつの間に隣に座っていたのか、退屈げな表情をしたキュルケが彼女に声をかけていた。ルイズは慌てて鼻水をナプキンで拭き取り、目をコートの襟で擦る。

 

「…あんたに関係ないでしょ」

 

「まあ関係ないわね。貴女に何があったがなんて知ったこっちゃないわ」

 

キュルケは机に頬杖をついてルイズを見やる。

 

「でもね、貴女がそんなんだとからかい甲斐がなくてつまんないのよね、私」

 

「あの子がいるじゃない」

 

「タバサのこと?ダメよあの子は。からかおうとしたら無視されて終わりだもの。その点、貴女は反応が面白いから見ていて飽きないからねぇ」

 

「意味わかんない」

 

「まあ、分かんなくてもいいのよ。ようは私の持て余している暇な時間を貴女を使って潰したいだけなんだから」

 

「あんたねぇ…。さっきから聞いてれば、私はあんたの玩具か何かな訳?!ふざけんじゃないわよ!!」

 

ルイズは泣き顔から一転、顔を一気に上気させキュルケに怒鳴り散らす。

だが、何が面白いのかキュルケの顔には笑みが見えた。

 

「何よ?!何がおかしいのよ?!」

 

「いやね、あなたはそうでなくちゃと思ってね。辛気臭い顔をしているよりも、そうやって何かに噛みついてる方が貴女らしくていいじゃない」

 

「噛み付くって何よ?!私は犬なんかじゃないわよ!」

 

「あら、ごめんあそばせ。そんな風に聞こえたかしら?」

 

今にも飛び掛かりそうな迫力でキュルケに睨みを利かせるが、キュルケにしてみればルイズの凄味など恐ろしくもなんともない。これが怖いと思える奴はよっぽどの小心者か、もしくは頭の大事な螺子が緩んでいる莫迦ぐらいのものだ。

しかし、本当に犬みたいな反応をするから困ったものだ。好む相手に対しては尻尾を振って甘え、嫌う相手にはこうやって威嚇して警戒する。

感情を表に出して表現するのは彼女の良いところであり、悪いところでもある。

感情をむき出しにしていい相手、例えばキュルケやモロに対してはそうでもいいかもしれないが、その他の赤の他人に対してそのままでいいかと聞かれれば答えられない。

懐が広い人であればなんとかなるであろうが、時には本音と建前を使い分けなければならない相手だっている。

そんな時にこの小さな子犬はちゃんと噛みつく相手を間違えずに居られるかどうか甚だ疑問だ。

 

まあ、そん時はそん時でなんとかするでしょう。この子は頭の回転は速い方だから。

 

そうやって彼女を暇つぶしに利用していたキュルケだったが、ふと、周りの生徒たちが何やら慌てて外へ出て行く姿が気になった。授業開始が近いならまだ急ぐ理由もわかるが、今はまだその時間ではない。それに、教師の連中も何やら忙しない。

 

「ねえ、ルイズ」

 

「何?やっと謝る気になった訳?」

 

「そんなはずないじゃない。それより周り見てみなさいよ」

 

「そこは謝りなさいよ!…って、何かあったのかしら?」

 

「私に聞かないでよ。そうね…、ねえそこのあんた」

 

キュルケは二人の近くを通り過ぎようとした男子生徒に声をかけた。

 

「な、何だい?」

 

「そんなに慌てて、何かあったの?」

 

「それがさ、外で二匹の使い魔が暴れてるんだってさ」

 

「へえ、で?誰の使い魔が暴れてんのよ?」

 

「ああ、一匹はタバサの風龍で、もう一匹が…ルイズ、君の狼だよ」

 

「………はあ?!」

 

ルイズのあまりに予想外のことに驚愕する声が、朝の食堂内にこだました。

 

 

ルイズが慌てて外へ飛び出すと、生徒たちが扉のすぐ目の前でひしめき合っていた。

ルイズはその中に人を押し分け押し分け割り込み、なんとかその先の光景を目にした時、言葉を失った。

 

切り揃えられていた緑色の大地は深く抉られ、その下の赤茶けた土が顔をだし、その周りに植樹されてあった木々はまるで鋭利な刃物か何かで切られたように横に真っ二つに切り断たれている。

今朝モロと喧嘩、とまではいかないが言い合った場所とは思えないほどにひどく荒れ果てたその光景に、言葉が見つからないでいた。

 

「よう、小娘」

 

この惨状を創り上げたと考えられる、図体が異常に大きな狼がルイズに目をやり声をかけた。それに対峙するように向かい側には、狼を威嚇するように蒼い龍が喉を鳴らしている。タバサが召喚した風龍だ。

 

「ちょっと、何があったのよ?!」

 

「知らん。知りたいならこの気色の悪い蜥蜴に聞け」

 

「キュイ―!」

 

モロの言葉に何か思う所があったのか。突然、風龍がけたたましい雄たけびを上げながらモロに襲い掛かった。

風龍の右腕の鉤爪がモロの体を切り裂こうと振り下ろされる。それをモロは横っ飛びに回避すると、勢いの乗った鉤爪は止まることなく、モロの背後にあった樹木を切り倒す。バキバキと音を立てながら、樹木は斜めに滑るように倒れていく。その様はルイズの目にはやけにゆっくりと緩慢に映った。

樹木が切り倒されたことで、あたりに土煙が舞い上がり、驚いた鳥達が空高く逃げ去っていく姿がルイズの目に入った。

 

「全く、…恨みでもあるなら、その口で言えばいいものを」

 

「キュイー!!」

 

なおも鉤爪を振り回し、勢い任せに突進し、時にはその長い尾っぽを振り回し、風龍はモロを攻め立てる。が、その被害に遭うのはその周りにある木々や地面で、モロはその悉くを避けて魅せた。

これには、生徒の間から歓声が上がり、本塔前の広場は興奮で湧き立っていた。

初めて目にするモロの戦う様子を見ていたルイズは惚けたように固まっていた。

 

「キュイキュイー!!」

 

「…いい加減、その声にもうんざりだ」

 

モロは勢い任せに振るわれた尾っぽを大きく後ろに飛ぶことで回避すると、風龍に真っ向から挑みかかる。対する風龍もそれを待っていたと言わんばかりに、振り回したまま体を回転させ、その勢いそのままに鉤爪をモロの顔めがけて振り下ろす。

 

周りの生徒らは狼には当たるまいと踏んでいたのだが、それに反し、モロはそれを受け入れた。

一瞬のうちに鮮血が緑の大地に飛び散る。

短い悲鳴が生徒の間から聞こえたように思えたが、周りの熱気に満ちた歓声に押し潰されてしまう。

 

「モロ!?」

 

当然、その真っ只中に身を置くルイズの声などモロに届くはずもなかった。

 

モロは右頬に鉤爪をもらいつつも、風龍に襲いかかり、その喉元に食らいつく。

 

「キュイ?!」

 

その牙から逃れようと抵抗する風龍だったが、モロの顎の力はそれを許さない。

モロは力任せに風龍を地面に引き倒し、さらに顎に力を加える。

 

「動くな。下手に動けば貴様の首を噛みちぎる」

 

「キュ…」

 

ジタバタと暴れ回る風龍だったが、観念したのか一切の動きを止め、大人しくなった。

 

「それでいい」

 

「モロ!!」

 

ルイズは一目散にモロの元へと駆け寄る。

 

「ちょっと見せて」

 

そして、すぐさまモロの右頬を見やる。白い毛並みに赤黒い染みが下に流れるように広がり、傷口は内側の肉が見えてしまうほどに抉られていた。

 

「ひどい怪我じゃない!!」

 

「そんなに喚くな。ただのかすり傷だ」

 

「かすり傷じゃないわよ!!」

 

「少しは落ち着いたらどうだ?」

 

「落ち着けって、これが落ち着いてられるわけ…」

 

「…その子を離して」

 

ルイズの言葉を遮るように、その後ろからモロに声をかける者がいた。モロはルイズから視線を離しその方を見やると、やけに大きな杖を携えた少女がじっとモロを見つめていた。

 

「お前が此奴の飼い主か?」

 

「…そう」

 

「…行け」

 

モロが風龍の首から口を離すと、風龍は噛まれていた所を頻りに摩りながら飼い主の少女の元へと歩み寄っていく。

 

「…迷惑、かけた」

 

「全くだ。獣の躾ぐらいちゃんとしておけ」

 

「…気をつける」

 

少女はモロとルイズに頭を下げると風龍を連れてその場を後にした。

片方の獣が去ったことでこの見世物も終わりかと見切りをつけた生徒たちは、皆それぞれの授業のために早々にその場から立ち去っていく。

 

「…嫌な目つきだ」

 

あの少女を見つめながらモロは独り言ちる。あの少女の目はモロを捉えているようで何も捉えてはしない。

伽藍堂のように空虚で何もない、まるで何の光を持たない造り物の硝子玉のような目だ。

見るものが見れば怖気すら感じさせるそれを、なぜあの様な年端もいかない小娘がするようになったのか、モロには理解はできない。理解する気もない。

ただ言えるのは、あの目をした者は今まで碌な目にあってこなかったのは確かだ。

 

「何ぼうっとしてるのよ?それより早く治療しないと…って、あれ?」

 

「どうした?」

 

「あなた…傷は?」

 

ルイズは自身の目を疑った。あれほど深く抉られてていた痛々しい傷が一瞬目を離していた間に消え失せていた。まるで最初からなかったかのように綺麗さっぱりに。

それだけではない。下顎まで血に染まっていた白い獣毛が元どおりの色に戻っている。

 

「何で…?」

 

「…」

 

これはモロにも分からない。これでも傷の治りは早い方だと自負してはいたが、これ程早く、それも一瞬のうちに傷を塞いだことなどこれまで皆無と言っていい。

何かあの小娘がしてやったのかと思ったが、何か動きがあればモロはすぐさま感じとったはずだ。それがないということはもっと別の何かが傷を癒したというのが妥当だろう。だが、その何かがわからない。

 

気味が悪い。今のモロの感情を一言で表すならそれに尽きた。


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