ゼロの使い魔 〜犬神と少女〜   作:隙人

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勢いとその場のノリだけでここまで書いてきましたが、気づけば沢山の方がこれを読んでいただき、その上お気に入りにまでしていただいてとてもありがたいです。
皆さんからの感想も読んでいてとても励みになっています。

これからものんびりやっていきますので、気長に待っていて頂けると幸いです




十話

「ねえ、あなたギーシュに何かしたの?」

 

その日の夕方、全ての講義を消化し終えたルイズは外へ出ると、真っ直ぐに何時もの場所へと向かう。そこには何時ものようにモロが退屈そうに寝そべっていた。

ルイズはモロの真正面に立つと、昼休みを過ぎてからずっと抱いていた疑問をぶつけた。

 

というのも、教室で黙々と自習に励んでいたルイズの元へギーシュがやって来て、何を思ったのか、

 

「食堂での君を侮辱するような発言、許してくれ」

 

なんて言い出してきたのだ。てっきりまた嫌味でも言いに来たのだろうと身構えていたが、まさか謝ってくるとは予想してもいなかったため、ルイズは呆気にとられてしまう。

 

「え、ちょ、ちょっと。急にどうしたのよ」

 

何があって自分に謝ろうと思ったのか分からないが、とりあえず目の前に垂れている頭を上げるように手で促しつつ、話しかける。その声は少々上ずっていたが、今はそれよりも目の前の事態の方が衝撃が強い。

 

「…別に、ただ謝らなければと思っただけさ。まあ、君の使い魔にも言われたことだったけどね」

 

「えっ?モロが?」

 

「あの狼はモロという名前なのか…。君の使い魔はすごいよ。何たって…」

 

ギーシュの声を遮るように午後初めの授業開始を告げる鐘が教室に響いた。

 

「…詳しい話は君の使い魔に聞くといいよ。それじゃ」

 

「あ、ちょっと」

 

そう言ってギーシュはルイズの席を離れて行ってしまった。

 

授業が開始されたにも関わらず、それが気になって仕方がない。もはや午後の講義の内容など耳の穴を通り過ぎていくだけで一つも頭に入らなかった。

 

 

「私が?身に覚えがないな」

 

「嘘よ。でなきゃギーシュが私のところへ謝りに来るはずないもの。それに、あいつ自分で言ってたわよ?君の使い魔に謝るように言われたって」

 

「さあ、知らんな」

 

そうはぐらかしながらモロはすっと立ち上がり、歩き始めた。それに釣られるようにルイズはその後に続く。

 

「ねぇ、教えてくれたっていいじゃない。昼休みの間、何があったのよ?」

 

ルイズの問いにモロは一言として返さず、ただ黙々と歩き続ける。

 

「ねえ、聞いてるの?」

 

再度詰め寄ってみるが、結果は同じ、答えは返ってこない。そうこうしているうちに寮塔の玄関の前についてしまった。

 

「着いたぞ」

 

やっと口を開いたかと思えば素っ気ない言葉しか出てこない。

 

「もう…いいわよ。教える気は無いってことね。分かった」

 

ルイズはすぐに答えを知ることを諦めるしかなかった。どうにもこの狼は自分には教えてくれそうにもない。

はあ、と溜め息を一つこぼして玄関の取っ手に手をかける。それをかちゃりと音を立てながら回し、内側に押し開く。

 

「だけど、…教える気になったら教えてよ?」

 

肩越しにそう付け加えておく。もっとも、そんな気はそうそうに起きようもないことは重々に分かっていた。けれど、言わないよりはましだと前向きに考え直し、ルイズはモロの返答を待たずに寮塔の中へと入っていった。

 

 

 

翌朝、ルイズは昨日と同じ時間に目を覚まし、慣れた手つきで手早く支度を整えると早々に部屋を後にした。

昨日のこともあってかメイドたちへの挨拶もぞんざいに、足早に玄関を開け外へと向かった。

 

だがその心配も杞憂だったようだ。

 

モロは普段寝床にしている木の足元に、普段と変わらない姿でそこにいた。

また勝手に何処かへ行ってしまったんじゃないかと不安がっていたルイズだったが、その姿にホッとする。

 

そんな姿をモロに見せるのは何となく恥ずかしく思えたルイズは、それを悟られまいと平然を装いモロに歩み寄っていく。彼女の足音に気がついたモロは耳をそば立たせ、閉じていた双眸をゆっくりと開けた。

 

「ああ、もう朝か」

 

「おはよう、モロ」

 

満面の笑みを浮かべたルイズの顔が、モロの顔を覗き込む。

 

「朝から機嫌が良いようだな。何かあったか?」

 

「別に、何もないわよ」

 

言いながら、いつものようにモロの傍に身をよせ身体をモロに預ける。すると、ふわりと柔らかな毛が体を優しく受け止めて、包み込んでくれる。

 

「…そうか」

 

「そうよ。ふふふっ」

 

平然を装ったつもりだが、にやけ顏が治らない。なんとか口元を緩めないように顔を作るのだが、頬の筋肉が自然と緩み、どうしてもにやけてしまう。それを隠すように顔を埋めつつ、ルイズは朝食までの至福の時間を心行くまで楽しんだ。

 

いつもならば、この後にルイズは食事をとり、その間はモロはそれを待っている流れになるはずだったが、今日はその通りとはいかなかった。

ルイズがモロを連れて食堂に向かう際、二人のよく知る顔がその前を通り過ぎた。シエスタだ。

ルイズが何気なくシエスタに声をかけると、彼女は慌てながら二人に近寄ってきた。

 

「あ、あの。先日は本当にご迷惑をお掛けしました!」

 

シエスタはルイズの目前に立つや否や、即座に地面に膝をつき、地面に頭突きでもする勢いで深々と頭を下げた。見事な土下座である。

 

「ああ、いいのよ。元はと言えばギーシュが二股掛けてたことが悪いんだから。貴女もいちいちあの馬鹿の言うことに構わなくていいわよ」

 

「で、ですが私のせいで決闘騒ぎになったと聞いて。私、貴方様がお怪我をされるのではないかと心配で」

 

「それはご苦労だったわね。残念だけど決闘なんてやらなかったわよ?」

 

「え?でも…狼さんがグラモン様と戦っていたと同僚から聞きましたが…」

 

「は?」

 

「それで私、グラモン様に狼さんが痛めつけられてしまうと考えて…」

 

「ち、ちょっと待って。…モロ、本当なの?」

 

シエスタの言葉を制し、ルイズはモロに向き直る。

 

「何のことだ?」

 

「とぼけないで」

 

またも話をはぐらかそうとするモロを、ルイズはキッと睨みつける。どうやらいらないことを口走ってしまったと察したシエスタは、その場から少し離れ邪魔にならないよう避難した。

 

「…そうだ。あの小僧と少しばかり遊んでやった」

 

ふぅ、と溜息を挟み、モロは観念したのかあっさりと白状した。

 

「どうして言ってくれなかったの?」

 

「お前に話すようなことでもなかったからだ」

 

「それだけの理由で?」

 

「ああ、それだけさ。何も面白くはない、つまらん児戯だったからな」

 

モロは鼻で笑いながら、あざ笑うかのように頬の肉をつり上げる。

 

「…ねぇモロ。それって私がギーシュに酷いことを言われたからじゃ…」

 

「勘違いするなよ小娘」

 

ルイズの言葉を遮り、モロは言葉を紡ぐ。その声色には少し怒気が混じっていた。

 

「誰がお前のためにあの小僧を相手取ったと言った?私は私の意思であの小僧の相手をしてやったのだ。そこにお前の存在などありはしない。もし、お前が手前のために私が戦ったのだと思っているのなら、それは大きな間違いだ。ふざけるのも大概にしろ」

 

「…ごめん」

 

最初に会った時の迫力には及ばないが、それでも怒気をはらんだモロの言葉は鋭くルイズの心に突き刺さる。

思わず泣きそうになるが、歯を食いしばってそれに耐える。

 

「…分かればいい。もう飯の時間だろう?さあ行け」

 

「うん…。また後でね」

 

ルイズはしょげこんだまま、とぼとぼと本塔の中へと入っていった。

 

「わ、私余計なことを言ってしまったようですね」

 

「全くだ。お前が言わなければこうはならなかったものを」

 

「す、すみません」

 

シエスタは申し訳なさそうに体を縮こませる。

 

「謝られたところでどうにもならん」

 

「うう、私の馬鹿。いつも失敗してばかり…」

 

シエスタは、何やらブツブツと愚痴とも思える独り言をのたまい、地面の草を訳もなく抜き始めた。

彼女の訳のわからない行動など気にも留めず、モロは彼女をその場に置き去り、いつものように歩みだした。

 

だが、すぐにその足はとまる。何者かの気配を感じ、モロは上空に目をやった。そこには何の変哲も無い、雲ひとつない青空がだだっ広く広がり、太陽が光輝いている。

と、太陽の光の中に黒い影がいることに気がついた。その影はどんどんとモロのいる場所に近づいてくる。

 

やがて、その影は太陽から飛び出し、モロの目の前に舞い降りた。モロからしてみれば奇妙な生き物に見えたことだろう。それは蝙蝠のような形の大きな二本の翼を背中に付け、しなやかな体は青い鱗に覆われ、長い尻尾が蛇のように動かしている。

 

「いやはや、この世は奇妙な物が多い。全く私を飽きさせてはくれない」

 

そいつは背中に付けた大きな翼を広げ、高らかに雄叫びをあげた。

 

「キュイー!」

 

「それに、鳴き声まで喧しいときた」


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