「研修生の坊や、あんたから行ってくれ。
俺からでも良いんだが、息子や弟に納得させなきゃならんのでな。
ラグラジルへ無事に到着する、と実演して欲しいんだ。
実験台と言ってしまっては身も蓋も無いが、協力して貰いたい」
シン研修生は素直に従い、カイザー転送機のシートに着席。
銀河騎士団第一連隊の副官、マーカス・アレン少佐の操作で転送機が作動。
予知能力の顕在化した若者の姿が失せた直後、銀色の照明も消え室内は暗転。
惑星バルトン出身の戦士(タリア)型(タイプ)、通称《バトル・ホーク》が絶叫。
「くそっ、電力供給が途絶えた!
雄介、俺を置いて脱出してくれ!!
第二帝国に行け、あんたなら何とか出来る筈だ!
ここに残る覚悟は出来てるからな、ミラ将軍に宜しく伝えてくれ!!」
暗闇の中で叫ぶ銀河騎士団の精鋭、マーカス・アレンの脳裏に《声》が生じた。
(銀河将軍ミラには俺から説明する、心配は要らん。
あんたは俺を逃がす為に帝国を裏切る、と言ってくれた。
俺に戦友(とも)を見捨てる気は無いし、第一帝国の連中に文句は言わせん。
時間が無い、問答無用だ。
《エネミー》から銀河を救う為、同行して貰う!)
カイザー転送機の操作(オペレーション)、残留の役割は既に解除されている。
尚も何か言い掛けた宇宙戦士は、精神平面に名状し難い衝撃を受け意識を喪失。
5千年先の未来で得た親友を問答無用で眠らせ、大柄な身体を苦も無く担ぎ上げた男。
意志と意識を備える謎のブラックホール生命体、安西雄介は晴れ晴れとした表情で言い放った。
「気が変わったぞ、息子殿。
お前と竜二の提案に従い、第二帝国を訪問する。
セイヤ・アスタシアは竜二と会い、シリン・レイ救出を頼んだ。
サイキック・ツインを連れ戻す事に成功した報酬として、聞きたい事がある。
息子殿の仄めかす暗示、字列変換(アナグラム)についての一部始終をな。
タジールの猫神族は《何か》に憑依しなければ、自我が形を成さない様だが。
お前やセイヤ・リーとの関係も含め、解き明かして貰おうじゃないか」
アスタシアの白い悪魔、シリン・レイが困惑し露骨に顔を顰める。
葛城秌子の血を引く美貌の《息子》、半サイコ生命体の困り顔を鑑賞する暇は無い。
第二帝国の首都惑星から自力で飛来した弟、西海竜王の先導で惑星重力圏を離脱。
3人は光の集合体と化し宇宙空間を飛翔、タジールの猫神族が棲む《白の星》を訪れた。
彼は禍津神と先住者の混血児、サイコ・エネルギー生命体の航跡を追う事も出来たが。
ヤーンの塔の地下に3千年前から存在する古代機械が何故、此処に存在するのか?
カイザー転送機に興味を引かれ、研修生を搬送の際に生じた痕跡を辿った。
伝説の星体放射能力者《テレテンポラリア》、エルンスト・エラートの様に。
或いは予知夢を通じ呉秀英が一時、吸収された無限寿命者ラーの如く。
肉体ならぬ星体《アストラル・ボディ》が、宇宙空間を駆け抜ける。
トランターならぬ第一銀河帝国の首都惑星、ラクラジルに到達。
グインに見せて貰ったイメージ、銀色に輝く天上の都ランドックに良く似ている。
擬似生命体や機械生命体は多数存在するが、本物の生命体は少ない。
星間帝国の都を眺望する彼は、波長の近い精神を感知し興味を覚えた。
降魔の利剣を秘めた手天童次郎の如くにエネルギーを転換し、肉体を物質化させる。
「ややっ、これはまた何とも珍しい御客人の到来ではないかね!?
蛇君も此の世界に来ていたのか、五千年後の世界で旧知に合えるとは実に喜ばしい!
人間には同時代の記憶を共有する相手との会話が、必要不可欠であるのだな。
思わぬ大発見だったね、骨身に染みて理解させられたよ!
雄介は宇宙をほっつき歩いとるし、ファイアーブラス伯と昔話は出来んからな!
髪が黒い所を見ると今の君は先住者の八岐、ならぬ人間族の北斗多一郎かね?」
左側の壁には銀色に輝く都の眺望が広がる、20坪程の部屋。
幾何学的な四角形や半円、円錐状の透明な建造物の群れが眺望を埋め尽くしている。
無数の長く光り輝く管が互いに蛇行し、複雑に絡み合い結合されている様だ。
水晶状構造物の内部に虹色の光が不規則に瞬き、パロ秘蔵の古代機械を連想させる。
星の海を征く宇宙戦艦の展望室ではないが、立体映像の島宇宙が奥の壁一面に瞬く。
右側の壁には銀河系の勢力分布図、色分けされた星々が表示されている。
第一帝国に属する星系は青《ブルー》、第二帝国に属する星系は赤《レッド》。
交戦中の星系は紫《パープル》、エネミーに汚染された星系は茶《ブラウン》。
下半分の大半は茶に染まり青と赤は極僅か、上半分は青が7割に赤が3割と云う処か。
(惑星ユゴスで自己完結し光の生命へ転生、消滅したと思っていたが実に有難い。
雄介と八岐が揃えば大抵の事態には対処可能だが何故、白人種の容貌を?
2千年の間に西洋へ転生しとっても不自然ではないが、第一帝国に合わせたかな。
雄介の場合と同様、握手や抱擁にて肉体接触テレパシーを用いるか。
蛇君と接吻など御免蒙るが、監視を誤魔化し状況を何処まで理解しとるか確認せんとな。
感激の表情を装いニコポン宜しく何度も肩を叩いたりしとれば、何とかなるだろうさ)
学者風の痩せた男は銀色の精巧な眼鏡を外し、薄紫色の美しい双眸が煌いた。
先方は旧知の友人と勘違いしているらしいが、何と返答したものだろうか?
何度も肩を叩き握手を求める相手に戸惑いながらも、虫も殺さぬ笑顔で掌を握る。
(我輩の思考を読んで返事を送り込んでくれ、此の部屋は盗聴されているからな。
君が何処まで状況を把握しとるか知らんが、今が5千年後の未来だと知っているか?
カンティングラス星系を覆い尽くした魔の胞子、いやいや、茶色の植物状繁殖体は?
タナトス生命体と敵《エネミー》の関係、安西竜二を操った《杖》は見たかね?
ラン=テゴスの眷属とは思わんが、カンティングラス星に住む種族は蛙に似ている。
彼等の集団超能力、催眠暗示波《ヒュプノ・ウェーブ》は銀河系全域を射程範囲に収めた。
宇宙大の幻影や時間次元の力場を操る化物、アンドロメダ星雲の怪物惑星に昇格しかねん。
けしからん事に命中率百%の瞬間物質移送装置、トランスフォーム砲を投入しおった。
カイザー転送機に寄生、機能を強化して操作しとるのだな。
最新の報告では半径数光年に及ぶ範囲の次元砲、コンヴァーター砲も使ったらしい。
4次元時空連続体を破壊する空間破砕爆弾(スペーススマッシャー)、ディスラプター登場も時間の問題だな。
基礎データが不足している為、流石の我輩にも正体は断定は出来んがね。
大規模な次元断層を生起し、銀河帝国を虚無の海に四散させる可能性も急浮上しとる。
第一銀河帝国の象徴、戦闘王子《バトル・プリンス》と称されるセイ・グランヴァルド王子。
我輩に匹敵する知性の持ち主、銀河の知恵袋ライディン・ファイアーブラス第1宇宙伯。
雄介と意気投合した《闘神》銀河将軍ミラ・グランディール。
科学を信奉する宇宙帝国の3人神は我輩を放り出し、連日エネミー対策に大童だ。
まるで陽電子生体機械人《ポスビ》、第二帝国の侵攻に狼狽える星間帝国アルコン人の如くだね。
非人類種族の第二帝国は猫神タジール族の王女、セイヤ・アスタシアが混乱を抑えている様だ。
安西竜二は第二帝国の領域《テリトリー》を訪れ、アスタシア星系で猫神族の王女に対面したらしい。
雄介も精神文明ならぬ超能力種族の連合軍、機械の王国に対抗する第二帝国へ合流しとる筈だ。
カイザー転送機が最後に転送した伊吹涼の同類、シン研修生の記憶を解析して状況が判明したのだがね。
さっさと伊吹風太の持つ杖を破壊し、洗脳から解放して帰って来れば良いのに数ヶ月も連絡が無い。
全く気の利かん奴だが君は雄介や風太と会ったのか、他に何か情報があれば教えて欲しいね)
みずちの若長と見えた相手は何故か、当惑した表情で此方を見ている。
(君と吾輩の仲にも関わらず黙っとるとは怪しからん、肉体接触の思念波も盗聴されると思っとるのか?)
喜色を満面に表し握手を求めた相手は何故か、不審な表情を浮かべ口を閉ざした。
期待していた反応が得られなかった事は明白だが、何を失敗ったのか全く不明。
何を期待していたかは知らないが、カンティングラスと云う名は聞き覚えがある。
茶色い直物に覆い尽くされた世界で聞いたが、数ヶ月も経つとは時間軸が異なるのか?
先住者中でも最強の力を持つ八岐、みづち一族の若長に自分の思考を読み取れぬ筈は無いが。
旧知の北斗多一郎と思っていたが別人かも知れぬ、西洋中世風の扮装は何を意味するのか?
「おや、君は蛇君ではないのか?」
えい、ままよ。
握手を外し、破れかぶれで名乗りをあげる。
「現在は神聖パロ国王と称しているが、私はカレニア公領を統治するアルシス王家の当主。
前代のクリスタル大公を務めし我が名はアルド・ナリス、以後お見知り置きを願います」
(闇と炎の王子、アルド・ナリス!
未公認の世界最長小説、某サーガの登場人物ではないか!?
言われてみれば描写の通り容姿端麗、世界生成の秘密を極める志を抱く野心家だったな)
「何と、絶世の美男と後世に語り継がれた有名なクリスタル公かね!?
いやいや大変失礼した、私は20世紀の日本に生を誕け加賀四郎と名乗る一介の天才だよ。
数多の異次元空間を巡り5千年後の未来、銀河帝国の首都惑星ラクラジルへと漂着した所さ。
旧知に良く似た魂をしておるので間違えてしまったが、御無礼の段は平に御勘弁を願いたい」
奇妙な言い回しだが滑らかな口調、冷静沈着な物腰にも高い知性が窺える。