真世界の影   作:fw187

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運命の糸車

(おや、珍しい訪問者が現れた様ですね。

 豹頭王陛下の関係者とも思えませんが、私に何の御用があるのですかな?)

 カムイ湖畔に佇む異次元空間、自由国境地帯に隠棲する長命族の領域《テリトリー》にて。

 一時は《調整者》に近い位置を占め、外宇宙から飛来した異星人の思考が閃いた。

 

「初めまして、コングラス城主ドルリアン・ガーディシュ殿。

 2千星紀以上前に星の海を渡り、外宇宙の遙か彼方より此の惑星に渡って来られた異星の御方。

 パロ聖王家の一員アルド・ナリス、過去の亡霊より謹んで御挨拶を申し上げます。

 直に拝謁する機会を賜り、誠に光栄であります」

 

「ほう。

 私の得ている情報では、貴方が其処まで御存知とは想像出来ませんでした。

 夢の回廊から訪問された処を見ると、多元宇宙の構造にも通暁されている様ですな。

 私の想像を超える階梯の御方と、知己を得られる幸運に感謝せねばなりますまい」

 

「貴方に或る提案をさせて頂く為、参上しました。

 単刀直入に申し上げますが、少しの間だけ御時間をいただけませんか。

 ファイフャ・システムを自在に操り、調整者の存在を知る貴方と取引をしたいのです」

 

 コングラス城の一角に絶世の美男子、クリスタル大公の華麗な容姿が映る。

 

「これはまた、丁寧な挨拶を頂戴しました。

 時間は無限に在る、と云ってもよろしいくらいですよ。

 無聊を持て余す身なれば、好奇心を刺激された事に感謝しなければなりません」

 

 ナリスは知る由も無いが、長命族の異星人は心の底から想定外の出来事を楽しんでいた。

 先が読めぬ展開は豹頭の追放者、グインと語り合い一夜を明かした刻以来である。

 

 

 

「私は時空を越える旅の間に、或る存在より示唆を得ました。

 無限の悲哀と倦怠に苦しまれている貴方を、お救い出来るかもしれぬ。

 夢幻世界の理を弁えた夢幻公子の力を用いれば、貴方を新たな世界に招待する事も可能です。

 

 無限に近い寿命が尽きるまで、過去の辛い記憶と追憶に身を浸し続けるよりも。

 目的を喪ったまま此の世界で朽ち果てて行くよりも、新たな可能性を求めてみませんか?

 コングラス城の主が消え去ってしまうのは、勿体無いと思うのです」

 

「身に余る評価を頂戴し、恐悦至極です。

 この惑星の住民から、そのような言葉をいただけるとは思っても見ませんでした。

 よくぞ、そこまで到達されたものだ。

 アルド・ナリス殿、改めて敬意を表します」

 

「私個人の力ではありませんが、光栄です。

 或る存在から、伝言《メッセージ》を託されました。

 貴方が救った過去界の逃亡者、旧友《オールド・フレンド》に感謝を捧げます」

 

「…信じ難い事です。

 私の心の裡を読み取る事は、不可能な筈なのだが。

 貴方に彼等と精神接触が可能とすれば、貴方は私以上の存在だと云える。

 

 聞かせてくれませんか、彼等の伝言を。

 私が此の惑星、いや、この時空に留まり続ける理由は只一つ。

 彼等と過した、かけがえの無い一時。

 幸福な記憶を棄てる気には、到底なれないからです。

 

 私の正体を知ると、掌を返した様に、私を怖れ、憎む者達の方が遥かに多かった。

 彼等の亡骸は原子の塵に分解して、惑星の土に還してやりました。

 残念ですが、限られた寿命の故であり、私とは相容れない者達ですからね。

 

 だが、コングラス城を訪れた者の中には、例外もいました。

 極めて、希に、ですがね。

 私が人類ではない、と知った後も。

 彼等は、私を心から愛し、私の幸福を願ってくれた。

 

 私を愛してくれた彼等と、今一度、意思の疎通を図る事が出来ぬものか。

 実現する見込みの無い願望が、私の唯一の心残りなのです。

 不可能と知りつつ、未練にも、望みを断ち切る事が出来ずにいる。

 こんな愚かな感傷が、己の裡に存在したのか、と呆れてしまいますよ。

 

 他の結界に籠る嘗ての同胞達は、何を考えているか解りませんが。

 私達、長命族が生誕した出身惑星では考えられない事でしょうね」

 

「貴方の様に高度な種族の成員に、そこまで強く想って頂ける事に感謝致します。

 伝言は、彼等の心底からの願いでもあります。

 貴方の古い友人達と、精神感応状態に入ってみませんか。

 

 私は夢の回廊を通じて、彼等と接触しました。

 彼等は既に無限に近い年月が経過した事を知っています。

 自分の状態、貴方の正体も精確に認識しています。

 総てを弁えた上で、貴方との精神接触《コンタクト》を望んでいます」

 

 外宇宙から飛来した異星人、長命族の放浪者が瞑目。

 多言を費やす事無く、意味深長な一言を呟いた。

「なるほど、そういう事なのですね」

 

 

「黄金律を乱す事も可能な貴方は常に、調整者に監視されている筈。

 本来であれば夢幻公子、精神エネルギー生命体にも介入は不可能でしたが。

 貴方の救った人間達に、夢の回廊を通じて接触する事は可能でした。

 

 大洪水時代以前に生を享け、延命装置の中で夢を見続けている超古代の人物。

 貴方の得た最古の旧友(オールド・フレンド)は、精神接触(コンタクト)を受け容れた。

 私が貴方と接触し得たのは、彼等の助力が得られたからです。

 

 彼に私の記憶を開示した結果、賛同を得る事が出来ました。

 自分の他にも《仲間》が存在する事を知り、彼等に接触する補助を務めてくれたのです。

 貴方の生命維持装置は完璧に作動し、彼等は問題なく生存し続けています。

 夢の回廊を通じて、心の交流を持つ事は可能です。

 

 彼等は、貴方に感謝しています。

 自分達を救ってくれた貴方に、幸福になってほしいと願っているのですよ。

 永遠に近い寿命が尽きるその時まで、孤独を味わい続ける事を望んではいない。

 無限に続く悲哀と幻滅、無為な失意と絶望を繰返す事を望んでいないのです。

 

 彼等は私の提案を受け、貴方が他の時空に旅立つ事を願いました。

 強く強く祈り続け、調整者と交渉する途を拓いてくれたのです。

 今なら、私と精神交換を行い、異なる時空に旅立つ事も可能ですが。

 旅立つ前に、彼等と話してみませんか。

 

 永劫の孤独を生きる貴方に、伝えたい《想い》があると聞きました。

 夢の回廊を通じて、直接、受け取ってあげてください」

 

 コングラス伯は提案を受け、余人には窺い知れぬ程に深い精神接触(コンタクト)を果たした。

 

「私からも、感謝の象徴として、贈り物をさしあげましょう。

 貴方の弟御には大変お世話になり、無聊を紛らわせ精神を慰めていただきました。

 彼の素晴らしい歌と演奏は今も尚、心の奥底に焼き付いています。

 

 タイスの紅鶴城から取り戻しておきましたので、貴方から弟御にお渡し下さい。

 この楽器《キタラ》は感謝の象徴として、吟遊詩人マリウス殿に差し上げた物。

 今後も数多の心を慰める素晴らしい演奏を期待する、と御伝え下さい」

 

 

 アルド・ナリスは、深々と頭を下げた。

「如何なる感謝の言葉も、貴方の授けてくれた御恩には及びません。

 心底より、御礼を申し上げます」

 

「既に、頂戴しておりますよ。

 貴方は、私に、素晴らしい贈り物をくれたのです。

 《可能性》と云う、何物にも代え難い贈り物をね。

 貴方の御蔭で、私は、諦めていた新たな希望を手にする事が出来ました。

 再び旅立つ日が来るとは、夢には思っておりませんでしたよ。

 

 唯一の気懸りであった旧友(オールド・フレンド)達と、心を通わせる事が出来た。

 彼等の魂も、時の彼方に還って行きました。

 何も思い残す事無く、この地を後に出来ますよ。

 カリンクトゥムの扉を越え、私も時空の彼方へ旅立つ事と致しましょう。

 

 再び貴方と会える確率は限りなく低いですが、皆無でもありません。

 何時の日にか再会を果たし、互いの体験経験を語り合う機会が訪れる事を祈ります。

 コングラス城主の秘蔵品、大変貴重な財産を減らすのは誠に心苦しいですが。

 大洪水時代以前より伝わる秘蔵の葡萄酒を少しだけ、頂戴しても構いませんか。

 

 我々の未来に幸運が訪れるを願い、祈りを捧げ一献だけ乾杯を致しましょう。

 貴方は、最善を尽くして下さった。

 心底より、感謝致します。

 

 吉相を。

 貴方の未来に、幸運が訪れる事を祈ります。

 では、互いの洋々たる前途を祝して。

 乾杯」


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