「ふうん、こんなに綺麗だったんだ。
半分も、描写出来てなかったな」
殆ど視力は喪われているが、ナリスは重い瞼を上げた。
上から覗き込んでいる小柄な人物の輪郭が、辛うじて分かる。
「辛いでしょう。
喋らなくて、良いのよ。
手術すれば、良くなるからね。
後で、ゆっくりとお話をしましょう」
鈴を振る様に可憐な声が弾み、繊細な念波が魂の奥底に沁み渡った。
深い想いの感触《タッチ》が、優しく心《ハート》を包み込む。
(君は、誰?
私の、知っている人?)
なぜか、声が出ない。
初級魔道師免状を持つ彼は、心話を送り出す事は出来ぬが。
ヴァレリウスやディラン、ロルカに思考を読み取らせる時と同じ要領で念じた。
「ずいぶん、弱っている筈なんだけどな。
これだけ強い思考波を出せるのは、感心するわ。
パロ魔道師軍団を操る黒幕、クリスタル大公の面目躍如ってところね。
《私》の《姿》を、思念波で送るわ。
貴方には、どんな風に見えるのかしら?」
ナリスの脳裏に、白い光の渦が渦巻いた。
古代機械の表示パネルに輝く鮮明な映像、白い銀河の絶景が再現される。
白い太陽の描く螺旋模様、光の渦は凝縮され闇が拡がる。
虹色の光を蔵する黒い瞳、艶やかに輝く黒髪の少女が現れた。
(容貌は東方の大国キタイ、クムの民を連想させるが。
心の裡に闇を宿し、世界生成の秘密を求める私と同じ匂いを感じる)
サイコ・バリヤーを張り巡らせたにも関わらず、思わず閃いた思考を読み取ったのか。
鈴を振る様に軽やかな笑い声が響き、3次元立体映像が変身《メタモルフォセス》。
光輝く純白の翼が優雅に翻り、エメラルド色の瞳には虹色の極光《オーロラ》が瞬く。
野生の精霊を髣髴とさせる極彩色の渦、猫族の丸い眼が輝いた。
(アウラ・シャー!?
ラクラジルの猫神族を統べる第二帝国の象徴、暁の女神5人姉妹の末姫!
グインが閉じた空間を運ばれる際に見た《義妹》、ランドックの女神ではありませんか!!)
驚愕の思考が迸り、グインとの精神接触《コンタクト》を追想。
古代機械の遠隔感応支援技術、思念波増幅装置で実現した《念話コンタクト》。
ナリスの魂を揺さぶり、強烈な衝撃を刻み込んだ表層の記憶が精査された。
「カイサールの転送装置は、カイザー転送機の進化形と匂わせた事は否定しないけどね。
第二帝国の
最初に送り込んだ映像は彼女のサイキック・ツイン、セイヤ・リーだけど。
ギガロン・モンスターを率いる猫女、セイヤ・アスタシアと一緒にされても困るわ。
私も猫娘って渾名を奉られた創造主、女神様だなんて言わないけど。
多元宇宙と異次元世界の旅人、《時渡り》と名乗っておこうかな。
貴方は知らないけれど、私は《産みの親》なんだからね。
一番の、お気に入りよ!」
(《時渡り》は時の封土ワルドベッツ城のに生を享け、時を超える少女だったかな?
グインと私の弟を助ける為、未来を見せてくれた救世主には御礼を言わないといけないな)
マルガに逃れ就眠中に体験した驚異、豹頭王と直接思念を交換する精神接触《コンタクト》。
古代機械内部で治療を受ける為に意識を喪失した後、魂に響く歌を聞いた記憶が甦る。
明るい透明感を伴う《声》、心話と異なる《笑》の波動が弾けた。
「説明し出すと長くなっちゃうから、後でね。
今から異世界に運んであげる、貴方、きっと喜ぶわよ」
小さな手が頬に触れ、アルド・ナリスは再び意識を喪った。
(第2銀河系へ、ようこそ。
私は惑星クロヴィアの銀河系調整官、クリストファー・キニスンです)
ナリスの意識が戻ると同時に、暖かな感触が思い通りにならぬ身体を抱擁。
精神的視野に投影された青年の瞳は鷹の様に鋭く高度な知性と強い意志力を秘め、紅玉(ルビー)の様な赤毛を戴いている。
横の壁は超3次元立体映像の銀河系、宇宙空間を模した星図が瞬き無数の星が煌く。
銀河文明の擁護者が立ち去った太古の惑星、アリシア星系の第3惑星ランドック。
第2銀河系ランドマーク星雲、人類発祥の惑星が青と赤と緑の星輪(リング)に包まれた。
(失礼ですが承諾を得る前に精神感応状態へ入り、神経封鎖を行いました。
これよりフィリップ式再生手術に関する、基本的な情報を展開します。
手術を受けるかどうか、判断の基礎となるデータです。
貴方は手術を拒否する権利も、お持ちですからね)
水晶の様に煌きを発し光り輝く透明な湧泉の心象《イメージ》、力強い思考が閃く。
(フィリップ式再生手術とは、或る退化器官を刺激する手術です。
脳の内部に存在する松果腺には、無限の再生能力が秘められています。
蜥蜴の尻尾切り、と云う表現は適切ではないかもしれませんが。
切除破壊された体組織を再生させ、元通りに復元する効果が確認されています)
精神感応状態の強力な心から、視力を超越する知覚力を駆使し詳細な情報が流れ込む。
(手術自体は数分で完了が切除部位の再生完了まで、72惑星時が必要と推定されます。
神経細胞の更新も含まれますが、損傷前の情報は回復されません。
36,842,936回の手術が行われていますが、問題となったケースは皆無です。
手術を希望されますか?)
思考でしか成し得ない高速な情報伝達、思考エネルギーの補助を受け辛うじて受容する。
(…お願いします)
驚きに半ば痺れた儘、ナリスは辛うじて思考で《答えた》。
(QX《クリア・エーテル》。
手術の前に3名が貴方と精神感応状態に入る事を希望していますが、同意されますか?)
何の事か意味不明だが了解、承諾を意味する成句《フレーズ》であるらしい。
(…同意します)
考えが纏まらぬ儘、思考を返す。
異質な精神波の渦巻く模様、《サイコ・パターン》が出現。
未知の事態に震えるナリスの心へ、1つが接近して来る。
第3段階レンズマンの強靭な心が同調し、慎重に保護《ガード》。
動揺する感情を安定させ、知性と知的好奇心を喚起する。
(私は銀河評議会の第二段階レンズマン、ヴェランシア星系のヴォーゼル。
私の種族は精神文明の方向に進化を遂げ、幻覚を好み精神的な遊戯を最大の快楽とする。
銀河パトロール隊に属する知的生命体の中でも随一の夢想家、思索家と呼ばれているがね。
手術後に《詩人》の貴方と思考の交換、精神的対話を大いに楽しめるものと期待している)
理知的、且つ澄明《クリアー》な思考と《心》。
だが、精神的視野に映った《もの》は。
丸太の様に、太く長い蛇の胴体。
8本の《肢》、竜の頭部を備える怪物の姿であった。
ナリスは思わず夢の回廊で対峙した精神集合体、ヤンダル・ゾックを連想するが。
ヤーンの庭園に在る首の長い背中に翼の生えた彫像、キタイの麒麟に近く蜥蜴の特徴は無い。
古代出雲の住民であれば、《八岐大蛇》と言ったかも知れない。
即座に同調する第三段階レンズマンの思考が閃き、安全を保障する。
(ヴァレリウスの幻視した竜と蜥蜴の合成生物、ウロボロスとは確かに異なる存在だ。
夢の回廊で感じた竜王の魔力は強大だったが、知性は私と大して変わらぬ印象を受けた。
ヴェランシア星系、第二段階レンズマン?
蜥蜴の特徴を色濃く残す異種族の怪物より遙かに、《竜王》の名に相応しい存在ではないか?)
笑いの波動を残し、ヴォーゼルと名乗った精神が後退する。
陽気な気配を漂わせた竜族と異なり、冷血とは言わぬが強固な別の精神が接近する気配。
非常に高度な知性を備え、人類とは比較を絶する青一色に染め上げられた《思考》。
或る意味、古代機械の心話と共通する論理的な《声》が流れ込んでくる。
(私は銀河パトロール隊の第二段階レンズマン、リゲル星系のトレゴンシー。
身体欠損の修復手術を確立した医師、ポセニア星系出身の研究者も同系列の種族に属する。
貴君に不必要な不安と恐怖を抱かせない為、精神接触が有益と判断した。
フィリップ式再生手術は、私の種族にのみ実行可能。
視覚や聴覚に代わる《知覚力》、マイクロ・ナノ単位の作業を可能とする《触手》。
人類の不器用な感覚では困難な微調整、繊細な技術が要求される為だ)
新たな映像は伸縮自在な数多の触手を有し、豹頭王を遥かに超越する《異形》。
酒樽を連想させる円筒形の胴体から、頑丈な像の足4本が生えている様にも見える。
(触手が有る所は、クラーケンに似ているかな?
だが、何て思考だ!
徹底して論理的、且つ信じ難い程に安定している。
この心の持ち主ならば、如何なる手術であっても失敗する事は無いだろうな…)
合理的な精神は、(これで用は済んだ)との意思を明白に表明。
何の反応も示さず、消滅する。
最後に接近して来た思念波、サイコ・パターンは周囲に異様な《歪み》を伴っていた。
(貴方に興味はありませんが、《時渡り》と取引をしました。
私は、パレイン星系の第二段階レンズマン、ナドレック。
臆病で、卑怯で、劣弱な存在です。
《炭素=水素系種族》地球人の表現に翻訳を試みるとすれば、《5次元生物》でしょうか。
私の種族は縦、横、高度、平面的歪曲方向、立体的歪曲方向により構成されます。
不充分、且つ不適切な表現ではありますが。
私の劣弱な語彙と能力では、適切な描写が不可能です)
思考と全く逆の、想像を絶する程に強力な精神。
ある意味では《這い寄る混沌》の具現化、とも言い得る異形の怪物。
不定形の液体が蠢き、不気味な波紋を描いた。
(ヤーンよ!
この様な異形の存在が、人間を遥かに凌ぐ思考能力を持っているなんて!)
第三段階レンズマン、クリストファー・キニスンの想定を上回る激震が吹き荒れた。
心理的衝撃と感情の嵐に耐え切れず、ナリスの意識は闇の中に緊急避難を図る。
(再生能力活性化の手術は、終わったみたいね。
私は蛇神《みづち》一族の若長、八岐大蛇の北斗多一郎と会ってくるから。
セイ・グランヴァルド、ファイアーブラス宇宙伯の美貌も拝みたいし。
後で、迎えに行くね)
ナリスの心に、鈴の音を思わせる軽やかな笑い声が届いた。