「我々は第一次人類の故郷、太陽系第三惑星に還って来た。
ガミラス宇宙軍の名誉を懸け、無限艦隊と闘わねばならぬ。
緒戦は艦隊指揮官ドメル将軍以下、勇敢な戦士達の双肩に委ねる。
冥王星前線基地、シュルツ司令官と連携し敵の先鋒を撃破せよ。
千変万化する戦場に於いて、最善の判断は存在せぬ。
失敗しても構わん、やり直せば良い。
背後には、私が控えているのだからな。
ドメル将軍には独断専行、戦術的撤退を認める。
諸君の凱旋を待っているぞ、存分に戦って来て欲しい!」
私は、耳を疑った。
人工太陽を落下させ、バラン星で宇宙戦艦ヤマト抹殺を図った記憶が甦る。
総統の命令で勝利を逃した原型《オリジナル》の世界では、考えられない事だが。
再戦の機会を得た以上、宇宙の狼《スペース・ウルフ》の名に恥じぬ行動を貫くのみ。
無限艦隊の先鋒は蹴散らし、太陽系最外縁の準惑星エリス軌道に後退させたが。
敵は冥王星前線基地の支援が届かぬ遠方に、ガミラス艦隊の誘い出しを図っていた。
爆撃機と雷撃機を搭載していれば、更に遠方まで追撃していたかもしれない。
狡猾な敵は用意周到に幾重もの包囲網を敷き、一網打尽を狙っていた。
総統の指示で両機種を離艦させていた為、我々は辛うじて罠を逃れたが。
誘い出しに失敗したと悟り、無限艦隊は直ちに逆襲へ転じた。
無数の敵艦を撃破したが、波状攻撃は続いた。
ガンツの構築した機雷原が無ければ、一気に冥王星前線基地を破壊された確率が高い。
宇宙艦隊と反射衛星砲の連係攻撃により、更に数多の敵艦を破壊したが。
高揚していた士気は徐々に低下し、疲労が蓄積された。
無限艦隊の名を冠する侵攻軍の補充力は、伊達ではなかった。
『名は体を表す』の格言に背かず、文字通り無限に艦隊が押し寄せるのだ。
心理的恐慌《パニック》が密かに忍び寄り、戦術判断に齟齬が生じた。
反射衛星と機雷原は破壊され、冥王星前線基地も強襲を受けたが。
窮地に陥った私達を救う為、総統が動いた。
お偉方《ディレクトリクス》の異名を持つ艦隊指揮専用艦、ドメラーズⅢ世。
円盤型宇宙戦闘機母艦を基幹とする機動部隊、艦載機を戦場に投入。
私の発想を超える瞬間物質移送装置の用法、斬新な新戦術が披露された。
圧倒的な物量構成の事態を予見した総統は、対策を講じていたのだ。
空母を離れた爆撃機と雷撃機は爆弾、魚雷の搭載機能と偵察員席及び爆撃手席を撤去。
重量削減に拠り数倍、強力な破壊光線砲を機首に装備する事が可能となった。
改造された機体は戦車の天敵《タンク・キラー》、重防御の地上襲撃機に相当する。
従来の雷爆撃を凌駕、隔絶する累積効果も実証された。
一撃離脱戦法《ヒット・アンド・アウェイ》に徹し、劇的に向上した最高速度を駆使。
被撃墜率は劇的に改善され、殆どの搭乗員が無事に帰還している。
多数の熟練者《ベテラン》が姿を消し、新米に頼らざるを得ぬ悪循環を免れたが。
特筆すべきは、瞬間物質移送装置の運用法であった。
発想が転換され、宇宙魚雷と多弾頭爆弾を瞬送《テレポート》。
敵艦の眼前で実体化させ、驚異的な命中率を記録している。
直接照準の雷爆撃を避ける手段は無く、確実に敵艦を撃破。
被弾の際も重防御の襲撃機は破壊を免れ、多数の操縦士達が帰還した。
私は瞬間移送装置で爆撃機や雷撃機を瞬間移動させ、奇襲効果を狙ったのだが。
魚雷や爆弾を直接、敵艦に直撃させる方が理に適っている。
搭乗員達を危機に晒さぬ方策を、なぜ、思い付かなかったのか。
あまりにも単純明快な解答を見過ごした私に、総統は悪戯っ子の様な微笑を見せた。
「私も、全く、気付かなかったよ。
宇宙は、広いな。
君の用意した瞬間移送装置は、百発百中の砲として使える。
人員を危険に曝さず、敵艦を撃破可能と或る人物が教えてくれた。
勉強させられたよ、まったく、盲点だった。
数多の世界が協力すれば、思いがけない効果が生じる。
ヤマト同様、無限の可能性が拓けるのだな。
異世界の賢者に脱帽だが、同時に確信したよ。
平行宇宙《パラレル・ワールド》の相乗効果が実現すれば、不可能も可能となる。
無限艦隊と云えども、無敵ではない。
女神に救われた者達が協力すれば、撃退する事は可能だ。
鉄壁の布陣を敷く時間を稼いだ諸君の奮闘、勇戦は賞賛に値する。
冥王星前線基地も立派に任務を果たし、その役割を終えた。
火星《ガミラス》で食事と睡眠を摂り、体力と気力を回復してくれ給え。
諸君は数時間後、充分に英気を養った上で戦列に復帰せよ」
シュルツと私の部下達も直接、総統から労いの言葉を受けた。
力強い握手を賜った彼等は、疲労が滲み憔悴した顔を紅潮させた。
この方の為なら、死ねる。
そう思った途端、私と部下達の前で、総統は声を張った。
「皆、聞いてくれ。
私から諸君に是が非でも、御願いしたい事がある。
只一言、『死ぬな』と云う事だ。
宇宙戦艦ヤマト艦長、沖田十三が死地に赴く部下の古代守に贈った言葉でもある。
ガミラス軍の将兵に知らぬ者は無かろうが今一度、引用させて頂く。
『古代、死ぬな。
我々が全滅してしまっては、地球を護る為に戦う者がいなくなってしまうのだ。
明日の為に、今日の屈辱に耐えるのだ、それが、男だ』。
冥王星から撤退の後、ヤマトを勝利に導いた実績は敬服に値する。
沖田艦長を見習い、無限艦隊の波状攻撃に耐えねばならぬ。
絶対に諦めず万難を排し、石に噛り付いてでも生還せよ。
各自、肝に銘じて貰いたい」
「『ドメルが滅びる時は、ヤマトも滅びる時だ』。
将軍の言葉は、現在の状況にも当て嵌まる。
我々が全滅すれば、地球人類も滅亡するのだからな。
自爆攻撃は厳禁だ、例外は認めん。
『地球人《テラナー》が諦めるのは、死んだ後』と異世界では噂されている模様だ。
我々も嘗ての第五惑星が崩壊の際、移住を強いられた第一次人類の末裔に他ならぬ。
最後の最後まで希望を捨てぬ強い心、勇者の持つ最大の武器を諸君に期待する。
演説の分だけ、休憩の時間を延長する。
諸君は直ちに寝室、食堂に直行し疲労回復に努めよ。
心置き無く、熟睡してくれ給え」
自動録画装置は働き続け、総統の演説も記録された。
3次元立体映像と音響効果も総て、全艦艇で再現する事が可能。
多数の将兵が演説に感銘を受け、沖田艦長の言葉を胸に刻んでいる。
ガミラス宇宙軍は無限艦隊と激闘を繰り広げ、月軌道上の最終防衛線に追い詰められた。
艦隊は被弾損傷が激しく、満足に戦えるのは数隻しか残されておらぬ。
私の乗艦、改ガミラス型宇宙戦艦『ドメラーズⅡ世』。
総統の旗艦、及び護衛の宇宙駆逐艦《スペース・デストロイヤー》のみ。
大気圏内では熱線砲、光線砲の有効射程距離は激減するが。
損傷艦艇は運動能力が低下の為、地上砲台とせざるを得ぬ。
「くそっ、もう水星《テラ》を守る手は尽きた…」
私の希望により再び傍に立つ副官、ゲールの呻き声が『ドメラーズⅡ世』艦橋に洩れた。
「確かに、その通りではあるな。
逃げ道の無い、絶望的状況に見える。
だが、思い出したまえ。
七色混色発光星域の艦隊決戦に於いて、我々は何を見た?
君も、聞いているだろう?
全砲門使用不可能となった際、ヤマト艦橋で古代進が同じ言葉を発した事を。
沖田艦長は最後の最後まで希望を棄てず、巧妙な操艦を命じた。
ドリル・ミサイルの逆回転を待たせ、何時爆発するかわからぬ恐怖にも耐えた。
勝利を確信した我が艦隊を誘導し、一直線上に並べて見せたではないか。
奇蹟《ミラクル》を起こした原動力は、絶体絶命の窮地にも怯まぬ強い心。
沖田艦長は勇者の最大の武器を用い、宇宙戦艦ヤマトに勝利を齎した。
全ての武器を使い果たした後も、勝利の可能性を探し続けた姿勢を見習わねばならん。
それに、まだ、君には礼を言っていない。
ここまで我が軍が戦って来れたのは、君の努力に拠る処が大きい。
急造の最終防衛線《ファイナル・ディフェンス・ライン》は、素晴らしかった。
資材も時間も限られた中で、あれだけの設備を整えた手腕は賞賛に値する。
火力陣地の要員達から、聞かされたよ。
君が精魂を傾け、不眠不休で施設の構築に奔走した模様をね。
過去の経緯から君を過小評価していたが、眼が覚めた。
次の戦闘が済み次第、謝罪させて貰う。
再言するまでも無いが、総統の命令は遵守する。
次の戦闘で生命を捨てる覚悟など、決めていない。
最後の最後まで諦めず希望を棄てずに戦い、沖田艦長を見習う。
総統への忠誠心に於いて、君は私に負けぬ筈だ。
どんな手段を使っても構わん、私の自爆を阻止してくれ給え。
頼んだよ、ゲール君」
宇宙機雷も数秒後に尽き、無限艦隊が地球を蹂躙する事は避けられまいが。
ゲールは虚脱状態を脱し、光と熱が瞳に戻っている。
「無限艦隊、接近して来ます!」
観測員の絶叫が響き、スクリーン上の艦影《シルエット》が急速に拡大。
ドメラーズ2世の艦橋に緊張が走り、誰もが迫り来る破滅の足音を聞いた。
総統府の面影を残す旗艦、私の乗艦、駆逐艦4隻の眼前で機雷の防壁が崩壊する。
その、とき。
其の時であった。
コミック・アンソロジー『宇宙戦艦ヤマト 遙かなる星イスカンダル』に触発されました。
沖田艦長が島に転舵の角度、後退の方向を指示する模様が描写されています。
ドリル・ミサイル逆回転の開始を制止、ドメル艦隊を誘い込む状況にも感銘を受けました。