火星防衛軍司令官シュルツ、副官ガンツ以下10数名の志願者。
青色人《ブルー・マン》の宇宙戦士達は、砂の嵐に護られた惑星地下の秘密基地に篭城していた。
他に十数名が第1衛星ディモス内部に潜み、第2衛星フォボス地表の重火器を遠隔制御。
火星《ガミラス》地表の遠隔操作火力陣地と連携、協同で無限艦隊に立ち向かうが。
無限艦隊の誇る圧倒的な物量は効し難く、次第に押され直接砲撃を受ける反射衛星砲基地。
短距離射程の高出力熱線砲が火を噴き、至近距離迎撃用の大型電磁砲から青紫色の電光が閃く。
大気圏を持たぬ衛星を無限艦隊の砲撃が直撃、反射衛星砲の周辺に配置された偽装陣地を破壊。
対宇宙用迎撃火砲陣地群も次々に被弾、指令室《コントロール・ルーム》に非常警報が反響する。
「お前達、先に脱出しろ!」
「副司令官殿は?」
「最後に持ち場を離れる者は、最高責任者と決まっている!
火星防衛軍指令官シュルツ閣下の代理、ディモス反射衛星砲基地の指揮官は俺だ。
如何なる状況であれ、例外は無い!
お前達が地下要塞に着くまで、援護してやる。
俺は重いからな、非常用脱出艇の速度は少しでも上げた方が良いだろう。
事態は一刻を争う、口答えは許さん!
絶対真空仕様の戦車で後から脱出する、先に行け!!」
上官の言葉に理を認め、青色人戦士達は一斉に敬礼。
反射衛生砲の熟練兵達は唇を噛み締め、司令室の外へ走り去る。
宇宙戦士達が席を離れてから数分後、動力施設からの電力供給が途絶えた。
無限艦隊の砲撃を受け厳重に被覆、防護された導線も何処か破壊された模様。
非常用制御装置《エマージェンシー・コントローラー》は無効、異常信号の点滅は消えない。
大音量の非常警報《アラーム》が鳴り響き、耳に痛い。
「くそっ、動け!
火星と連携して、敵を片付けなけりゃならんのに!!」
思い付く限りの操作を試みるが、全く反応は無い。
操作盤《コンソール》を撲る拳から、鮮血が噴出した。
反射衛星砲の援護が消失すれば、火星は成す術も無く蹂躙される。
数百から数千の単位で敵艦を撃破した筈だが、焼け石に水か。
「シュルツ閣下!」
打つ手は無く、悔し涙が溢れた。
表示画面《スクリーン》に映る地表、火力陣地が被弾炎上。
このままでは地下要塞の崩壊、火星防衛軍の全滅も免れぬだろう。
背後から不意に手が伸び、鍵盤《キーボード》を操作。
水晶《クリスタル》の光輝《ライト》が煌き、緑色《グリーン》の表示《ランプ》が灯る。
人工合成音声の宣告が、反射衛星砲の制御室に響く。
「接続完了《アクセス・オープン》、動力供給回復《リカバリー・コンプリート》。
始動命令《スタート・コマンド》、正常完了《ノーマル・エンディッド》。
目標選定《アタック・セレクト》、自動追尾《ロック・オン》完了。
射撃準備完了、砲撃可能です」
予想外の事態に眼を見開き、背後を振り返る。
既に脱出した筈の部下達が揃って、驚愕の視線に見事な敬礼で応えた。
「貴様等、何をしとる!?
何故、火星へ向かわず戻って来た!
まさか敵《エネミー》の攻撃は既に、地下基地に及んでいるのか?」
シュルツの身を案じる忠実な副官、ガンツの脳裏に悪夢の予感が閃く。
脱出を命じた部下の出現に最悪の事態を予想、悲鳴か詰問か解らぬ絶叫を浴びせるが。
酷い傷跡の目立つ顔面が凄愴に歪み、最古参の大男が不逞不逞しく笑う。
気の弱い者なら、失神するかもしれない。
「マニュアル通りの操作したって、動きゃしませんよ。
こんな状況の時こそ職人の腕、名人の見せ場でさぁ。
司令部に知れたら大目玉間違い無し、非正規操作術《アブノーマル・オペレーション》。
上手くやらないとエネルギー・プラントが暴走して、大爆発を引き起こしちまう。
正規のやり方じゃありやせんが、自分しか知らない裏技がありましてね。
この状況じゃあ危険も糞も無い、無理を承知でやるしかないでしょう。
火星軍司令部との通信も途絶してますし、大目に見て貰えやせんかね。
先刻はびびっちまって、情けないマネを晒しやした。
反射衛星砲が無けりゃ、火星に逃げても持ち堪えられやしませんわな。
ありったけの裏技を駆使して、反射衛星砲を使用可能にして見せます。
副司令官殿には目標選定と、砲撃開始の時間調整をお願いしやす。
火星で御荷物扱いされるより、ずっと気が利いてまさぁ。
我々も副司令官を見倣い、最後まで持場で本分を尽くします。
副司令官殿1人残して敵前逃亡する訳には行きません、一蓮托生ですな。
我々一同、副司令官閣下の許で最後まで戦える事を誇りに思います。
他の者も自分の持場に戻りました、副司令官殿1人だけ良い恰好は無しですぜ」
上官を上官とも思わず、絶対に言う事を聞かない事では定評のある古強者。
一筋縄では行かぬ傲岸無比の古参兵が初めて、心の籠った敬礼を贈る。
「ありがとう、感謝する!
一生、恩に着るぞ」
ガンツの眼が潤み、視界が霞んだ。
ディモス基地残留を志願した十数名、全員に敬礼を返し右掌を差し出す。
酷い傷跡の残る歴戦の強者、豊富な経験を物語る風貌が照れた様に微笑む。
本来の持ち場に戻った全員が不退転の決意を瞳に宿らせ、力強い握手で応えた。
「こっちこそ、申し訳ありやせん。
一度は、生命惜しさに逃げ出しちまいやした。
反射衛星砲の光線が停止したのを見て、我に返ったんでさぁ。
此処は我々の持場、家みたいなもんです。
本来は他所者の副司令官を残して、家の者が先に逃げちまうのは筋違いってもんです。
どんな処罰を受けても、文句は言えませんわな」
「よし、罰を与える!
全員、後で俺の居住室に出頭せよ!!
火酒でも葡萄酒でも麦酒でも、眼の玉が飛び出る程に豪勢な高級料理でも構わん!
好きなだけ飲み食いさせてやる、費用は総て俺が持つ!!
だが勘違いするなよ、これは罰だからな!
全員が俺と同じ体型になるまで放免せんぞ、覚悟しろ!!」
各自の定位置に着席した要員が爆笑、指揮官の冗句に応え腹の底から哄笑を響かせた。
司令室を爆笑の渦が包み動力部や砲塔室、各部署に波及。
「自分が操作を代わります、副司令官殿。
ガミラスの意地、奴等に見せてやりやしょうぜ」
「ディモス基地の応答は皆無、フォボス反射衛星砲も完全に沈黙しました!
反射衛星は残存していますが戦闘衛星は爆発、ハンター衛星も全滅です!!」
火星(ガミラス)地下要塞、対宙防衛陣地指令室に絶叫が響く。
「宇宙空間の戦闘は、これまでだな」
冥王星《ハデス》前線基地、火星防衛軍の指揮官から溜息が洩れる。
火星周辺宙域は無限艦隊が埋め尽くし、月面基地も通信不通。
折れ掛かる心を立て直した直後、眼も眩む目映い閃光が絶望の闇を切り裂いた。
走査員《スキャナー》の絶叫、歓声の声が総司令部に響き渡る。
「反射衛星砲が復活、次々に敵艦を撃破!
発光信号を確認、射撃目標の指示を求めています!!」
「両極付近の敵艦を撃て、後は衛星基地の自衛を優先!」
火星防衛施設も駆使、ディモス周辺の敵を撃滅せよ!!」
「了解《ラジャー》!」
真紅の砂塵を撒き上げ、地下基地から無数の誘導弾が飛翔。
多弾頭爆弾が敵艦を襲い、爆発に捲き込む。
「総司令部は無事だ、充分な戦闘力を維持している!
我々を援護してくれているぞ、相互連係で撃退可能だ!!
こっちも負けるな、全砲門解放射撃【オール・ウェポンズ・フリー】!」
「応っ!」
衛星を刳り抜いた基地、火力陣地を制御する司令室の内部で声が重なる。
「無限艦隊の反撃です、重層防御力場が突破されました!」
予想を覆す迅速な新手の殺到、無数の弾幕射撃を受け瓦礫の山と化す反射衛星の群れ。
ディモス内部を激震が疾り電力供給が途絶え、各部署の照明が消失。
司令室の天井が崩落、火星防衛軍副司令官ガンツの意識が失せた。
「ガンツ!」
火星防衛軍の最高指揮官、シュルツの口から痛恨の呻き。
女神救出作戦の開始後、嘗ての頼り無い副官は見違える働きを見せた。
ガミラス人の新たな故郷、火星の防衛体制を構築の際に衛星陣地の責任者を志願。
冥王星基地の防戦で得た教訓、経験値を基に判明した弱点の補強に奔走している。
創意工夫を凝らし対策の考案、限られた時間と資材で第3善の実現に漕ぎ着けた。
火星に戦線が迫ると最前線に赴任を志願、反射衛星砲の陣頭指揮を執り無数の敵艦を撃破。
今まで何とか踏ん張れたのは、忠実な副官の功績と云っても過言ではない。
「わしも途くぞ、ガンツ。
必ず、礼を言わせて貰うからな」
太陽系第3惑星、地球人類の護衛を優先する総統の判断に異論は無い。
火星防衛陣地の活用を図り代役を買って出たが、総統の重荷を少しは減らせただろうか。
大規模な爆撃が惑星の地軸を破壊、と錯覚する程に強烈な衝撃波に地下都市が震撼。
太陽系の絶対防衛線、小惑星帯《アステロイド・ベルト》の軌道以内に残された最後の砦。
火星防衛軍の総司令部、無人火力陣地の制御室から照明が消えた。
コミック・アンソロジー『宇宙戦艦ヤマト 遙かなる星イスカンダル』に触発されました。
シュルツの仇を討つ為、ガンツは戦い続けたのですね。