ラブライブ! きっと青春は聞こえる -情熱を紡ぐ物語-   作:コロロン☆

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久しぶりの更新です。よろしくお願いします。
やっと、五話まできた……。だけど、初ライブまでまだまだ遠いです。
できるだけ丁寧に書いていきたいと思っておりますので、お付き合いください。










第五話:ライブまでの道のり3

 

 

 

 

まだ少し肌寒い朝、ちゅんちゅんと神社の屋根には雀が3匹並んでいた。その視線の先には神田明神の境内に3人の少女がいた。音ノ木坂学院のスクールアイドルの3人組。高坂穂乃果、南ことり、園田海未だった。

 

 

「あれー?そうちゃんは?」

 

穂乃果はぐぬぬと苦しそうに前屈をしている。膝は綺麗に伸びておらず曲がり気味で、足先に手を伸ばすが体は主の言うことを聞かずにそれ以上前に伸びない。

 彼女は何をしているか。これはトレーニング前の準備運動だ。初ライブに向けて早朝・放課後のトレーニングが始まって1週間足らず、体も徐々に慣れ始めてきているが、まだまだ理想には程遠い。

 

 

「んー、ことりはわかんないなあ」

 

 南ことりも同じく前屈をしているが、おおきな胸を押し潰すように胸と足を隙間なくつけている。前屈の後、両足を開脚し、次は胸を地面に圧しつける。たわわで柔らかなそのふくらみは自由自在に形を変えるようだ。

 穂乃果はそんな扇情的な様子を見せつけられ、口をぼーっと開けていた。自分の胸に手を当ててみる。小さすぎるということはないが、ことりに比べて見劣りする自身のそれ大きさは女としての敗北を意味していた。穂乃果は目を閉じ、そんな現実を受け入れつつ、かっと目を見開き、ことりちゃん!大きさじゃないよ!形だよ!と相変わらず意味不明なテンションを保っていた。さすがのことりも苦笑いをしている。

 

 

「―――穂乃果、貴女また何を変なことを。神崎先生は、”私用”で今日はお休みですよ。学校も1日休まれるそうです」

 

 園田海未はそんな二人を横目に、スケジュール表に今後の予定を書き込んでいた。今日は彼が来るということで、いつもよりも早起きして念入りに準備してきたのに。練習の直前に携帯に連絡があり、今日は練習を休むことを伝えてきた。ふざけるな、と思ったが彼も忙しいのを知っているので悪態もつけずにいた。ちなみに海未には胸のことなんて、何も耳に入ってない。何も聞こえない。すっと、自分の胸元に目線を下ろすが、何も考えないようにした。

 

 

 

「え、私用!? ことりちゃん、まさか……」

 

 

「穂乃果ちゃん! まさか……」

 

 柔軟を終え、穂乃果とことりはスポーツドリンクに口をつけていたのだが、海未の情報に驚きドリンクを落としてしまった。二人はそれには目もくれずお互いに顔を見合わせている。口に手を添え、目を見開いている。わなわなと唇を震わせ、額からは汗が滝のようにでていた。

 

 

 

「な、なんだというのですか―――」

 

 海未は穂乃果とことりのタダならぬ様子に唾をごくりと飲み込んだ。珍しく真剣な表情で2人ともいるものだから、海未もつられてしまう。これは尋常な様子ではない、と。

 

 

 

「「彼女とデート……とか」」

 

 二人がそう呟いたあと、暫く三人は固り、3人は顔を見合わせてお互いの表情を確認し合う。あるものは、いやいやそうちゃんに限ってそんなことあるわけないとか現実逃避していたり、お兄ちゃん裏切ったの!?とか彼女面の人とか、総一郎さん総一郎さん総一郎さんとか病んでる人とか。その後、神社に3人の少女の叫び声が響いた。

 

 

 

 

「「「いやーーーーーーーー!!!!」」」

 

 

 境内の端でふざけているスクールアイドルを横目に、一人の巫女が深いため息をついていた。深い藍色の長い髪を後ろでひとくくりにしている。その眼は優しげですべてを包み込む女神のようなまなざしであった。

 

 

「―――あの子ら、朝から元気やなあ。ていうか、デートっていう理由で仕事はやすまんやろ……」

 

 東條希は彼女たちの恋愛脳に対して、呆れを通り越して尊敬を抱きそうになった。また、ちゃんと練習をしているのか見張らないといけないと思った。顧問がいない時は自分がしっかりとみてあげないと。そう、母親のような気分になった。ライブまで1ヶ月を切ったというのに、この様子を見て希は少し心配になった。

 

 

 

 

ふと、耳済ますとまだ小鳥達のさえずりが朝の神社に木霊していた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 んーーーー。今日もええ天気。ふと、外に目を向けると桜の花びらが風に流されていた。そろそろ春も終わりに近づいているんやねえ。

 

 

 さてさて、今日は音楽教師が休みということで、5限目の音楽は自習らしいし、教室に帰ったら何をしよう。やはり春眠暁を覚えずともいうし、睡眠学習やね。昨日はついつい徹夜してしまったし。独り暮らしだと注意してくれる人がおらんから、ついつい自由になりすぎてしまう……それに、今の季節なら気持ちよく眠れるだろう。朝の神社のバイトで今日は朝早くから起きとるし、よし、寝よか!

 

 

 

 

「―――あれ?えらい可愛いポスターやなあ」

 

 

 教室に帰る途中、廊下の掲示板を見ると新入生歓迎の各部のポスターが貼ってある。その中で一番可愛らしいポスターが目に入った。手作りで色彩豊かに造られたその絵には、3人の女の子のイラストがある。見覚えのある3人のデフォルメのイラストは本校初のスクールアイドルが貼り付けたものだった。

 

 

 

「ん?グループ名募集?」

 

 なんや、まだ名前が決まってなかったんか。 最近、朝と夕方に神田明神の男坂や境内の端でトレーニングをしている3人組。音ノ木坂学院初のスクールアイドル、かの生徒会顧問も応援しているはず。 そう言えば、あのめんどくさがり屋の彼が応援するなんて珍しい。生徒会の他にも、色々な部活動の顧問を押し付けられていることにいつも愚痴を零していたはずなのに……どういった風の吹き回しなんやろか。それかまた何か企んどるんやないかなあ……。この三年間一緒におるけど、こう率先して何かする時っていうのは何かある、女の勘なんやけど。

 

 

 

 話は変わるけど、そうちん、神崎総一郎先生は学校でも人気の教師なんよ。彼はとても気が利いて、優しくて、女性にとてもモテる。実際に先生達からの評判もよくて、悪い噂はきかない。生徒達からの評判も良すぎるぐらいなん。それで、ただ甘いだけじゃなくて悪いことは悪い、良いことは良い、っていうはっきりしたスタンスで媚びへつらうことがないのも人気の一つやと思う。なんだろう、皆から孤高のオオカミみたいな感じに映るんかな?

 そのせいか生徒からの相談もよく受けていて、彼の根城の音楽準備室にはよく生徒達が訪れている。また、彼を語るのであれば、ファンクラブの存在も必要やね。2年前、彼は私たちの入学した数カ月後に赴任してきた。寿退社という形で音楽教師に欠員が出たためにその補充としてやってきた。その赴任してきた日から徐々に人気を高めていて、現在の3年生を中心にファンクラブは組織化されている。うちらが一年生の時からずっと一緒やし、3年生に取っては思い入れ深い先生なんよね。先生と生徒ってことを除けば、音ノ木坂では同級生ってことになるし。3年生にとっては何でも相談できる優しいお兄さんって感じかもしれんね、ふふふ。

 それに、今年入学の1年生が彼の後をつけたり、休み時間毎に要らぬちょっかいかけを出していることを聞きつけたファンクラブ会長が1年生を〆に行ったというのは記憶に新しい事件やね。これはトップシークレット情報なんやけど、えりちも秘密裏に会員に入っているという…。何度も、やめときって言うてるんやけど、えりちは頑固やから会員カードを手放すことはしなかった。

 

 

 

 教室に変えると、皆は席に付き始めていた。音楽の授業が無いせいか、心なしか皆残念そうに見える。えりちに至っては、朝のHRで音楽の授業が無いのを聞いた時に椅子から立ち上がったほどだ。「先生、病気なんですか!?」って大声で担任の先生に聞いてた。えりちはどこかの3人とちがってまともでよかったけど、分かりやす過ぎるんよねえ。

 

 

 

「―――ふえええええ!総一郎様に会えないなんてやだああああああ!」

 

 突然、同じクラスの会員№37番の子が耐え切れずに叫び始めた。この状態は彼女ら曰く、総一郎成分が足りないらしい状態(重症)らしい。えりちはまだここまで症状は進行していないようだ。自分の席で、静かに読書をしている。少し、手が震えているような気がするが見なかったことにしよう。

 

 

 

「―――おだまりなさい!No.37!総一郎さまのお帰りを待つのも私たちの御役目です!」

 

それをぴしゃりと黙らせた一人の生徒がいた。会員No1:ファンクラブ会長の竜ヶ崎 蝶子(りゅうがさき ちょうこ)さん。彼女自慢の金色縦ロールが今日も眩しい。

 

 

 

 

 

 

 教室が騒がしくなってきたので、うちは教室から出る。まだ休み時間も余っているし、小さく折りたたまれたピンクの紙を持って、先ほどの掲示板まで歩いていく。教室からはまだ叫び声が聞こえる。

 

 

 

「まあ、そうちんって悪い人ではないんよね……」

 

 うち?うちは彼のこと嫌いやないよ?さっき言った通り、厳しくて優しくてとても魅力的な男性だと思う。でもね、たまに凄く怖いんよ。普通の怖さ…怒ったら怖いとかじゃなくて、時折、乾いた表情をすることがあって、感情が読み取れないことがあるん。自分で言うのもなんやけど、うちは結構人の感情の起伏を読み取るのが得意なんやけど、でもそうちんにはそれが当てはまらないことがある。まあ、いつも普通にしている時は凄くわかりやすいんやけどね。

 あ、でも嫌いな所があった。それは音楽準備室で高笑いしていることがあること。あれはよくない。不気味だし、とても気持ち悪い。えりちやクラスメイトに言ってみても、「先生がそんなことするわけないでしょ。何言ってるの?」って言われる。うちは嘘なんて言ってないのに、皆酷いよね。

 

 

 

 

 

まあまあ、彼のことはひとまず置いておいて、まずはスクールアイドルの3人のことだ。今日の朝練でもグループの名前の事で悩んでいたようだったし。よし。

 

 

「―――ここはうちがひと肌脱ごうかな」

 

 

 四角に折った紙を箱にいれる。以前、スクールアイドルにまだ名前が無いことをそうちんがぼやいていた際に少し考えた名前があった。名は体を表すというし、だから慎重になるのもわかる。うちの考えたグループ名は9人の女神の名前。ギリシア神話の詩歌,文芸,音楽,舞踊,学問の女神だ。少し大げさな名前かもしれないが、それは彼女達のこれからの頑張りに期待ということで……。

 

 

 

 

「3人とも、がんばれ」

 

 

 

彼女達3人の声は私にとって天使の福音だ。叶うなら、私もいつか。きっと。

窓から吹き込んだ風は、うちの体を暖かく包み込んでくれた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ある日の放課後、練習中のスクールアイドルの三人を放って、神崎総一郎はとある病院にいた。彼の指導スタンスは基本の指示のみ行い、練習後から海未の活動報告を聞くことのが多い。そう、実質的に総一郎はスクールアイドルの活動を監督していない。指示をして、実行するのは本人達であると考えていた。歌や振付のアドバイスを求められたら厳しく指導するが、生徒の自主性を尊重していた。都合の良い言い方だが、総一郎が無駄な体力を消費したくないという本音がその裏には隠れている。

 

 しかし、今日は有給休暇を使い、学校を休んでいる。決して、女とデートするために休んだわけではない。もし、そんな社会人がいるのであれば大した胆力の持ち主だと思う。今日は一日中、検査入院で病院に来ていた。年に1回の定期健診では丸一日病院にこもりっきりになってしまう。

 

検査もほぼ終わり、総一郎は20畳はあるかという豪華絢爛な部屋にいた。一流の調度品。革張りのソファ。分厚い医学書が本棚に数多くの積まれている。 ソファには総一郎の他にもう一人男性が座っている。ここは、地元では知らない者はいない西木野家が経営する病院、西木野総合病院の院長室だ。 そこにはいつもの自信過剰、尊大不遜、ナルシストという顔ではなく、どこか申し訳なさそうな顔をした総一郎の姿があった。青年というより、怒られるのを待っている子供のよう。

 

 

 

「ほら、動いてごらん」

 

 

「くっ……西木野先生、まだ痛いです」

 

 そんなことはないだろう?と西木野先生と呼ばれた男は総一郎に動くことを強要している。聞総一郎は顔を歪め、体をこわばらせている。聞く人が聞けば何をしているのかどうか勘違いしてしまうかもしれない。いや、そんなわけもなく、西木野総合病院院長である西木野医院長は総一郎の左肩から左手にかけてを入念に触診していた。彼の左腕はぱっと見る限り何も外傷は内容に見えるが…。

 

 

 

「もうすでに完治しているはずなんだが。普通に弾けるだろう?」

 

 

「はい、授業で弾く分には問題はないですが……本気で弾こうとすると―――」

 

 

「なるほど。腕だけでなく、か。そうなるとやはり―――」

 

 

 

 

「心の、問題ですか」

 

 

 心当たりを尋ねられ、総一郎は顔を歪ませた。その様子を医院長はその様子を見て複雑そうな表情をした。彼が何故こんな所にいるのか、なぜ彼が音楽教師をしているのかを知っている者として総一郎のこの表情を理解できないわけではない。

 

 

「忘れられないのも仕方が無いと思う。でも、私は待っているんだよ?君が前に進みだすのを―――」

 

 

「先生、俺は―――!!」

 

 朗らかに笑う彼の顔を見て総一郎の心はピアノ線で締め付けられるようにギシギシと音を立てていた。しばらく下を向いていた総一郎は意を決して、何かを伝えようとするが上手く言葉が出てこない。

 

 

「大丈夫。私は気が長い方だし、君が復帰できるように最善を尽くすつもりだよ」

 

 

 今日はここまで、と肩をぽんぽんと叩かれる。 医院長と彼は少年の時から面識があり、彼のピアノの海外遠征のスポンサーでもあった。西木野総合病院医院長の西木野頼嗣(にしきのよりつぐ)は神崎総一郎という人間に対して純粋な好意と、ピアニスト・神崎総一郎のに対して惚れ込んでいた。少年時代からの彼の偉業も苦悩も理解しているつもりだった。神崎総一郎の奏でる音は天上の調べであり、流れる音楽は人の心を夢に誘う。悲しみと喜びも表現できる稀有な表現者であった。そんな彼のピアノは日本という狭い世界を突き破り、世界に自らの産声を知らしめた。

 

 

 

「(先生、俺は貴方が思っているような人間じゃない)」

 

 それは総一郎にとって所詮、過去のこと。人はいつか忘れられる。皆にとってとるに足らない日常の一部分でしかない。総一郎は自分のことをそう思っていた。そう、自分は人に感動を与えられない。所詮はモノクロのピアニストなんだ、と。奪われた自由の翼、無くした音楽の心はまだ癒えることなく、天才を凡人のまま燻らせていた。

 

 

 

「はい、ありがとうございます、先生」

 

 そんな彼の好意に対して総一郎は本音を我慢し、必死に笑顔を作り礼を述べる。自分を信じてくれている目の前の恩人に対してどこか罪悪感を感じ、遠慮が心の中に生まれた。この人をこれ以上失望させたくない。たぶん、総一郎はこれ以上何も失いたくなかったのかもしれない。これまでに失った物は多く、これ以上誰かを、何かを失いたくなかったのかもしれない。

 定期健診の際、毎回、総一郎は本音をひた隠しいつもいつも曖昧な回答に徹していた。それは、彼なりに西木野頼嗣(にしきのよりつぐ)に対して恩義を感じているからであった。いや、やはりただ怯えていただけかもしれない。

 

 

 

 

 するといきなり扉がノックされた。総一郎が部屋に入った際に人払いは済んでおり、西木野頼嗣が呼ぶまでは誰も来ないことになっていたはず。

 

 

 

「誰だ!誰も近づくなと言っておいただろう!」

 

 

 西木野頼嗣はどこかイラついたような声で扉の向こうの人物に話しかける。総一郎を話をしていた時とは大違いだ。この厳しい一面もこの医者の顔の一つだ。個人病院としては大きすぎる西木野総合病院の最高責任者たる尊厳、プライドがそこに見て取れた。

 

 

 

「―――パパ?誰かお客様?」

 

 返事を待たず、悪びれもなくに入ってきたのは見知った赤髪の少女だった。紺色の制服を身にまとい、遠慮なく部屋に足を踏み入れてきた。学生鞄を肩から下げ、青地に赤のラインが入ったスカートからは細い足がこれでもかという風に伸びていた。

 

 

 

「はあ……真姫か?いいと言うまで入るなと何度言えば―――」

 

 西木野頼嗣はこめかみに手をやり、深いため息をついた。少女に近づいていき、最低限のマナーを懇々と説いている。一通りお説教を終えた後、彼は少女を総一郎の所まで連れてきた。

 

 

 

「総一郎君、すまない。うちの娘だ。君の学校の生徒なんだがあったことはあるかね?」

 

 

「は、はあ。それは授業でもちろんありますが…(やっぱり、この子は返事を待たずに入ってくるのか)」

 

 

 どこかで見た覚えのある美少女に対して、総一郎はそんなことを思っていた。先日の音楽準備室の光景のデジャヴではないか。 赤髪の美少女、西木野真姫はさも当たり前のように院長室に入ってきた。父親から注意され、ごめんなさいと少しは反省しているようだが生来のせっかちな性格なのだろうか、高校生になっても未だにその癖が直らないようだ。

 

 

 

 

「は?え?なんで、先生がパパと一緒にいるの!?」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 パパは他の予定があるからって病院の事務室の方に行ってしまった。今、パパの部屋には私と彼の二人っきり。慣れた部屋のはずなのに、暑くないはずなのに、首元のあたりに汗がつう、と垂れた。心臓の鼓動は早く、唇は水分を失い乾き始めている。何か話しかけようにも第一声が出で来ない。

 

 

「やっぱり、西木野先生は良い茶葉つかってるなあ……」

 

 

目の前で優雅に紅茶を飲む神崎先生。のほほんとしている彼を睨み、私は紅茶を一気に飲み干す。言いたいこと、聞きたいことが山ほどあるのよ!

 

 

 

「まさか、先生が"あの人"だったなんて、なんで教えてくれなかったんですか!!」

 

 私がまだ小学校低学年だった頃、私は両親の勧めで地元で有名なピアノ教室に結構な頻度で通っていた。そこでは東京でも高名な先生が指導してくれていたの。プロのピアニストも師事するような、そんな先生の所に両親の口添えもあり通うことができるようになった。

 そしてそこに通っていたのが神崎総一郎だったのだ。確か彼は、15歳か16歳ぐらいだったのだろうか、正確な記憶はないんだけど。 その歳で有名なピアニストだった彼、両親もファンだったことから、で父と母が教室の先生に頼み込んで、月に一回一緒にレッスンを受けることになった。私としては慣れない先生とレッスンするだけでも緊張するのに、知らない男の人と一緒にいるなんてのはさらにさらに緊張することだったことは覚えている。

 でも、そんな緊張は一瞬で尊敬に変化した。彼の演奏、流れるような指さばき、正確な指さばき。ピンと張り詰めたた音楽。でも、曲が変われば次は暖かな春風に包まれるような音楽に一瞬で飲み込まれた。私は幼心ながらに思った。この人みたいに弾いてみたい!この人の見ている世界、この人の感じる音楽、この人と同じ舞台に立ちたい。この人みたいに、私も人を感動させられるピアニストになりたいって!

 

 

 なんで忘れていたんだろう。一緒のレッスン自体は月に1回だったし、それに大分昔の話だから、パパを介してちゃんと説明されるまで、この人=あの人っていう方程式がなりたたなかった。なんで忘れていたんだろう、あんなに憧れた尊敬していた人なのに。思い出の中での彼はピアノに向かっていて、私の隣で一緒に連弾してくれている。顔は霞みがかっていてはっきりとわからない。

 

 

「まさかこんな近くにいたなんて―――」

 

「ついにばれちゃったか。あは、あははは……」

 

 

「でも、どうして音ノ木坂になんかいるの?貴方の実力で」

 

「俺に才能が無かったから、それだけさ」

 

「ふざけないでよ!!貴方に才能がない?あなたの経歴を見てそんなこといえるわけじゃないでしょ!?」

 

 世界的ピアニスト・神崎奏の長男としてこの世に生を受け、その才能を一身に受け。幼少期から数々のコンクールを総なめ。日本では敵無となった為、海外のコンクールにも参戦した。全勝とまではいかないが、優秀な成績を残し、クラシックを志す者ならその名をしらない。しかし、何年か前からぱったりと姿を消してしまった。そうして皆からの記憶から徐々に神崎総一郎の名前は消えていった。そう、私の記憶からも彼の思い出は薄れていった。正直、こんな薄情なファンなんて、ファンを名乗るのもおこがましいわよね。でも、今日、彼が彼であることを知ってしまったら、私の記憶は全て掘り起こされ、彼の偉業、彼の音楽が体の奥底から湧き出てきた。

 

 

「よく覚えてるな…そんなこと」

 

「お願い…そんなことなんていわないで。貴方は…私の音楽のきっかけなの!それにあんなスクールアイドルの顧問なんて…私はあんな低俗な物にあなたにはかかわって欲しくない」

 

 そう、音楽教師をしているということ自体おかしいのに。さらに最近彼はスクールアイドルの顧問をしているそうだ。吹奏楽部の顧問をしていることは理解できる。彼の指導があればいい所までいけるのではないかと思ったりもする。あと運動部の顧問も押し付けられているのも何か理由があるんだろう。でも、【スクールアイドル】なんて……!!

 

 

「―――低俗って、お前なあ。あ、そういえば西木野先生が言ってたぞ、【最近、真姫がアイドルの曲を聞いてたからびっくりしたって】、そうかそうか、低俗なあ、ふふふ」

 

「ななんあなな!! ち、違う!私は一応いろんなジャンルの音楽を聞いてただけよ!」

 

 パパも何言ってるのよ!!!私はただ色んなジャンルの音楽を聞いておくことは私の見識を広める為であって……アイドルになってみたいとかそんなんじゃないんだから!!!!

 

 

「はあ、お前は素直じゃないな。ああ、そうだ、西木野。少しお前に頼みたいことがあるんだけど―――」

 

なにか思いついたように先生は手をぽんとついた。彼の口から聞こえた言葉は意外な申し出だった。

 

 

「―――な、なんで私が!?」

 

「この前、音楽室で自前の曲を歌っていただろ?正直、お前才能あるよ」

 

「え、え?うええええええ!?」

 

 褒められた!?神崎総一郎に!?しかも、才能があるって、嘘嘘嘘よ!これは夢よ、きっと。頬を抓って見るが痛い。あれ、痛い。これ現実だ。

 

 

「もう一回言うよ。お前には才能がある。力を貸してくれないか」

 

 真剣なまなざしが私の心臓をわしづかみにする。そして、肩に手を置かれ、だから頼むと耳元でささやかれると、彼の声が私の体中を駆け巡る。彼の声は電気に変わり私の体中にびりびりを信号を与える。体は更なる緊張に縮こまり、体中の汗腺は開き、汗が噴き出してくる。ああ、頭がぽーっとしてきた。ずーっと遠くにあった彼がそばにいる、

 

 

 

「わかった、わかったから!!離れてよ! 書いてやるわよ!見てなさい、貴方をびっくりさせてやるから!」

 

「ふふふ、ありがとう。お前ならそういってくれると思ってたよ。ああ、あとそうだ。スクールアイドルの3人は神田明神で練習しているから一度見に行ってみな。」

 

 

 先生はソファから立ち上がる。見上げると学校とは違う私服の先生。ジーンズに白シャツ、ジャケットとシンプルな服装だ。無頓着なわけでもなく、こだわっているわけでもない。誰から見ても問題のある服装ではない。それは彼の性格からなのか。

 

 よろしく、と先生は私に軽くウインクしながら部屋から出て行った。いつもとは違ういたずらっ子みたいな表情。ふふふ、ちょっと可愛かったな。でも今日は本当にびっくりした。憧れていたあの人がこんな近くに居たんだから。学校の皆は知っているのかな、本当にクラシックが好きな人なら少しは知っているかもしれないけどほとんどの生徒は知らないはず。私だけが知っている先生の秘密……また一緒にピアノ弾けたらいいな。

 

 

 

 

 

 

 

「でも、どうして先生は自分で曲を書かないのかしら」

 

 

 ふと、疑問が頭の中に湧き出した。彼のCDアルバム…限定販売でわずかな枚数しか世に出回っていないのだけど。それでは彼自身が作曲したものも多かったはず。素晴らしい曲も多く、彼の作曲の才能は疑う余地もない。そんな疑問を抱いてしまったが、彼が私に期待してくれているということに、わずかな疑問は押しつぶされ消えていった。

 まあ、いいわ。ちょうどスクールアイドル(自称)の先輩たちからも作曲を依頼されていたことだし。これで凄い曲を作って先生を驚かせてやるんだから。私の心は久方ぶりに燃えていた。

 

 

 

 

 

「神田明神か。まだ練習してるかな―――」

 

 

 私は病院を後にした。足取りはとても軽かった。帰り道、頭の中には音楽が鳴り響き、頭の中の白黒の鍵盤を叩いていく。私の音楽が踊っているのがわかった。ああ、私、彼に会えて本当に嬉しいんだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 夜の帳も下り、神崎総一郎は家に帰っていた。リビングのソファに腰掛け、ネクタイを緩める。ふと、自分の左手を見つめる。腕・肩から手首にかけてあった傷跡はほぼ消えかかっていて、よく目を凝らしてみれば大きな傷跡があるのが少しわかる程度だ。事故にあった際に、自ら執刀を買って出た西木野院長によって、その腕はほぼ回復した。

 

 

「―――心の問題、か」

 

 寂しそうにぽつりと呟く。彼自身、特に悩みは無く、いつも平常心を心がけているのだが。その心の奥底には、一つのカギを締めた重厚な箱があった。極力思い出さぬように深く厳重に閉ざされたその思い出は今か今かとコポコポと音を立てながら、奥底で、機会をうかがっていた。総一郎は頭を振り、何も考えないようにした。もう忘れていいんだ。辛いことは全部。無かったことにしていい。逃げていいんだ。そう自分に言い聞かせ、総一郎は左手の傷跡をなぞる。しかし、自分が忘れようと強く願うばかりに、自身の音楽に対する執着は暗闇の中で蠢いている。

 

 

 

 突然、スマートフォンが音楽を奏で始めた。クラシック調のピアノ曲が鳴り響く。彼の尊敬するピアニスト曲であった。その思い出の曲を聞く度に彼は思い出に浸ることができた。

 スマホを開け、メールアプリを起動する。緑色のテーマ色からアプリが起動し、幼馴染トリオとのグループに新着メッセージがあった。

 

 

―――

 

 

穂乃果【そうちゃん!グループの名前決まったよ!私たちは、今日からμ’sだ!】

 

ことり【お兄ちゃん、石鹸じゃないからね】

 

海未【ことり、穂乃果じゃないんですから……】

 

穂乃果【ひどーい!海未ちゃん!ひどいひどいーー!】

 

ことり【まあまあ、二人とも…】

 

 

―――

 

 人の返信を待たずに次々とメッセージが更新されていく。総一郎が入力する暇がないほどである。総一郎は別に自分のことなど忘れているのではないかと思っていた。まあ、年頃の女の子は携帯依存症な所があるので、返事も早いのは仕方ない。【了解】とそっけない返事を返し、総一郎はスマホをソファに放り投げた。

 

 

「それにしても、μ’s(ミューズ)か―――」

 

 彼は笑っていた。【μ’s】、ギリシア神話の歌や文芸を司る9人の女神の名前だ。総一郎は思った。一体誰だ、こんなスピリチュアルな名前を思いついた奴は、と。総一郎は一人の生徒を思い出したが、そんなわけないか、と彼女のことを思考から排除した。だが、彼が考えたプラン(チーム)も9人から成るスクールアイドルだ。なんという偶然だろうか。

 

 

 

「ふふふ、俺に女神が微笑んでいるということかな。俺もつくづく罪な男だ」

 

 

 いや、そんなわけがない。ナルシズムを全開に総一郎は不敵に笑う。偶然に偶然が重なっただけなのだが、都合の良い風に解釈するのも彼の悪い癖だった。総一郎はソファから立ち上がり、ベランダに向かっていく。ベランダに出ると、以前より少し暖かくなっているのがわかる。桜も散り始め、いよいよ春も終わり、次の季節に入ろうとしている。

 

 

 

「さ、俺もライブに向けて準備しないとな」

 

 

一迅の風が吹き、その身を通り過ぎる。頬を撫でるには強すぎる風を身に受け、青年は軽くため息をついた。

 

 

 

 







主人公の過去が少しずつ明らかになって行きますね。

そしてついに真姫に主人公の魔の手が―――――!!!
真姫と主人公は過去にあったことがあったことも判明して、真姫も今後主人公とどうかかわってくるのか。


お手数ですが、感想等も頂ければと思います。
いつも更新が遅くなっておりますが、感想も頂けて大変うれしいです。


(また今後、時系列が多少前後することもあります。少々目をつぶって頂ければ……校正能力と文章力欲しい。10000字って…まとめる力が無い泣)

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