ラブライブ! きっと青春は聞こえる -情熱を紡ぐ物語-   作:コロロン☆

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平和な日常。いや、平和とはただ何も刺激のない、凡庸な毎日の繰り返しでもあるのかもしれない。自身が非凡な故に、平凡な毎日に飽き飽きしていた。彼女達に出会うまでは。


第四話:ライブまでの道のり2

「はあ……」

 

 

 

 退屈―――両親の勧めで音ノ木坂高校に入学したけど、やっぱり日常はいつもの日常通り何も変わらない。色に例えるなら、白と灰色。多少色はあるんだけど、何の刺激にもならない、そんな感じの退屈な高校生活。まあ、何も期待はしていなかったんだけど…。パッとしない校舎、パッとしない生徒に先生。私は地元の公立校じゃなくて、UTX高校とか、私立の高校に行きたかったのに。パパが絶対に音ノ木坂にしろってしつこくて…こうなっちゃった。だから、私は正直やる気がないし。

 申し訳ないけど、何度も言っておくわね。学校生活に特に希望もないし、友達も欲しいとは思わない。皆、西木野総合病院の一人娘ってことを知ってるから、距離を取って接してくるし。まあ、それにも中学の時から慣れっこなんだけど。勿論、やる気がないからって成績は落とさないわ。3年間学年1位を目指して勉強は怠らないつもり。塾にも通ってるし、勉強面は問題ないと思ってる。高校卒業後は、病院を継ぐために医学部に進学しないといけないし。そうなのよ、医者の娘って大変なの。両親のことは尊敬しているし、医者になるのも嫌じゃないし、頑張るつもり。でも、こんな私にも昔は夢があったのよ?医者じゃなくて、ピアニストっていう夢が。

 

 

 

 

「かよちん、次の音楽の授業にいくにゃ~」

 

 

 クラスメイト達が慌ただしく移動を始める。そっか、次は音楽の授業だから移動教室か。私もそろそろ移動しなきゃ。教科書をまとめながら、教室を見渡す。クラスメイトは各々の中学の友人と仲良くしている。まだ学校も始まったばかりだししょうがないわよね、何かきっかけがないと難しいもの。私はどうかって?別に興味ないわ。別に仲良くする必要もないでしょ?人付き合いなんて面倒なだけだし。

 

 

「ん?」

 

 

 気が付くと、既に教室からはみんないなくなっていた。ああ、音楽の授業だから先生に会うのを楽しみにしてるのね。まったく、皆好きね。あの人のどこがいいんだか。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 私の声が音楽室の壁に反響して頭に響いてくる。今日の喉の調子は悪くない。ここまで音程は一つも外れてないし、高音も綺麗に出てる。パーフェクトだ。今日も西木野真姫は絶好調ね。

 

 

「―――はい、そこまで。西木野はとても歌が上手だね」

 

 

 褒められると悪い気がしないのは誰しもだろう。ましてや好きな音楽に関して誉められるとそれは極上だ。生徒たちの羨望を浴びる中な、私は席に着く。まっ、こんなの当たり前でしょ?幼いころからピアノを頑張ってきたおかげで私の音楽の力は人より抜きんでている自信がある。そんな余韻を感じながら、席に着く。

 

 

「じゃあ、次、小泉準備して」

 

「は、はいっ!」

 

 

 ピアノの音に耳を傾ける。ピアノを弾くのは、音楽の先生である神崎総一郎先生。一年生の副担任でもある。耳にかからない程度に整えられた黒髪。黒髪と言っても真っ黒というわけでもなく、少し角度を変えると茶色がかっても見える。ワックスで整えているのか、トップの部分を少しクシャっとボリュームを持たせている。次に、感じの良い優しい目だ。少したれ目気味の茶色の瞳。また優しそうに見えるのだが、どこか妖しさを秘めた目に見つめられると少し変な気分になる。身長平均的な男性よりも少し高いくらいだろうか。ウチのパパは180㎝だから、それより少し低いくらい。足も長くて、今日もグレーのスーツが良く似合っている。皆がはまっちゃうのもわかならくはない。あ、何回も言うけど、私は興味ないから。

 

 

 

 

「―――あっ、ごめんなさい」

 

 ピアノの音が止まった。歌っていたはずの小泉さんが俯いている。声が上手く出なかったのだろうか。彼女は小泉花陽さん。少し控えめな性格の彼女には一人で歌うのは辛いだろう。そんな人のことも考えて授業した方がいいのに。あの先生、音楽に対しては厳しそうだから妥協無さそうね。先生は穏やかな表情で彼女を見つめている。

 

 

 

「小泉、大丈夫だよ。さあ、もう一度さっきの所から始めよう」

 

「は、はい……」

 

 

 結果、途中から伴奏が始まるが小泉さんは歌えなかった。緊張しているのか、足もわずかに震えている。先生も困ったような顔で小泉さんの顔をのぞきこんでいる。だーかーら、こんな大勢の前じゃあ難しいんだってば!彼女みたいなタイプには個別に指導して自信つけてあげないと。私ならそうするわ。彼女、声はとても綺麗なんだから、レッスン次第では化けるかもしれないし。

 

 

 

「―――相変わらず、どんくさ~い」

 

 キャハハ、と後ろの席から不快な笑い声が飛んできた。乾いた音が教室中に響いた。ああ、なんて不快な音。心の色がそのまま音に変わったような。振り返ってみると、ギャル系の生徒が笑い合っていた。その顔には悪意はなく、純粋に彼女を下に見ているのだろう。馬鹿にするのが当たり前のような感じだ。彼女達には小泉さんはどう映っているのだろうか。無性に腹が立った。音楽に対して一生懸命取り組んでいる人間を馬鹿にされることは、自分の友達じゃなくても自分を馬鹿にされているような気持ちなってしまう。

 

 

「小泉さんっていつもあんな感じだよね。暗いっゆーか、おどおどしてるってゆーか。ユキは中学一緒だったんでしょ?」

 

「昔からあんな感じよ。さらに笑えるのが、昔はあれで夢はアイドル、なんて言ってたのよ。マジ笑えるよね」

 

 

 ヒソヒソと笑い合っている二人。二人だけで話しているつもりなのだろうが音楽室は声が響く。しかも、今は歌声もピアノの音も何もない。あなた達の不快な音だけが響いているってわかっているの?そういえば、この二人は入学して間もないけど態度があまり良くなくて、職員室によく呼び出されてるのを思い出した。ちょっといい加減にしなさいよね。誰も注意しないんだったら……私が、西木野真姫が西木野家直伝の正義の鉄槌(トールハンマー)をお見舞いしてあげるわ。見てなさい!目にもの見せてあげるから!

 

 

「ちょっと……」

 

「二人ともそんな言い方やめなよっ!」

 

 誰かが私の声を遮り、叫んだ。明るい茶色のショートカットに猫を思わせる愛くるしい風貌の女の子が立ち上がり、二人に向かって大声を挙げた。今は愛くるしいというより、毛を逆立たせた機嫌の悪い猫みたいだけど。えっと、星空凛さん。だったかな。いつも小泉さんと一緒にいたはず。友達が馬鹿にされたことが我慢出来なかったのか、二人に詰め寄って行く。

 

 

「かよちんは一生懸命やってるにゃ!それを馬鹿にするのはお天道様が許しても、凛が許さないにゃ!」

 

「は、はあ?別に馬鹿にしてないしー」

 

「てか、凛。あんた相変わらずにゃーにゃーうるさいんだってば」

 

 

 一人は星空さんの急な攻撃に驚き、しどろもどろになっている。しかし、もう一人のユキと呼ばれたロングの茶髪の女子は星空さんの攻撃を受け流し軽くいなしている。星空さんや小泉さんを知っているかのような口ぶりからするに、やはり同じ中学だったのだろうか。

 

 

「あー!ユキちゃん!今、凛のことも馬鹿にしたにゃ!!!」

 

「だから、凛!その語尾うざいんだってば!」

 

「あ、あの皆……喧嘩しないで。凛ちゃんも私は気にしてないから、ね?」

 

 

 小泉さんはおろおろしながら、星空さんと不良たちを交互に目を配っていた。少し彼女達、小泉さんと星空さんの関係が羨ましい。ああやって自分の為に本気で怒ってくれる友人。私にはいない。別に欲しいわけじゃないけど、中学生の時の友達を思い出す。留学してしまったあの子。もっと早く勇気を出していればもっと早く友達になって、色んな事を一緒にして、色んな事を話して、くだらないことで喧嘩して……。

 

 

 

「こら――――」

 

 昔のことに思いを馳せていると、突然空気が凍った。懐かしい気持ちに心を預けていたが、今は体を包み込む空気が突き刺さるように痛い。その絶対零度はどこからだろう。目線をピアノに向けると鬼がいた。微笑えんでいるが、目が笑っていない。普段は優しそうなたれ目が細く鋭く刀みたいに鋭利に細められ、目が合えば心臓を切り捨てられそうだ。目線は教室全体を見渡し、かの3人に向けられている。不良の二人も、星空さんも顔を青くしている。い、いや、私は別に怖くないし……教室を見渡せば他の子達も体が強張り驚いている。ふ、ふん!皆臆病なんだから!

 

 

「小泉は一生懸命やっているし、笑われる謂れはないよ。そして、絶対に一生懸命やってる人を馬鹿にするんじゃない。僕は絶対にそんなことは許さないからね。そして、他の生徒も気を付けるように。今後、僕の授業でふざけた人は出て行ってもらいます。また、無暗に大声出す人も出て行ってもらうからね」

 

 

 にっこり微笑んでいるが目が笑っていない。注意された女生徒達は俯き、耳まで赤くしていた。まさか先生に注意されるとは思っていなかったのだろう。優しいって有名だもんね、あの先生。ちょろいとでも思っていたのかしら。あ、星空さんも感情的になってしまったことを悔いているのか、下を向いている。星空さんは悪くないのよ?友達を守ろうとしたんだから、とても偉いわ。

 

 

「あ、そうだ。でも、このままだと歌のテストが赤点だから、補修をします。個人レッスンだね」

 

 

「ええー!で、でも、今日は……」

 

「ん?小泉何か言いたいことがあるの?」

 

「い、いえ…」

 

 

 先生はにこにこ笑顔で、有無を言わさず補修を決めた。私は心の中で小泉さんに向かって合掌した。少しこの人の素顔を垣間見たような気がした。優しく見えるけど、結構強引で自分勝手なのね。

 急に隣で、私も先生に放課後個人レッスンして欲しい!きゃああ!…なんて訳のわからないことをいう生徒がいたが聞かなかったことにしよう。だけど、神崎先生は聞き逃さなかったのかふざけた生徒にチョップをお見舞いしていた。律儀な人ね。ツッコミ担当なのかしら…。チョップされてその子はとても喜んでいたけど、可笑しな人もいるものね。

 

 

 

「よし、これで誰も文句ないよね?今日の放課後から補修します。小泉は放課後音楽室まで来るように―――」

 

 

 

「え、えええ!? だ、誰か助けてえええええええええ」

 

 

「小泉、うるさい」

 

 

 小泉さんの叫び声と、先生の冷静な突っ込みで、教室には少し笑いがこぼれる。そして、チャイムが鳴ると同時に思い出した。放課後補修だったら、ピアノ使えないじゃない……最悪。放課後何しよう。そうだ、スクールアイドルでも見に行ってみようかな。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 教室に戻る足取りは重く、普段前を向いて笑顔がモットーの凛は、今ここにはいません。はあああ、神崎先生に怒られちゃったにゃー。さっきの音楽の授業中、凛の怒りパラメーターは沸点を軽く超えて体から、口から溢れてしまったのにゃ。

 凛は思うのにゃ。かよちんの声は綺麗だし、歌の練習すればスクールアイドルとかで十分やれそうにゃ!顔も可愛いし、スタイルだって―――そう言うと、かよちんは顔を真っ赤にして否定するんだけど。

 凛は思うのにゃ。かよちんは昔っからアイドルに憧れてて、アイドルが大好きで。でも自分に自信がなくて。今日だってそう、かよちんは凛にとって一番のアイドルなのに、馬鹿にされるのが許せなかったの。凛はね、かよちんがアイドルになりたいって言ったら全力で応援するよ?それに最近、うちの学校にもスクールアイドルができたみたいだし、試しになってみるのもありにゃ!物は試しだにゃ、かよちん!え?凛は?…凛は運動とか細さには自信があるんだけど、胸の大きさが……それ以上は乙女のトップシークレットにゃ。不可侵領域なのにゃ。領域侵犯には武力行使を辞さないにゃ。

 

 

―――凛ちゃん

 

 

 だから、今回のはユキちゃんがかよちんを馬鹿にするのがいけないんだよ。小学校から一緒で仲は悪くなかったはずなのに、中学校から少しずつ疎遠になってからはあまり話していなかったけど。最近は先生に呼び出されることも多くて、一体どうしたんだろう。うーん、これが思春期なのかにゃ。

 

 

「―――凛ちゃん?どうしたの?」

 

「あ、かよちん。……さっきはごめんにゃ。結局、補修になっちゃったし」

 

 

「大丈夫だよ。歌えなかった私が悪いんだし。それにね、凄く嬉しかったんだよ?凛ちゃんが私の為に怒ってくれて……」

 

 

 ううう、かよちんに気を使わせちゃってるにゃあ。笑顔だけど、補修なんて嫌なはずだし。そういえば、スクールアイドルのチラシとか見てたから見学とかにも行きたいはずなのに。凛がかよちんにできること、できることおおおおおおお?うーん。

 

 

「そうだ!!放課後、凛も一緒にお供するにゃ!魔人、神崎先生からかよちんをお守りするにゃ!!」

 

「ま、魔人……ぷぷぷ――――――あっ」

 

 

 かよちんの顔が引きつってるにゃ。今日の出来事を思い出してるんだね!よし、凛が膿を取り除くにゃ。徹底的に神崎先生を糾弾して、かよちんの心を軽くするにゃ!おー!! 神崎先生はいつも優しい癖に、ここぞという時にめちゃくちゃ怖いって先輩達から聞いたことがあったけどあそこまでとは思わなかったにゃ。凛、目線だけで死ぬかと思ったし。でも、ここはかよちんの為にひと肌脱ぐにゃ。凛もさっきの恐怖を克服するために!

 

 

「そうにゃ、魔人にゃ!人の皮を被った魔人だよ!今日だってめちゃくちゃ怖かったよね?凛は心臓止まるかと思ったにゃ!」

 

「り、凛ちゃん、それくらいにしないと後ろに……」

 

 

「え?かよちん何――――」

 

 

 後ろを振り向くと、魔人にゃ。魔人がいるにゃ。仏様みたいな何か悟ったような顔をしているけど、内側からどす黒いものが溢れてるよ!凛は眼を何回か擦って、頭を振ってみたりするんだけど目の前から幻想は消えないにゃ。そこでやっと凛は理解したのにゃ。これが現実だってこと。変えられない現実なのよね、これ。にゃは♪

 

 

「どーも、魔人です。星空さん?」

 

「か、神崎せんせい…?どうしたの?そんなに怖い顔して、えへへ、へへへへ」

 

 

「言い訳は、後で聞きます」

 

 

天誅!!!!時代劇で聞くような台詞の後に、凛の脳天に鋭い痛みが飛んできたのにゃ。ちなみに、凛、その後のことよく覚えてないんだーー。えへへ。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 放課後、私は約束通り音楽室にいました。行くのが怖かったけど、凛ちゃんも一緒だから大丈夫だと思ったんだ。歌っている時も、凛ちゃんが見守ってくれたら絶対大丈夫だって、自分に言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

「はい、そこまで―――少し良くなってきたね。でもまだ緊張してるかな?」

 

 

 つううう、緊張する……。みんなの前で歌うのも凄く緊張したけど先生と二人も凄く緊張するよ。あ、違った凛ちゃんもいたんだった。私の為に来てくれたのに、忘れちゃうなんて友達失格だ。でも、凛ちゃんが居てくれたおかげで頑張れたんだよ!ピアノと反対側の席。窓際の席を見ると凛ちゃんは、寝ていた。

 

 

 

「―――えええ!凛ちゃん、寝てる!?」

 

 

 凛ちゃんはむにゃむにゃと何かを呟きながら、体をよじる。何か夢を見ているのだろうか幸せそうに熟睡している。着いてきてくれたことには感謝だけど、寝るのは酷いよ、ううう。目の前で、先生が厳しそうな顔で凛ちゃんを観察している。授業の後の、あのこともあるし、凛ちゃんの事嫌いになっちゃたのかなあ。凛ちゃんも本気で言っていたわけじゃなくて、私の気持ちを軽くしようとああ言ってくれたと思うから。嫌いにならないで欲しいなあ。本当の凛ちゃんを知れば誰だって、凛ちゃんのことを好きになるのに……。

 

 

 

「―――小泉、あいつは何しに来たんだ」

 

「―――凛ちゃんは私の為に着いてきてくれたんです、だから私が」

 

「だが、それなら寝ないだろ、普通」

 

 

 ピアノを片づけながら先生は凄くけだるそうにつぶやいた。いつもよりどこか投げやりで、声も低かった。あ、あれ?先生ってこんな感じだったけ?私の知ってる神崎先生という人はご年配の先生が多い音ノ木坂では珍しく、若くて、カッコよくて、優しくてあっという間に1年生のアイドルになっていた。1クラスしかない1年生だけど神崎先生のファンクラブができていて、いつも休み時間に先生に会いに行っていたみたい。でも、既に音ノ木坂には上級生が創ったファンクラブがあって、先生に迷惑となる行為を見かけたメンバーから注意されたらしい。 高校の先生って大変なんだね……。

 

 

「ったく、ちょっと待ってろ」

 

 そして、神崎先生は頭をくしゃくしゃと掻きながら準備室に消えた。かと思ったら、茶色のブランケットを小脇に抱えてすぐに戻ってきた。そっか、窓に目を向ければ日も落ち始めていた。授業の時は精巧で繊細な堅い絵画みたいな印象だったけど、今はデッサンで書いたラフ画みたいな柔らかい印象。怖くはないんだよ、むしろ、温かいような。実は先生っていつも猫被ってる……?

 

 

「春といっても夜は冷えるからな」

 

 先生は凛ちゃんにブランケットをかけて、凛ちゃんの頭をぐしぐしと撫でていた。凛ちゃんも寝ぼけてにゃあ、なんて言ってる。ふふふ、顔はもの凄くめんどくさそうなんだけど、その行動は先生の優しさから来るものなのかも。なんだか、飼い主と猫みたい。先生の普段とのギャップが面白くて、ついつい笑いが込みあげてきた。

 

 

「こら、何笑ってるんだ」

 

「ひぃ!?」

 

 

 少し先生から目を外していたら、いつの間にか先生が目の前まで迫っていた。わわわわわ!そんなに近くに寄られると!!!だめええええええ!後ずさると先生もそれを追って来て、もおおおおどうすればいいの!?凛ちゃーーーーん、助けてえええ!

 

 

「―――きゃっ!!!」

 

 

助けは来ず、急に私の視界が反転した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 音楽室に鈍い音が響いた。重なり合う影と影。生徒と先生の姿がそこにはあった。絡み合う若いリビトー。禁断の時間が、始まるわけがなかった。

 花陽が後ろに後ずさり机に躓いた所で、総一郎が花陽を庇い、下敷きになったのだ。はたから見ると、花陽が総一郎を押し倒すような形になったのだが、そんな禁断の果実のように甘い物ではないようだ。まあ、禁断の果実には何かしらの痛みを伴うものだが。その痛みは、総一郎の痛みだった。総一郎にとって音ノ木坂の床は痛かったようだ。声にならない声を上げながら、花陽の下で悶えていた。

 

 

「い……って、くそ」

 

 

「はわわわわわわわ、ごめんなさい!」

 

 

 あまりにも鈍い音がしたものだから、花陽は焦っていた。まず自分の体を起こし、起き上がろうとした総一郎の体を支えようとするが本人に触ることを拒否されてしまった。ショックよりも、怪我がないか心配な花陽はまだおろおろと彼を見つめていた。

 

 

「いや、いい。小泉、怪我は―――」

 

 

 頭を数回振り、意識を覚醒させた後、総一郎はふと言葉を紡ぐのをやめる。そして、今にも泣きそうな花陽の顔をじっと見つめていた。凝視され、花陽は緊張する。家族以外の男性に見つめられるのは初めてだ。しかも、こんな至近距離で。相手の吐息が届き、耳に聞こえる。肌に感じる。彼女は自分自身の顔が急激に赤くなっていくのを感じていた。恥ずかしかった。総一郎の整った顔。長い睫、優しそうな瞳は、思春期の高校生には毒だ。その目線は体を蝕む麻薬のようなものだった。花陽はだんだんと自分の体が、自分の物でなくなるような感覚を味わっていた。

 

 

「―――お前、メガネとった方がいいよ。そっちの方が可愛い」

 

「え―――」

 

 花陽の視界が急にぼやけた。メガネを奪われたのだ。視力が悪く、総一郎の顔を見ることは叶わなくなってしまったが、相手の視線を識別することもできなくなったので緊張は少しだけ緩和されていた。その中、花陽は心の中で先ほどの言葉を反芻した。「【可愛い】それは私ににつかわしくない言葉。その言葉は、アイドルや可愛い女の子にかけられることばであって。私ではない」そう瞬間的に自己否定の言葉が心の中に生まれ、言葉にしていた。

 

 

「私は、可愛くないです」

 

 

「可愛いよ、俺が断言する。……そうだ小泉一つ提案なんだが」

 

 

 

総一郎は花陽の耳元に顔を寄せ、何かを囁く。その言葉は、自分自身が望んでいた高く高すぎる壁。彼女にとっての悪魔の囁き。過去からの願いを叶えるチャンスの言葉であった。

 

 

 

 

「ええええええええ!!無理無理無理無理!無理ですうう!」

 

 

 花陽はさらに顔を赤くさせ、大声で叫んでいた。高速で、首を横に振り、拒否の言葉をつむいでいた。それは彼女の聖域だった。憧れるが、届かない場所。届かないが故に憧れは憧れを生み、欲望や希望を増幅させていく。それが彼女の自信の無さの理由の一片でもあった。望む姿との乖離。心が思い描く姿と、鏡に映る自分。誰でもあるだろう、あの人のように美しく、カッコよくなりたいと願う気持ち。そして、それが叶わないと悟ると訪れる絶望。花陽はいつも心のどこかで感じているからこそ、自己否定の言葉が真っ先に飛び出すのであった。

 

 

 

「―――だから、なんでそこは大声出せるんだよ」

 

 

 チョップが花陽の脳天を直撃した。総一郎は心の奥で思っていた。どこか彼女は過去の自分に似ていると、容姿の点では総一郎は過去から絶対の自信を持っていたが、違う所で理想と現実とのギャップに苦しんでいた時期もあった。だから、彼女の深淵を少しだけ垣間見ることができた。だからこそ、あんな誘いをしてしまったのかもしれないと、彼は後になって振り返るのであった。

 

 

 

 

「ぐえ―――」

 

 

 

「―――にゃあ?かよちん、終わったのかにゃあ?」

 

 

 

 

 

 窓際で凛が眠そうに眼を擦っていた。そんな凛の能天気な言葉と、花陽のくぐもった悲鳴が音楽室に響く。そんな生徒たちの様子をみて、久しぶりに、総一郎は笑った。

 

 

 自然に笑えた。心の中でポツリとつぶやいたその言葉と感情は余韻を感じる暇もなく、消え去った。

 

 

 

 





一か月ぶりの更新となってしまいました。
(だ、だって仕事忙しいんだもん!社会人なんだもん!)

すみません。言い訳でした。

できるだけ、次話投稿早くできるように頑張ります。
早くて3週間~1か月ほどお待ちください。遅くてすませんんんん(T_T)


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