咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら 作:サイレン
嫌な予感はしていた。
親しみと類するかはあれだが覚えのある威圧感が襲ってきたし、控え室に戻ってきた和の表情がかなり固かったし、テレビに映る咲の瞳が赫黒く煌めいていたから。
後半戦初っ端から連荘して荒稼ぎ、これは良かった。いつも通りとは言えないが、和との約束を律儀に守っているのだと思っていた。
だが咲の事だ。照のように真面目に相手を飛ばし切るとは考えられない。きっと飽きて遊びに走るのも考慮していたし、よろしくはないがここまで奮闘してくれた咲を責めるつもりは一切なかった。
『リーチ』
この不可解過ぎるリーチ宣言を
「…………和。何があったの?」
「……はい、お話しいたします」
根掘り葉掘り問うのを控えていたのは、和の表情が拒絶の意思を醸し出していたから。
常に冷静で大らかな和が取り繕うことすら出来なかったのだ。余程の出来事が発生したのだと推測するのは容易かった。
それでも、こうまで露骨な異常を眼にしては部長として聞かない訳にはいかない。
「先程の休憩時間で臨海の監督とお会いしました──」
和は淡々と語った。
臨海が咲をスカウトしたこと、咲にその気が無かったこと、相手が咲の逆鱗に触れたこと、別れてなお咲の機嫌が最悪だったこと。
全てを聴き終えた清澄の面々は一様に俯いた。
「……確かに咲ちゃんの脚を引っ張ってると考えなかったと言われれば嘘になるじぇ」
「まぁのぉ。わしなんか一番酷いからのぉ……」
少なからず自覚があった優希とまこの反応は顕著で、空気が淀んでいくのを肌で感じた京太郎が身震いする。
目に見えて落ち込む二人を見て、和は感情を荒立てないように気を付けながら、静かな叱責を声に乗せる。
「優希、染谷先輩。咲さんはそんなことは思っていません。お二人がそう考えてると咲さんが感づいたら、きっと咲さんは悲しみます。決して気取られないでください」
「……そうだの。気を付けんとな」
「了解だじぇ!」
咲だって根は優しい子だと二人は知っている。
最近は自由気ままの意味を履き違えて暴虐の限りを尽くしているが、それは信頼の証なのだと全員が理解していた。最も身に染みて感じているのは京太郎だろう。麻雀と触れ合いが無かった頃の咲より、今の咲の方がよほど情緒に溢れている。
優希とまこの立ち直りを一瞥して苦言を呈するのを取りやめた久だったが、未だ解決していない問題に頭を悩ませる。
「話は分かったけど、じゃあなんであの子はこんなことをしてるのかしら?」
「……え? 部長、分からないのですか?」
「あら? 和には分かるの?」
「当然です」
心底不思議そうにする和に久は逆に難しく考えてしまう。
しばらく黙考してみるが、自分の中でピンとくる正解が如何せん思い付かない。
これが信頼の差異なのだろうかと若干落ち込む内心を隠して、久は降参と両手を挙げた。
「うーん、私にはちょっと。教えてくれないかしら」
「そんなの決まっています」
自信満々、これしかないという態度で和は断言する。信頼の差では無く、咲の本質を見極めているかどうかが重要なのだ。
「ただの八つ当たりですよ」
****
前提と条件と賭けが一つずつあった。
前提について。ネリー・ヴィルサラーゼの特性は本当に運命に関することだということ。
一度だけネリーが力を行使して槓をしたのが運の尽き。本領発揮には程遠いと仮定して、前半戦で大まかな全容を咲は把握していた。
あの一瞬、咲は抗い難い不可思議な流れを感じていた。和からの事前情報が無ければ面白そうだと傍観を決め込んでいただろう。真正面から歯向かえないとは言っていないのが咲の
加えて、南場で披露した連続和了。数度疑問に思う場面があった。
咲の和了り牌がドンピシャでネリーから出てきたのだ。一回だけならまだしも、二回と続けばわざと振り込もうとしていると察しが付く。
つまり分かったのはこの二つ。
不自然なまでに流れがネリーに収束する力と、相手の和了り牌を含めた何かしらを把握している力。
後半戦で咲が懸念していたのは後者だ。
この力がある限り、ネリーを狙い撃ちにして潰すというのが至難の業だということ。前半戦始めに三倍満を打ち当てられたのは、ネリーの過剰な慢心と咲の力が遥か上だったからだ。
だがそんなものは関係無い。
それでも容赦無く叩き潰すと、無様に這い蹲ってもがく姿を見下ろすと決定していた咲は発想を逆転させる。
後半戦でも親から始まったのは流石の豪運。きっと日頃の行いが良いからだろう。
条件について。宮守と有珠山の二校をなりふり構っていられない状態にすること。
東一局を六本場まで続けた咲はその時点で二十二万点を有しており、この二校は五万点近くまで落ち込ませていた。
二位である臨海が八万点で、決して余裕のある状況ではない。そもそも、咲がいる限り思惑通りに対局が進む可能性が万に一つもないと全員が理解していた。
だから咲のリーチ宣言が為された時、豊音には乗るしか選択肢が無かった。
たとえ頭の片隅で手の平の上で踊らされていると分かっていても。
長かった東一局はそうして終わり。
同じく
歪な対局風景に咲以外の三人を含めてどれほどの人々が総毛立ったか。この時点で咲の狙いを察していたのは和や照や淡といった、咲の性格の歪みを精確に把握している者だけだっただろう。
その後安手で豊音の親を流し、ネリーの親番では嫌がらせのように咲は倍満をツモり。
東四局で唐突に覇気を引っ込ませた。
〜東四局〜
東 有珠山 49,000
南 清澄 180,100
西 宮守 100,000
北 臨海 70,900
(もうやだこの子本当に何考えてんの⁉︎)
嫌に濃密な時間の中で吐き気すら覚えていた爽は、ほとんど涙目で後半戦最初の親番を迎えていた。
まだ東場が終わっていないというのが信じられない。二時間以上も和了れもせず、一名が発散させる地獄の底に引き摺り込まれるようなドス黒い波動に当てられ、心身ともに限界に近付いていた。
(……でもまぁここで踏ん張らないと!)
幸い咲は大人しくなった。十中八九故意なのだろうが、気に掛けることの無意味さはもうべったりと心に染み付いていた。
理解不能だった宮守への振り込みサービスを終えた咲が、有珠山の親番で静謐を保っている。
あまり頭の回転が早いと思っていない爽でも状況が分かった。
(私に和了ってほしいってことでしょ! やったるよこんちくしょう‼︎)
咲の狙いなど判るはずもなければ知ったことではない。
どの道他に手はないのだと完全に自棄になった爽は胸の前で両腕を交差し、連れてきたカムイの中でも最高の攻撃力を誇る力を顕現させる。
──アッコロ‼︎
現れたのは幾本もの触手を蠢かせる紅き影。
尋常ならざるその超常的な気配を肌で感じ、最後の賭けに勝ったことを確信した咲は一人ほくそ笑んだ。
──アッコロカムイ。
アイヌの伝承に伝わる
北海道の噴火湾に住んでいるとされ、アッコロカムイの出現と同時にその体表の赤が海だけでなく空までをも赤く染め上げるという。
そう、赤く染まるのだ。
爽は手配に集まる
河すらも
七順で清一色を聴牌した爽は、捨て牌を横向きに捨てられないもどかしさに少しの焦りを募らせた。
(姉帯さんの前でリーチはなぁ〜、宮永さんじゃないんだから)
六万点近く豊音に振り込んだ先程の咲の所業を思い出し顔を顰める。
推測は容易に立てられていたが、豊音相手にリーチをするのは自殺行為に等しい。
(でも勿体無い。せっかくアッコロの力を借りるんだから、役満まで持っていきたかった……)
アッコロカムイに関して、こんな民話が存在する。
かつてレブンゲ(虻田郡豊浦町字礼文華)の
彼の存在に人々は恐れ慄き、神々に祈りを捧げた。その声を聞き届けた海の神であるレプンカムイが人々を救う為に、ヤウシケプを海に引き取ったのだ。
噴火湾に引き入れられたヤウシケプはその後に姿を蛸に変えられ、アッコロカムイとして湾の主に君臨したのだという。
この逸話を基にしたのだろう。
アッコロを使役した際には、手牌や河だけでなく山すらも赤く染まるのだ。現にドラ表示牌も萬子である。
つまりリーチをすれば高確率で裏ドラが乗り、点数を跳ね上げることが可能。
でも豊音がいる限りリーチはできないというジレンマが爽の表情を曇らせる。
──その思惑、私が叶えてあげるよ。
声無き意思が対局室に響いた。
「カン」
不意を打つような副露宣言。
身体に染み付いている流麗さで槓子を横に滑らせた咲に、思いっきりキョトンとしてしまったのは爽だ。
え……? 私に和了って欲しかったんじゃないの? と半ば吹き飛んだ思考で呆然とする爽を置いて、咲は止まらなかった。
「もう一個、カン!」
かつてない集中をもって目的達成に邁進する咲の観察眼は、目の前の対局における全てを見通す。
咲は気付いていたのだ。神の気配、不要牌が萬子になる
爽には数え役満を和了ってもらおう。
それで形が出来上がるから。
「……はい、どうぞ」
「えっ? ……あっ、はい!」
てっきり咲が和了るとばかりに固まっていた豊音は慌ててツモる。
その様子を同じく呆けて眺めていた爽の脳もやっと状況に追い付き、顔に出ないよう渾身の苦笑いを噛み殺す。
(あはは、そこまでして私に和了ってほしいんだ……ならお望み通りにね!)
増えたドラを横目に、ツモった牌を卓へと叩き付けた。
「ツモ! 清一色、三暗刻、ドラ7、16000オール!」
本日二度目の役満。
整えてもらった舞台での和了りとはいえ、役満は役満だ。
絶望的な現状を一手で抜け出せた事実に爽は微かな安堵を胸に抱き。
爆発的に膨れ上がった極黒の覇気に総身を震わせた。
「……くくっ、ふふふ、あははははは‼︎」
突如として対局室に響き渡る愉悦に富んだ哄笑。
声色に宿るのは超高純度にして紛れも無い嘲りの念。
嘲笑を隠しもせずに露わにした咲は、対面で視線を合わせない少女へと鬱憤を叩き付ける。
「さぁ、これで最下位! 後が無くなったね、
口元に半月を描き、自制心を破棄した咲はネリーを煽っていく。
「加減してあげてるうちにさ、さっさと操ってみせなよ運命とやらを!」
後半戦で咲が狙っていたこと、それは臨海を一切の容赦無く叩き潰すことに他ならない。
圧倒的点差でバトンを貰った大将を最下位まで踏み下ろし、全国に、世界にその恥を晒して二度と立ち直れないような傷を刻みこんでやろう。
評判を地の底まで落とせばあの不愉快な監督への怒りも少しは緩和されるだろう。
そんな子供染みた癇癪に近い動機で、咲はこの現状を実現させたのだ。
でなければ、仲間を侮辱された先程の赫怒は収まりが付かなかった。
「……まぁ、実は今までがもう既に全力でしたってことなら謝るね。貴方
顎に指を当て悩ましそうに、本当に申し訳無さそうな表情を作る咲。述べた言葉から分かる通り、謝辞の想いなど砂つぶ程も存在していない。咲は皮肉でも何でもなく、心の底からネリーを嘲笑っていた。
出会いの時点で、ネリーは個人的に気に食わなかったのだ。
弱い負け犬の分際で対局前にあんな態度を取られれば、いくら温厚な咲といえど苛つくのは仕方のないことだろう。いつかの傲慢着飾った
視界の隅で豊音と爽がすっかり怯えきっているのは無視。
悪質な高揚感に満ちた咲は二人を歯牙にも掛けずに言葉を募る。
次の一手で咲の八つ当たりは完成するのだ。
「此の期に及んで力を隠すのならそれでもいいよ。貴方みたいに世界で活躍する選手にとって、この全国大会は所詮暇潰しみたいなものかもしれないしね」
ネリーは反骨精神が頗る高い。
ここまで挑発されて黙っていられるほど、自制できる精神は持ち合わせていないと咲には確信があった。
必ず乗ってくる。力を解放させる。
そして、それを小細工抜きで叩き潰す。
自尊心の欠片も残らないよう、徹底的に。
──恥辱に
「それじゃあ、仕方ない──」
魔王を討ち倒す、終演の戯曲を。
ついに漫画的な挿絵まで入れるという暴挙に出た奴がいるらしい……私のことですが(笑)
一つご報告です。
ツイ○ター始めました。咲含めた色んな絵を練習がてら描いてます。
もし興味があるという方はマイページへどうぞ!
では最後に
淡ちゃん誕生日おめでとー!!
【挿絵表示】