咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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 ──思い出させてあげよう、誰が主人公なのかということを。








10-3

 

 結論から言うと、見誤っていたのだろう。

 

 宮永咲という時代が産み出した天才のことを。

 

 彼女は強大で

 豪胆で

 

 そして、冷酷だった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 準決勝第二試合は、概ね予想通りに事を運んでいた。

 先鋒戦から副将戦まで、臨海女子がその力を見せ付けてトップを独走する展開だ。

 

 先鋒戦では、臨海女子唯一の日本人にしてエースの辻垣内(つじかいと)智葉(さとは)が他校を圧倒。

 元々実力が劣っていた有珠山の本内(もとうち)成香(なるか)と、真っ向から智葉に刃向かった清澄の片岡優希が点数を大きく失い、智葉との相性ゆえに本領が発揮できなかった宮守女子の小瀬川(こせがわ)白望(しろみ)が、辛うじて点数を伸ばしていた。

 

 次鋒戦では、臨海女子の(ハオ)慧宇(ホェイユー)の日本の麻雀とは勝手が異なる中国麻雀(打ち方)に、清澄の染谷まこと宮守女子のAislinn(エイスリン) Wishart(ウィッシュアート)がもろに負の影響を受けた。有珠山の桧森(ひもり)誓子(ちかこ)だけが上手く立ち回り、少しではあるが先鋒戦で失った点数を取り戻していた。

 

 中堅戦では、清澄の大黒柱である竹井久が後輩の失点を帳消しにする働きを見せた。

 その代わりに有珠山の岩館(いわだて)揺杏(ゆあん)がほぼ焼き鳥でかなりの点数を吐き出す羽目になり、臨海女子の(チェー)明華(ミョンファ)と宮守女子の鹿倉(かくら)胡桃(くるみ)は無難にやり過ごした。

 

 副将戦では、各校の思惑があからさまに表に現れ、清澄の一点集中狙いが目立つことになった。

 臨海女子のMegan(メガン) Davin(ダヴァン)と宮守女子の臼沢(うすざわ)(さえ)の両名がまるで手を組んだように能力の特性を活かした清澄潰しを敢行。清澄の原村和は泰然と打ち続けたが、有珠山の真屋(まや)由暉子(ゆきこ)の連続大物手がダメ押しとなって四万近い点数を失った。

 

 大将戦開始時ではトップと二位には十万点以上の差があり、宮守女子、清澄、有珠山と続く順位となっていた。

 

 そう、ここまでは概ね予想通りなのだ。

 運の要素が強い麻雀といえど、そう簡単に実力はひっくり返らない。

 

 普通ここまで点差を広げられては、楽しみなのは二位争いぐらいだ。

 選手たちも観客もそれを踏まえた上での対局が自然で、決勝に上がる最後の高校はどこなのかという話で盛り上がるのが常の流れ。

 

 だが、そんな状況にも関わらず。

 大将戦が始まる際の熱気と緊迫感は常軌を逸していた。

 

 中継ルームは立ち見が存在するほどの満員で。

 テレビの視聴率はかつてない数値を叩き出し。

 現役高校生雀士を加え、プロ選手ですらこの対局を見守っていた。

 

 どうしてこうも注目されるのか。その理由は何なのか。

 問われた人は全員がこう答えるだろう。

 

 宮永咲がいるから、と。

 

 

 

 

「ツモ、8000オール」

 

 嶺上牌をそのまま表にして、咲は当たり前のように手牌を倒す。

 映像越しではないその光景を初めて目の当たりにした爽は、内心舌を巻く思いで一杯だった。

 

(うげ〜、いきなり親の倍満ツモとか。んで嶺上(リンシャン)開花(カイホウ)かぁー……どうなってんのホント?)

 

 まぁ私も人のことは言えないけどと自嘲しながら、爽は摩訶不思議な現象に溜め息を吐きそうになる。この嶺上開花は咲の力だけで起こしているものだと考えるとちょっと凹むが。

 

(にしても……)

 

 ちらりと咲を盗み見る爽は疑問に囚われる。

 

(初手からこんな大物手和了るのは初めて見るな)

 

 県予選でも、全国大会でも、個人戦でも、確認できる全ての対局に目を通したが、咲が東一局から満貫以上を和了ったのはこれが初めてだ。

 唯一最初から攻撃的に出ていたのは天江衣との対局だが、あれもあくまで小手調べといった印象が強かった。

 

(……あぁ、嫌な予感しかしない)

 

 

 

 〜東一局・一本場〜

 東 清澄  88,100 親

 南 有珠山 50,900

 西 宮守  75,600

 北 臨海  185,400

 

 二巡目、かちゃりとツモった牌を手牌の上に置いた豊音は、監督である熊倉トシに言われたことを思い出す。

 

『いいかい、豊音。これは推測だけど、宮永咲は相手の特性のコピーなんて出来ないわ』

『えっ⁉︎ でも、私の《先負》と《友引》を使ってたよ?』

『あれは槓材を利用した宮永さんの特性の応用の筈よ。大丈夫、私を信じて』

『……うん、分かった! がんばるよー!』

 

 不要牌を河に捨て、豊音は静かな闘志を燃やす。

 一位との点差は絶望的な状況だ。大将戦開始時は二位だったが、一瞬で咲に抜かされた現状において攻めに出ない選択肢はあり得ない。

 

「ポン!」

 

 コピーがないのなら能力を出し惜しむ理由は皆無。それにこの力は既に見せた。

 

「チー!」

 

(私の力が通用するか、もう一度だよー!)

 

 闇色の覇気を纏い、豊音は今この時の対局に全力で臨む。

 あと四つ。能力を見せるタイミングは難しいが、やるべきことは決まっている。

 

「ポン!」

 

 勝つ、決勝に進む。

 みんなとのお祭りはまだ終わらせない。

 

(うひゃー、こっちも来たー! 準決勝大将戦ともなると凄いなー)

 

 三副露の闘牌をドキドキした気持ちで見守る爽。はっきり言うと、爽はこの局を完璧に捨てていた。

 もちろん四位なのだからいつかは攻勢に出るつもりだ。その為の力を爽は持っているし、行使するのに後々の懸念はあるが制限はない。

 しかし爽は足踏みせざるを得えない理由があった。

 

()()()と雲は無駄撃ちできないからなー。……というのは言い訳で、ぶっちゃけ宮永さんが怖過ぎるだけなんだけど)

 

「ポン!」

 

 四副露。

 これは決まったか、爽は若干の違和感を持ちながらもそう思い、

 

「ぼっちじゃないよ〜」

「……残念、遅かったね」

 

(え?)

 

 対面から溢れた声に呆気に取られた。

 

「カン」

 

 瞳に妖しい輝きの焔を灯したネリーが暗槓。

 咲がいるのに咲ではない者がカンをした事実に、爽と出鼻を挫かれた豊音は瞠目する。

 

(マジか!)

(臨海の大将さん⁉︎)

 

 咲の所為で少し意識から外れていた。どうしてそんな不用意な真似をしてしまったのだろうか。

 彼女はあの臨海女子の大将だというのに。

 

 絶対の自信に満ちた表情でネリーは嶺上牌を掴み取る。

 

 これはパフォーマンスだ。

 

 宮永咲という期待の新星に泥を塗り付け、尚且つ自身の株を上げることを目的とした示威行為。

 東一局を咲が嶺上開花で和了ることすら見越して自分の()を調整した、いわば最悪の嫌がらせ。

 

 ──生意気なその鼻っ柱をへし折ってやる。

 

 ネリーは心からの嘲笑を浮かべ。

 

 嶺上牌を見て固まった。

 

(…………は?)

 

 和了り牌じゃない。

 嶺上開花にならない。

 想定外の事実に再起に時間が掛かり、冷静になる前に笑い声が耳朶を打った。

 

「……ふふっ、どうしたのかな? 臨海さん?」

 

 酷く良く通る温度の無い声。

 嘲りが多分に含まれたその声色に、動揺を悟られまいとしていたネリーの感情はたやすく泡立ち軽く沸点を超える。

 

(コイツ……ッ‼︎)

 

 憤激に支配されそうな心をギリギリで制御して、ネリーは尊大な態度を崩さなかった。

 

「ん? なんでもないけど?」

「あ、そう? せっかくカン()()()()()()のに、固まっちゃったから心配になっちゃったんだ」

 

 余計なお世話でごめんね、と咲は平然と謝るが、ネリーの激情は豪速で振り切れた。

 

(させてあげただって⁉︎ バカにしてるなッ‼︎)

 

 怒りが五臓六腑を侵食し、憎悪が手に持つ嶺上牌に伝導する。

 

 こんな嶺上牌(もの)はもう要らない。

 心の奥底にある僅かな冷静さでもってネリーは把握していた。

 たとえこの牌を捨てたところで咲は和了れない。手牌から読み取れる()は弱々しく、この後和了れたとしても所詮は安手だと。

 

(この屈辱、絶対返すッ‼︎)

 

 感情に身を任せ、ネリーは右手を大きく振り上げて嶺上牌を叩き捨てた。

 

 

 

 それが最も愚かな行為と知らずに。

 

 

 

 瞬間、運命が捩じ切れた。

 

「──ホント、馬鹿なことするね……カン!」

 

 刻子を指で押し出し、咲は卓の隅に槓子を滑らせる。

 流れるように嶺上牌を手にした咲は更に続けた。

 

「もう一個、カン!」

 

 咲は止まらない。

 

「もう一回、カン!」

 

 その異常過ぎる光景に誰もが瞳を見開く。

 

(なっ⁉︎)

(三連続カンなんてあり得ないよー⁉︎)

 

 爽は息を飲み、豊音は驚愕に支配され。

 ネリーは理解不能な現象に呆然とした。

 

(……はっ? なんだこれはッ⁉︎ さっきまでは確かに弱い波だったのに、それが一瞬で……)

 

 最後の嶺上牌を咲は天に掲げる。

 卓に打ち付けられると同時、嶺の上から白い花弁が舞い乱れた。

 

「ツモ。嶺上開花、対々、三暗刻、三槓子──ドラ4。36300」

 

 暴力的なまでに舞い散る圧倒的な白。

 花弁のカーテンに閉ざされたその中心で、咲はまるで王のように君臨していた。

 

「……なんだ、こんなものか。期待外れにも程があるよ」

「……なんだと?」

 

 親の三倍満を和了った直後とは思えない落ち込んだ声音。大きな大きな溜め息を吐いた咲は、残念そうな様子を隠しもしなかった。

 咲の発言に反応したのはネリーだ。棘しかない声色と発せられる怒気に普通の者なら身震いするだろうが、咲はただただ鬱陶しそうにするだけだった。

 

「世界からわざわざ集められた留学生チーム、その大将が貴女なんでしょ? それがこれじゃ、世界に期待なんて持てないじゃん?」

 

 思わず絶句したのは爽と豊音だ。

 話のスケールの大きさにも驚いているが、そんな台詞をネリーを前に平然と口にする咲に心底恐怖していた。

 

「早く運命とやらを操って私を愉しませてよ」

 

 周りから引かれてることに咲は気付かない。

 それなりに期待していたのだ。世界は広いのだから、きっと衣や照、淡のような選手が沢山いるのだろうと。

 丁度その物差しとなる相手が目の前に現れた。これはまたと無い機会だ。

 昨夜親友に力を見せ付ける約束を交わしたばかりなのも、もしかしたらこの状況を祝福したのかもしれない。

 

「それとも、それが全力?」

 

 咲は本当に期待していた。

 身勝手だと言われればそうだが、今は裏切られた気分だ。

 

「だったらもういいよ」

 

 苛立ちが言葉に混ざるのも仕方ないだろう。

 

「そのまま虫けらのように地べたを這い回ってれば?」

「……宮永ァアアアアッッッ‼︎‼︎」

 

 憤怒の咆哮も咲には負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

 もういい。遊びは無しと約束してしまった。これで親友が喜んでくれるのなら、全ての相手を、全力を以って徹底的に叩き潰すだけだ。

 

 咲の空気が一変し、微かにあった穏やかさすら消え去った。

 

 冗談では無いと焦ったのは爽だ。

 

(この展開はマズイよね⁉︎ 宮永さんには準々決勝みたいに調整してもらいたいのに!)

 

 この点差をまともにひっくり返すのは現実問題無理がある。超他力本願だが、爽としては咲には相手選手を弄ぶような真似をして欲しかったのだ。

 超速で思索を走らせて、爽は咲がどうしたら踏み止まってくれるかを導き出す。

 

「宮永さん」

「はい、なんでしょう?」

「私みたいな凡人じゃ君の気持ちはよく分からないけど、これで少しは楽しんでくれる?」

 

 ──ホヤウ……‼︎

 

 ザッと爽の背から黒翼が広がる。

 突如として、卓に行き渡っていた感覚が跡形も無く消滅した。

 

「「「……⁉︎」」」

 

 咲、ネリー、豊音の全員が突然の出来事に反応を示す。

 明らかな異常事態に豊音は内心であたふたし、ネリーは爽を睨み付け、咲だけは冷徹な思考を巡らせて状況把握に精を出していた。

 

(この感覚、覚えがある。……永水のあの人との対局だ)

 

 だとすれば正体も判明する。

 

「ふふふ……」

 

 咲の表情に笑顔が戻る。

 それを見てどうやら思惑通りになってくれたのだと爽は安堵し、冷や汗をかきながら続きを促す。

 

「さっ、二本場だよ」

「はい、ありがとうごさいます」

 

 ポチッとボタンを押して賽を回す。

 愉しみが増えた咲は脚を動かしてローファーを打ち鳴らした。

 

(永水の時は逆らえなかったからね……上等だよ。神様か何だか知らないけど、今度こそ叩き潰してやる!)

 

 準決勝第二試合大将戦。

 波乱の対局はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 







 次回









 ──生きているのなら、神様だって殺してみせる。



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