咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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 夢を見た。

 これは昔の記憶だ。

 

─────

 

「『嶺上開花』? なにそれ?」

 

 緑豊かな小高い丘の上で、荘厳なアルプスを眺めながらたずねる。

 

「麻雀の役の名前だよ。“山の上で花が咲く”って意味なんだ」

 

 答える女性の声は優しく、安心感を与えてくれる。

 

「“咲く”? 同んなじだ、私の名前と!」

「そうだね、咲!」

 

 少し陰が差してて、はっきりとは顔が見えない。でもきっとその顔はこちらに微笑みかけているのだろう。

 

「森林限界を超えた高い山でさえ、可憐な花が咲くこともあるんだ」

 

 山頂に咲く白い花。ひとりぼっちで咲くその花は、可憐でいて凛々しい。風に舞うその花弁は、その景色に新たな彩りを与えているようだ。

 

「咲。お前もそんな花のように、強く咲けば……」

 

─────

 

 ジリリリリリ! と、目覚まし時計が鳴り響く。

 

「……うぅ〜とっ」

 

 眠い目をこすって咲は伸びをする。大きな欠伸が漏れるが、早起きは慣れたもの。カーテンを開け、部屋に差し込む陽光をその身に浴びる。

 今日は雲一つない空模様。絶好の洗濯日和だ。

 

「懐かしい夢だったなぁ」

 

 まだ姉の照と仲が良かったころの記憶。あの時は近所でも評判の仲良し姉妹だった。

 またあんな風に姉と笑い合える日が来て欲しい。

 そう願う咲であったが、いつまでも物思いにふけってはいられない。朝はすることがたくさんあるのだ。

 

「洗濯物干して、お父さん起こして、ご飯作って、とりあえずこんなところか」

 

 手早く着替えを済ませて、部屋を出る。

 今日も今日とて、せわしない一日が始まろうとしていた。

 

 

****

 

 

「会長、おはようございまーす」

「お〜う、おはよーう」

 

 一般生徒に挨拶され、久は笑顔で返した。生徒会長としては少し破天荒な久だが、生徒からの支持はかなり高いのである。

 久は水溜りを避けて歩きながら、昨日の出来事を思い出していた。

 

(宮永咲、ね……。どうしたら入部してくれるかしら?)

 

 部室に帰ってきた和からは、咲について詳しい事情を聞けなかった。様子から判断するに、それなりにプライベートな内容の話しだったのだろう。

 とりあえず分かっていることは、和とあと一回は対局してくれること。しかし、麻雀自体にはあまり乗り気ではなさそうで、入部ともなると先行きは暗そうであった。

 

「おはようございます会長」

「うん、おはよう〜」

「……相変わらず人気者じゃの」

「んっ、まこ」

 

 声を掛けられた先に視線を向けると、知り合いである少女が木陰でベンチに座わっていた。

 彼女の名前は染谷まこ。現在二年生で、麻雀部の一員である。

 まこは朝っぱらから食べていた弁当を持ちながら、久の元へと近付いてきた。そんな彼女を見て、久は呆れたように笑みを浮かべる。

 

「また、朝から弁当食べてるの?」

「聞いたよ〜部長〜」

「……何がよ?」

 

 こっちの質問には全く答える気が無いことだけは分かった。

 

「毎回プラマイゼロで和了る一年生がいるそうじゃね?」

「あぁ、情報早いね」

 

 久が伝えたわけではないので、どこかから話しが流れたのだろう。それほどまでに『毎回プラマイゼロで和了る存在』などというのは、異質で注目度が高いのだ。

 

「んで、和は勝ったんじゃろ?」

 

 まこは矢継ぎ早に質問を重ねる。

 まこも和の実力は知っている。そのため、簡単に負けるとは思ってなかった。

 だが久はその質問に対しては、

 

「勝ったには勝ったけど……」

 

一度言葉を切り、

 

「プライドはどうかな?」

「?」

 

と、意味深なことを言うのだった。

 

 

****

 

 

「あー、下巻は貸し出し中ですね」

「そうですか……」

 

 清澄高校図書室。

 昨夜読み終えた続きを借りにここまで赴いた咲だったが、返って来た応えは芳しくなかった。続きが気になっていた身としては、これはかなりの苦痛である。

 まさか咲と同じように、こんな学期が始まったばかりの時期から図書室を利用する人がいるとは。存外ここにはぼっちが多いのかもしれない。言ってて悲しくなりそうなので、絶対口には出さないが。

 

「何が貸し出し中だって?」

 

 突如後ろからかけられた声に振り向く。

 そこには、昨日の接待麻雀を見破ったその人が。

 

「げっ、生徒会長」

「げとはなによ、げとは……。それに私は学生議会長」

「こまいのぉ……」

 

 同行していたまこがつっこむが、久は取り合わない。

 誰だろうこの人? という咲の想いを久は汲み取ることなく、「どれどれ〜?」っと貸し出し管理の内容が入力されているパソコンを覗き込んだ。

 褒められた行為ではなく「覗くなよ……」と、まこにまたつっこまれるが、それも気にしてないようだ。どこかの女王様のような傍若無人さであった。学生議会長の権力の強さが伺える。

 

「あぁ、この本持っとるよ。全集もある。なんなら貸そうか?」

「えっ⁉ いいんですか?」

「その代わり、宮永さんに一つお願いがあるの」

「なんですか? 余程のことじゃない限り、大丈夫ですよ」

 

 いち早く続きが読みたい咲は必死だった。物欲とは人を変えるには十分な理由らしい。

 意外にも食い付きが良い反応に久は気を良くする。少々手こずるかなとも思っていたので、この展開には万々歳である。

 

「話が早くて助かるわ。それでね……」

 

 

****

 

 

 連れて来られた場所は旧校舎。

 お願いの内容は先日の約束を果たすこと。咲にとってはまさに渡りに船。

 

(でも、昨日の今日で早いなー)

 

 そんなことを思わなくもなかったが、一石二鳥なこの展開を断る理由は何もなかった。

 再び訪れた麻雀部の扉を、咲は感慨深げに見つめる。再会は、咲が思ってたよりずっと早かったようである。

 

「待ち人来たる!」

「……宮永さん!」

「昨日ぶりですね、原村さん」

 

 一足早く来ていた和は、まるで来ることを知っていたかのような態度。動揺した様子は見せなかった。きっと和は、約束が果たされるこの時をずっと待ち望んでいたのだろう。

 

「あっ、そうだ」

 

 和は鞄から先日借りたタオルを取り出す。一日も経っていないのに、それは新品同然のようになっている。

 

「ありがとうございました、お返しします」

「どういたしまして。思ってたよりずっと早かったけど、約束を果たしに来たよ」

「心待ちにしてました。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね」

 

(なんか今日はやる気に満ち溢れてるなぁ。まぁ、当然といえば当然か)

 

 実際は違うが、実質勝ち逃げのようなことをされたのだ。やり返すチャンスが来たら誰しも燃え上がるだろう。

 

「須賀くん、優希呼んできて」

「あっ、はい」

 

 パソコンの前で作業していた京太郎にそう言って、対局の準備を進める久。

 

「おぉ、そうか。この文学少女が例のプラマイゼロ子か」

「……今ごろ気づくか」

 

 着々と準備は進み、対局者の四人は席に座った。

 

「宮永さん、和、まこ、優希。この四人で二回戦戦って」

「会長やらないんすか?」

「私が入ったらみんな飛んじゃうでしょ?」

「ふん、言ってんさい……」

 

 冗談なのか本気なのかわからないが、今回久は見学ようだ。何か企みがあるのだと咲は思ったが、案の定その通りのようで。

 

「今回は東風戦、赤四枚ね」

 

(完璧に私のプラマイゼロ対策じゃないですかそれ……)

 

 最近の麻雀は半荘戦、東一局から南四局までの八局で争うのが主流だ。そして東風戦とはその半分、東一局から東四局までの勝負のことを示す。

 また、赤というのは赤く塗られた五の牌、通称赤ドラのことを示す。これが入るということは、ドラを絡めた高打点が狙い易くなるということである。

 今回の東風赤入りの、いわゆる短期決戦は、きっと咲の実力を見るためのものだろう。

 ただでさえプラマイゼロを狙って打つなど難しいことなのに、これで難易度は数倍に跳ね上がった。

 だが咲に困惑の表情は見られない。

 

(まぁそれで止められる程、私のプラマイゼロは甘くないけどね)

 

 咲にとってプラマイゼロは姉の照でも破れない、いわば咲にとって最強の技なのだ。咲もこの状況が楽しくなってきたのか、自然と口角が上がっていた。

 

(止めてみせてよ、──止められるものならね)

 

 昨日は意図的に抑えていたオーラを解き放つ。

 

「「「っ⁉」」」

「……?」

 

 久、まこ、優希の三人は咲から放たれたオーラに反応して、身を竦ませた。和はそんな三人を不思議そうに見ている。幸か不幸か、和はその手のもの全く信じていないため、咲の威圧が感じ取れないらしい。

 久はこの面白そうな対局に、笑みを隠せない。

 

(なるほどね、これが宮永さんの力の一端か。さぁて、鬼が出るか蛇が出るか)

 

「25000持ちの30000点返しね。始めてちょうだい」

 

 

****

 

 

 〜東一局〜

 

 優希 25000 東 親

 和  25000 南

 咲  25000 西

 まこ 25000 北

 

(もともとの約束もあるけど、二回あるのは今更気にしない。本が手に入るならむしろ万々歳です)

(今日は最初から本気で)

(普通に考えれば、毎回プラマイゼロなんて無理じゃ)

 

 各人思惑はそれぞれ。だが咲には決まっていることが一つだけあった。

 

「咲ちゃんはまたプラマイゼロにするのか〜?」

「んー、一応そのつもりだよ」

 

(生徒会長にもそう言われたし)

 

 久との取り引き内容は二つ。二回打つこと、最初の一回はプラマイゼロ目指して打つこと、この二つだった。

 ちなみにプラマイゼロとは、今回のルールでは29600〜30500点の範囲で終局させることが条件だ。まこが思う通り、普通は狙って出来るものではない。だが現に、咲は昨日三回連続でそれを成し遂げている。それが偶然なのかそうじゃないのか、見極めるのがこの対局の狙いなのだ。

 

 状況が動き出した。

 

「きたぁー! 親、リーチいっくじぇえ!」

 

(わおっ)

(早い)

(二巡目……読めんわ)

 

 優希が親リーチ。河に捨て牌がろくにないこの状況では、対策も何もない。振り込んだら事故みたいなものだ。

 

(嫌な感じがしますね)

 

 そういうのは、往々にして当たるものである。

 

「ドーン! リーチ一発ツモ、ドラ3、親っ跳ね!」

 

(おいおいおい……)

 

 思わずグチりそうになるまこ。和も和でやや困り顔になっていた。

 一方、咲は素直に驚いていた。

 

(昨日対局して分かったけど、片岡さんはホント、東場だと勢いがあるな。さすがに今回は早すぎる)

 

 咲は昨日の対局から優希と和の大体の打ち筋や実力を把握していた。この把握能力はあの家族麻雀で手に入れたものの一つである。

 いくら咲でも、自身の和了りだけで点数調整は出来ない。対局相手の打ち筋を見抜き、それに随時対応していくことで成し得るのだ。

 そのため、麻雀に関する観察眼が凡人に比べて遥かに高い。それはもう、点数調整以外にも、数々の非常識を可能にするくらいには。

 

(まぁ、南場ではかなり弱くなるんだけどね)

 

 

 

 東一局 一本場

 

 優希 43000 東 親

 和  19000 南

 咲  19000 西

 まこ 19000 北

 

「ロン、8300です」

 

 今度は和が優希にロン和了り。しかも、直前でまこが捨てた当たり牌をあえて見逃している。

 

「今、染谷先輩が捨てた牌だじぇ……?」

「直撃狙いです」

 

(原村さんは見かけによらず、超負けず嫌いだよね。こういうところが、まだデジタルになりきれてないところかな)

 

 

 

 東二局

 

 優希 34700 南

 和  27300 西

 咲  19000 北

 まこ 19000 東 親

 

「それだ! 1000点!」

「なぬ⁉」

 

 まこが優希に振り込んで、親が流れた。

 この短期決戦において安手で場を流すのは、余程早さに自信がなければ出来ない。

 

「さくさくいくじぇ!」

「逃げる気ですね。優希のやつ」

「そうね。面白い展開ね」

 

 外から状況を伺っている京太郎と久はそう判断する。

 この展開は咲を自由に打たせないためのものだろう。優希も宣言通りにされるのは面白くないのだ。

 

 

 

 東三局

 

 優希 35700 西

 和  27300 北

 咲  19000 東 親

 まこ 18000 南

 

「張っとる?」

「はい」

 

(……普通そういうこと聞く? 素直に答える私もあれだけど)

 

 まこに尋ねられたことに馬鹿正直に答えてそんなことを思った。そしてまこが捨てた牌は見事に当たり牌。

 

「ロンです。タンピンドラドラ、ピンピンロクです」

「あーいたたたた」

 

(染谷先輩だっけ? この人は特筆して注意する必要はないかな。何か特別な能力的なのもなさそう)

 

 初めての対局相手だったため、一番観察していたが、咲はそう結論付けた。

 まこは別段弱いわけではない。むしろ、相手がただ上手いだけの相手なら無類の強さを発揮するタイプだ。

 だが咲にとっては基準が照なので、殆どの人が咲の敵ではないのが現状だった。

 

(さぁて調整調整)

 

 

 

 東三局 一本場

 

 優希 35700 西

 和  27300 北

 咲  30600 東 親

 まこ 6400  南

 

「ツモ。メンホン、ツモ、チュン、ドラ1、3000、6000の一本付けじゃ!」

 

 まこは今まで銀行と化していたためか、ここにきて大きいのを和了った。当初の予定では様子見のつもりだったのが、プレイするからには勝ちたいというのが人の性だ。

 

(ナイスです、染谷先輩)

 

 まぁ咲は内心、逆に感謝していたのだが。

 

 

 

 東四局

 

 優希 32600 北

 和  24200 東 親

 咲  24500 南

 まこ 18700 西

 

 {西}{西}{西}{①}{②}{②}{③}{③}{④}{⑥}{⑦}{⑨}{⑨}

 

(今度は咲がメンホンテンパイ)

(出和了り5200点で、ちょうどプラマイゼロか)

 

 後ろから咲の手牌を覗きこんでいた京太郎と久。咲が作っている手は40符3翻の5200点。この様子だとまたプラマイゼロで和了りそうだったが、

 

「リーチ」

 

 和のリーチにより状況が変わった。

 

(リーチ棒!)

(和も意地が悪いのぉ)

(ぎゃは!)

(面倒なことを……)

 

 咲の狙いが分かっているので、妨害するのも容易い。

 この場合、妨害の方法は主に三通りある。先に和了るか、わざと咲以外に振り込むか、このように点数自体を変えるかだ。

 京太郎も和が何を狙っているのか分かったようだ。

 

「これって場に1000点増えたってことですよね?」

「そう、こうなるとプラマイゼロに出来るのは4100〜5000点まで、つまり70符の2翻のみ」

「70符って……」

 

 麻雀において、上がった際の点数は符と翻によって決まり、どちらも高ければ高いほど点数が高くなる。翻は役の数や難易度によって上下し、符は最終的な待ちの形や構成面子によって上下するのだ。

 そして、70符なんてものは滅多に出るものではなく、しかもそれを二翻で作るなど不可能に近い。それこそ役満以上にレアなもの。

 和の意地が、この土壇場でリーチを持ってきた。

 

(この私のリーチをかわして、40符3翻の手を70符2翻に変えられますか?)

 

 これを見て咲は動揺はしていないが、手替わりは余儀無くされた。そして、70符を上がるための準備が必要になる。

 

(ここはさすがと言うべきなのかな。そう簡単にはいかないか)

 

 咲は今日の和の執念を賞賛していた。昨日までだったらこのまま終わっていただろう。

 手替わりしていく咲を見て、まこは終わったな、と思っていた。諦めたのだと推測していたのだ。

 が、後ろから見ていた久は違った。手替わりしていく咲の手はまだ可能性を失っていない。

 

 {西}{西}{西}{①}{②}{②}{③}{③}{④}{⑨}{⑨}{⑨}{1}。ツモったのが{西}。

 

(……いや、これは……⁉)

 

「カン!」

 

 西を暗槓。槓することによって引けるのは、王牌に眠る嶺上牌。

 

(だけど、残念)

 

 この嶺上牌で和了れたときには、特別に一つ役が付く。

 

(この程度じゃ)

 

 その役の名前は『嶺上開花』

 

(私のプラマイゼロは揺るがない!)

 

 孤高の頂きに、真っ白な花が咲いた。

 

「……嶺上、ツモ」

 

 咲の瞳から雷が迸る。

 

「70符2翻は、1200、2300」

 

 終局

 

 優希 31400 +22

 咲  30200 ±0

 和  20900 -9

 まこ 17500 -13

 

 

 周りは咲の超人的和了りを見て、やや呆然としていた。しかしその中で久はこれを見て、鳥肌が立つのを止められなかった。

 

(鬼か蛇か、なんてものじゃないわ……。奇跡を可能にする強運、その力、神か悪魔か……)

 

 

 

 今は知らない。

 数ヶ月後に『清澄の嶺上使い』の名が全国に轟くのを、今はまだ、誰も知らないのだった。


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