咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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あらすじに咲さんを描きました。






9-1

「怜、起きて。もう大将戦やで」

「………………う、うーん……」

 

 とんとんと怜の肩を叩く竜華。

 それに反応を示し、のそのそと怜は寝ぼけ眼をこすって起き上がった。

 

「………………」

 

 怜は覚醒しきっていない頭で周りを見回す。テレビの映像を見る限り、もう既に副将戦のオーラスになっているらしい。

 結局あの会見の途中で寝落ちし、今の今まで寝てしまっていたようだ。

 

「……もう大将戦か。随分寝てもうたな」

「具合はどうや、怜?」

「そうやなぁ……うぅーっとっ」

 

 身体を思いっきり伸ばし、コリを取るように一通り動かすことで自身の調子を軽く確認する。

 そして驚いた。

 

「ありえへんくらい良いな。今までの人生の中で一番ええかもしれへん」

「それは何よりや」

「……ホンマ咲ちゃんに感謝やわぁ」

 

 ネット上で『魔王』などと、名誉で不名誉な二つ名を授かっている咲に心の底から感謝する。怜にとっては正真正銘、癒しの女神なのだから。

 

『副将戦決着ぅーっ! 王者白糸台がトップには変わりないが、大分差が詰まってきました! そして二位から四位までの点差は1万点も開いていません! これは二位争いが過激になるぞぉーっ!』

 

 恒子の実況を聞いて、怜は気になっていた点差を見る。

 

 白糸台 133500

 阿知賀  93300

 千里山  87900

 新道寺  85300

 

「……随分と白糸台が削られとるな。先鋒から8万もか、凄いな」

「副将戦で白糸台が集中砲火を受けてな。一気に6万ほど削れたんや」

「それは何よりやな」

 

 先鋒戦終了時は白糸台との点差が14万あったと思えば、ここまで追い付いたのは奇跡的であろう。大将戦で捲ることだって運が良ければ可能のはずだ。

 

「さて! うちの出番やな!」

「頑張って下さい、部長!」

「竜華ならやれるで!」

「ファイトやで、竜華!」

 

 チームメイトのエールを受け、竜華は勢いよく立ち上がる。

 

 直後、膝から崩れ落ちた。

 

「りゅ、竜華⁉︎ どないした⁉︎」

 

 四つん這いになった竜華はそのまま動かない。悪巫山戯の類など一切しない竜華が冗談でこんなことをするはずがないので、これは緊急事態である。

 怜は思わず駆け寄り顔色を伺うが、別段、調子を崩しているようには見えない。というより全然辛そうではなく、むしろ苦笑いを浮かべている。

 疑問に思うのも束の間、竜華から情けない声が発せられた。

 

「…………あ、脚痺れて立てへん。ちょ、ちょいこのままで……」

 

 完璧に自分が原因だった。

 

「……ごめん」

「……怜のせいやないよ」

 

 真面目な竜華にしては本当に珍しい、気の抜けたスタートを切ることになった。

 

 

****

 

 

「よぉ〜しっ! 腕あったまったぁー! 100速まで仕上がった!」

「あったまるの……?」

 

 暖かい系統の言葉に敏感に反応する松実宥。

 どうやら阿知賀は平常運転のようだ。

 これから大将戦に赴く穏乃も、いつも通りの元気の良さを感じさせている。

 

「んじゃ、どーんと決めて」

「待った!」

 

 そのハイテンションのまま控え室を出ようとしたら、憧に思いっきり手を引かれ引き戻された。

 

「どうしたの、憧?」

「しず、またその格好で試合に行くつもり?」

「………………ダメ?」

「ダメ!」

 

 一応私服オッケーな大会ではあるけれど、憧的にはそれはお気に召さないらしい。

 着ていたジャージを憧の制服と交換し、久々に阿知賀の制服を身に付ける。

 

「おぉー、なんかこれ着ると、自分が阿知賀の生徒って感じするね」

「最初からそうなんだけどね……」

 

 後輩の呑気な言葉に玄は苦笑を浮かべる。

 これから闘いに出向く穏乃に対して玄には負い目があったが、穏乃のいつも通りな姿に表情が和らぐ。自然体だからこそ玄は安心して頼りになる後輩を送り出せる。

 

「しずちゃん」

「はい、なんですか玄さん?」

「ファイトだよ!」

「──はいっ!」

 

 穏乃は控え室を出て対局室へ向かう。

 その瞳には、真っ赤な焔が灯っていた。

 

 

****

 

 

「部長、お疲れ様です!」

「姫子」

 

 新道寺の大将──鶴田姫子は対局室へ向かう途中で、副将にて部長である白水哩と出会う。

 一人沈みであった新道寺は、副将戦で一気に二位争いに入れるほど点差を詰めていた。これも全て哩が無理をしてでも攻めに出た結果である。北部九州最強の部長は伊達ではない。

 

「部長、無茶しすぎですよ」

「ばってんこの点差や、無茶ばする」

 

 何でもなさそうに哩は言うが、かなり無謀な挑戦をしているのだから小言も言いたくなる。

 

 哩が無茶をすれば、姫子にも影響があるのだから。

 

「ばってん、流石部長です。キーばいっぱいで助かります」

 

 今回は哩の無茶が功を奏したので、姫子にとっては感謝しかない。

 哩の頑張りのおかげで、姫子は多くの切り札を授かった。

 

 これなら白糸台を地に堕とすことだって、不可能じゃないかもしれない。

 

「では部長、行ってきます!」

「あぁ、行ってきんしゃい」

 

 

 

****

 

 

「あっ! 半荘二回で59400点()っ! 削り取られたセーコだ!」

「……お前、容赦ないな。もう少し先輩を労わろうとは思わないのか?」

「うん、ない! てか流石に情けなさ過ぎて驚いたよ」

「……もうやだこいつ……」

 

 がっくりと項垂れた誠子に対し、淡は一切の容赦がなかった。

 先程照と咲に生贄に捧げられたとき、助けてくれなかったことを根に持っているので、その仕返しが若干含まれている。

 

 因みにその仕返しは尭深にも行っていた。

 控え室に戻ってきた尭深に淡は、「あっ! 最後にドヤ顔で役満和了ったのに、結局マイナス10000点オーバーのタカミおかえり〜」と言ったのだ。満面の笑みで。直後に後悔するとも知らずに。

 

 淡の生意気な発言に尭深は笑顔を崩さなかった。いつも通り「ただいま」と言った後、ゆっくりと淡に近付き、そして。

 

「──ウザい」

 

 ガツンッ! と、恐ろしく鈍い音が出るほどの頭突きをかました。

 

「イィッタァイ頭があああアアアッッ⁉︎」

 

 体験したことのない激痛に淡はのたうち回る。対して尭深はおでこを少しさするだけ。すぐに席に着いてお茶を嗜んでいた。

 

「頭割れるッ……」

 

 ビンタとかそんな生易しい攻撃とは一線を画す威力に、淡は瞳に涙を浮かべたのだった。

 

(……あれ? 今日の私、咲に腹パンされて、タカミに頭突きかまされてるんだけど……)

 

 なんか普通に凹んだ。

 どうやら今日は厄日のようだ。

 

(いや、サキと出会った日は全部厄日なんだよきっと)

 

 淡の咲への恨みは依然晴れてはなかった。

 

 ということでストレス発散を続行した次第である。

 まぁ誠子に関しては本当に酷い成績だと思っていたので、復讐や八つ当たりがなくとも言っていたかもしれないが。

 

「まぁいいや。削り取られたと言ってもハンデ付けにもならないしね」

「……はぁ。淡、油断してると足を掬われるぞ?」

「今の私に油断なんてないですよ。セーコだって知ってるでしょ?」

「まぁな。ぶっちゃけほとんど心配してない」

 

 これは本心。誠子は本当に心配していない。それは淡のことがどうでいいとか、そういう理由ではない。

 過去の淡ならともかく、今の淡は仲間として全幅の信頼を置ける仲間だと認めているからだ。

 はっきり言って淡が敗北する姿など、相手があの『宮永』以外なら想像も付かない。

 

「このままだと私の立場が危ういからな。菫先輩の作戦で本気は出せないだろうが、一丁ぶっ飛ばしてこい」

 

 誠子は淡に向けて拳を掲げる。

 最初きょとんとしていた淡だが、意味が分かったのかちょっと嬉しそうに拳を上げた。

 

「当然! 元より、私に負けはないからね!」

 

 コツンと拳を合わせる。

 淡はそのまま誠子とすれ違い対局室へと歩き出す。

 その顔は、獲物を求める狩人のように研ぎ澄まされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡が対局室に来たのはどうやら三番目のようだ。

 卓の側に立っているのは阿知賀と新道寺の選手。

 

(阿知賀の高鴨穏乃と新道寺の鶴田姫子。さっき会った千里山の清水谷竜華がいない……)

 

 以前は対局相手の名前など一切興味なかったが、咲に負けたあの日からは、もう二度と負けないようにと研究を欠かさなかった。

 それもあって、今回の対局相手の実力も概ね把握出来ている。

 淡の見積もり通りなら、手加減したとしても十分対処可能なはずだ。

 

(まっ、油断は禁物ってね)

 

「はぁ、はぁ……間に合った……」

 

 一人考え事をしていた淡の後ろから、息を切らした最後の選手、竜華がやって来た。

 

「あっ、来た。って、どしたの?」

「……ふぅ、ちょっとな。てかあんた一年やろ? 他校とはいえ仮にも先輩なんやから敬語を使いなさい」

「えー、私より弱い人に敬語なんてムリ」

「……決めた、あんたは叩き潰す」

「上等だよ、かかってこ〜い」

「──えいっ」

「痛い⁉︎ 直接攻撃はなし!」

 

 あまりにもなってない態度に、竜華は淡にデコピンを炸裂させた。効果は抜群のようだ。

 竜華からすると、何故白糸台という強豪校にいながらこんな舐めた性格のままなのかが不思議である。どこの学校でも強豪校の部活とは大抵厳しいものだというのに。

 

「うぅ〜、タカミに頭突きされたとこだったから凄く痛い……」

 

 そこまで強く打っていないのだが、淡は竜華のデコピンで軽く涙目になっていた。

 流石にそんな淡を見て、竜華は少々罪悪感が湧いてくる。

 

「そんなに痛かったん? 出来心やったんや、ごめんな?」

「……分かった、許す。私も調子に乗ってごめんなさい」

「ええよ、これでおあいこな」

「……うん」

 

(……あれ? もしかしてこの子意外と可愛い?)

 

 竜華はなんとなく分かった。淡がこの状態で野放しされている理由が。

 

「あっ、そう思えば園城寺怜は大丈夫?」

「怜なら問題あらへんよ。むしろ凄く調子が良いって言っとったな。これも咲ちゃんのお陰や。うちの代わりにお礼言っといてくれへん?」

「絶対嫌だ」

 

 会話しながら残り二人の元へと歩く。

 対して、仲良さそうに見える淡と竜華に穏乃と姫子は驚いていた。

 

「……白糸台と千里山って仲良いんですね」

 

 流石強豪校……と、一人頷いていた穏乃だったが、それは全くの見当違いというものだ。

 

「何言うてんの。白糸台とは今まで碌な交流なんてないで? この子とも今日が初顔合わせやし」

「そっちが一方的に白糸台(うち)の誘いを蹴るって監督が言ってたよ?」

「えっ? そうなん?」

「……やっぱり仲良いんですね!」

 

 そういう結論になった。

 

「なんや今年のインハイは妙に他校と交流ある気が……。まぁええか。折角やし自己紹介でもしとこうか。千里山の清水谷竜華や」

「はいはーい、白糸台の大星淡だよ!」

「阿知賀の高鴨穏乃です!」

「……こんなん初めてばい……。新道寺の鶴田姫子」

 

 自己紹介をしながら場決めを終える。

 起家は竜華で、姫子、穏乃、淡という順だ。

 

「あっ、清水谷さん、園城寺さんは本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫や、心配してくれておおきにな」

「いえ、ご無事で良かったです」

 

 穏乃自身気になっていたのだろう。竜華は安心させるようにそう告げた。

 

「咲ちゃんがおらへんかったら酷なっとったよ。ホンマ良かった」

「……なんか、聞いていた印象と違くてビックリしてます」

「ん? 阿知賀は咲ちゃんと交流があるん?」

「いえ、直接は……」

「ねぇねぇ、シズノ。その聞いていた印象ってどんなの?」

「……いやぁ〜、あはは」

 

 淡のニヤニヤした食い付きに穏乃は思わず口篭る。

 

(……言えない、化け物とか怪物だと聞いているなんて……)

 

 阿知賀は実力試しとして、長野の県予選決勝進出校と対局している。

 理由は友人である和が清澄に所属しているためだ。そもそも穏乃たち阿知賀がここまで来たのも、和と再会しまた麻雀をしたいという想いからなのだから。

 本当は二位の高校だけの予定だったのだが、長野二位の鶴賀に話を持ち掛けたところ、清澄を意識しているのなら龍門渕がいいだろうと勧められ、その後色々あり結局清澄以外の決勝進出校と対局していたのだ。

 

 その際に何度も何度も聞いた。

 

 清澄で本当に怖いのは原村和ではない、宮永咲だと。

 

「大丈夫だよシズノ。遠慮なんてしないで。どうせ化け物とか怪物とか悪逆非道とか魔王とかそんなんでしょ?」

「あっ……ぅっ、……えーと、その……」

「……シズノ、隠すの下手過ぎ」

「……咲ちゃんってそんなん言われとんの?」

「……会話もいいですけど、もう始まりばい」

 

 姫子の一言で雑談を止め、各人リラックスした様子から雰囲気が一変する。

 ここからは、目の前の人は対局する相手だ。馴れ合う必要はない。

 淡も、竜華も、穏乃も、姫子も、対局に備えて集中力を高めていく。

 視線は鋭く光り、併せて表情も引き締まる。

 

 対局室にブザーが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 大将戦──

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ──開始

 

 

 

 

 

 





流れ決まりました。
大将戦はサクサク投稿していきたいと思います!

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