咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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合宿編第三弾

ネット麻雀のシステムが適当ですが、そこはまぁノリで


3-4

『ロン』

 

(……おかしい。ビックリするほど勝てない……)

 

 咲が目の前のパソコンからその機械音声を聞くのは、もう何回目になるだろうか。先程からロンロンロンロン言われまくっていた。お陰で彼女の瞳は相手を呪い殺せるくらいに歪んでいる。

 言わずもがな、咲がしているのはネット麻雀である。慣れないマウス操作での麻雀ではあるが、世界中の誰とでも打てるという点では非常に興味をそそられた。もしかしたら、飛び切り強い打ち手と出逢えるかもしれないとの期待があったからだ。

 だが、現実は非情であった。厳密に言うと現実ではなくネットなのだが、細かいことは気にしないでおこう。

 

 結論として、ネット麻雀での咲はそれはもう弱かったのだ。具体的に言うと、ほぼ全ての対局で最下位になるくらいに弱かった。

 

 リアルでの対局なら、もっと牌が“見える”のだが、ネット麻雀では全くと言っていいほど“見え”ず、そのせいで思う通りに有効牌が引けないのである。……何を言っているのかよく分からないという方もいるだろうが、これこそが咲にとっての普通なのだ。気にしたら負けである。

 要約すると能力と場の支配を封印された咲は文字通り雑魚で、気が付いたら振り込み三昧の銀行と化していたのだ。

 

(私が麻雀で勝てないなんて、ありえないよ……。あぁ、イライラしてきた。壊してやろうかなこのピコピコ)

 

「こらー咲ー、そんな物騒なオーラ出さないの。あとパソコンも壊しちゃだめよー」

「……はーい」

 

 無意識のうちに垂れ流されていた不吉なオーラを何とか留める。

 久に声を掛けられたことで冷静にもなった咲は、

 

(それにしても……)

 

 状況把握のために部屋を見渡した。

 

 咲から見て奥の机では優希が一人、算数ドリルと格闘していた。

 「うーっ!」とか「あーっ!」とか「うぎゃー!」などと喚き散らしていて、結構な荒れ加減である。

 渡されたのは数学ではなく算数のはず。それであの様子ということは、優希は余程バカなのだろう。最早重症の域であった。

 

 部屋の真ん中では、残りのメンバーが対局していた。

 和は本当にペンギンを抱えながら打っているため、最初は羞恥心で顔が真っ赤だったが、時間が経つにつれて変化が見られた。しかも良い方向にである。

 

(……まさかホントにミスが減るとは。半分以上冗談だったのに)

 

 今の和は顔が紅潮しているのは変わりないが、羞恥はなく、ただ微熱を帯びたかのように変化していた。

 この状態が何なのかは定かではないが効果は大きかった。それは、以前まであったつまらないミスが激減したのだ。ほとんどネット麻雀での実力と大差ないほどにまでに、デジタルな麻雀が打てている。

 

 和はリアルでも全中覇者として有名だが、ネット麻雀界での知名度はそれを遥かに凌ぐ。

 まだ世間には知られていないが、和のネット麻雀でのアバターネームは『のどっち』。その『のどっち』はネット麻雀界では最強との呼び声も高く、変なプロよりよっぽど強いと言われるほど。和には元々、それほどの実力が備わっていたのだ。

 ただ、実際にする対局では情報量の多さからか実力の全てが発揮されず、宝の持ち腐れになっていた。なので、この結果には万々歳である。

 

 冗談半分で始まったペンギン作戦がこうも上手くいくとは、世の中何が起こるか分からない。

 思わず唖然とした咲であるが、こうなると説得(笑)をした甲斐があったというものだ。和のことは一生このネタで弄ろうと決意した。

 

(そうすると、今は私の方が問題だなー)

 

 パソコンに向き直り思考する。

 咲は麻雀において、捨て牌やら確立やら牌効率やら期待値などを考慮して打つなどは今まであり得なかった。自然と場を支配していたため、考える必要がなかったからだ。

 そのために、能力が使えないネット麻雀では雑魚丸出しなのだ。

 姉の照にも、久にも言われたように、咲も能力を頼りすぎの面がある。今回のネット麻雀はそれを改善するのに良い機会なのは間違いない。

 

 間違いないのだが……。

 

『ロン』

 

「全然勝てないじゃん!」

 

 声に出してしまうほど惨敗状態だった。

 

「咲も結構荒れてるわねぇ」

「そうじゃのう」

「あいつ、ネット麻雀どころかゲームの麻雀もしたことないはずですしね」

 

 数刻経たずに「またー⁉」という咲の悲鳴。どうやらまた振り込んだらしい。

 本日の最下位記録を景気良く更新する咲。というより、最下位以外になったことが少なかったので、これがもう普通になっていた。

 それと同時に、不機嫌なオーラが増していくまでがセットだが。

 

(あぁー腹立つなぁー。……パソコンごとオーラで包めばいけるかな?)

 

 等と阿保なことを考えながら再度対局が始まるとなったとき、先ほどまでなかった対局相手の名前が咲の目についた。

 

(あれ? この名前──)

 

 

****

 

 

「だぁーッ! 全然勝てないじゃん!」

 

 東京都、白糸台高校。

 インターハイに出場するチームを決める合宿が終わり、部室では以前ほどの緊張感は消えていた。

 だが、そこは流石強豪校。例え自分がメンバーでなくても、部活に臨む姿勢は皆真剣だった。今日も今日とて牌を打つ音と鳴きの声が響いている。

 

 因みに代表チームはやはりというべきか、最強のエース宮永照を擁する“チーム虎姫”に決まった。

 

 そのメンバーの一人であり、一年生にして大将を任せられた少女──大星淡は現在唸っていた。先程の叫びは彼女が上げたものである。

 

「スミレー! もう嫌だー! 普通に打ちたーい!」

「先輩を付けろ」

「痛いッ! 暴力反対ッ!」

 

 スパンと頭を叩かれた淡は文句を言うが、叩いた当の本人、この白糸台高校麻雀部の部長である弘世菫は気にも留めていなかった。

 

「ったく、さっきから何度目だ。お前も納得してそれをやっているんだろ? だったら文句を言わず真面目に取り組め」

「そうなんだけどさー……」

 

 淡は現在対局はしているが、麻雀卓の前ではなくパソコンの向き合っている。

 つまり、リアル麻雀ではなくネット麻雀をしているのだ。これもひとえに咲との邂逅が理由だった。

 

 あの日、咲と出会った日から淡は変わった。

 今まで不真面目だった部活にも率先して参加し、どんな相手にでも真剣に対局するようになった。更には強くなるためだったらと、全くやったことのない相手の牌譜の研究なども積極的に行うようになったのだ。

 こうなってくれればと、菫も期待して咲をけしかけたのだが、まさかここまで効果があるとは予想外であった。菫からすると咲様様である。お陰で淡は確実に強くなっている。

 その理由が咲をボコボコにするため、などというものでなければ尚良かったが。

 

 淡がまず取り組んだのは地力の向上である。

 咲に言われた『能力を過信し過ぎ』という言葉が重く響いてきたため、菫や照、監督と相談した結果、それならネット麻雀がいいということになったのだ。

 照曰く、「あれはその人の麻雀の技術面だけを示してくれるから」とのこと。最初は意味不明だった淡も漸く理解した。やり始めて直ぐに問題が一つ起きたからだ。

 その問題は至極単純。

 淡はネット麻雀では超が付くほど弱かったのだ。

 

(……にしてもまさか、ここまで弱いとは驚きだな)

 

 流石の菫も苦笑していた。

 いくら能力が使えないからといっても、それなりの回数打っているのだ。麻雀の経験自体なら並の人以上だろう。

 それなのに淡は見事に全敗。良くて三位で基本四位だ。正直、リアル麻雀での非常識な強さが見る影も無い。

 

「全然勝てないからつーまーらーなーいー! やる気が〜〜〜……」

「なら、勝てそうな相手でも探せばいいだろ?」

「……………………………」

「……もう探したのか」

 

 どうやら詰んでいたようだ。

 それでも文句を言うだけで、勝手な行動をしないこと自体が以前と比べればかなり成長であった。

 ぶーぶー言いながらマウスを操作していた淡だったが、その手が不意に止まった。彼女はそのまま、微動だにせずに画面を凝視している。

 

「ん? 一体どうした?」

「……うん、これ見て」

「?」

 

 菫は言われた通り画面を見る。

 そこには、現在対局している部屋のメンバーの名前と対局の様子が表示されていた。

 別段おかしなところはなかったが、そこに書いてあるメンバーの名前の一つに気になるのがあった。

 

「……『saki』、か」

「これ、サキかな?」

「いや、さすがに違うと思うが」

 

 見てみると、その『saki』はお世辞にも強いとは言えない。いや、はっきり言ってかなり酷い成績なのが分かる。

 リアルでの強さを知っている菫には、本人には思えないというのが本音だ。

 だが、淡と同じように能力に頼りきりでネット麻雀では弱い、ということは十分あり得そうなので判断に困るところだった。

 

「テルー、ちょっと来てー」

「……何?」

 

 淡に呼ばれてやって来たのは宮永照。

 この白糸台高校のエースにして、咲の実の姉である。

 

「テルはネット麻雀やったことあるんでしょ?」

「うん」

「その時さ、名前なんて入れた?」

「普通にアルファベットで『teru』だけど?」

「やっぱりこれサキだよ!」

「……何の話?」

「あぁ、実はな……」

 

 ということで、照にも事情を説明することに。

 ふむふむと話を聞き終わった照は画面上の牌譜を見て、表情も変えずに言い切った。

 

「多分、これ咲で間違いない」

「ホントッ⁉」

「なんで分かるんだ?」

「打ち筋が麻雀始めたころの咲とそっくり。きっと淡と同じことを考えたんだと思う」

「よしっ、じゃあ決まりだね!」

 

 と言うと、淡はその対局室に予約を入れる。これで誰か一人が抜けたら淡がそこに入って対局できるのだ。

 

 先ほどまでの腑抜けた様子はなくなり、闘志を燃やしながら完璧な臨戦態勢に入っている淡。一気にやる気が蘇ったようだ。

 

「今度は絶対、私が勝つッ!」

 

 

****

 

 

(『Awai』か。なぜか分からないけど、なんかこれ淡ちゃんな気がする)

 

 こちらは確信などなく完璧に勘なのだが、咲の麻雀に関する勘は基本的に当たる。きっと間違いないと咲は思っていた。

 

(これは負けられない、というか負けたくないよね)

 

 

 

 

 

 

「「フフフフフフフフフフフ」」

 

 

 

 

 

 

 

 姿が見えない画面越しの相手を思いながら、敵意剥き出しで“雑魚”二人の対局が始まった。

 

 

****

 

 

 結果。

 

「──ぃやったーッ!!!! 勝ったーッ!!!! サキに勝ったよみんなー!!!!」

「……ふぁっ、……ん、おめでとう淡」

「でしょでしょー! やったよテルー! みんなも褒めてー!」

「「「……おめでとー」」」

 

 『saki』との一回目の対局が午前十時から始まって早十時間。

 薄いオレンジ色の陽光に照らされる部室の中で、淡は遂に勝ち鬨を上げた。うっきゃー! と奇声を上げつつも全身で喜び勇む。そんな彼女を周りの先輩たちが欠伸混じりに祝福していた。

 本来であれば部活の時間はとっくの昔に終了しており、部員は帰宅しなければならないのだが、淡が断固として動こうとしなかった。そのため、監督にお願いし“チーム虎姫”のメンバーが居残りで淡を見守っていたのだ。

 やっと決着が着いたかと、周りは一安心していたのだが、淡はそれどこではない。淡は終始節操無くはしゃぎまわっていた。若干フラフラしてるし、目も血走っているが、当の本人は超ハイテンションのようだ。その姿はまさに、自暴自棄になった徹夜明けの学生、といった様子だ。

 

「……やっと終わったか。ならさっさと支度しろ。帰るぞ」

 

 ──バタンッ!

 

「おいっ! 淡大丈夫か⁉」

 

 限界だったのだろう。

 一通り駆け回った淡は、そのまま糸が切れた人形のように倒れてしまった。それも顔面から。

 駆け寄って様子を伺うと一発で分かった。完全に気絶している。

 

「……本当にバカだなこいつは。どうする? 私こいつの家知らないぞ。照、知っているか?」

「いや、知らない」

「弘世先輩、それなら私が知ってます。淡の家にはこの前お邪魔したので。私が送りましょうか?」

「頼む、と言いたいところだが、私は部長だからな。私も行くよ」

「それなら全員で行けばいいと思う。それに私はそれなりに有名だから、親御さんにも顔がきく」

「それもそうだな、尭深は大丈夫か?」

「はい、問題ありません」

「あとは誰がこいつを背負うか」

「それこそ私がやります。体力には自信がありますから」

「発言がもう運動部だよ、誠子ちゃん」

「確かにな。それじゃあ、行くか」

 

 “チーム虎姫”は今日も仲良しであった。

 

 

****

 

 

 ──バタンッ!

 

「咲さん! しっかりしてください! 咲さん‼」

 

 白糸台である少女が倒れた時とほぼ同時間。

 長野某所での清澄高校麻雀部の合宿の最中、一人の少女が同様に崩れ落ちていた。慌てて駆け寄る親友だが時すでに遅く、彼女は意識を失っていた。

 

「咲まで気を失っちゃったわね」

「そうじゃの。……うちら合宿では倒れるのが普通になるのじゃろうか?」

「……それは嫌だわ」

 

 一人一回は気絶するという、前代未聞のスパルタ合宿となった瞬間だった。




これで合宿編が終わりです
やったね!淡ちゃん!咲さんに勝ったよ!




はぁー、県予選どーしよ





もう、ゴールしてもいいよね?

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