咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら 作:サイレン
対局終了と同時に、練習場では歓声が巻き起こった。
今行われたような対局は滅多に見られるものではない。それこそ、全国個人戦決勝でも見られるかどうかというレベルだ。そのために周りのボルテージが自然と高くなるのも無理はなかった。
その中で照は小さくガッツポーズをしていた。
普通なら若干失礼な行為であり、大人気ないと言われてもおかしくないが、そんなもの今の照には関係ない。
照にとって咲に勝つことは長年の目標であり、願望だったのだ。未だ全力とはいえないが、それでも昔は勝てなかったのだから。
これで、照はやっと咲に立ち向かえる力を手にいれたことが証明出来た。嬉しくないはずがない。
咲は恨めしそうに照を見ている。ちなみに菫と監督はぐったりしている。
「槍槓とか……。完全に私対策じゃん、お姉ちゃん」
「当然。そのために今まで努力してきたようなもの」
「努力かぁ。何年もブランクある私には無縁だったよ。そのせいで今回は負けちゃったかぁ……」
咲にとって敗北は本当に久しぶりのものだった。
始めたばかりの頃はそれは何回もあったが、ある程度自身の能力が使いこなせるようになった頃には、ほとんど負けることがなかった。
そのあとは気を使う麻雀ばかりしていたため、勝つ喜びも、負ける悔しさも久しく忘れていた。
「……うん、負けるってやっぱり悔しいね。でもこういうのもいいかも。勝つばっかりじゃつまらないもんね」
「そうだね、咲」
少しだけ、あの頃に戻れたような気がした。
小高い丘の上で、嶺上開花の話をして姉妹で笑いあったあの時に。
咲と照、そして家族みんなで笑いあえていたあの時に。
あながち照の麻雀でなら仲直り出来るとは間違いではなかったのかもしれない。
でも、それはそれ。これはこれ。
「でも、やっぱ負けるのはなんか気に入らない、うん。次は私が勝つ」
「上等。なんならもう一回やる?」
「ちょっと待てお前ら! てかそれやめろ! 物騒だわ!」
またしても急激に増した威圧感。
ドス黒く蠢くオーラが鬩ぎ合い、その圧迫感は吐き気すら催しそうなほどだ。そう何回もこれがやられては堪らない。
麻雀においては戦闘民族と大差ない咲と照の再激突を止めたのは菫だった。
菫としてはこの二人と付き合うのはもう限界。ただでさえ咲と淡の対局から連戦なのに、これに加えてこの姉妹対決に巻き込まれるのは、体力的にも、精神的にも遠慮したかった。次巻き込まれたらストレスで死んでしまう。
勝手に二人で争う分には構わないのだが、残念ながら麻雀は四人競技。確実に生贄が二人必要なのだ。そして、菫は高確率で巻き込まれる。止めるのはもう必然であった。
「お前らはもう今日は直接打つな。部長命令だ」
「「はーい」」
姉妹揃って返事だけいいのがどこか気に食わないが、最大の危機は去ったので良しとする。どうやら戦略的撤退という言葉は知っていたみたいで安心である。
「みんなも普段通りの練習に戻ってくれ」
部員全員がもれなく観戦していたため、菫の指示に「分かりました」の一言で散らばって行く部員たち。
周りに残ったのは、咲と『チーム虎姫』メンバーと監督だけになった。
「監督さん、この後はどうしたらいいですか?」
「うん? 別に咲ちゃんのお父さんが迎えに来るまでは自由に打ってもらって構わないわよ?」
「それはそうですけど、もう私と打ちたい人なんているとは思えないんですが……」
咲は苦笑いで答える。
あの対局を見せられて、咲と麻雀したいなどという自殺志願者はそうはいない。現にその話しになった途端、周りにいた部員が一歩咲から離れた。ちょっと泣きそうになった。
しかしそこに、待ったをかける人物が一人。
「はい、私! 私またサキと打ちたい!」
「淡ちゃん?」
元気良く挙手するその姿。
先ほど泣かした相手だから咲としては驚いていた。まさかこんなにすぐに立ち直れるとは。
心配はどうやら杞憂で終わったようである。その一点にだけは少し安心していた。
「次は絶対私が勝つんだから!」
だが、相変わらず態度は生意気。
なので咲はもう少しいじめてみることにした。
「淡ちゃん……。寝言は寝てから言うものだよ?」
「……本当にムカつくね、サキ。こんなに泣かしてやりたいと思った相手は生まれて始めてだよ」
「あれ? 泣いてたのは誰だっけ、泣き虫あわあわちゃん? それとも、泣き虫泡姫ちゃんの方がいいかな?(超良い笑顔)」
この発言に淡はまたキレた。
「ぶっ倒す‼ 絶対にぶっ倒してやるんだから‼ ほら亦野先輩、尭深先輩準備して!」
「はいはい」
「ふふっ、やっぱり淡ちゃん可愛いね」
対局の準備を進める四人。
それを少し離れたところから見ていた菫と照は、安堵したように笑みを浮かべる。
「どうやら、少しは効果があったみたいだな」
「うん。淡もなんか生き生きしてる」
「本気泣きしたときはどうなることかと思ったがな。本当に咲ちゃんには感謝だな」
「そうだね。これで淡はもっと強くなれると思う」
照と菫は今年三年。
次の大会が高校最後の大会であり、史上初の三連覇がかかっている。
些か不安があったのだが、大将となる淡の懸念が今日でほとんどなくなった。この収穫は予想以上のものだ。
しかもこれは淡に限ったことでもない。照にも良い影響を与えているし、部員全員にもかなりの刺激になっただろう。
「さて、私も少し休憩したら咲ちゃんと打とうかな」
「私はどうしよう?」
「お前は今日はもう打つな。咲ちゃんと打ったときと同じように打ってみろ。淡のように泣くやつが続出するぞ。大人しくしてろ」
「……分かった」
シュンとしているが、これはもう菫にはどうしようもない。
照は自分で言っている通り不器用なため、手加減など出来ない。
あの対局を見たあとで、本気の照と直ぐに打ちたいなどという酔狂な部員は残念ながらいない。せめて、一日くらい跨がないと部員のみんなも覚悟が出来ないだろう。この措置は菫としてもしょうがないものだった。
とりあえず二人は、咲たちの対局を見に行くことにするのだった。
****
「今日は部活に参加させて頂きありがとうございました」
「いえ、お礼ならこちらの台詞よ。咲ちゃんのおかげでみんなかなり成長できたから」
あの後咲は『チーム虎姫』のメンバー以外にも、多くの部員と対局した。
最初は咲を敬遠する部員も多かったのだが、咲は照と違って加減が上手く、しかも一回対局するだけで自身の長所に短所や弱点、はたまたクセに至るまで把握出来る高性能な人材。またそれを教えてほしいと頼めば、咲は素直に教えてくれる。まさにこれ以上の練習相手はいなかった。
そのために、咲と対局したいというメンバーが続出したというわけである。
自分より妹の方が頼られている事実に、照はかなりショックを受けていたのは余談。
「娘がご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「とんでもございません。とても有意義な時間を過ごせました」
「それはなによりです」
大人同士が挨拶を交わしているなか、咲は菫と照に別れの挨拶をしていた。
「今日はありがとうございました、菫さん。とても楽しいひと時でした」
「こちらこそ咲ちゃんが来てくれて良かったよ。部員みんなも強くなれると思うし、なにより淡には本当に良い影響になった。ありがとう」
「そう言ってもらえて嬉しいです……」
咲はそのあと少し悩んだような態度を見せたが、何かしらの決心がついたのか、菫と視線を合わせた。
「聞かれてないし、言おうかどうか迷ったんですけど、お世話になった菫さんに私からの恩返しということで、少しいいですか?」
「……なるほど、私にも何かしらあったということか。私からも頼む、教えてくれ」
察しがいい菫は咲が言いたいことにすぐに見当が付いたようだ。
「はい。菫さんは狙い撃ちが得意なんですよね?」
「あぁ、その通りだ」
「実は菫さん、誰かを狙い撃つ時、小さなクセが二つあるんです」
「⁉ ……それは本当かい、咲ちゃん?」
「はい、まず間違いないです」
「……そうか、ありがとう。すぐにでも確かめてみるよ」
そう言うと菫は監督のところに行ってしまった。
おそらくだが姉妹の別れを二人きりにしよう、という菫なりの気遣いだろう。
「咲、久しぶりに会えて嬉しかったよ」
「私もお姉ちゃんに会えて嬉しかった」
「次会うときは全国大会で会おう」
「うん、そうだね」
咲にもう迷いはなかった。
「でも、咲。長野には龍門渕高校、そこのエースである天江衣がいる」
「リュウモンブチ? アマエコロモ? その人はそんなに強いの?」
「うん、強い。でも直接やったわけではない。多分だけど、淡と同じタイプの強さだと思う」
「ふーん。……まぁ気を付けるよ」
さすがにそれだけの情報ではなんとも言えないため、咲の返事は適当だった。
もとより照以外にはそうそう負ける気がしないし、淡のような、相手を蹂躙するしか能のない相手に、咲が遅れをとるなどあり得ない。なので今は一応警戒しておこう程度の認識だった。
「それじゃ最後に、お姉ちゃん?」
「なに?」
咲は凄絶な冷たい笑みを浮かべる。一応は笑顔なのだが目が全く笑っていない。
「いつまでもチャンピオンじゃつまらないでしょ? だから今度、私がそこから引きずり下ろしてあげる」
対する照も大体咲と同じ表情をしていた。
「あまり調子に乗らないでね、咲。私の道を阻むなら今日のように容赦しない」
「よく言うよ。今日だって奥の手は使ってないくせに」
「あれ? ばれてたの?」
「当たり前だよ。まぁ次会うときは楽しみにしててね」
「そうだね。楽しみにしてるよ」
全くもって和やかな別れにはならなかったが、この二人にはこれぐらいが普通なのかもしれない。
****
照に菫、それに監督に見送られながら校門まで移動した一同。
「それでは本日はお世話になりました」
「いえいえ。咲ちゃん、また機会があったら是非来てね。歓迎するわ」
「はい。そのときはまたよろしくお願いします。ではみなさんお元気で」
「サキィィィィィィ‼」
別れを告げ去ろうとしたそのとき、突如怒鳴り声が響いたきた。
今日一日で聞き飽きたその声の持ち主は、長い金髪を大いに乱れさせ、睨み付けるようにこちらを見据えていた。
「全国では、全国では絶対私が勝つんだからねッ‼ それまで首洗って待ってなさい‼」
どうやら別れの挨拶ではなく、宣戦布告のようだ。
ちなみにあの後の淡との対局は、プラマイゼロ一回に、照のコピー版連続和了一回。要するに咲の完勝状態だった。
「ごめんあわあわちゃん。私、雑魚に興味はないの」
「殺すよッ⁉︎」
「淡ちゃんじゃ、私に勝つのはそれこそ10年早い。だから、期待しないで待っててあげる!」
「サキはホントムカつくッ‼ サキのバーカバーカバーカッ‼」
あまりにもあんまりな捨て台詞を残して、淡は去っていった。
監督と菫は赤面ものだ。親御さんがいる場面で、身内の恥を見られたのは中々に厳しいものがある。
「うちの部員がどうもすみません! お見苦しいところをお見せして、本当に申し訳ないです」
「いえ、むしろ私としては咲に友達が出来たようで嬉しいですよ」
「友達? ……あー、うーん……ん? ……うん、友達だよお父さん」
随分と長い時間葛藤した結果、淡は咲の友達ということになった。
肯定しようか否定しようか考えたが、ぶっちゃけどっちでもいいな、というよりどうでもいいわ、という結論になったためだった。
「それじゃ、照。体に気を付けるんだぞ」
「うん、お父さんもね。咲も。それじゃまたね」
「うん。またね、お姉ちゃん」
姿が見えなくなるまで手を振りながら、咲たちは白糸台高校を後にした。
こうして姉の照との再会は、とても充実した時間が過ごせた。
今日を経て、咲は決心がついた。
「……お父さん。話しがあるんだ」
「なんだい、咲?」
「うん、私ね、───」
****
休み明けの学校。
放課後、咲は旧校舎へ向かっていた。
小川にまたがる橋を渡り、長い長い階段を登る。目的地まではもうすぐだ。
先週訪れた部室までの道に間違えずに辿り着く。最後の階段を登った先にあるのは一つの扉。そこには『麻雀部』という表札のようなものが打ちつけられていた。
「よしっ」
一声気合を入れて、いざ扉を開ける。
そこで待っていたのは、和を含めた清澄高校麻雀部のメンバー全員だった。
「咲さん」
「……約束の返事をしに来ました」
一同は緊張した眼差しで咲を見る。
返答次第で、この先の麻雀部の行く末が決まる。
それはつまり、県予選団体戦への出場切符の購入権を得られるか否か。
「そう、それで?」
代表して部長の久が尋ねる。
久にはなんとなくだが、咲の返事が分かっていた。
自分の思惑通りに事が進んでいるということが。
「お願いします。ここに入れてもらえませんか?」
最初は驚き。
その次には喜びに満ちた声がメンバーから返ってくる。
久は笑みを浮かべてた。
「ようこそ、麻雀部へ。歓迎するわ」
「はい!」
これで遂に、清澄高校麻雀部に団体戦正規人数である五人が揃った。
咲の高校麻雀は、ここから始まったのだ。
はい、これにて白糸台編は終了です。
個人的にあまりにも阿知賀の白糸台が不甲斐ないと思ったので、強化フラグたてまくりました。
もし全国編まで書き続けたら展開が変わるかも?
そして次回からは清澄に戻るのですが、ここで悲しい?残念?なお知らせです
多分ですけど更新速度が落ちます。ここからは基本は原作沿いになると思うのですが、原作沿いだとどうしても読めるものに改造するのに時間がかかります。1章書いてて、というよりこれ処女作なんで、その事実に始めて気づきました。
なんとか頑張る予定ですが、県予選のところで挫けそうです。キングクリムゾン!しちゃダメですかね(笑)?