名も知らぬ騎士と別れた後、魔理沙は黒球が転がって来た階段を上る。その先には扉があるが、心なくした亡者が行く手を阻むように待ち構えている。
たとえ亡者であろうと、生き物を斬るのには抵抗がある。が、泣き言を言えば使命は果たせられないだろう。あの巨大なデーモンーーー騎士はそう言っていたーーーだって切らねば斃せない。
微かに震える手を押さえ、魔理沙は亡者へと斬りかかる。対して強靭なわけでもなければ俊敏なわけでもない亡者は、それだけで怯み、数回斬れば動かなくなった。
不死の呪いでまた立ち上がることを知っていても、あまり気持ちの良いことではない。思わず渋い顔をして魔理沙は扉の鍵を開けた。
扉の先にも亡者が何体か彷徨いていたが、どれも鈍重な動きで少女の敵ではない。亡者の後ろで矢を放っていた者だけ厄介に思えたが、落ち着いて対処をすればなんの心配もなかった。
辺りに見える敵を斃した後、魔理沙はふと戦闘中気になった所へ向かう。そこには、薄く揺らめく小さな火があった。
「ただの炎には見えないな。これは一体・・・?」
恐る恐る手を伸ばしてみる。不思議と熱くはなく、心地よい温もりが手に広がっていく。
まるで彼女が使う魔法のように、その火はとても馴染む。もしかしたらこれは、今後この世界を旅する上で役立つものなのかもしれない。
「火ならどこかの白髪のイメージなんだけどな。そういやあいつも死なないんだったな」
かの伝説、不死鳥であるかのような女性が魔理沙の知り合いにいる。炎を操り、薬によって死なない体へと変化したその者とも、弾幕ごっこと呼ばれる勝負を繰り広げていた。だが、それはまた別の話。
不死鳥と例えるては名前負けしてしまうような、小さな火。それを手にし、魔理沙は歩き出す。
しかしたった数歩で、少女は一際目立つものを発見した。
「霧・・・か?」
この世界へ来る際に入った闇の霧とは正反対のような、真っ白の大きな霧がそこにはあった。
手をかざすと、吸い込まれるようにその奥へ誘われて征く。
その先にあったものは、あの巨大なデーモンの姿だ。
「うおっ・・・!」
高所に出たのが幸い、まだデーモンはこちらに気付いてはいない。これはチャンスだ、と魔理沙は奇襲の準備に取り掛かったが、すぐにやめた。
それは、この世界では幻想郷のように自由自在に弾幕を張れないからだ。道中、亡者に対して弾幕を張ろうとしたが、なんの光も現れなかった。この世界では弾幕という概念がないのかもしれない。
周りを見渡しても、使えそうなものはない。深くため息をついて、彼女は意を決めた。
「どっ、らあああああ!!」
そのデーモンに狙いを定め、地の利を活かした落下攻撃を試みたのだ。
攻撃はデーモンの頭に命中し、激しい血飛沫が上がる。突如襲う痛みに、思わずデーモンは仰け反り大きな隙を見せた。
例えその隙が一瞬でも、魔理沙は見逃さない。すぐさまデーモンの後ろへ周り、手斧による練撃を繰り出す。弾幕ごっこで培った経験がこう活きるとは彼女自身予想していなかった。
デーモンも相次ぐ痛みにじっとしているわけがなく、それをもたらした魔理沙に怒りを向ける。力の限り棍棒を振り回し、小さな敵対者を排除しようとしている。
「へへ、怒りに任せた攻撃ほど避けやすいものはないな!」
ひらりひらりとローリングで攻撃を躱す魔理沙は、一発、また一発と着実にダメージを与えている。
デーモンの攻撃を一発もらえば、恐らく立てないだろう。緊張はある。未だに手は震えるし、油断すればきっと足も止まる。
だが、止まるわけにはいかない。自分だけではない、騎士の魂。二人分の魂を背負って生きて征くのだから。
「これで、どうだっ!」
勢いをつけた飛び斬りが、デーモンの腹を切り裂く。袈裟斬りのような形になったその一撃は、疲労したデーモンにとって致命の一撃だった。
不死院の全てに響くような悲鳴は小さくなり、小さくなり、小さくなり・・・やがてその大きな体とともに、光となって消えていった。
「はぁっ、はぁっ・・・!」
肩で息をする魔理沙は、長い緊張と疲労から解き放たれた。糸が切れた人形のように、彼女はその場に崩れ落ちる。
「ははっ、やってやったよ」
達成感に酔いしれながら、魔理沙は自分に吸い込まれていく光を発見する。
初めから自分の体の一部で有ったかのように、その光は魔理沙と一体化した。
普段ならわからないことだらけでもどかしい気持ちになったのだろう。それすら感じないほど、この勝利は魔理沙にとって大きなものなのだ。
しばらく休み体力を回復し、デーモンが落とした2つのものを取る。
片方は鍵。開かなかったこの大きな扉を開くことに成功したが、残りの一つがまたもや謎の姿形をしている。
真っ黒な、人型に見えなくもないその物体は、こちらに危害を与えるわけでもないようだ。
あいつが見れば気持ち悪いと言うんだろうなーーー幻想郷の友人を思い出し、その大きな扉の先に征く。
「亡者には、なりたくないな」
ただ本能のまま生きる亡者に、記憶などない。再びあの世界で笑うためにも、魔理沙は新しい一歩を踏み出す。
そう、この「異変」は、始まったばかりなのだから。
「ここはーーー」
不死院の牢獄よりもさらに異質。知っているような物質ではない、見たことも聞いたこともない。
気色悪い洞窟の中で、重く感じる頭を起こしその者は歩き出した。