月間 5位
感想 215
前回の感想が凄まじい数に(汗
それは鋼だった。
それは巨躯だった。
それは英雄だった。
この決戦に参加した多くの兵が口を揃えてそれをあらゆる形容で例えようとして、しかし余りに荒唐無稽で、冒涜的で、空前絶後のために出来なかった。
それだけ、ソイツは彼らの知識や常識からかけ離れた存在だったのだ。
だから誰が言いだしたのか、ソイツを表す言葉は後に一つだけとなった。
「ドラム缶」と。
巨大な水飛沫が霧と成りながら散り、消えていく後ろから、全身から海水を滴らせながら、その巨体は現れた。
白とピンクの両足は海面の上でありながら、重力制御によって十全の機動性を確保しながら、どっしりと構えている。
赤と青の両腕は全体の動作確認を済ませた後、雄々しくその剛腕を構えた。
そして、左右に突き出た黄の装甲からは6基もの常温核融合炉から来る余剰熱量が吐き出され、周辺の大気を陽炎の様に揺らめかせ、緑の胴体にある頭部、その両眼がキラン☆と妖しく輝いた。
『さぁ恐れ戦くがよいケルヴィエル!この我輩達の無敵ロボが相手をするのであ~る!』
『合体シークエンス完了!何時でも往けるロボ!』
『魔力収集術式は大丈夫ですが、クトゥルーの神気が増加傾向にあります!このまま行けば、相手は更に強化されちゃいます!できるだけ短期決戦で!』
『情報処理担当は私な。んで、ワダツミの頭部はコクピット兼脱出装置だ。首を引き千切ればリーア達を救出できる。』
『強度面に関しては我が補強した。動力は我が主と共にブーストかけている故、余り時間をかけるな。』
『よーしよしよし!ではエルザ!』
『了解!無敵ロボ、突っ込むロボー!』
全長約250mの鋼の巨体が、同格の巨体たる魔術の申し子へ向けて海上を突き進む。
ちなみにコイツ、既に純粋科学で重力・慣性制御を実現済み(ただしエネルギー不足なのでまだ魔術の補助が必要)であり、海上でも一切問題無い。
『くそ、ちょっとカッコ良いって思っちゃっただろうがぁぁぁ!!』
だが、対するワダツミ、ケルヴィエルは棒立ちする程馬鹿ではない。
展開した触手から再びレーザーを雨霰と発射、無敵ロボを蜂の巣へと変えようとする。
しかし…
『効かないロボっ!』
その攻撃は一切通らなかった。
全てのレーザーが装甲表面だけで弾かれ、内部機構に通る事は無い。
『バリア展開!』
宣言と同時、黄の両肩に搭載されたバリア発生装置により、通常の破壊ロボのそれを遥かに上回るバリアが機体正面へと展開、大量のレーザーの一切を後ろへと通さない。
『無敵ロボ、パンチだロボ!』
そして、格闘可能距離へと詰めた途端、突進の勢いそのままに、無敵ロボがワダツミに殴りかかる。
ワダツミはシールドでこれを防御するも、その衝撃を殺し切れず、数歩分海上を後退した。
『くそ、馬鹿力め!』
『ロボ!ロボ!ロボ!ロボ!ロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボ!!』
右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左ッ!!
その巨体からは想像できない程の運動性を発揮しながら、無敵ロボがラッシュを叩き込んでいく。
『ぐ、おおおおおおおお!?』
対するワダツミも負けてはいない。
4枚のシールドを自身を囲む様に回転させ、その力を受け流そうとする。
だがしかし、彼女の考えはまだまだ甘い。
『貫通力のある攻撃で一点突破!盾を剥がせば戦闘力はガタ落ちだ!』
『よし、両腕部ビッグドリル展開である!』
ウェストの言葉の後、両腕部の巨大なマニュピレーターが同サイズのドリルへと一瞬で変形、刻印された術式により、周辺の魔力を吸引しながら猛烈な勢いで回転する。
『ドリルクラッシャーパーンチ、ロボ!』
『きゃああああああ!?』
操縦者が未熟故か、はたまた相性故か、ワダツミの強固な筈のシールド1枚が巨大ドリルの一撃で破砕された。
『この、ボクが、こんなポンコツ程度にぃ!』
胸部の2門の砲口から魔力光が漏れ出す。魔弾砲の前兆だ。
『なんの!オープン○ェェェェット!』
ウェストの声と共に、無敵ロボの脚部が分離、上半身はロケットの噴射煙を残しながら真上へとカッ飛んでいった。
『嘘ぉぉぉぉぉぉぉ!?』
必然的に魔弾砲は空しく宙を焼くだけで終わる。
そして、そんな隙だらけの状態を見逃す程、ウェスト達は馬鹿ではないと思う。
間違いなくキ○○イではあるが。
『全兵装照準良し!無敵ロボ、フルバーストだ!』
アーリの声と共に、未だ空中にいる上半身と海上にいる脚部全てが機関砲、ミサイル、レーザー砲等の火器を展開、隙だらけのワダツミへと叩き込んだ。
『がぁぁぁぁぁ!こ・い・つ・らぁぁ!!』
だが、そんなものは鬼械神相手には豆鉄砲以下、有効打にはならない。
『ドリルハリケーンパーンチ、ロボ!』
『ぐぅッ!?』
しかし、頭に血の登った相手への目暗ましとしては十分すぎる。
その間にドリルを展開した両腕が発射、一発は回避されたが、もう一発が1枚のシールドを撃破した。
『再合体及び腕部接続完了!』
『もう一回突撃ロボー!』
両腕のドリルをギュンギュン言わせながら無敵ロボが再び迫り来る。
だが、好い加減ケルヴィエルだって我慢の限界だった
『舐めるなぁ!!』
瞬時に両腕に魔剣を展開、自らも突貫し、無敵ロボへと切り掛かる。
『ロボォ!』
巨大なドリルと魔剣が鍔ぜり合う。
が、このドリルは只のドリルではない。
嘗ての対マスターテリオン戦のための術式構築の経験から得た魔力収集術式、それを刻まれたこのドリルは例え鬼械神相手ですらその魔力すら収奪し、己の力としてしまう。
これがバルザイの偃月刀の様な仮とは言え実体を持つのなら兎も角、威力は高くとも術式による魔力収束を基本とした魔剣では相性が悪過ぎた。
直ぐにワダツミは押し込まれ、その眼前にドリルが迫るが…
『馬鹿が!』
盾から展開された触手が無敵ロボに纏わりつき、その全身を拘束した。
『はははハハは!このまま死ねぇ!』
止めを刺すつもりか、再び胸部に魔弾砲の光が溢れ出す。
『こんな事もあろうかと!我輩の無敵ロボには様々なギミックが搭載されているのであ~る!』
無敵ロボの全身の装甲が展開、内部から無数のマジックハンドが出現し、50本にまで減った触手を捕え、掴み、引き千切っていく。
結果、無敵ロボは触手プレイから抜け出し、両機の間にやや距離が開く。
『しゃらくさい!』
魔弾砲が放たれる。
当たれば最高位の機械神とは言え無事では済まない様な一撃。
しかし…
『肩部シールド展開!』
その程度、考えていない訳が無い。
両肩に装着してあった黄のパーツが分離、機体正面に移動し、分割した上面同士を結合させ、全長200m級の巨大な盾を形成した。
『だからなんでそんな強いんだよぉぉぉ!?』
『これぞ科学とキ○○イの力ロボ!』
ケルヴィエルの絶叫と共に、魔弾砲が巨大なシールドに弾かれた。
更にその盾をマニュピレーターに戻した両腕でしっかり保持しながら3度目の突撃を敢行する。
『お前らなんかに母さんを渡せるかぁぁぁぁぁぁぁ!!』
ワダツミも残った2枚のシールドを全面に構え、正面からぶつかりに行った。
衝突時、凄まじい衝突音が全方位に衝撃と共に響き渡り、海中に行った震動により深き者共の一部が失神、至近にいた者に至っては衝撃波でミンチになるか鼓膜が破裂して絶命した。
『吸い尽くせ、スターヴァンパイアッ!!』
『イブン・ガズィ、噴射開始。』
ワダツミの腰裏に配置された専用ポッドから、大量のスターヴァンパイアが放たれるも、空かさず無敵ロボから噴射されたイブン・カズィの粉末がその姿を露にさせる。
そして、元々が軟体生物であるスターヴァンパイアはその厄介さに比して脆弱であり、全身の火器とマジックハンドに叩き落とされ、瞬く間に全滅していった。
『そ、そんな…!?』
『げーははははははははははは!こちとら何年ソイツを使ってると思ってんだ!メタ装備組むなんて朝飯前なんだよォォォォッ!!』
『叔母さん叔母さん!顔が、顔が女性としてアレな状態になってますよ!?』
『このまま一気に畳み掛けるのである!』
『さぁ止めロボー!』
『2人とも頭は避けてくださいね!?』
そして、巨大なドリルがワダツミの胴体へ迫った。
『やらせるかぁぁぁぁぁぁ!!』
ワダツミが周辺に満ちるクトゥルーの魔力を吸い上げると同時、額、胴体2門、腕部2門ずつの計5門の発射口から一斉に魔弾砲が放たれる。
その威力たるや、今までのものの比では無く、更にそれが零距離なのだ。
命中すれば如何に無敵ロボと言えどもただでは済まない。
『ぜ、全力防御ー!!』
『ろ、ロボ―!?』
だが、シールドを構えていたままだった事が功を奏し、その砲撃を遮る。
しかし、流石はと言うべきか、徐々にシールドが融解を始め、コクピットにアラートが鳴り響く。
『バリア最大出力ロボ!』
『オープン○ットは!?』
『この状況でやったら後方の艦隊が壊滅しちゃいます!』
『えぇい!全エンジンの安全リミッタ解放!魔力収集術式も最大出力である!』
『止むを得んか!南無三!』
余りの威力に、無敵ロボがバリアと構えたシールドごとじわりと後退する。
それだけの火力、それだけの威力。
もし戦闘中の後方の艦隊に突破を許したら、どれだけの大惨事になるか予想もつかない。
第一、鬼械神相手では通常兵器は効果が薄い。
無敵ロボが有効打を出せるのは魔術を併用し、科学面においても突破力なら艦隊のそれを上回る故だ。
『がぁ…イア…ぅぅう…クトゥルフ…イア…ふたぐん…だごん…。』
だが、そんな火力を何時までも維持できる訳が無い。
『お、叔母さん!? 向こうヤバくないですか!?』
『神気に当てられたな。このままだと正気を無くして、完全に化け物になるぞ。』
『母さんは無事ですか…?』
『この程度で狂うタマじゃねぇさ。だが…(早い所動いてくれんとヤバい感じだな。)』
今も閃光が迸るモニターを見ながら、アーリは戦闘の緊張と焦りを感じていた。
………………………………
眠りからふっと眼が覚める。
けど、寝ぼけた意識は容易に覚醒せず、暫くそのままボーっとして過ごす。
「■■■■、そろそろ起きなさい。」
「んー…お早う、お母さん。」
「早くねー。今日はゴミの日だからお願いね。」
むくりと身体を起こす。
急速に覚醒していく意識が、早朝の肌寒さと快眠の心地好さを伝えてくる。
今日は大学の講義あったっけ?
「お早う、お母さん。」
「お早う、今朝はお茶にする?」
「うん、お願い。」
淹れたての緑茶を啜りながら、今朝は昨日の夕飯だった牛丼が残っているのでご飯を選んだ。
それにきゅうりや大根の浅漬け、豆腐とわかめ、長ネギの味噌汁をよそう。
大学生位ならこの位は普通に入る。
「私は今日は早く帰るから、■■■も早めにね。」
「おや、夕飯担当してくれるの?」
「ま、偶にはねー。」
朝食を楽しみながら今日の予定を話し合う。
うむ、やはり牛丼には紅生姜と七味だね、うん。
生卵も良いけど、あれはちょっとコッテリし過ぎだし。
「じゃ、洗い物とかはよろしくね。」
「はいはい、んじゃ行ってらっしゃい。」
行ってきまーすと言う母に手を振りながら見送る。
全く、もう少し余裕が持てないもんかね。
「で、何のつもりだ、ナイア■■■■■■■■。」
「おや、随分あっさりだね。」
ずるり、と女の形をした邪神が90度以下の鋭角から煙と共に出現した。
今回はティンダロスの猟犬風味か、最早懐かしいレベルだな。
「当たり前だ。だって、オレのお母さんは…」
とっくの昔に死んでいるんだ。
原因は何だったのか、当時の医学では全くの不明だった。
ただ、徐々に徐々に、まるで真綿で首を絞める様に、母は狂い、弱っていった。
遂には自分の名前すら忘れ、何かに怯え続け、意味不明な内容を喚きながら、衰弱死した。
オレはそれをただ見ている事しかできなかった。
それ以来、オレは人生に悲観しか持てず、ゲームやラノベ、漫画なんかに没頭し続けるロクデナシ成果に埋没し……この世界に堕ちてきた。
「今にして思えば、アレは精神汚染だった。」
「して、原因は何だい?」
「オレだ。」
リビングでソファに腰掛けながら、確信に至っていた推測を口にする。
前回のコイツとの対峙で、オレは自身のルーツを知った。
そして、今までのオレ自身の境遇を全て再考察・検証し、その結果の一つとして母の死の原因を突き止めた。
「君から漏れ出る僅かなボクの気配…それこそが彼女を狂い死にさせた原因だ。」
混沌の、闇黒の、邪悪の女が笑う、嗤う、嗤う。
お前は自身を世に生み出してくれた母を殺したのだと。
「あぁ、そうだな。」
「おや、随分反応が薄いね。」
「この世界が気になっててな。」
妙なのだ、この世界は。
偽物かと思えば、確かにアレは母だと自身の第六感が告げている。
母の死因もこの混沌の事だから本当だろう。
となれば、此処は何処か?
「並行世界か?」
「いや、ボクの壺の中に作った部屋さ。でも、君のお母さんの魂も、記憶も、全て本物さ。」
相変わらず無駄にスケールがでかく、凝った真似をするゲームマスターである。
「で、此処を壊すとどうなるんだ?」
「彼女の魂が砕けるね。あ、部屋に干渉する事はお勧めしないよ。その場合も容赦なく発動するから。」
じゅーごろがらごろ…と何時の間にか出したグラスのジュースを飲み終えた混沌が、今度は野菜スティックを齧りながら告げる。
「そっか…。」
「まぁ気長に滞在してくれよ。こっちとしては最後まで君が大人しくしてくれれば良いからね。」
言いたい事だけ言って、混沌の女は次の瞬間には消え失せていた。
「取り敢えず、色々見て回りますか。」
さくっと家事を終わらせて、近所を見て回る。
歩き続けると同時に、もう幾星霜と遥か彼方だった筈の故郷の記憶が蘇っていく。
初めて同年代の子供達と遊んだ公園。
通っていた小学校。
常連だった古本屋。
昔からある古びたラーメン屋。
つい数年前に入ったコンビニ。
友達と駆け回った裏山。
そして…
「ただいま。」
母が入っている筈の、墓。
途中で購入した線香を供えながら手を合わせる。
その時に思うのは、亡き母との思い出だ。
たくさんの、無数の、様々な、色々な思い出が脳裏を駆け廻る。
(うん、ちゃんと思い出せる。)
自分の母は既に死んだのだ。
自分から漏れ出る狂気に蝕まれ、それでも母であろうと無理を重ねて、遂には壊れてしまった哀れな女性。
思えば、親戚付き合いなんかもなかった事から、未婚の子持女性として苦労に苦労を重ねてきたのだろう。
それでも身に覚えの無いオレを必死に育て上げてみせた。
「本当、大した人だよな。」
感謝と尊敬と愛情をありったけ籠めて、オレは母の冥福を祈り続けた。
帰宅すると、既に母が夕飯を作り終えていた。
「遅いよー。私だけで食べる所だったんだから。」
「ごめんごめん。ほら、○○さんとこのケーキ買ってきたから機嫌治してよ。」
「よろしい。それを献上する事を許そう。」
「ははー。」
そんなコントをしながら、ゆったりと夕食を食べる。
久しぶりの母との団欒は泣きたくなる程に懐かしく、愛おしく…
「どしたの?何かあった?」
「いや、なんでもないよ。」
そして、悲しかった。
夕食後、リビングで何となしに2人でテレビを見ていると、不意に母が声をかけてきた。
「ねぇ、大丈夫?」
「何が?」
「何がって…。」
母が無理矢理顔の向きをテレビから変え、強制的に目を合わさせる。
少し茶色がかった黒い瞳は、最後に見た時と違って、ちゃんと焦点が合っていた。
「何かあって、そんでまた何かあるんだろ?」
「よく解るね。」
「解るさ、親子だもん。」
ぎゅっと頭を抱き締められる。
暖かくて、ちょっと柔らかい感触に、少しだけ身を委ねる。
「言ってごらん。」
「今から…いや、多分ずっと親不孝すると思う。」
実際は親不孝所ではないが、それでも言っておく。
この道は、邪悪へ抗う者の道は苛烈であり熾烈であり凄惨だ。
自分の幸せを祈る母にとっては、親不孝所の話ではない。
「お前のせいじゃない。」
「いいや、オレのせいだよ。」
「違うね。」
「違わない。」
「じゃぁ、きっと私のせいだ。」
普段ハスッパな母だが、どうしてこうこっちが落ち込んでいるのを察するのは上手いのだろうか。
「お前の悩みを理解してやれない。お前の悩みを吐き出させてやれない。そんな私のせいだ。」
「違うってば。」
「じゃぁ、巡り合わせが悪いって事で。」
「……まぁ、それなら。」
暫しゆったりと時間が過ぎていく。
きっと次に話し始めたら、この穏やかな時間は終わってしまう。
互いにそう感じるが故に、最後の時間を惜しんだ。
「オレさ。」
「うん。」
「すんごい親不孝する。」
「理由…は、良いか。」
「なんでさ?」
「そんな泣きそうな顔してるんだもん。そうしなきゃいけない理由があるんでしょ?」
「まぁ、ね…。」
「じゃ、仕方ないよ。」
「仕方ないのかなぁ…。」
「でもさ…」
抱き締められていた頭が解放され、目と目が合う。
そこには我が子への慈しみと情、何よりも愛に溢れていた。
「私の事、忘れんなよ。そんで、しっかりやりな。」
「解った。ありがとう、母さん。」
瞬時にナイフサイズのバルザイの偃月刀を召喚、躊躇い無く母の心臓に、その魂に突き刺す。
物理だけでなく、霊体への一撃に、母は苦しみを感じる間も無く絶命した。
「アフターケアもしっかりってね。」
次いで、肉体から取りだした魂を、自身の混沌の中へと一時的に取り込む。
これで暫くの間、この世界はこの魂を認識できなくなる。
そして、それがトリガーとなって、世界が崩れ始める。
「この落とし前、付けさせてもらうぞ。」
知らず流していた涙を拭いもせず、混沌の邪神へと宣戦布告する。
終わる世界の中、何処かで邪神の嗤い声が響いた。
………………………………………………
カッと意識が復帰する。
「っ、が、あああああああああああああああああああああッ!!」
渾身の力と共に全身を甚振り尽くしていた触手を引き抜き、引き千切り、握り潰し、燃やし尽くす。
コクピット内に熱気と不浄な肉が焼け焦げる匂いが漂うが、そんなものに構っていられる状況ではない。
目の前には正気を無くしかけている娘がいて、モニターには今にも撃破されそうな巨大破壊ロボが存在している。
何処まで事態が進行しているかは知らないが、すべき事をしなければならない。
それが自らを産み、育ててくれた母を犠牲にしてしまった自分の、この無限螺旋で多くの命を踏み越えてきた自分の責務だからだ。
「ったく、この馬鹿娘が。」
「いぁ…あ……。」
シートから降り立ち、暴走状態の娘を強引に振り向かせてキスをする。
これによって構築したパスを用いて、娘の体内に巣食うクトゥルーの神気を吸い出し、代わりに欠損した肉の代わりに自らの内の混沌を流し込む。
これらと共に暴走状態にあるワダツミを掌握せんと制御系に意識を伸ばす…が、ダメだった。
どうやら混沌の手管によって、既に首から下は完全に乗っ取られている。
「意識が戻ったか? よし、なら落ち着いて深呼吸だ。」
「あ…ぁ…さん…。」
弱り切り、ぐったりとする娘の身体を支えながら、しっかりと伝えるべき事を伝える。
「そら、少し休んだら家に帰るぞ。私とお前、アーリとアレクの4人の家だ。そこで皆で暮らそう。」
「ぅ…ん…。」
安らかに黒髪黒目の少女がその瞼を閉じる。
母の腕の中で眠る幼子の様に。
否、彼女は今、漸く幼子としての当然の権利を得たのだ。
「さて、聞こえているかアーリ!」
娘をシートに固定し、厳重に防御魔術をかけながら、リーアは母から戦う者へと意識を変えた。
……………………………………
(聞こえているか、アーリ!)
(おう!ばっちり聞こえてるぞ!)
待ちに待った半身からの念話に、アーリは今の窮地すらどうでもよいものとなった。
「お前ら喜べ!リーアの意識が戻った!」
「えええ!?ぶ、無事ですか母さん!」
『安心しろ。本調子じゃないが、戦闘行動は可能だ。』
「おはようロボ!でも今はこっちを優先してもらいたいロボ!」
「全くであーる!そろそろ盾が三日間じっくりことこと煮込まれた豚の角煮みたくこってりドロドロジューシィーになってしまうのであーる!?」
『首から下の制御系は復帰不可能だ。よって現時点を以てワダツミは破棄、頭部コクピットブロックで脱出する。このままだと暴走を開始するから、置き土産を使って動きを止める。その間に止めを刺せ。』
「解ったロボ!」
「でも術式維持がそろそろ限界ですんで早くー!?」
「…アレク、お前修行し直しな。」
「がーん!?」
落ちが付いた所で、各員が一斉にすべき事をし始めた。
『頭部ユニット切り離しと同時に自壊術式始動!』
ボンッ!という轟音と共に、ワダツミの頭部ユニットが真上に吹っ飛び、離脱する。
それと同時、全力で魔弾砲を照射していたワダツミに異変が起こる。
先ず魔弾砲の照射が止まり、全身が端からボロボロと溶け崩れていく。
術式隠蔽のための自壊術式により、構成が急速に劣化しているのだ。
だが…
『GA,GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
邪神によって手を加えられたワダツミは、それだけでは死なない。
破損部分が急速に修復されつつ、装甲の隙間から生体組織が沸き出し、急速のその姿をクトゥルーに似た怪物へと変貌させていく。
無くなった筈の頭部の代わりか、首が盛り上がり、胴体と一体化した首の無い怪物の顔が構築され、足が縮み、腕が鋭く長く伸び、シールドから伸びる触手の先端には口が出来、次いで牙が生えていき、名状し難き叫びを上げる。。
『Gyy…GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!!!!!!!!』
その叫びは戦場全てを覆い尽くす程になり、やがて地球全土へと轟けとばかりの狂気の波動となって荒れ狂った。
無限心母によるクトゥルー召喚の時と同様、耐性のないものは意味不明の絶叫と共に気絶するか発狂し、死んでいく。
『こ、これは何であるかー!?』
『クトゥルーの叫びだ!精神感応を用いてこちらの魂を砕いてくるぞ!』
『対処法は!?』
『敵の撃破だ!』
『成る程解り易いロボッ!』
直後、無敵ロボが再度前身を開始する。
しかし、既に目の前のソレは先程までの劣化した鬼械神などではない。
『Gyyy…Gyhaaaaaaaaaaaa!』
海中からクトゥルー本体の巨大過ぎる触手が伸び、ワダツミだった怪物を守る様に無敵ロボに向かってくる。
それだけではない。
ダゴンとハイドラ、深き者共に量産型破壊ロボ。
それら全てがワダツミの、怪物の脅威となる無敵ロボに殺到する。
だが、
『バルザイの偃月刀、過剰召喚!』
50近いバルザイの偃月刀が回転しながら飛来し、その全てをミンチの様に切り裂き、悉く殺戮せしめた。
『アイオーン・リペアⅡ…実戦はまだだったが、良好だな。』
空に浮かぶのは、白い羽に黒い装甲を纏った鬼械神アイオーン、その再設計機。
両手両足にデモンベインのそれに似たシールドを装備し、通常時はワダツミのコクピットブロックとして機能する。
勿論単独での戦闘も可能であり、動力はワダツミ同様、魔術機関エンジンとアルハザードのランプ、黄金の蜂蜜酒の複合式を採用している。
そのため、嘗てのリペアの様に途中で力尽きる様な事は余りない。
『ナイスアシスト!』
『では必殺技で止めである!カモン、7号機!』
ドクター・ウェストの声に応じ、再度虚数展開カタパルトが起動、全身真っ黒かつド派手な髑髏マークがペイントされた破壊ロボが空中に出現する。
黒い7号はそのまま底面からジェットを噴射、大空へと飛び立っていく。
『合体シークエンス開始!』
もうノリノリっていうかヤケクソ気味のアレクが告げる。
術式の維持で知恵熱を起こしているのか、場の空気に酔ったのかは知らないが、これが黒歴史にならない事を切に願う。
無敵ロボもまた、胴体と足裏からジェットを噴出、重力制御も利用して、巨体でありながら空を飛んだ。
『ドラム・コネクトォッ!』
無敵ロボが追い付いた7号機の底面に右腕を叩きつける様にして、衝突と共に勢いよく合体する。
更に、7号の脚部が収納、4本の腕全てもドリルだけを露出する形で収納された。
『ドリル、展開である!』
ドクター・ウェストの言葉と同時、7号の上面から今までで最大のドリルが現れた。
『目標、敵鬼械神!』
『突撃ィッ!!』
『お前にラブハァァァァァァァァァァァァトッ!!!』
珍妙な掛け声と共に、無敵ロボは巨大ドリルを左腕でも保持し、空中から真っ直ぐに怪物へ向け、ドリルを激しく回転させながら加速する。
『Gyhaaaaaaaaaaaa!』
だが、怪物もただ座して死ぬつもりはない。
冒涜的な咆哮を上げながら、全4門となった砲口から魔弾砲を発射する。
その威力たるや先程の一斉砲撃に比肩するものであり、直撃すれば無敵ロボとて撃破は必須だ。
『回れドリル!我輩の浪漫回路よ!今こそ全世界にその雄姿を見せつけるのである!』
だが、漢の浪漫は砕けない。
圧倒的な威力を誇るドリルによって、全ての魔弾砲が数秒と持たずに蹴散らされ、咆哮する怪物へ迫る。
怪物は最後の足掻きとばかりに4枚のシールド全てを正面へと構えるが…
『天上天下…電動無双螺旋ロボ!』
世界最大級のドリルの前には無意味だった。
その威力を余す所なく発揮して、浪漫の結晶が邪悪を貫いた。
『我輩に貫けぬものは…殆ど無し!』
『最後で台無しロボ!』
『とは言えこれ以上は限界だな。』
『………………。』(消耗し尽くして声も出ない。)
直後、怪物が断末魔の叫びと共に爆散した。
こうして、ルルイエ海域での戦闘の趨勢は決した。
…………………………………………
その後の顛末はほぼ正史通りに進んだ。
暴君ネロによりクトゥルーが暴走を開始し、世界は滅びの危機を迎えた。
だが、ネロはデモンベインに敗れ、クトゥルーは停止するも、ネロはマスターテリオンの母胎となって死亡した。
転生を果たしたマスターテリオンはクトゥルーを生贄に、自らの父たる存在、外なる神ヨグ・ソトースを召喚、その向こうへと去っていった。
世界は未だ、滅びの危機に瀕していた。
『じゃぁ始めようか、終わりの始まりを。始まりの終わりを。永劫の終焉を、永劫の開演を。』
何処かで名状し難き嗤い声が木霊した。
もうすぐ…もうすぐ…完結!
まだだ…まだ…気を抜くな!
なお、次回更新は火曜以降です。